【ピアノ】演奏に迷いやすい記譜の謎を解読:正しい解釈と表現方法
► はじめに
楽譜には、作曲家の意図を伝える様々な記号や記譜が記されています。しかし、その解釈に迷うことも少なくありません。
本記事では、ピアノ演奏において特に疑問が生じやすい記譜について詳しく解説していきます。
► A. ダイナミクス
‣ 1. fp・pf の違いと演奏法
まず、fp(フォルテピアノ)には主に2つの演奏解釈があります:
① その音を強く(f)打鍵し、直後に弱く(p)なる
② アクセントをつけずに、その音から突然弱く(p)なる
①はアクセントと subito p(突然の弱音)を組み合わせたような効果を生み、②は純粋に subito p と同様の効果となります。楽曲中で fp が出てきた際は、曲想や前後の文脈を考慮し、どちらの表現がより適切かを判断しましょう。
pf についてですが、これは一般的に想像される piano forte(ピアノフォルテ)ではなく、poco forte(ポコフォルテ)の略称です。主にハイドンのソナタなどで見られるこの記号は、「やや強く」という指示を表します。
‣ 2. 全音符につけられたクレッシェンドの意味
シューマン「ピアノソナタ 第3番 ヘ短調 Op.14 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
左から3番目の小節を見てください。
フェルマータ付きの全音符にクレッシェンドが書かれていますが、これはどのように解釈すればいいのでしょうか。
ピアノという楽器は減衰楽器なので、一度出し終わった音をクレッシェンドすることは原則できません。版によってはこの箇所に注が付けられているものもありますが、基本的には「作曲家の気持ちとしてのクレッシェンド」と考えてください。おそらく、直後の f でしっかりと空気感を変えて欲しかったのでしょう。
ティンパニのロールなどがクレッシェンドして、目を覚ますような印象的な f のトゥッティへ入るイメージ。オーケストラが想定された記譜とも解釈できます。
こういったことは、あくまで想像の世界です。しかし、楽譜へのノーテーションは想像に働きかける力があるので、こういったことを想像していく過程も含めて音楽を読み取っていくことを楽しみましょう。
‣ 3. どういう意味?白玉についた松葉
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 より デルフィの舞姫たち」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲尾)
ピアノは「減衰楽器」なので、一度音を出したらその音の中でクレッシェンドやデクレッシェンドをすることは特別な奏法を使わない限りできません。したがって、譜例のように「白玉についた松葉」はどのように解釈をすればいいか迷うはずです。
これは、「作曲家の気持ちとしての松葉」「音楽の方向性を示したイメージ」と考えてください。
この譜例の場合は、f から pp へ移行する際に「音楽がおさまっていく」方向性を示した松葉が、楽曲の終息を告げています。
また、この松葉が書かれていることで「ダイナミクスが段になっているというよりは、ひとつながり」というイメージが伝わってくるように感じます。結果的に、「この2つの小節は別々のものではなく、関連性のあるもの」という感覚を持つことができるでしょう。
音楽の方向性を示したイメージとしての松葉は、極論、無くても成立するものです。しかし、それがあることで作曲家のイメージを想像する手がかりになるので、決して軽視せずに注意深く読み取る必要があります。
‣ 4. クレッシェンドの到達点のダイナミクスをどうするか
ラヴェル「クープランの墓 より フォルラーヌ」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、132-134小節)
132小節目ではpp からクレッシェンドをしていきますが:
・到達点を赤色で示した134小節1拍目にする
・到達点を134小節目の p のところにする
これらのどちらにするのかによって随分と印象が変わってくることに着目しましょう。前者だと、いったん大きくしておき、すぐにsubito p 。後者だと、pp から p というように、少ししかクレッシェンドしないことになります。
