【ピアノ】演奏に迷いやすい記譜の謎を解読:正しい解釈と表現方法

スポンサーリンク
スポンサーリンク

【ピアノ】演奏に迷いやすい記譜の謎を解読:正しい解釈と表現方法

► はじめに

 

楽譜には、作曲家の意図を伝える様々な記号や記譜が記されています。しかし、その解釈に迷うことも少なくありません。

本記事では、ピアノ演奏において特に疑問が生じやすい記譜について詳しく解説していきます。

 

► A. ダイナミクス

‣ 1. fp・pf の違いと演奏法

 

まず、fp(フォルテピアノ)には主に2つの演奏解釈があります:

① その音を強く(f)打鍵し、直後に弱く(p)なる
② アクセントをつけずに、その音から突然弱く(p)なる

①はアクセントと subito p(突然の弱音)を組み合わせたような効果を生み、②は純粋に subito p と同様の効果となります。楽曲中で fp が出てきた際は、曲想や前後の文脈を考慮し、どちらの表現がより適切かを判断しましょう。

 

pf についてですが、これは一般的に想像される piano forte(ピアノフォルテ)ではなく、poco forte(ポコフォルテ)の略称です。主にハイドンのソナタなどで見られるこの記号は、「やや強く」という指示を表します。

 

‣ 2. 全音符につけられたクレッシェンドの意味

 

シューマン「ピアノソナタ 第3番 ヘ短調 Op.14 第3楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)

シューマン「ピアノソナタ 第3番 ヘ短調 Op.14 第3楽章」譜例:フェルマータ付き全音符にクレッシェンドが記された箇所

左から3番目の小節を見てください。

フェルマータ付きの全音符にクレッシェンドが書かれていますが、これはどのように解釈すればいいのでしょうか。

ピアノという楽器は減衰楽器なので、一度出し終わった音をクレッシェンドすることは原則できません。版によってはこの箇所に注が付けられているものもありますが、基本的には「作曲家の気持ちとしてのクレッシェンド」と考えてください。おそらく、直後の f でしっかりと空気感を変えて欲しかったのでしょう。

ティンパニのロールなどがクレッシェンドして、目を覚ますような印象的な f のトゥッティへ入るイメージ。オーケストラが想定された記譜とも解釈できます。

 

こういったことは、あくまで想像の世界です。しかし、楽譜へのノーテーションは想像に働きかける力があるので、こういったことを想像していく過程も含めて音楽を読み取っていくことを楽しみましょう。

 

‣ 3. どういう意味?白玉についた松葉

 

ドビュッシー「前奏曲集 第1集 より デルフィの舞姫たち」

譜例(PD作品、Finaleで作成、曲尾)

ドビュッシー「前奏曲集 第1集 より デルフィの舞姫たち」譜例:白玉についた松葉記号(デクレッシェンド)

ピアノは「減衰楽器」なので、一度音を出したらその音の中でクレッシェンドやデクレッシェンドをすることは特別な奏法を使わない限りできません。したがって、譜例のように白玉についた松葉」はどのように解釈をすればいいか迷うはずです。

これは、「作曲家の気持ちとしての松葉」「音楽の方向性を示したイメージ」と考えてください。

 

この譜例の場合は、から pp へ移行する際に「音楽がおさまっていく」方向性を示した松葉が、楽曲の終息を告げています。

また、この松葉が書かれていることで「ダイナミクスが段になっているというよりは、ひとつながり」というイメージが伝わってくるように感じます。結果的に、「この2つの小節は別々のものではなく、関連性のあるもの」という感覚を持つことができるでしょう。

 

音楽の方向性を示したイメージとしての松葉は、極論、無くても成立するものです。しかし、それがあることで作曲家のイメージを想像する手がかりになるので、決して軽視せずに注意深く読み取る必要があります。

 

‣ 4. クレッシェンドの到達点のダイナミクスをどうするか

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】ダイナミクスの理解と表現技法:完全ガイド

「‣ 23. クレッシェンドの到達点のダイナミクスをどうするか」

 

