【ピアノ】叙情的なメロディにアクセントが書かれている理由を考える

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本Webメディアの他の記事では、
「ここは、楽曲の作りとしてはこうなっている」
「こういうときは、このような学習方法をとるといい」
などといったような
はっきりと提案するような内容のものが多くなっています。
一方、本記事では少し色を変えて
考えても答えが出ない表現について取り上げていきます。

 

以下の譜例を見てください。

 

チャイコフスキー「四季 12の性格的描写 10月 秋の歌」

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、7-8小節)

この楽曲には

着想を得たと言われている詩が存在します。

(以下、ピティナ ピアノ曲事典より抜粋)

秋 憐れな庭は落ち葉におおわれている
黄ばんだ木の葉は 風に舞い落ちている……

エピグラフはアレクセイ・トルストイの
「秋 憐れな庭は落ち葉におおわれている」(1858)より。

(抜粋終わり)

 

ここでまず考えるべきなのは

「楽曲がどの視点から描かれているのか」ということ。

上記の詩を読むと「情景」「そこからくる心情」が想像できますが、

楽曲としては

情景描写をした作品というよりは

そこに存在する人間の心情を描いているように感じます。

曲頭に「doloroso(悲痛に、悲しげに)」と書かれているのも

情景というよりは

どこか人間の心情寄りの表現ではないでしょうか。

 

この楽曲では

全体にわたって各種記号が細かく書かれているのが特徴となっており、

8小節目では

叙情的なメロディにアクセントが書かれています。

しかも、シンコペーションで食ってくる音に対してではなく

3連符の真ん中の音に。

その理由は作曲家にきかない限り考えても答えは出ませんが、

想像してみるのが音楽の素晴らしさでもありますね。

これらのアクセントの意味を考えてみましょう。

 

(再掲)

半音階で下降していくメロディ、

それも、dim. とシンコペーションの中で

アクセントを伴いながら、

というのが

ここでチャイコフスキーが書き残した

目に見える部分での表現。

 

これらのアクセントは

とうぜん、ただ単に「強く強調して」ではありません。

心のため息とでも言えるような

心の奥にある気持ちの動きが

半音階による音、リズム、ダイナミクスの変化となって表れていると

考えられるでしょう。

 

そのように考えた場合には、

演奏者に

記されているリズムでは表現しきれない音符の動かし方、

時間の使い方などの工夫が求められます。

そして、演奏者自身の心の動きが必要であり

そこに心惹かれる自分が居なくてはいけない。

 

このような細かな記号指示というのは、

演奏者に

音符、記号、楽語などの先にある表現を考えさせてくれます。

より深く音楽と向き合うきっかけをくれるわけですね。

 

演奏の仕方に正解はありません。

上記のような自分なりの考えをもったうえで、

ピアノという楽器の音でそれを表現する方法を

探るようにしましょう。

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

ピアノ音楽(ピアノソロ、ピアノが編成に入った室内楽 など)に心惹かれ、早何十年。
ピアノ音楽の作曲・編曲が専門。
物書きとしては楽譜だけでなく文章も書いており、
音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆を手がけています。
Webメディア「大人のための独学用Webピアノ教室」の運営もしています。
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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