【ピアノ】運指に関する情報収集の方法や座学的重要視点
► はじめに
本記事では、「運指」に関する情報収集の方法や重要視点について解説しています。
「具体的な運指の決め方」や「運指の書き込み活用方法」などについては、以下の記事で取り扱っています:
・【ピアノ】運指の決め方 大全:43の技術と戦略
・【ピアノ】ピアノ演奏技法:替え指の実践的活用法
・【ピアノ】特殊な音楽効果を生み出す書法における運指テクニック
・【ピアノ】運指の書き込みによる譜読みの効率化と練習管理法
► A. 運指の音楽的意義と理解
‣ 1. 作曲家自身による運指は、音楽を示している
作曲家自身による運指は、「音楽の内容」そして「作曲家自身のピアノテクニック」を示しています。
どういった運指をとるのかによってニュアンスが変わり、その微妙なニュアンスが欲しいからこそ、作曲家はわざわざ残すわけです。作曲家自身による運指は、教育用作品でもない限り、奏者で決めにくいであろうところのガイドとして書かれるわけではありません。
それは作曲家がケアすることではなく、必要であれば出版の際に補足されればいいだけのことだからです。
指示を見つけたときには、「この指示を通して要求されているのは、どういう音楽なのだろう」という視点をもって、楽譜のウラを読んでいきましょう。
作曲家自身の運指か校訂者の運指かを見分ける方法については後述します。
‣ 2. 書かれている運指の意図を考えるのは、良い学習方法
中には疑問を感じる運指が書かれていることもあるでしょう。
・「とりあえず、すべて従ってみよう」
・「弾きにくいから変えてしまおう」
などと、あっさり処理してしまうのではなく、一度でいいので「なぜ、このような運指が書かれているのだろう」と考えてみてください。少しでも疑問が出てくる運指というのは、「素通りすべきでない運指」です。
例えば、以下のような例。
シューマン「アレグロ Op.8」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、36小節目)
36小節目の右手には、多くの版で譜例のような「3-4」の替え指が連続した運指が書かれています。
初めてこの作品に取り組んだときには、「なぜわざわざ、より複雑で失敗の確率も上がる運指を使わないといけないのだろう」などと疑問に思ったものです。隣り合った指で弾いていくだけのほうが、テクニック的にもずっと容易です。
しかし、ここでは「シンコペーションであり、なおかつアクセントがついている」ということで、一音一音がはっきりと欲しい箇所だということを考えると、「強い3の指で打鍵することで、芯のある音色が欲しいのだろう」などと、運指の意図が見えてきます。
運指の意図を考えることを積み重ねることで、「こういうときには、こういう運指を使うのもアリだな」という自身の引き出しが増えていきます。
先人がつけた運指を研究することで、一人では気づかないようなことも発見できるでしょう。
‣ 3. 運指を決めるのはパフォーマンスの決定でもある
演奏会を聴いていると、その作品を筆者自身が弾いたときとずいぶん運指が異なっているのに気づくことがあります。
演奏者は何メートルも離れているのにどうしてそんなことが分かるのかというと、運指の違いが身体の動きにあらわれるからです。
例えば、片手でも弾けるパッセージを両手で分担しているのは一目瞭然ですし、親指をくぐらせる位置が異なるだけでも指先の見え方や腕の動き方に少し差が出てきます。また、漫画「ピアノの森」では、主人公が演奏するショパン「前奏曲 第24番 Op.28-24」のラストの運指について、一人の若い観客が大興奮する場面も描かれていました。
これらのことからも分かるように、運指を決めるのは見え方の決定、パフォーマンスの決定でもあるわけです。
原則としては、選ぶ運指によって出てくる「音楽そのもの」を優先すべきです。一方、「運指は演奏姿にも影響がある」ということも意識しておくと、自分の演奏を動画などで客観的に評価する際の参考になるでしょう。
► B. 運指研究の実践的アプローチ
‣ 4. 作曲家自身の運指か校訂者の運指かを見分ける方法
書かれている運指が作曲家の運指と校訂者の運指のどちらなのかを見分ける方法には、大きく以下の2つの方法があります:
・楽譜に書かれている報告を見る
・運指に関する音楽史の事実を知っておく
例えば「ベートーヴェン ピアノソナタ」の場合、斜体で書かれた運指がベートーヴェンによるものとして、その他の運指と区別されているエディションがあります。
版によって違いはありますが、きちんとした楽譜であれば、作曲家自身による運指をどう示してあるかの注が書かれています。
「イタリック(斜体)数字の運指はベートーヴェンによるものです。」