‣ 5. クレッシェンドの記譜法の違いから読み解く作曲家の意図

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】クレッシェンドの記譜法の違いから読み解く作曲家の意図

 

‣ 6. 拍の途中から唐突に書かれている強弱記号の意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】ダイナミクスの理解と表現技法:完全ガイド

「‣ 67. 拍の途中から唐突に書かれている強弱記号の意味」

 

‣ 7. subitoでダイナミクスを変える箇所の見抜き方

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】ダイナミクスの理解と表現技法:完全ガイド

「‣ 35. subitoでダイナミクスを変える箇所の見抜き方」

 

‣ 8. 一度の打鍵で fp を表現するためには

 

一度の打鍵に対して fp と書かれている例は、意外と多く見られます。有名どころだと、例えば:

・ベートーヴェン「ピアノソナタ 第5番 第1楽章」
・ベートーヴェン「ピアノソナタ 第6番 第1楽章」
・ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 第1楽章」

 

fp と書かれた意図を推測して、その箇所にとって一番適切だと思われる方法を選択する」ことになります。

以下、複数の解釈を学習しましょう。

 

 

【一種の「アクセント表現」と解釈する】

 

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 悲愴 ハ短調 Op.13 第1楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 悲愴 ハ短調 Op.13 第1楽章」譜例:一度の打鍵にfpが書かれた例(曲頭)

ここでの fp では、複数の解釈ができるでしょう。

そのうちの一つが、「一種のアクセント表現と見なす」というものです。「この音のみが f で、他は p です」という表現を意図したアクセント。

当たり前のことと思うかもしれません。しかし、まずは f とだけ書いておいて次の音が出てくる箇所に p と書いたのでは、出てくるサウンド自体はあまり変わらなくても、楽譜から伝わる内容が全くの別物になります。の打鍵が終わった “直後” から p の世界だと伝えるには、fp と書くべきなのです。

 

 

【一種の「フェルマータ表現」と解釈する】

 

(再掲)

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 悲愴 ハ短調 Op.13 第1楽章」譜例:一度の打鍵にfpが書かれた例(曲頭)

考えられるもう一つの解釈は、「一種のフェルマータと見なす」というものです。f で打鍵した後に、余韻が p まで減衰したら次の音へ進んで欲しい」という表現を意図したフェルマータ。

譜例のように、すぐ次に音がないところでは有効に使えるうえ、比較的、fp に近い表現が手に入ります。

作曲当時のピアノは現代のピアノよりも減衰が速かったので、こういった表現がより効果的だったと言えるでしょう。

 

 

【その他の解釈案】

 

(再掲)

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 悲愴 ハ短調 Op.13 第1楽章」譜例:一度の打鍵にfpが書かれた例(曲頭)

その他の解釈の一つとして考えられるのは、「楽譜上の情報量をシンプルにしたかった」ということでしょう。

fp(フォルテピアノ)」と書いておけば、その後に「ピアノ(弱く)」と書かなくてもいいので、楽譜がシンプルになります。

 

もう一つ解釈を挙げるとすると、「オーケストラを想像していた可能性がある」ということでしょう。

特に譜例の楽曲では、ピアノ曲であるにも関わらず「オーケストラが聴こえてくる箇所」がたくさんあります。オーケストラで演奏するとしたら、fp(フォルテピアノ)」も表現できます。

 

 

【制約はあるけれども、本当に fp に聴かせる方法】

 

上記の譜例の箇所では不可能ですが、文脈によっては本当に fp のように聴かせる方法もあります。響かせたい音によっては、「倍音」を使用することで表現可能です(生のピアノで扱えるテクニック)。

 

譜例(Finaleで作成)

ピアノのハーモニクス(倍音)を使ったfp表現の譜例:A音を押さえて他の音を演奏する方法

ひし形のA音を音を鳴らさずに押さえておき、ノンペダルで16分音符で書いた音を鋭く演奏します。そうすると、丸印で囲った音がハーモニクスとして響くのです。

ハーモニクスの音は弱音で背景のように響くので、まるで fp を表現したかのように聴こえなくもありません。

 

