【ピアノ】楽譜で記号が突然なくなる理由:simileの見分け方と記譜意図

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【ピアノ】楽譜で記号が突然なくなる理由:simileの見分け方と記譜意図

► はじめに

 

楽譜を読んでいると、それまで書かれていたスラーや強弱記号が突然省略され、「これはsimile(同様に)なのか、それとも意図的な変更なのか」と迷う場面があります。この判断を誤ると、作曲家の意図とは異なる演奏につながりかねません。

本記事では、具体的な楽曲の譜例をもとに、simileかどうかを見分けるための考え方と、近現代作品を中心に見られる「あえて繰り返して書く」記譜の意図についても解説します。

本記事の対象者:中級〜上級者

 

► 具体例:simileか否かの見分け

‣ 1. スラースタッカートの省略:simileと判断すべき例

 

シューマン「ピアノソナタ 第2番 ト短調 Op.22 第2楽章」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、曲頭)

シューマン「ピアノソナタ 第2番 ト短調 Op.22 第2楽章」冒頭の楽譜。1〜2小節目の伴奏部分にはスラースタッカートが明記されているが、3小節目以降では省略されている。

版によっては、3小節目以降の伴奏型に対するスラースタッカートが省略されているものがあります。1-2小節には明記されているため、3小節目以降をsimileとして扱っていいか迷うかもしれません。

この例では、simileとして解釈するのが自然でしょう。

その根拠は次の2点です:

・3小節目以降もリズムや音の厚みが変わらず続いていくこと
・3小節目以降で曲想が切り替わるわけではないこと

音楽そのものが大きく変化していないにも関わらず、ニュアンスだけを急に変えることのほうがむしろ不自然です。

 

判断に迷った際は、まず「直後の音楽(曲想)がどうなっているか」を確認することを習慣にしてみてください。直後の音楽が大きく変化していて、「simileでなくても十分成り立つ」「むしろ新しい曲想に合っている」と感じるときに限り、記譜通りで演奏するのが適切です。

 

‣ 2. スラーの省略:simileではないと判断すべき例

 

モーツァルト「ピアノソナタ ハ長調 K.330 第1楽章」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、84-85小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ハ長調 K.330 第1楽章」84〜85小節の楽譜。84小節目の素材が縮節によって圧縮され、85小節目で反復される箇所。左手上声のスラーが省略されている。

84小節目の素材が、縮節(提示された素材を音価や拍の長さを縮めながら連結していく手法)によって圧縮され、85小節目で反復されます。このとき、左手の上声にあったCis音からD音へのスラーが省かれています。

この場合は、simileではなく、スラーなしのノンレガートで演奏すると解釈しましょう。

84小節目ではメロディと左手のスラーのフレージングの切れ目が揃っていましたが、85小節目からはメロディのスラーが長く一息になります。それに伴い、左手の2音1組のスラーを維持しないほうが全体としてまとまります。また、縮節によって音楽が前へと推進していくため、左手は歯切れよくリズムを刻むほうが音楽の方向性とも一致します。

 

縮節については、【ピアノ】楽曲分析から読み解く切迫感:和声的リズムと縮節技法 でも詳しく解説しているので参考にしてください。

 

‣ 3. f・p記号の省略:simileと判断すべき例

 

モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第1楽章」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、9-10小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第1楽章」9〜10小節の楽譜。左手がバス声部とそれ以外の多声的構造になっており、1拍目にfとpが記譜され、2拍目以降は省略されている。

9小節目からの左手は、連桁を分断することでバス声部を示しており、「バス+それ以外」という多声的な構造になっています。

1拍目には fp が書かれていますが、2拍目以降には書かれていません。これはsimileと解釈するのが適切です。

ここでの f は「力強く弾く」というよりも、バス音に「重みを加える」程度のニュアンスとして捉えましょう。「バス+それ以外」という左手の音型が続く限り、同じ扱いを維持するほうが音楽的に一貫しています。simileと解釈しなければ、むしろ不自然になります。

 