英文は、Universal Edition「ピアノソナタ 第1番 ヘ短調 Op.2-1」からの抜粋
などといったように。
ブラームス、ショパン、メトネルなども比較的多くの運指を残してくれています。このような情報を手がかりとして、作曲家自身が残した指示なのかそうでないのかを判断していくようにしましょう。
もう一つ、様々な文献を通して運指に関する音楽史の事実を知っておくことも区別には有効です。
例えば、モーツァルトはどの作品でも運指を指定しませんでした。その事実を知っておけば、彼の作品に書かれている運指はすべて校訂者によるものだと理解できます。
また、ドビュッシーは「12の練習曲」における初版の序文にて「運指は自分で探すこと」と書いています。そしてもちろん、作品には運指を指定しませんでした。この事実を知っていれば、彼のこの作品に書かれている運指はすべて校訂者によるものだと理解できます。
文献を読んでいると、他の作曲家についても様々な運指に関する音楽史の事実がありますが、それらのような知識的なことをたくさん知っておくと、運指の区別に役に立ちます。
‣ 5. 譜読みが終わった後に他版の運指を比較研究する
譜読みが終わった後に他版の運指を比較研究するのは、良い学習になります。
やり方は、以下のようなもの。
いったん譜読みが終わった後に自分が使っていない他の版の楽譜を見て、異なった運指を使っているところをチェックする。
他版の運指の方も試してみて、どちらがやりやすいか、また、どちらが音色などの面で納得がいくかなどを細かく調べる。
これをやると、自分が一番だと思って譜読みを終えた運指ですら、くつがえされることがあります。そのときに:
・なぜはじめからその運指を思いつかなかったのか
・なぜ自分が今使っている版では異なる運指が書かれているのか
などを考えることになり、運指に鋭くなるための良い学びが得られます。
認識しなければいけないのは、一度、譜読みを終えるくらい自分で納得して決めた運指があるからこそ、それを比較対象として良い学びになるということ。
数学の問題を解くときなども、開始1分で答えを見てしまうよりも、ある程度考えたうえで答えを見たほうが、解答から学べることが多いのは感じたことがあるでしょう。初めから答えを見た場合は「解き方を暗記する」みたいな学習になりますが、考えたうえで見た場合は「自分の考えのどこに問題があったのかを考えながら、解き方も覚える」というような、身になる学習になります。
運指の学習でも似たようなところがあります。二度手間を恐れずにやってみてください。
もちろん、本番が近いときは避けてください。新しい運指を試したりすると、一時的に弾けなくなったりと混乱が生じる可能性があるからです。
‣ 6. 運指リサーチを趣味にする
あらゆる運指を楽譜上で細かく示してくれているのは:
・教育用教材
・相当な需要のある名曲
・一部の現代音楽
くらいなもので、他の作品に関しては自分自身で考えていかないといけない部分が山ほどあります。そういったときに、何となく運指を振ることができるだけでなく、その音楽のニュアンスを最も適切に表現できる運指を選びとっていかなくてはいけません。
日々行っていた運指リサーチが役に立つのは、言うまでもありませんね。運指リサーチを趣味にしましょう。
ゆくゆくは、自身で考えて運指を振る過程で、以前に悩んで納得いっていなかったことが腹落ちしたり、新たに自分で気づいたりすることが出てきてそれをストックできるようになるのが理想です。
‣ 7. 運指再検討のススメ
・「音色をもう少し改善したいな」
・「ここは少し弾きにくいな」
今取り組んでいる楽曲に少し余裕が出て、このように思うところが出てきたら、「運指を再検討してみる」というのもおすすめです。
運指を変えるだけで、メロディのつながり方が圧倒的に変わることがあります。弾きにくかった所が弾きやすくなることもあります。
「どちらでも一応OKだけど、ちょっとの工夫でまったく違う響きになる」という部分を突いていきましょう。
例えば、ショパン「革命のエチュード」の一番はじめの和音、試しに一度だけ「左手」で音を出してみてください。右手と全く同じ響きは出てこないことに気づくと思います。
・どの指で弾くか
・どちらの手でとるか
というのは、音色に大きな影響があるのです。
それぞれの指が持っている「独自の表情」に注目して、注意深く運指を選ぶようにしましょう。
► C. 技術的な運指の重要性
‣ 8. なぜ、運指の決定を適当に終わらせてはいけないのか
「新しく取り組み始めた作品を、いち早く通して弾けるようになりたい」という気持ちは分かります。しかし、運指の決定段階において決して焦らないでください。