すべての音でできるわけではありませんが、譜例以外の音を使ってもいく通りかはハーモニクスを表現可能です。倍音について勉強すると、このテクニックを応用することができます。

 

‣ 9. ラインの重要性を示したアクセント

 

作曲家は「アクセント記号」や「テヌート記号」を「ここのラインが重要、という意味のサイン」として使うことがあります。 

 

ラヴェル「メヌエット 嬰ハ短調 M.42」

譜例(PD作品、Finaleで作成、16-18小節)

ラヴェル「メヌエット 嬰ハ短調 M.42」譜例:内声部の重要ラインを示すアクセント記号(16-18小節)

丸印で示したラインにアクセント記号がついているのは、ただ単純に強調して欲しいという意味だけではなく、「このラインが重要、というサイン」として書かれていると考えられます。そうでないと、「いかにも主役に聴こえるトップラインのメロディよりも強調するのか」などという疑問が出てきてしまいます。

 

上記の譜例のように:

・内声部分に隠された重要ライン
・伴奏部分に隠された重要ライン

などを示したい場合、作曲家は頭を悩ますことになります。

大事なラインを伝えるために、楽譜上そのラインに存在感を与える必要があり、「アクセント」「テヌート」などの記号を書くことでサインにするということなのです。

 

ちなみに、以下のようにして存在感を与えることもあります。

 

ドビュッシー「子供の領分 1.グラドゥス・アド・パルナッスム博士」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、3-5小節)


ドビュッシー「子供の領分 1.グラドゥス・アド・パルナッスム博士」譜例:声部分けとスタッカートによる重要音の表示(3-5小節)

上段に注目してください。

「声部分け」かつ「目印の意味のスタッカートの付加」をすることで、細かいパッセージの中にある大切な音を説明しています。この場合は、メロディをピックアップしたい例ですが、内声のピックアップに用いられることも多くあります。

 

譜読みの途中で解釈に迷う記号や記譜を見かけたら、今回取り上げたパターンのどれかに当てはまらないかを考えてみてください。作曲家によって記譜というのはあらゆる意味を持つのです。

 

‣ 10. più、meno、pocoがついた強弱記号の強さ関係

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】più、meno、pocoがついた強弱記号の強さ関係

 

‣ 11. 音符の上の < > 記号の意味とは?

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】音符の上の < > 記号の意味とは?

 

► B. テンポ、フェルマータ

‣ 12. a tempoへ戻す位置に悩む時の解決策

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】演奏におけるテンポの選び方とその表現方法

「‣ 20. a tempoへ戻す位置に悩むときの解決策」

 

‣ 13. 伸ばしている音符だけにrit.が書かれている意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】リタルダンド(rit.)の奥深い表現技法

「‣ 11. 伸ばしている音符だけにrit.が書かれている意味」

 

‣ 14. J.S.バッハが示す、終止音と終止線上のフェルマータの違い

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】フェルマータの表現技法:作曲家の意図を読み解く演奏法

「‣ 1. J.S.バッハが示す、終止音と終止線上のフェルマータの違い」

 

‣ 15. フェルマータの長さに迷ったときの解決策

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】フェルマータの表現技法:作曲家の意図を読み解く演奏法

「‣ 8. フェルマータの長さに迷ったときの解決策」

 

► C. リズム

‣ 16. ピアニストでも楽譜通りのリズムで弾かない付点リズム

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】付点リズムの解釈法:楽譜を超える音楽的表現のコツ

「‣ 6. ピアニストでも楽譜通りのリズムで弾かない付点リズム」

 

‣ 17. なぜ、J.S.バッハの付点は3連符に合わせるのか

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】なぜ、J.S.バッハの付点は3連符に合わせるのか:記譜法から見る演奏解釈

 

► D. ペダリング

‣ 18. 「ダンパーを外して」の意味を理解する

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】楽器の構造から学ぶペダリング

「‣ 16.「ダンパーを外して」の意味を理解する」

 

‣ 19. シューマンのペダル指示の特徴:曲頭のペダル記号の意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】作曲家自身によるペダリング指示を読み解く

