【ピアノ】ソナチネ入門程度からショパンエチュード入門までのロードマップ
► はじめに
「ソナチネは弾けるようになったけれど、ショパンのエチュードまでの道のりが見えない…」
多くの独学ピアノ学習者が抱えるこの悩み。従来の学習ルートでは、ツェルニー30番、40番、50番と延々と続く練習曲の山を登り続けなければならず、特に独学の大人にとっては現実的ではありません。
そこで記事では、約1年という限られた期間で、ソナチネレベルからショパンエチュードへと効率的に到達するアプローチを紹介します。
従来の「量をこなす」学習から「質を極める」学習へ。バッハの2声インヴェンション15曲に集中することで、ショパンエチュードに必要な技術と音楽性を同時に身につけることができます。
► 前提知識
‣ 対象読者、目標設定
「約1年間」という期間で、「入門が終わった段階」からどのような手順を踏めば、ショパンのエチュードへ接続できるのかを解説します。
対象者:
・自分で自由に教材を選べる独学の方
・楽典の基礎の基礎はすでに理解できている方
具体的な取り組み最低ライン:
・「ブルグミュラー25の練習曲」中盤以降
・「ソナチネアルバム1」入門以降
正直、ショパンのエチュードの中でも取り組みやすいと言われている数曲であれば、「入門が終わった段階(ソナチネ程度)」からいきなり挑戦しても何となくは弾けるようになるでしょう。しかし今回は、「演奏レベル自体を引き上げてショパンのエチュードへ接続すること」を目指すこととします。
‣ 従来の学習ルート(王道ルートとその課題)
まず、筆者自身も通ってきた、一般的な音楽教育で推奨される「王道ルート」を確認しましょう:
従来の標準的な学習順序:
1. ソナチネアルバム(ツェルニー100番・110番併用)
2. ツェルニー30番練習曲
3. ツェルニー40番練習曲
4. ツェルニー50番練習曲
5. モシュコフスキー・近現代エチュードから抜粋
6. ショパンエチュード
このルートの利点と課題:
利点:
・段階的で確実な技術習得が可能
・多くの指導者が慣れ親しんだ体系的なカリキュラム
・幅広い調性と様々な技術パターンを網羅
課題:
・時間的負担:全工程で平均6-8年を要し、社会人には現実的でない
・モチベーション維持が困難:特にツェルニー30番の前半辺りまでは音楽的魅力に乏しく、継続が困難
・効率性の問題:本当に必要な技術習得に対し、練習曲数が過多
・独学の困難性:膨大な楽譜量と長期間の学習管理が一人では困難
独学者にとっての現実
統計的に見ると、この王道ルートを独学で完走できる大人の学習者は極めて少数です。多くの場合、ツェルニー30番の中盤で挫折するか、音楽的な充実感を得られずに練習から遠ざかってしまいます。
そこで必要になるのが、「本当に必要な技術を有し音楽的な魅力も兼ね備えた教材による、効率的なアプローチ」です。
► 効率的な学習アプローチ(インヴェンション集中学習法)
‣ J.S.バッハ : 2声のインヴェンション(全15曲)」に一点集中
やり方は、「J.S.バッハ : 2声のインヴェンション(全15曲)」に一点集中で取り組むこと。3声は入れずに「2声の全15曲のみ」に取り組みます。そして、これらの作品からしぼりとれるだけしぼりとる練習をします。
· なぜ、インヴェンションなのか:5つの決定的理由
理由1:ショパンエチュードに直結する技術要素
・複声部の独立演奏(左右の手が異なるリズム・フレーズを同時進行)
・多様な調性での演奏経験
・カンタービレ表現と技巧的パッセージの両立
・片手偏重にならないバランスの良い技術習得
理由2:学習管理の最適化
・15曲という明確で達成可能な目標設定
・1曲2ページの適切な分量(記憶・分析が容易)
・全曲完成という明確なゴールによるモチベーション維持
理由3:音楽的価値の高さ
・それ自体が演奏会レパートリーとしても通用
・単純な練習曲ではない音楽的深さと美しさ
・飽きることのない豊かな音楽内容
理由4:独学環境での優位性
・有名作品のため参考演奏・解釈資料が豊富
・楽曲分析の資料も充実しており、独学でも深く学習可能
・解釈版楽譜の選択肢がある
理由5:効率性の証明
従来ルートと比較した場合:
・時間効率:平均6-8年 → 約1年
・楽曲数:200曲以上 → 15曲
・音楽的充実度:低〜中 → 高
・技術習得の質:広く確実 → 深く確実
この方法により、今までに知人がショパンのエチュードへ入門できました。「質の高い基礎技術」と「音楽的な充実感」を同時に獲得できます。
· 2声のインヴェンションでは補えない要素
J.S.バッハの2声インヴェンションは優秀な教材ですが、ショパンエチュードで求められる技術のうち、以下の3つの要素はほとんど含まれていません:
1. 手を大きく開く技術(オクターヴ奏法・広い音程の跳躍)
インヴェンションにはオクターヴ奏法は出てきませんし、オクターヴを超える音程の跳躍もあまり出現しません。しかし、ショパンエチュードでは、手を大きく開く技術が頻繁に要求されます。
2. ペダリング技術