どちらで演奏している例も見受けられますが、筆者は、「到達点を赤色で示した134小節1拍目にする」方が得策だと考えています。
理由としては、音楽のフレーズが赤色で示した134小節1拍目でいったん一区切りとなり、p のところからは新たなフレーズが始まっているからです。したがって、レッドの囲いで示したところが mf か f となるようにクレッシェンドして、新しいフレーズの始まりはsubito p で仕切り直したほうが、音楽の構造がよく分かるダイナミクス表現となります。
加えて、レッドの囲いで示したところは和音が非常に厚いので、そこよりも直後の p のところの方が大きいとなると音楽エネルギーの逆を行ってしまうから不自然、というのも理由になるでしょう。
‣ 5. クレッシェンドの記譜法の違いから読み解く作曲家の意図
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】クレッシェンドの記譜法の違いから読み解く作曲家の意図
‣ 6. 拍の途中から唐突に書かれている強弱記号の意味
ダイナミクス記号というのは、通常であれば「決まりのいいところ」に書かれています。例えば:
・楽曲のはじめ
・セクションのはじめ
・ダイナミクスの松葉の行き先
一方、拍の途中から唐突に書かれているケースもあります。例えば、次のような例。
ドビュッシー「子供の領分 1.グラドゥス・アド・パルナッスム博士」
譜例(PD作品、Finaleで作成、60-62小節)
61小節目では2拍目に f と書かれています。もちろん、subito f という意味ですが、もう一つ重要な意味を含んでいます。
「その記号の箇所から新しいフレーズが始まっていますよ、という目印」という読み取り方もできます。
この譜例では「スラー」が書かれているので、フレージングを読み取るのは難しくありません。しかし、楽曲によってはレガートにして欲しくないところではスラーが書かれていません。そういったときに、「ダイナミクス記号を頼りにフレージングを読み取る」というテクニックが有効に使える場合があります。
‣ 7. subitoでダイナミクスを変える箇所の見抜き方
ドビュッシー「前奏曲集 第2集 より 奇人ラヴィーヌ将軍」
譜例(PD作品、Finaleで作成、101-102小節)
左の譜例(原曲)を見てください。
「 f からクレッシェンドして、f に達する」と読み取るとつじつまが合いません。ここでは当然、「フォルテからさらにクレッシェンドして、その後にsubitoでフォルテに戻す」と解釈します。
当然のことと感じるかもしれませんが、時々、右側の譜例のように解釈している演奏を耳にします。これではドビュッシーが残した音楽を歪めてしまいます。できる限り原曲と離れない範囲で変更をするのは、明らかに強弱記号の書かれ方が分かりにくい場合のみにしましょう。
左側の譜例(原曲)のように、松葉の ”直後” に作曲家がダイナミクス記号を書いてくれている場合は、subitoかどうかを見抜くのは比較的容易です:
・クレッシェンドの直後に「同じダイナミクス」または「もっと小さなそれ」が書かれているのであればsubito
・デクレッシェンドの直後に「同じダイナミクス」または「もっと大きなそれ」が書かれているのであればsubito
早まって、右の譜例のような解釈を施さないように注意しましょう。
‣ 8. 一度の打鍵で fp を表現するためには
一度の打鍵に対して fp と書かれている例は、意外と多く見られます。有名どころだと、例えば:
・ベートーヴェン「ピアノソナタ 第5番 第1楽章」
・ベートーヴェン「ピアノソナタ 第6番 第1楽章」
・ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 第1楽章」
「fp と書かれた意図を推測して、その箇所にとって一番適切だと思われる方法を選択する」ことになります。
以下、複数の解釈を学習しましょう。
【一種の「アクセント表現」と解釈する】
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 悲愴 ハ短調 Op.13 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
ここでの fp では、複数の解釈ができるでしょう。
そのうちの一つが、「一種のアクセント表現と見なす」というものです。「この音のみが f で、他は p です」という表現を意図したアクセント。