「‣ 2. シューマンのペダル指示の特徴:曲頭のペダル記号の意味」

 

‣ 20.「遠くで」を表現する音楽的アプローチ

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】ソフトペダルの使い方と表現技法

「‣ 8.「遠くで」を表現する音楽的アプローチ」

 

► E. スタッカート

‣ 21. スタッカートとペダルの同時指示の意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】スタッカートを理解する:奏法、テクニック、音楽的解釈の深堀り

「‣ 5. スタッカートとペダルの同時指示」

 

‣ 22. タイでつながれた音にスタッカート : 演奏方法

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】タイでつながれた音にスタッカート : 演奏方法

 

‣ 23. 2分音符にスタッカートがついている意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】2分音符にスタッカートがついている意味

 

► F. 旗・連桁

‣ 24. フレーズ構造を示す越小節連桁

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】連桁の分断と連結から読み解く音楽表現

「‣ 7. フレーズ構造を示す越小節連桁」

 

‣ 25. 「直線の旗」 演奏方法に迷いやすい記譜

 

譜例(Finaleで作成)

「直線の旗」記譜法の例:休符直前の音符に書かれた直線状の旗

休符の直前にある音符の旗が、「直線」になっています。特に近現代の作品でよく見られる記譜です。

このような「直線の旗」は、通常の旗の役割と変わりなく、「通常の旗と同じ演奏方法」と解釈しておけば問題ありません。

 

では、なぜこのような特殊な書き方が存在するのでしょうか。

簡潔に言うと、「見た目の問題」が理由です。笑い話のようですが、多くの邦人作曲家はこういった理由で直線の旗を使っています。例えば、「バッと勢いよく音を切って欲しいときには、直線の旗の方が雰囲気が出る」などと話す方もいます。

記譜というのはある程度の「利便性」を追求しているのが通常ですが、「譜面から緊張感や雰囲気を伝える」ということも作曲家側にとって「こだわり」であり、重要な要素なのです。

 

► G. フレージングとアーティキュレーション

‣ 26. ドビュッシーが用いたヴィルギュルの意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】楽譜への書き込みの活用法と、作曲家の書き込みの解釈法

「‣ 16. ドビュッシーが用いたヴィルギュルの意味」

 

‣ 27. ニュアンスが不統一のオクターヴユニゾンの解釈

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】オクターヴ演奏の効果的アプローチ:テクニカルと音楽的観点か

「‣ 7. ニュアンスが不統一のオクターヴユニゾンの解釈」

 

‣ 28. テヌートの連続とレガートの違いとは?

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】テヌートの連続とレガートの違いとは?演奏法と使い分けのポイント

 

► H. 孤線

‣ 29. スラー?タイ?

 

譜例(Finaleで作成)

同音同士をつなぐ孤線の解釈例:スラーかタイかを判断する記譜パターン

左側の譜例を見てください。

”同音” 同士が孤によってつながれている場合、多くの場合は「タイ」と解釈します。しかし、同じ記譜であっても、録音を聴いていると「スラー」で演奏している楽曲もあります。

これは正直、「その楽曲の慣習的な演奏法による」と言うしかありません。

 

一方、区別できる場合もあります。

楽曲によっては、譜例右のように「スタッカート」か「テヌート」あるいは「その両方」が書かれていることもあります。このような場合は、記号があることで「タイではない」という意味になるので、「スラー」に肉薄するように同音連打をして演奏しましょう。

 

この場合のスタッカートは、「音を短く切る」という解釈もできますが、「 “スラーではありません” ということを説明するだけの意味」で書かれている可能性もあり、どちらの解釈をとるかは演奏者に任されています。

 

‣ 30.「ヒゲ(気分のタイ)」の意図とは?