この楽曲のより詳しい演奏ポイントは、【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 全楽章」演奏完全ガイド で解説しているので参考にしてください。

 

‣ 4. アクセント記号の省略:simileと判断すべき例

 

ショパン「エチュード(練習曲)ホ長調 Op.10-3 別れ」

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-2小節)

ショパン「エチュード ホ長調 Op.10-3 別れの曲」1〜2小節の楽譜。左手パートの8分音符に規則的なアクセント記号(>)が付けられており、3小節目以降ではsimileとして省略されている。

左手パートの8分音符には規則的にアクセント記号(>)が付けられており、3小節目以降ではsimileとして省略されていると解釈できます。

このアクセントは「その音を強調する」という意味ではなく、「そこからフレーズが始まる起点」を示すものであり、具体的には「各アクセント記号から、次の拍頭に向かって、フレーズが進行していく」という構造になっています。同じ伴奏形がセクションを通じて続くため、アクセントもsimileとして省略されていると判断しましょう。

この作品では「裏拍から表拍へ向けたフレーズ」が主要テーマ全体を貫く重要な書法です。アクセント記号は、この構造に演奏者が気づけるよう作曲家が配慮したメッセージとも読み取れます。

 

「別れの曲」におけるこの視点をさらに学びたい方は、【ピアノ】楽曲分析の本質と実践法:より深い表現への道筋 を参考にしてください。

 

► 特に近現代作品で、simileを使わずに同じことが繰り返し記譜される理由

 

近現代作品では、「simile」と一言書けば済みそうな箇所に、「fp fp fp」や「f f f」などと同じ記号が繰り返し書かれているケースが多くなります。

なぜ、そのような記譜がとられるのでしょうか。

作品によって理由は様々ですが、「演奏者の注意をそこへ向けさせたいから」という意図に加え、「譜面から受ける印象をコントロールしたいから」という点に理由が集約されます。

 

時代が現代に近づくにつれ、記譜は情報をそのまま伝えるだけでなく、「奏者に特定の印象やプレッシャーを与える」という役割を担うようになります。譜面そのものが、音楽の方向性を演奏者に体感させるためのツールになっていると理解してください。

例えば、「fp fp fp」と繰り返すことで、音型が同型反復になっていることを視覚的に印象づけようとしている可能性があります。また、「f f f」と毎回書き直すことで、緊張感やエネルギーを落とさないようにというメッセージを伝えているとも考えられます。

こうした記譜からは、作曲家の性格や作品の位置付けも垣間見える点に着目しましょう。

「作曲家の性格」というのは例えば:

・「譜面の情報量を減らしたい」と割り切ってsimileを使う作曲家
・「ここだけは譲れない」という信念から細かく書き込む作曲家

「作品の位置付け」というのは例えば、「教育用作品だから運指を多めに記譜する」などといったことです。

 

様々な作曲家の意図や、出版社・編集者の要請などが絡み合うことで、その作品にとって最適な記譜スタイルが決まります。楽譜とは、究極的には「人間から人間へ」伝えるコミュニケーションのツールと言えるでしょう。

今取り組んでいる楽譜を手元に置き、「譜面から受ける印象」という視点で眺め直してみてください。作曲家のこだわり、意図的なシンプル化、あえて繰り返された記号——こうした要素が、新鮮な目で見えてくるはずです。

 

► 終わりに

 

楽譜に書かれた記号をそのまま実行するのではなく、「なぜそこに書かれているのか」「なぜそこには書かれていないのか」を問う姿勢が、作品の深い理解へとつながります。

simileかどうかの判断は、ただの記号の解読ではなく、音楽の流れや構造を理解することとセットです。今回取り上げた考え方を手がかりに、今向き合っている楽譜を改めて読み直してみてください。

 

併読推奨記事

譜読みについて体系的に学びたい方は、以下のまとめ記事をご覧ください。本記事で取り上げたような演奏方法に迷いやすい記譜についての一覧解説記事「【ピアノ】演奏に迷いやすい記譜の謎を解読:正しい解釈と表現方法」も含めています。

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