当たり前のことと思うかもしれません。しかし、まずは f とだけ書いておいて次の音が出てくる箇所に p と書いたのでは、出てくるサウンド自体はあまり変わらなくても、楽譜から伝わる内容が全くの別物になります。f の打鍵が終わった “直後” から p の世界だと伝えるには、fp と書くべきなのです。
【一種の「フェルマータ表現」と解釈する】
(再掲)
考えられるもう一つの解釈は、「一種のフェルマータと見なす」というものです。「f で打鍵した後に、余韻が p まで減衰したら次の音へ進んで欲しい」という表現を意図したフェルマータ。
譜例のように、すぐ次に音がないところでは有効に使えるうえ、比較的、fp に近い表現が手に入ります。
作曲当時のピアノは現代のピアノよりも減衰が速かったので、こういった表現がより効果的だったと言えるでしょう。
【その他の解釈案】
(再掲)
その他の解釈の一つとして考えられるのは、「楽譜上の情報量をシンプルにしたかった」ということでしょう。
「fp(フォルテピアノ)」と書いておけば、その後に「ピアノ(弱く)」と書かなくてもいいので、楽譜がシンプルになります。
もう一つの解釈を挙げるとすると、「オーケストラを想像していた可能性がある」ということでしょう。
特に譜例の楽曲では、ピアノ曲であるにも関わらず「オーケストラが聴こえてくる箇所」がたくさんあります。オーケストラで演奏するとしたら、「fp(フォルテピアノ)」も表現できます。
【制約はあるけれども、本当に fp に聴かせる方法】
上記の譜例の箇所では不可能ですが、文脈によっては本当に fp のように聴かせる方法もあります。響かせたい音によっては、「倍音」を使用することで表現可能です(生のピアノで扱えるテクニック)。
譜例(Finaleで作成)
ひし形のA音を音を鳴らさずに押さえておき、ノンペダルで16分音符で書いた音を鋭く演奏します。そうすると、丸印で囲った音がハーモニクスとして響くのです。
ハーモニクスの音は弱音で背景のように響くので、まるで fp を表現したかのように聴こえなくもありません。
すべての音でできるわけではありませんが、譜例以外の音を使ってもいく通りかはハーモニクスを表現可能です。倍音について勉強すると、このテクニックを応用することができます。
‣ 9. ラインの重要性を示したアクセント
作曲家は「アクセント記号」や「テヌート記号」を「ここのラインが重要、という意味のサイン」として使うことがあります。
ラヴェル「メヌエット 嬰ハ短調 M.42」
譜例(PD作品、Finaleで作成、16-18小節)
丸印で示したラインにアクセント記号がついているのは、ただ単純に強調して欲しいという意味だけではなく、「このラインが重要、というサイン」として書かれていると考えられます。そうでないと、「いかにも主役に聴こえるトップラインのメロディよりも強調するのか」などという疑問が出てきてしまいます。
上記の譜例のように:
・内声部分に隠された重要ライン
・伴奏部分に隠された重要ライン
などを示したい場合、作曲家は頭を悩ますことになります。
大事なラインを伝えるために、楽譜上そのラインに存在感を与える必要があり、「アクセント」「テヌート」などの記号を書くことでサインにするということなのです。
ちなみに、以下のようにして存在感を与えることもあります。
ドビュッシー「子供の領分 1.グラドゥス・アド・パルナッスム博士」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、3-5小節)
上段に注目してください。
「声部分け」かつ「目印の意味のスタッカートの付加」をすることで、細かいパッセージの中にある大切な音を説明しています。この場合は、メロディをピックアップしたい例ですが、内声のピックアップに用いられることも多くあります。
譜読みの途中で解釈に迷う記号や記譜を見かけたら、今回取り上げたパターンのどれかに当てはまらないかを考えてみてください。作曲家によって記譜というのはあらゆる意味を持つのです。
‣ 10. più、meno、pocoがついた強弱記号の強さ関係
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】più、meno、pocoがついた強弱記号の強さ関係
‣ 11. 音符の上の < > 記号の意味とは?