 

譜例(Finaleで作成)

「ヒゲ(気分のタイ)」の譜例:全音符と小節線上につけられた弧線記号

このような「ノーテーション(記譜)」は時々目にすると思います。ここで見られる孤のマークは、余韻を残して欲しいときに使われるもので:

・ヒゲ
・気分のタイ

などと呼ばれることがあります。

 

なぜ、あえてこのような書き方をすると思いますか。

以下の理由に集約されます:

・単純に、見た目の問題でつける
場合によっては、「手では切ってしまい、ペダルで音響を残す」という意図

 

‣ 31. 短い音価の音符につけられたヒゲの意味

 

まず、前提として以下のことを再確認してください。

・ペダルで音が伸びていたとしても、手ではスタッカートにすることで、空間性のある音色で音が立ち上がってくる
・ペダルで音自体はつながっていても、手でもレガートにしないと、出てくる音はレガートに聴こえない

 

前項目では:

・全音符につけられたヒゲ
・小節線の上につけられたヒゲ

に関する以下の譜例を取り上げました。

 

譜例(Finaleで作成)

「ヒゲ(気分のタイ)」の譜例:全音符と小節線上につけられた弧線記号

その際のヒゲの意味は、以下の2点でした:

・単純に、見た目の問題でつける
・場合によっては、「手では切ってしまい、ペダルで音響を残す」という意図

 

基本的には、短い音価の音符につけられたヒゲの場合も同様と考えてください。

 

譜例(Finaleで作成)

短い音価の音符につけられた「ヒゲ」の譜例:16分音符、8分音符、4分音符についた弧線記号

この譜例のような場合、上記2つのどちらの意味でもヒゲは使われます。

しかし、短い音価の音符につけられた場合は、「手ではなく、ペダルで音響を残して欲しい」という意図がより濃くなります。「ダンパーペダル+スタッカート」とほぼ同義ということです。

 

‣ 32. 音符の前につけられている弧の意味

 

【タイと考えていいケース】

 

ドビュッシー「夜想曲」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)

ドビュッシー「夜想曲」譜例:音符の前につけられた弧をタイと解釈する例(曲頭)

2小節3拍目のDes音のオクターヴでは、音符の前に弧がつけられています。直前の音符の後ろから出ている弧は1拍目の2分音符についています。これは「タイ」と解釈してください。

無理矢理タイをつなぐこともできたわけですが、それでは見にくくなってしまうため、このような記譜法がとられたのです。

この楽曲では「muettes(無音)」と言葉でも書かれていますが、書かれていない楽曲であっても基本的には「タイ」と解釈してください。

 

タイというのは「直前の “同じ音程” の音符」があってこそです。したがって:

・直前の音符が異なる音程
・直前の音符の後ろから出ている弧自体がない

などといったケースでは、「タイではない」ということになります。

 

 

【現代音楽では別の意味でも】

 

特に現代音楽の分野では、「その音へ、丁寧に入って欲しい」という意味で音符の前に弧がつけられることもあります。

 

譜例(Finaleで作成)

「休符から伸びているように見えるタイ」の譜例:音符前につけられた弧線記号

この記譜に関しては、次項目で解説します。

 

‣ 33. 休符から伸びているように見えるタイ

 

譜例(Finaleで作成)

「休符から伸びているように見えるタイ」の譜例:音符前につけられた弧線記号

休符から次の音へ向けてタイらしき孤が伸びているように見えます。

特に近現代の作品でよく見られる記譜で、これは「休符から伸びている」というより、「音符の前についている」と考えましょう。

どのように演奏すればいいのでしょうか。

 

「その音に丁寧に入ってください」という意味で使われることがほとんどです。この譜例で言えば、「孤がついている8分音符の音を丁寧に打鍵する」ということです。

特に や pp などの弱奏の時に、打鍵のニュアンスの指示として作曲家が使用する孤だと把握しておきましょう。

 

► I. 装飾音

‣ 34. 和音に前打音がついている場合の演奏方法

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】和音演奏を習得する25の実践的アプローチ

「‣ 19. 和音に前打音がついている場合の演奏方法」

 

► J. 運指

‣ 35. 2度音程の高速パッセージ

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】特殊な音楽効果を生み出す書法における運指テクニック

「‣ 4. 2度音程の高速パッセージ」

 

► K. その他

‣ 36. 混合音価和音(白玉と黒玉が混ざった和音)の弾き方

 

