【ピアノ】ラヴェルとブリテンの左手協奏曲:対照的な二つのコンセプトを比較する
► はじめに
左手のみで演奏されるピアノ作品には、大きく分けて二つの方向性があります。一つは、両手で弾いているかのような厚みを目指す方向性。もう一つは、単一のライン(旋律線など)を出発点として、その可能性を追求する方向性です。
今回取り上げるラヴェルの「左手のための協奏曲」とブリテンの「左手ピアノと管弦楽のための主題と変奏 ディヴァージョンズ Op.21」は、ちょうどこの二つの方向性を一方ずつ体現した作品と言えます。どちらもパウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱によって生まれた協奏曲でありながら、作曲家が選んだ道は対照的なものでした。
► ラヴェル「左手のための協奏曲」
ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、ソロの初導入部 29-33小節)

※ラヴェル自身によるピアノ伴奏版編曲(ソロ+ピアノ伴奏形式:2台ピアノ)から浄書
作曲年:1929-1930年
演奏時間:約18-20分
‣ 「薄く聴こえさせない」という出発点
ラヴェルがこの協奏曲を書くにあたって中心に置いたのは、「両手の作品と遜色ない音響的な密度を実現する」という目標でした。後年、ラヴェル自身が残した言葉にそれがはっきり表れています。「左手のためだけに書かれたからといって、テクスチュアが薄いという感じを与えたくない」——これがこの曲の根幹にあるコンセプトです。
この考え方は、ベーレンライター版スコアに収録されたラヴェル自身の文章にも表れています。
「両手のために書かれたパートに劣らない厚みを持ったテクスチュアという印象を与えることが不可欠です。同じ理由から、私は従来の伝統的な協奏曲の、より厳粛なスタイルに近いアプローチをとりました」
この方向性を実現するために、ラヴェルは先行する左手作品を丹念に調べています。サン=サーンス、ゴドフスキー、アルカン、スクリャービンといった作曲家の作品を参照したとされており、その研究成果が、この協奏曲の書法にも反映されていると考えられます。
‣ 作品の構造
曲は切れ目のない単一楽章形式で書かれており、大まかにはABAʼの三部構成として捉えられます。冒頭は低弦の静かなアルペジオから始まり、管楽器が主題を受け継ぐ長い序奏ののち、ピアノ独奏が姿を現します。このピアノの登場の場面は、この曲を語るうえで欠かせないハイライトです。
オーケストラが大きな頂点に達したところで音が突然断ち切られ、静寂の中へピアノが単独で入ってくる——ラヴェルと親交の深かったピアニスト、マルグリット・ロンはこの瞬間を「麻痺したような静けさが、征服者の到来を告げるかのようです」と表現しました。聴き手から「左手だけの演奏」という意識が消え去る瞬間です。
中間部ではジャズ的な語法が前面に出てきます。シンコペーションや平行五度、ペンタトニックを思わせる音遣いが展開され、ラヴェルが他の作品でも追求してきた語法が、この協奏曲の形式の中にしっかりと溶け込んでいる点に着目しましょう。これらは1920年代にラヴェルがアメリカ音楽から吸収した要素とも重なっています。
‣ ヴィトゲンシュタインとの対立
この協奏曲にはもう一つ、音楽外の文脈として知られるエピソードがあります。委嘱者であるヴィトゲンシュタインは、独自の解釈で音を変更して演奏しました。ラヴェルは楽譜通りの演奏を強く求めましたが、ヴィトゲンシュタインは「演奏家はみな修正を加えるものだ」と返答し、対立は解消されないまま推移しました。ラヴェルは1937年に亡くなるまで、この問題に納得していませんでした。
皮肉なことに、この緊張関係が「作曲家が絶対に守りたかった作品」という印象を後世に残すことになり、作品の評判をかえって高めたとも考えられます。
► ブリテン「左手ピアノと管弦楽のための主題と変奏 ディヴァージョンズ Op.21」
※著作権保護期間中なので、譜例は掲載不可
作曲年:1940年
演奏時間:約25分
‣「模倣しない」という選択