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
► B. テンポ、フェルマータ
‣ 12. a tempoへ戻す位置に悩む時の解決策
譜例を見てください。このような楽曲があるとします。
譜例(Finaleで作成)
直前からかかっている rit. をどこで a tempo に戻すのかは、次のように2パターンあるでしょう:
・楽譜通りに小節が変わったところから戻す
・点線を入れた箇所から戻す(この譜例の場合は、こちらがおすすめ)
a tempoが書かれている直前の音は16分音符という「短い音価」なので、楽譜通り小節の頭から a tempoにしようとすると、この16分音符をどう処理していいか分からなってしまうということなのです。rit.をたくさんかけている場合は、「16分音符よりも次の8分音符の方が短くなるのか?」などといった疑問が生じます。
そこで、点線を入れた箇所のように、キリのいい “音が伸びている拍” からテンポを戻してしまうといいでしょう。当然、こういった4拍目で伴奏型が細かく動いていたりする場合にはこの手は使えません。
作曲家の中には、キリのいいところに a tempo と書くクセがある方もいるので、譜例のように小節頭に書かれている楽曲は結構あります。実際の楽曲では、ショパン「ワルツ 第1番 華麗なる大円舞曲 Op.18 変ホ長調」などで、似たような例が出てきます。
「a tempo の位置をずらした解釈」は、作曲家の意図を無視しているわけではありません。そのほうが音楽の方向性が見えやすくなるのです。困ったときの解決法の一つとして引き出しへ入れておきましょう。
‣ 13. 伸ばしている音符だけにrit.が書かれている意味
譜例(Sibeliusで作成)
武満徹「リタニ マイケル・ヴァイナーの追憶に より 第2曲」という楽曲には、譜例のように伸ばしている音符だけに rit. が書かれている表現が見られます。
この作品は2025年現在、著作権がパブリックドメインになっていないので、音程などの詳細を伏せた簡略譜で見てください。
rit. が書かれてはいるものの、その範囲中で音符が動いたりしているわけではないので、どこで rit. をすればいいのか迷うはずです。
これは基本的に「微妙なゆらぎの表現」と考えてください。
筆者自身は作曲をするとき、以下のようなケースでは伸ばしている音符のみに rit. を書くことがあります:
・フェルマータを書くほどには伸ばして欲しくないけれども、そのままだと少し短く感じる
・拍子記号を変えてまで1拍のばしてしまうと特別な意味を持ってしまうため、それは避けたい
このような条件下、つまり、微妙なゆらぎが欲しいときというのは意外と多く、おそらく上記譜例のところでも作曲者の中に似たような意図があったのではないかと考えられます。
・SJ1057 武満徹:リタニ―マイケルヴァイナーの追憶に― ピアノのための
‣ 14. J.S.バッハが示す、終止音と終止線上のフェルマータの違い
J.S.バッハが用いた器楽曲の曲尾のフェルマータには、区別が必要です。
・終止音上のフェルマータ
・終止線上のフェルマータ
これらをJ.S.バッハは使い分けているので、必ず意識して区別をし、混同しないようにしましょう。
【終止音上のフェルマータが使われた例】
J.S.バッハ「インヴェンション 第1番 BWV772」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
【終止線上のフェルマータが使われた例】
J.S.バッハ「インヴェンション 第6番 BWV 777」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
終止線上のフェルマータに関しては、
「フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法」著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
という書籍に、以下のような記述があります。
(以下、抜粋)
[終止線上のフェルマータの場合には]
音楽が聞えないながら響き続けているようにせよというのであって終止和音が延ばされるのではない。
(抜粋終わり)
要するに、「J.S.バッハ自身がその音楽をどう聴いていたのか」というのが読み取れる記譜法になっているわけです。
・フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法 著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
‣ 15. フェルマータの長さに迷ったときの解決策
J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調 より プレリュード」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
最終小節は5声で終わり、ソプラノでは全音符B音にフェルマータが書かれています。他の声部では3拍目に書かれています。
もちろん全声部を同時に切ればいいわけですが、もう少し突っ込んで考えてみましょう。
「フェルマータが書かれた部分はどれくらい伸ばすべきなのか」ということが音楽用語集によっても様々であるため、結局のところ、その音楽ごとに解釈するしかありません。しかし作品によっては、楽曲の最後などで他の声部を先に消して一声部だけを残して終わらせるものもあるため、譜例のような書かれ方をしていると、一瞬戸惑いが起きたりするのです。
J.S.バッハが悪いわけではありませんが、もし筆者が今の時代に作曲するとしたら、次の譜例のように書くでしょう。
(譜例、ソプラノを解釈しやすくしたもの)
このように、2分音符2つをタイで結び、後ろの2分音符にフェルマータを書くことで、演奏者に解釈の迷いを与えなくなり、他の声部との整合性をとることができます。「一時停止」という意味があるフェルマータの本質から外れることもありません。
► C. リズム
‣ 16. ピアニストでも楽譜通りのリズムで弾かない付点リズム
モーツァルト「ピアノソナタ イ短調 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、123-124小節)
譜例の右手パートを見ると、付点8分音符のトリルに加えて、二つの32分音符が付けられたリズムが出てきています。しかし、Allegro maestoso でそこそこテンポが速いので、左手の16分音符ですら結構な速さで動いており、その四つ目の音にあわせて32分音符を二つ入れて、しかも、その前でトリルする、というのが困難です。
ゆっくりのテンポで練習しているときには楽譜通りのリズムでも弾けてしまうので、テンポを上げたときに初めて困ることになるでしょう。
ピアニストの演奏を聴いていると、リズム通りに弾かず5連符や6連符で弾いてしまっています。リズム通り弾いているピアニストは一人も知りません。
これはどういうことなのでしょうか。
トリルの終わりに書かれている二つの32分音符は、あくまでも、「トリルの終わりにはこの二つの音程の音符を弾いて欲しい」という意味であり、ガイド的に書かれた32分音符ということです。急速なテンポの場合、ピッタリ32分音符のリズムで入れて欲しいという意味ではないのです。
モーツァルトは、上記の作品に限らず多くのピアノ曲でこの記譜を使用しているので、本記事の内容を覚えておいてください。
‣ 17. なぜ、J.S.バッハの付点は3連符に合わせるのか
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】なぜ、J.S.バッハの付点は3連符に合わせるのか:記譜法から見る演奏解釈
► D. ペダリング
‣ 18. 「ダンパーを外して」の意味を理解する
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
「‣ 16.「ダンパーを外して」の意味を理解する」
‣ 19. シューマンのペダル指示の特徴:曲頭のペダル記号の意味
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
「‣ 2. シューマンのペダル指示の特徴:曲頭のペダル記号の意味」
‣ 20.「遠くで」を表現する音楽的アプローチ
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
「‣ 8.「遠くで」を表現する音楽的アプローチ」
► E. スタッカート
‣ 21. スタッカートとペダルの同時指示の意味
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】スタッカートを理解する:奏法、テクニック、音楽的解釈の深堀り
「‣ 5. スタッカートとペダルの同時指示」
‣ 22. タイでつながれた音にスタッカート : 演奏方法
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
‣ 23. 2分音符にスタッカートがついている意味
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
► F. 旗・連桁
‣ 24. フレーズ構造を示す越小節連桁
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
「‣ 7. フレーズ構造を示す越小節連桁」
‣ 25. 「直線の旗」 演奏方法に迷いやすい記譜
譜例(Finaleで作成)
休符の直前にある音符の旗が、「直線」になっています。特に近現代の作品でよく見られる記譜です。
このような「直線の旗」は、通常の旗の役割と変わりなく、「通常の旗と同じ演奏方法」と解釈しておけば問題ありません。
では、なぜこのような特殊な書き方が存在するのでしょうか。
簡潔に言うと、「見た目の問題」が理由です。笑い話のようですが、多くの邦人作曲家はこういった理由で直線の旗を使っています。例えば、「バッと勢いよく音を切って欲しいときには、直線の旗の方が雰囲気が出る」などと話す方もいます。
記譜というのはある程度の「利便性」を追求しているのが通常ですが、「譜面から緊張感や雰囲気を伝える」ということも作曲家側にとって「こだわり」であり、重要な要素なのです。
► G. フレージングとアーティキュレーション
‣ 26. ドビュッシーが用いたヴィルギュルの意味
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】楽譜への書き込みの活用法と、作曲家の書き込みの解釈法
「‣ 16. ドビュッシーが用いたヴィルギュルの意味」
‣ 27. ニュアンスが不統一のオクターヴユニゾンの解釈
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】オクターヴ演奏の効果的アプローチ:テクニカルと音楽的観点から
「‣ 7. ニュアンスが不統一のオクターヴユニゾンの解釈」
‣ 28. テヌートの連続とレガートの違いとは?
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】テヌートの連続とレガートの違いとは?演奏法と使い分けのポイント
► H. 孤線
‣ 29. スラー?タイ?
譜例(Finaleで作成)
左側の譜例を見てください。
”同音” 同士が孤によってつながれている場合、多くの場合は「タイ」と解釈します。しかし、同じ記譜であっても、録音を聴いていると「スラー」で演奏している楽曲もあります。
これは正直、「その楽曲の慣習的な演奏法による」と言うしかありません。
一方、区別できる場合もあります。
楽曲によっては、譜例右のように「スタッカート」か「テヌート」あるいは「その両方」が書かれていることもあります。このような場合は、記号があることで「タイではない」という意味になるので、「スラー」に肉薄するように同音連打をして演奏しましょう。
この場合のスタッカートは、「音を短く切る」という解釈もできますが、「 “スラーではありません” ということを説明するだけの意味」で書かれている可能性もあり、どちらの解釈をとるかは演奏者に任されています。
‣ 30.「ヒゲ(気分のタイ)」の意図とは?
譜例(Finaleで作成)
このような「ノーテーション(記譜)」は時々目にすると思います。ここで見られる孤のマークは、余韻を残して欲しいときに使われるもので:
・ヒゲ
・気分のタイ
などと呼ばれることがあります。
なぜ、あえてこのような書き方をすると思いますか。
以下の理由に集約されます:
・単純に、見た目の問題でつける
・場合によっては、「手では切ってしまい、ペダルで音響を残す」という意図
‣ 31. 短い音価の音符につけられたヒゲの意味
まず、前提として以下のことを再確認してください。
・ペダルで音が伸びていたとしても、手ではスタッカートにすることで、空間性のある音色で音が立ち上がってくる
・ペダルで音自体はつながっていても、手でもレガートにしないと、出てくる音はレガートに聴こえない
前項目では:
・全音符につけられたヒゲ
・小節線の上につけられたヒゲ
に関する以下の譜例を取り上げました。
譜例(Finaleで作成)
その際のヒゲの意味は、以下の2点でした:
・単純に、見た目の問題でつける
・場合によっては、「手では切ってしまい、ペダルで音響を残す」という意図
基本的には、短い音価の音符につけられたヒゲの場合も同様と考えてください。
譜例(Finaleで作成)
この譜例のような場合、上記2つのどちらの意味でもヒゲは使われます。
しかし、短い音価の音符につけられた場合は、「手ではなく、ペダルで音響を残して欲しい」という意図がより濃くなります。「ダンパーペダル+スタッカート」とほぼ同義ということです。
‣ 32. 音符の前につけられている弧の意味
【タイと考えていいケース】
ドビュッシー「夜想曲」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
2小節3拍目のDes音のオクターヴでは、音符の前に弧がつけられています。直前の音符の後ろから出ている弧は1拍目の2分音符についています。これは「タイ」と解釈してください。
無理矢理タイをつなぐこともできたわけですが、それでは見にくくなってしまうため、このような記譜法がとられたのです。
この楽曲では「muettes(無音)」と言葉でも書かれていますが、書かれていない楽曲であっても基本的には「タイ」と解釈してください。
タイというのは「直前の “同じ音程” の音符」があってこそです。したがって:
・直前の音符が異なる音程
・直前の音符の後ろから出ている弧自体がない
などといったケースでは、「タイではない」ということになります。
【現代音楽では別の意味でも】
特に現代音楽の分野では、「その音へ、丁寧に入って欲しい」という意味で音符の前に弧がつけられることもあります。
譜例(Finaleで作成)
この記譜に関しては、次項目で解説します。
‣ 33. 休符から伸びているように見えるタイ
譜例(Finaleで作成)
休符から次の音へ向けてタイらしき孤が伸びているように見えます。
特に近現代の作品でよく見られる記譜で、これは「休符から伸びている」というより、「音符の前についている」と考えましょう。
どのように演奏すればいいのでしょうか。
「その音に丁寧に入ってください」という意味で使われることがほとんどです。この譜例で言えば、「孤がついている8分音符の音を丁寧に打鍵する」ということです。
特に p や pp などの弱奏の時に、打鍵のニュアンスの指示として作曲家が使用する孤だと把握しておきましょう。
► I. 装飾音
‣ 34. 和音に前打音がついている場合の演奏方法
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
「‣ 19. 和音に前打音がついている場合の演奏方法」