モーツァルトをはじめとする古典派の作品では、「混合音価和音」と呼ばれる、白玉と黒玉が混在する和音記譜がしばしば見られます。これは真の多声部書法とは異なる、いわば「和音的な記譜法」の一種です。

 

モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-23小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」譜例:混合音価和音(白玉と黒玉が混在)の記譜法(20-23小節)

20-21小節の右手で演奏する和音には白玉と黒玉が混在していますが、これは独立した多声部としての扱いではなく、和音的な響きを意図した記譜法です。

弦楽器では物理的に4本の弦を同時演奏できないため、移弦の都合上このような分割記譜が用いられます。しかし鍵盤楽器作品でこの記譜法が使われる場合、その意図は別のところにあります。

 

このような記譜の演奏方法については、専門家のあいだでも複数の見解があります。2つの見解を紹介しておきましょう。

 

・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社

という書籍の中で、著者は以下のように解説しています。

(以下、著者の見解をもとに要約したもの)
一般には音の強調に関する指示とみなされるべき。
より短い音価で書かれている中声部や下声部の音を記譜通りの長さで弾くことは、おそらく誤りである。

 

この解釈では、異なる音価は アクセント的な強調を表し、実際の音の長さではなく、演奏時の音量バランスや表現的な重みづけを指示していると考えます。

 

・テュルク クラヴィーア教本 著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川 清一 / 春秋社

という書籍の中では、著者は以下のように解説しています。

(以下、著者の見解をもとに要約したもの)
このような和音は、書かれている通りに正確に演奏すべきである。

 

特に理由は書かれていません。この解釈では、記譜された音価を文字通りの音の長さとして扱い、実際に異なる長さで演奏することを求めています。

 

(再掲)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」譜例:混合音価和音(白玉と黒玉が混在)の記譜法(20-23小節)

実践的な判断基準

2人の著者による正反対とも言える2つの見解が並んでいますが、上記譜例(K.282 第3楽章 20-21小節)の場合、以下の理由からバドゥーラ=スコダの解釈を採用することをおすすめします:

文脈的根拠:この部分は f (フォルテ)の指示があり、音の強調が意図されている
音楽的必然性:音量的に強くなるところで、中声部・下声部を4分音符の長さで切る音楽的必要性が感じられない

 

例外的適用:弦楽器的な響きを鍵盤楽器で模倣している楽句や、明確に多声部的な進行が意図されている場合は、テュルクの解釈(記譜通りの演奏)を採用することも考慮に値する

 

演奏実践のポイント

・楽曲の様式と文脈を総合的に判断する
・和音全体のバランスと表現意図を優先する
・異なる音価にすることが納得のいく表現的効果を持つ場合は、テュルクの案を活用する

 

・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社

 

 

 

 

 

・テュルク クラヴィーア教本   著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川 清一 / 春秋社

 

 

 

 

 

 

‣ 37. ossiaの選択:ピアノ演奏における判断方法

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】ossiaの選択:ピアノ演奏における判断方法

 

‣ 38. sopra(ソプラ)、sotto(ソット)と書かれている場合の弾き方

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

 【ピアノ】sopra(ソプラ)、sotto(ソット)と書かれている場合の弾き方

 

‣ 39. ベートーヴェンの初期作品に見られるカッコの意味

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】楽器の進化と構造から学ぶ:知識と実践

「‣ 3. ベートーヴェンの初期作品に見られるカッコの意味」

 

‣ 40. 最終音の後の休符小節に隠された音楽的意図とは

 

この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。

【ピアノ】最終音の後の休符小節に隠された音楽的意図とは

 

► 終わりに

 

ここまで、様々な記譜法とその解釈について見てきました。

記号の意味を理解することは、作曲家の意図に沿った演奏への第一歩です。しかし、これらは固定的なルールではなく、むしろ音楽表現の可能性を広げるためのヒントとして捉えることが大切です。

本記事で得た知識をもとに、様々な楽曲の譜読みに挑戦してみてください。

 


 

► 関連コンテンツ

著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら

YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら

SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました