「楽曲の中だけでテクニックを上げるのはムリ」
という考え方もあります。
出てくるパッセージを一瞬で通り過ぎてしまうからでしょうか。
では果たして、
そのようなパッセージが何度もでてくる楽曲で、
何度もさらう必要はほんとうにあるのかを
考えてみる必要があります。
ずっと前のことになりますが、
ピレシュもテレビ番組の中で
「マシンガンのようにさらう練習の無意味さ」
を指摘しています。
そのような練習では、
楽曲が変わるとすぐに使えなくなってしまうのです。
「ちょっとしか出てこないパッセージだから練習にならない」
のではなく、
「楽曲の中で必要とされて出てきたパッセージだからこそ、練習する意味があるし身に付く」
と言えます。
筆者自身が何度も感じてきたことでもあります。
例えば英単語でも、
単語だけで暗記していくと
忘れる上に応用が利かないけれども、
カタマリとして覚えておくと、
「必要だから使った単語」
という理由で単語としての定着が良くなり、応用も利く。
このことを
伝説の名教師、伊藤和夫先生が指摘しています。
マシンガンのようにパッセージをさらうのは
これと少し似ていることをやっているのです。
弾き込みが重要だということは確かですし、
ハノンやツェルニーなどのエチュードを否定はしません。
むしろ効果的に取り入れることは推奨しています。
しかし、
練習に関して必ず意識すべきなのは、
「音楽を表現するためにそのパッセージがある、という意識を持ってさらう。英単語の例のように、文脈から切り離して練習しない」
ということ。
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