► J. 運指
‣ 35. 2度音程の高速パッセージ
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】特殊な音楽効果を生み出す書法における運指テクニック
「‣ 4. 2度音程の高速パッセージ」
► K. その他
‣ 36. 混合音価和音(白玉と黒玉が混ざった和音)の弾き方
モーツァルトをはじめとする古典派の作品では、「混合音価和音」と呼ばれる、白玉と黒玉が混在する和音記譜がしばしば見られます。これは真の多声部書法とは異なる、いわば「和音的な記譜法」の一種です。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-23小節)
20-21小節の右手で演奏する和音には白玉と黒玉が混在していますが、これは独立した多声部としての扱いではなく、和音的な響きを意図した記譜法です。
弦楽器では物理的に4本の弦を同時演奏できないため、移弦の都合上このような分割記譜が用いられます。しかし鍵盤楽器作品でこの記譜法が使われる場合、その意図は別のところにあります。
このような記譜の演奏方法については、専門家のあいだでも複数の見解があります。2つの見解を紹介しておきましょう。
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
という書籍の中で、著者は以下のように解説しています。
一般には音の強調に関する指示とみなされるべき。
より短い音価で書かれている中声部や下声部の音を記譜通りの長さで弾くことは、おそらく誤りである。
この解釈では、異なる音価は アクセント的な強調を表し、実際の音の長さではなく、演奏時の音量バランスや表現的な重みづけを指示していると考えます。
・テュルク クラヴィーア教本 著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川 清一 / 春秋社
という書籍の中では、著者は以下のように解説しています。
このような和音は、書かれている通りに正確に演奏すべきである。
特に理由は書かれていません。この解釈では、記譜された音価を文字通りの音の長さとして扱い、実際に異なる長さで演奏することを求めています。
(再掲)
実践的な判断基準
2人の著者による正反対とも言える2つの見解が並んでいますが、上記譜例(K.282 第3楽章 20-21小節)の場合、以下の理由からバドゥーラ=スコダの解釈を採用することをおすすめします:
文脈的根拠:この部分は f (フォルテ)の指示があり、音の強調が意図されている
音楽的必然性:音量的に強くなるところで、中声部・下声部を4分音符の長さで切る音楽的必要性が感じられない
例外的適用:弦楽器的な響きを鍵盤楽器で模倣している楽句や、明確に多声部的な進行が意図されている場合は、テュルクの解釈(記譜通りの演奏)を採用することも考慮に値する
演奏実践のポイント:
・楽曲の様式と文脈を総合的に判断する
・和音全体のバランスと表現意図を優先する
・異なる音価にすることが納得のいく表現的効果を持つ場合は、テュルクの案を活用する
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
・テュルク クラヴィーア教本 著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川 清一 / 春秋社
‣ 37. ossiaの選択:ピアノ演奏における判断方法
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
‣ 38. sopra(ソプラ)、sotto(ソット)と書かれている場合の弾き方
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
【ピアノ】sopra(ソプラ)、sotto(ソット)と書かれている場合の弾き方
‣ 39. ベートーヴェンの初期作品に見られるカッコの意味
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
「‣ 3. ベートーヴェンの初期作品に見られるカッコの意味」
‣ 40. 最終音の後の休符小節に隠された音楽的意図とは
この内容に関しては、以下の記事内で解説しています。
► 終わりに
ここまで、様々な記譜法とその解釈について見てきました。
記号の意味を理解することは、作曲家の意図に沿った演奏への第一歩です。しかし、これらは固定的なルールではなく、むしろ音楽表現の可能性を広げるためのヒントとして捉えることが大切です。
本記事で得た知識をもとに、様々な楽曲の譜読みに挑戦してみてください。
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