インヴェンションは声部の独立性を重視するため、基本的にはノンペダルまたは最小限のペダル使用で演奏されます。一方、ショパンエチュードでは、ペダル効果による豊かな響きと音色変化のための繊細なペダリングが不可欠です。
3. 和音演奏技術
インヴェンションは基本的に「単音×2」による対位法で構成されており、ホモフォニー的な和音(まとまった塊としての響きの和音)は登場しません。しかし、ショパンエチュードでは当然のように頻出します。
学習戦略:欠けている要素への対処法
これら3つの技術的要素については、以下の戦略で対処します:
インヴェンション学習期間中:インヴェンションで身につく技術に割り切って、徹底的に習得
ショパンエチュード移行時:欠けている要素は各エチュードの練習課題として集中的に学習
補完教材の活用:必要に応じて「コルトー版 ショパンエチュード集」などの詳細なペダリング指示を参考
この戦略により、インヴェンションで培った確実な基礎技術の上に、ショパン特有の技術を効率的に積み上げることができます。基礎が確実であれば、これらの新しい技術習得は決して困難ではありません。
‣ 具体的な楽譜選択と練習方法
学習の成功を左右する2つの重要決定:
インヴェンション学習の成否は、「適切な楽譜選択」と「系統的な練習方法」で決まります。
· 使用する楽譜の選択
推奨楽譜:園田高弘校訂版
「園田高弘 校訂版 J.S.バッハ インヴェンション BWV772−786 / 春秋社」
選択理由:
1. 網羅性:アーティキュレーション・運指・装飾音を明記
2. 信頼性:校訂者は国際的に著名な日本人ピアニスト
3. 実用性:解釈版の中でも詳しい印象がある、各番号の効果的な学習順序も提示されている
4. 独立性:2声のみで1冊構成(3声に惑わされない)
5. 参考資料:校訂者による参考演奏も入手可能
この楽譜の解説では、それぞれの番号をどの順序で取り組んでいくのがベストなのか書かれているので、基本的にはその順序で練習していきましょう。楽曲のレベルも踏まえたうえで、インヴェンションの中における効果的な取り組み順序が考えられています。
原典版(ヘンレ版など)の限界:
・アーティキュレーション記号が皆無
・装飾音の具体的な演奏法が不明
・初めてJ.S.バッハに取り組む独学者には、解釈の手がかりが不十分
解釈版選択の必要性:
この学習段階での独学においては「方向性を示す指針」が不可欠です。自己流の解釈で進むと、後でショパンエチュードに移行する際に弊害となる可能性があります。
· 具体的な練習方法
確認しておきたいのが、「このロードマップは大切な要素をショートカットするためではなく、本当に必要な部分にしぼって濃く学ぶためにある」ということです。したがって、1曲1曲は徹底的に仕上げることを前提としましょう。
まず、1日60分の練習を前提として、1曲を3週間かけて細かく学んでいきます。そうすると全15曲は「45週間(約1年間)」で終わります。
これをおおむね弾けるようになったからといって短縮してしまっては全く効果が上がらないですし、わざわざ音楽的な教材を選んでいる意味がありません。
· 3週間の練習期間の具体的な進め方
1週目 楽譜の読み込みと基礎練習
・解釈版に書かれている解釈を守ることを前提に、丁寧に譜読みをする
2週目 テクニカルな詰め
・快活な楽曲はきちんとテンポまで上げる(最低でも、解釈版に書かれているテンポの8割以上を目指す)
3週目 音楽的な仕上げ
・通し練習をICレコーダーで録音してチェックし、自分の耳で聴いても不自然なところはゼロにする
スパルタ的に聞こえるかもしれませんが、それを唯一できるのが、大人の独学の方の特権だと思ってください。
・日本語力を生かして、書かれていることや参考資料を学べる
・先生に決められたスケジュール以外の計画で練習できる
こういったことは、「大人」でなおかつ「独学」でないとできません。
· 学習進捗の確認方法
自己評価の具体的な方法についても触れておきましょう。
録音での確認ポイントは、3週間でやるべきこととして提案した、以下のような内容のチェックです:
・テンポが想像よりも遅くないか(最低でも、解釈版に書かれているテンポの8割以上を目指す)
・解釈版で提案されているアーティキュレーションや装飾音の入れ方が、正しく表現できているか
・自分の耳で聴いても明らかに不自然なところはないか
これらがクリアできていることを確認できることが、次の楽曲へ進んで良い判断基準となります。
· トラブルシューティング
– 具体的な躓きポイントへの対応
独学者が特に困りやすい点は、以下の3点です:
・運指の決定
・装飾音の解釈
・テンポの設定
これらについては、原則、解釈版に書かれています。まずは、それらを守ることを前提に実践することをおすすめします。
テンポを上げていく時のアプローチとしては、メトロノームで数値を決めて上げ下げするというのがポイントです。
例えば、「次のステップとして、テンポを10上げてみる」などというように数値を決めておくと、万が一テンポを前の段階へ戻すときに、上げた数値分だけ下げることが出来るので、管理が容易になります。適当に上げ下げしていると、戻したい分だけ戻すことができません。
