【ピアノ】左手作品から読み解くリパッティ:逸話に彩られた左手のソナチネ

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【ピアノ】左手作品から読み解くリパッティ:逸話に彩られた左手のソナチネ

► はじめに

 

ディヌ・リパッティ(Dinu Lipatti, 1917-1950)というピアニストは、33歳という若さで白血病により世を去りながら、その演奏の品格と知性によって今も語り継がれる存在です。J.S.バッハ、モーツァルト、シューベルト、ショパン——彼が手がけたレパートリーはいずれも深く考え抜かれたものであり、技巧を前面に押し出した華やかな演奏とは一線を画す印象が強いかもしれません。

しかしリパッティはピアニストである以前に、作曲家でもありました。パリ留学中にポール・デュカスやナディア・ブーランジェに師事し、室内楽、独奏曲、協奏曲などを残しています。そのなかに、左手のみのためのソナチネが1曲あります。誕生の経緯が何とも独特なこの作品を通して、もう一人のリパッティに触れてみましょう。

 

► 作曲家としてのリパッティ

 

リパッティは1917年、ルーマニアのブカレストに生まれました。幼少期から才能を示し、作品1である「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」でジョルジュ・エネスク作曲コンクールの一等賞を受賞しました。のちにパリへ渡り、コルトーにピアノを、デュカスとブーランジェに作曲を学びました。

演奏家としての評価が急速に高まるなかでも、リパッティは作曲を続けました。彼の作風はドライな新古典主義と評されることが多く、「明晰さ」はピアニストとしての演奏と同様、作曲においても一貫したキーワードでした。

 

► 左手作品から読み解くリパッティ

‣ 左手のためのソナチネ:誕生の経緯

 

この曲がどのような経緯で生まれたかについては、リパッティ自身が語った逸話が残っています。

作曲クラスの仲間たちと、教師ミハイル・ジョラの誕生日に1人1曲ずつ贈り物として書こうという話になりました。ところがリパッティは、そのとき五線紙をほとんど持ち合わせていませんでした。そこで彼が思いついたのが、1段の五線だけで書ける曲、つまり片手のための曲でした。もっとも、出版されている実際の楽譜は、全楽章とも大譜表で書かれています。

ただし、これには裏がありました。教師のジョラは片脚の人物だったのです。「片手しか使わない曲を贈る」というのは、それを踏まえたブラックユーモアでもあったと伝えられています。贈り物であると同時に、若いリパッティらしい機知の利いた一種の冗談でもあったわけです。

一方、別の資料では「1941年の夏、静養中に作曲され、教師ジョラと名付け親エネスクへの二人の誕生日祝いとして構想された」という記述もあり、細部については資料間で食い違いが見られます。完成は1947年8月とされており、構想から完成まで数年を経た作品であることはいずれの資料も一致しています。

 

‣ 作品を読む:左手のためのソナチネ

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、第1楽章 1-4小節)

リパッティ「左手のためのソナチネ 第1楽章」1-4小節。

本作品は3楽章構成で、和音やオクターブを主体とする部分、線的・対位法的に進行する部分など、多彩な書法が用いられています。

全楽章を通じて、他の声部が休止することでメロディが裸になる「無伴奏表現」が多く用いられており、この作品の表現的特徴となっています。また、第2楽章・第3楽章では、声部ごとに異なるダイナミクスが書かれている部分があり、左手作品の中では比較的珍しい書法が取られていることも見逃せません。

なお、サラベールから出版されている現行の楽譜は、出版社独自のハウススタイルとして手書き風の書体が採用されており、味があります。

 

‣ 評価の分かれ目

 

この作品への評価は、資料によって微妙に異なります。一方では「もっと頻繁に演奏されるべき佳作」という肯定的な見方がある一方、別の資料では「各楽章を引っ張るには音楽的なアイデアがやや物足りない」という手厳しい声も確認できました。

どちらの評価にも、それぞれ納得できる部分があります。簡素なテクスチャーと明快な構成は、リパッティの美学と一致しています。しかし左手だけという制約のなかで、どこまで限られた素材で音楽を引っ張っていくか——その問いに対する答えは、聴く人によって違ってくるでしょう。

 

► リパッティ自身の演奏で聴く

 

モノラル録音ではありますが、リパッティ自身の演奏で「左手のためのソナチネ」を聴くことができます。以下の音源では、ラヴェルとブリテンの左手協奏曲をメインに据え、「左手のためのソナチネ」をボーナス・トラック的な扱いにしている変わった企画のアルバムです。

 

推奨音源

“Mit links” — Der Pianist Paul Wittgenstein

 

► 終わりに

 

五線紙が足りなかったという逸話や、片脚の恩師へのブラックユーモアという解釈など、この作品の成立にはいくつかの説があります。細部は定かではありませんが、いずれにしても左手のためのソナチネが「軽い気持ちで書かれた」ものではないことは、完成まで数年を要したという事実が示しています。

33年という短い生涯のなかで、リパッティは演奏家と作曲家の両面を生きようとしていました。このソナチネは、その作曲家としての側面を知るうえで、小さくとも確かな手がかりになる作品と言えるでしょう。

 

参考文献:

・「”Mit links” — Der Pianist Paul Wittgenstein」ブックレット
・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)

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