1940年、ヴィトゲンシュタインはニューヨークでブリテンに出会い、新作を委嘱しました。同年に完成したのが、この作品です。当初は「コンサート・ヴァリエーションズ」という題名がつけられており、現在の「ディヴァージョンズ」というタイトルは後から改められたものです。初演は1942年1月17日、フィラデルフィア管弦楽団、ユージン・オーマンディ指揮のもと、ヴィトゲンシュタイン自身のピアノで行われました。
ブリテンがこの曲で選んだ方向は、ラヴェルとは根本的に異なります。ブリテンは「この曲のいかなる部分においても、両手のテクニックを模倣しようとはしなかった」と明確に述べています。両手の音響を再現することを目指したラヴェルとは、出発点からして別の方向を向いていたわけです。
ブリテン自身の言葉を引くと、「その代わりに、私はシンプルな単一のライン(旋律線)が提示する可能性を極限まで突き詰め、それを前面に押し出すことに集中した。各セクションを一瞥すればわかるように、私はあらゆる側面からこの課題を捉えようとした」と語っています。
‣ 変奏ごとに異なる「単一ラインの可能性」
各変奏は、単一ラインが持つ可能性のそれぞれの側面を探求する場として設計されています。「レチタティーヴォ」では音階とトリルが中心となり、「ノットゥルノ(夜想曲)」ではアルペジオが展開されます。「バディネリ」や「トッカータ」では鍵盤全体を縦横に駆使した俊敏さが求められ、最後の「タランテラ」では執拗な反復のリズムが曲を締めくくります。
それぞれの変奏が、単一のラインというシンプルな制約の中でどこまで異なる音楽的表情を引き出せるか——その問いへの変奏曲としての回答が、この作品の骨格をなしています。
‣ ヴィトゲンシュタインとブリテンの関係
ラヴェルとヴィトゲンシュタインの間に激しい対立が生じたことは前述の通りですが、ブリテンとの関係もまた一筋縄ではいきませんでした。ヴィトゲンシュタインはオーケストラの書法が厚すぎると不満を述べましたが、ブリテンはそれに対して何一つ変更を加えませんでした。
► 二つの協奏曲が向いていた方向
同じ委嘱者から生まれながら、ラヴェルは「左手のみで書かれたとは気づかせない密度」を、ブリテンは「左手のみだからこそ辿り着ける可能性」を、それぞれの作品の核心に据えました。どちらが優れているというわけではなく、左手ピアノという共通の可能性に対して、まったく異なるコンセプトで向き合った結果として生まれた二作品です。
この対比を念頭に置いたうえで聴き比べると、両者の違いが一層鮮明になります。
► 推奨音源
ラヴェル「左手のための協奏曲」とブリテン「ディヴァージョンズ Op.21」の両方が収録されているアルバムとして、以下をおすすめします。
“Mit links” — Der Pianist Paul Wittgenstein
収録情報
ラヴェル「左手のための協奏曲」
パウル・ヴィトゲンシュタイン(ピアノ)/ブルーノ・ワルター(指揮)/コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1937年
ブリテン「ディヴァージョンズ Op.21」
ジュリアス・カッチェン(ピアノ)/ベンジャミン・ブリテン(指揮)/ロンドン交響楽団
録音:1954年
ラヴェルの演奏は、委嘱者本人であるヴィトゲンシュタインによる1937年のモノラル録音で、音質は時代なりですが、この曲の「元の依頼主」がどのように弾いたかを現代に伝える、代えがたい記録と言えます。
ブリテンの「ディヴァージョンズ」は、作曲家自身が指揮台に立ち、ユリウス・カッチェンのピアノを導いた演奏で、作曲者の意図をもっとも直接的に反映した音源の一つです。
► 終わりに
左手のみで弾かれる協奏曲、という括りの中に、これほど異なる思想が共存していることは、改めて興味深いことです。ラヴェルは「左手という制約を感じさせない音楽」を目指し、ブリテンは「左手という制約からしか生まれない音楽」を目指しました。
どちらの曲も、ピアニストとしての人生を片腕で生き抜いたヴィトゲンシュタインという存在なしには生まれなかった作品です。二つの音楽が指し示す方向の違いを意識しながら耳を傾けると、左手ピアノという世界の奥行きが、また少し広がって聴こえてくるかもしれません。
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