課題 | 対処方法 | 具体的なアプローチ |
---|---|---|
運指の決定 | 解釈版の指示に従う | • 園田版の運指を基本として使用 • 違和感がある場合は、本記事末にある「全運指」記事を参照する |
装飾音の解釈 | 解釈版の指示を遵守 | • 装飾音の具体的な演奏方法を確認 • 速度に応じた装飾音の入れ方を練習 |
テンポの設定 | 段階的なアプローチ | • メトロノームで数値を明確に設定 • 決まった単位での調整を基本とする • 戻す場合も同じ単位で調整 |
– モチベーション維持の方法
新しい番号へ取り組み始めた直後:
・荒削りであっても「その楽曲をとりあえず一通り読んだ」という事実をつくって、自分を安心させる
・「譜読みを録音する」「家族に、ピアノ部屋で読書していてもらう」など、自分へ緊張感を与える
譜読みが終わって以降
・「オンラインピアノコミュニティ」に類するものへ参加するなど、周りを巻き込む
・その楽曲を使った間近の本番の予定を入れてしまい、自分に良いプレッシャーをかける
段階 | 具体的な方策 | 期待される効果 |
---|---|---|
新曲開始直後 | • 全体を通して、一通り譜読みする • 練習を録音する • 他者の存在を活用 |
• 達成感の早期獲得 • 客観的な進捗確認 • 適度な緊張感の維持 |
練習過程 | • コミュニティへの参加 • 演奏機会の設定 |
• 外部からの刺激獲得 • 明確な目標設定 |
– 計画が遅れた場合の柔軟な対応
3週間で1曲というペースが守れない場合は、以下のように対処しましょう:
1週間遅れの場合:
・次の曲から通常ペースに戻し、遅れた分は全体のスケジュールを1週間後ろにずらす
・原因を分析し、練習方法を見直す
2週間以上遅れの場合:
・その曲を一時中断し、次の曲へ進む
・一つ次の曲が終わったら、戻って最低2週間かけて再学習
モチベーション低下の場合:
・まず5曲完成を中間目標とする
・好きな曲を1曲選んで、それを完璧に仕上げることを優先
・プロの演奏を聴いて刺激を受ける
– 練習時間が取れない場合の対処法
・一気に60分の時間が見つからなくても、10分のスキマ時間を6つ確保する
・ 1日の中からあらかじめ60分抜いてしまって、23時間で生活する
・時間がないフリをしない
・何かをやめる、練習方法を見直す
- 練習方法も1in 1out
- 好きな場所だけを気持ちよく弾くのをやめる
課題 | 解決策 | 実践のポイント |
---|---|---|
時間の分散 | 10分×6回の分割練習 | • 空き時間活用 |
時間の創出 | 1日の時間配分見直し | • 23時間生活の導入 • 優先順位の明確化 |
練習の効率化 | • 練習方法の見直し • 効果の低い練習の排除 |
• 1つ導入したら1つ排除 • 効果測定の実施 |
► 発展学習
‣ ショパンエチュードへの移行
入門曲としてよく挙げられるのは:
・「Op.10-3,5,6,9,12」
・「Op.25-1,2,7」
この辺りですが、「音楽面」「テクニック面」から考えると、Op.10-9もしくはOp.25-2から取り組むのがベターです。
「op.25-1(エオリアン・ハープ)」から取り組むのはおすすめしていません。この楽曲に取り組んでいる多くの方は関節をベタッと伸ばして演奏しており、非常に良くないクセがつきやすい楽曲でもあるからです。
ここまでで、必要な情報はそろったはずです。あとは一歩踏み出すだけ。ぜひ挑戦してみましょう。
‣ 古典派作品の学習について
「ピアノを練習する」というのは、テクニックなどを学ぶだけではなく、楽式や様式を学んでいくということも含まれています。その観点で考えると、本記事のロードマップでは、古典派の作品の楽式や様式が抜けてしまっています。
ショパンエチュードに入門してからでも構わないので、「ベートーベンのピアノソナタ(特に初期のもの)」にも取り組んでみることをおすすめします。
► ショパンエチュード到達のための1年間学習計画表
► 終わりに
約1年間という期間で、ソナチネレベルからショパンエチュードへと駆け上がる学習法を紹介してきました。
このロードマップの核心は「選択と集中」です。2声のインヴェンション全15曲という限定された教材に深く取り組むことで、広く浅い学習では得られない確かな技術と音楽性を身につけることができます。
重要なのは、継続できる工夫をしながら1曲1曲を徹底的に仕上げること。表面的な「弾ける」状態で満足せず、録音での客観的チェックを経て、演奏会レベルまで仕上げる姿勢が成功の鍵となります。
独学だからこそ可能な自由度の高い学習計画と、大人だからこそ発揮できる理解力を最大限に活用し、憧れのショパンエチュードへの扉を開いてください。
・園田高弘 校訂版 J.S.バッハ インヴェンション BWV772−786(春秋社)
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