当然、「良くないクセがついてからの困難な修正を減らすため」という理由もありますが、楽曲理解に関わる部分も大きくあります。例えば、「運指」を決定していくなかで:
・テクニック的に難しいところが明確になる
・ちょっと変化した繰り返しで、どこが変わったのかが明確になる
・自分の体格に合っている楽曲なのかが明確になる
などをはじめとし、様々なことを明らかにすることができます。
ピッチやリズムを読むことと同じくらい大切な過程だと思って、適当に終わらせないようにしてください。
‣ 9. 運指に鋭くなるためには曲数をこなすことも必要
「運指に鋭くなるためには曲数をこなすことも必要」ということを覚えておいて欲しいと思います。
入門から上級へ向けて楽曲の難易度は上がっていくのに、書かれている運指の割合は減少していきますね。それは、一人で対応できるようになっていくという前提だからです。きちんとした入門用や初心者用教材の場合は、丁寧に運指が書かれています。独学用教材であればなおさら。
そういった段階を踏んで「こういう音型のときは、こういう運指を使えばいいんだな」などとやり方が少しずつ身についてきます。
この地道な積み重ねで、新しく取り組む作品であっても前後関係を踏まえて適切な運指を見つけていくことができるようになります。「パターンを知っていくのも学習の一つ」ということです。
取り組むすべての作品が運指の教材だと思って練習することを、日々の学習の中で意識してみてください。
‣ 10. 親指の重要性をもっと認識する
親指は手首についているうえに、きちんと他の指の下をくぐらせることのできる唯一の指ということもあり、ピアノ演奏において他の指とはずいぶんと役回りが異なります。
力強い打鍵はもちろん、親指を軸に手を運用することは多いですし、オクターヴ演奏などで手を支えるのにも欠かせません。
ピアノ音楽で求められるテクニックというのは、親指の運用に頼る部分が非常に大きいのです。
例えば、ショパンのエチュード集を眺めてみると、多くの楽曲における練習目的の中に「1と2の指の開発」が含まれています。ショパンがそう言っていたわけではありませんが、作曲的にそう書かれています。
ピアノ演奏において、親指の重要性をもっと認識しましょう。
例えば、ヴァイオリンやヴィオラにおいて楽器本体を主に支えているのは「あご当て部分」と「左手の親指」で、弓を主に支えているのは「右手の親指」です。つまり、両手とも親指の役割が重要で、それらがおろそかになっていると楽器の演奏をすることすらできません。
一方、ピアノという楽器では、我々が楽器自体を支えているわけではありませんし、演奏テクニック的に運指上必要なときにはじめて、親指が登場するわけです。どうしてもそれらの重要性を軽視してしまいがちなのは、ここに大きな理由があるでしょう。
‣ 11. 運指を覚えることが学習を前進させる
「良い運指を使って、かつ、その運指を覚えている」のが、速いパッセージを確実に弾く条件です。
例えば、以下のパッセージで考えてみましょう。
ショパン「エチュード Op.25-7」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、52小節目)
上の譜例に記載したのは、コルトー版で紹介されている指遣いで、下の譜例に記載したのは、初歩の教則本などでよく見られる123の指しか使わずに半音階を弾く指遣いです。
123のみしか使わない運指と比べると、コルトーが示したもののほうが速く弾くことを目指せる良いフィンガリングです。しかし、このコルトーによる運指を弾いてみようとしても、はじめのうちは上手く弾けないのではないでしょうか。
その理由は、少しでも間違えるとストップしてしまう「運指の覚えにくさ」にあります。
では、「123しか使わない覚えやすい運指で弾けばいいじゃないか」ということになりそうですが、その運指では一定以上の高速演奏をするのが困難。5の指や4の指を取り入れたコルトーの運指のほうが、慣れれば断然スピードアップを目指せます。
「慣れればより速く弾けるほうの運指で、慣れるまで練習を重ねるのがベスト」
このような当たり前へ向かっていくべきということです。
「運指を覚えることが学習をどれほど前進させるか」ということを今一度認識して欲しいと思います。
► 終わりに
本記事の中で、「運指リサーチを趣味にしましょう」とまで書きましたが、運指の探求は音楽の深い理解への重要視点です。各楽曲と向き合って作曲家の意図を読み解く中で、運指というものをさらに重視して考えることが、学習をさらに前へ進める大きなポイントです。
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