- 【ピアノ】演奏の深化:音色・技術・表現力を高める38のアプローチ
- ► はじめに
- ► A. 音色と表現に関するテクニック
- ► B. フレーズと構成の理解
- ► C. 運指・テクニック
- ‣ 17. 指先の点感覚の磨き方
- ‣ 18. なぜ、指を必要以上に立ててはいけないのか
- ‣ 19. 鍵盤がコントロールしにくいと思ったら
- ‣ 20. 音の欠けを音のミスと同じくらい意識する
- ‣ 21. 単音をつぶやくように弾く方法
- ‣ 22. 手の形を準備できる音型
- ‣ 23. 指に角度をつけると弾きやすくなる音型①
- ‣ 24. 指に角度をつけると弾きやすくなる音型②
- ‣ 25. 並行分散和音には「和音で素早くつかむ練習」が有効
- ‣ 26. 両手での急速ユニゾンスケールの攻略法
- ‣ 27. 黒鍵の単音強打でミスをしないコツ 3点
- ‣ 28. 黒鍵を含む3度の連続を弾きやすくする方法
- ‣ 29. 3度音程の連続 :効果的な練習方法
- ► D. 左右の手の連携と声部の扱い
- ► E. 音楽的表現と感覚の向上
- ► F. その他
- ► 終わりに
【ピアノ】演奏の深化:音色・技術・表現力を高める38のアプローチ
► はじめに
ピアノを学ぶ過程で、様々な課題に直面することと思います。単なる楽譜の再現だけでなく、豊かな音楽表現を目指す上で、技術的な壁や音楽的な疑問点に出会うことも少なくありません。
そこで本記事では、中〜上級者向けに、音色・表現テクニック、フレージング、運指法から声部の扱いまで、ピアノ演奏の質を高めるための具体的なアプローチを解説します。
► A. 音色と表現に関するテクニック
‣ 1. 同じような音価が続くときには、横の流れに注意
音楽が縦割りになってしまって流れが良くない演奏は、「音は弾けているのに、なんだか音楽的に聴こえない」という問題の原因にあたる代表的なもの。
では、そのようになってしまう典型的な書法とはどのようなものなのでしょうか。
ラフマニノフ「音の絵 op.39-5」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、33-34小節)
この譜例のようなところでは、音楽が縦割りになってしまいがちです。どうしてなのか想像つくでしょうか。
理由はシンプルで、メロディが同じ音価で淡々と進んでいくからです。
ここでの伴奏のように、細かく動いている要素にも注意が必要ではありますが、8分音符主体で動いているメロディには、特に要注意。うっかり刻んでしまうと、音楽が縦割りになってしまいます。
縦割りにしないポイントは、以下の3点です。
・細かなアーティキュレーションがありつつも、全体としては大きなフレーズでとる意識を持つ
・音楽を横へ引っ張っていく意識をもって、1打1打に考えない
・指に任せすぎず、内的にもしっかりと歌いながら演奏する
音楽の流れの良くなさというのは音自体が間違っているわけではないので、自分で気づきにくいもの。本記事のような例でどういうところが問題になりやすいのかを知っておくことは、決してムダにならないでしょう。
‣ 2. 音を弾くのではなく、どういう音で弾くのかを考える
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、56-57小節)
丸印で示した音を見てください。
基本姿勢としては分散和音では全部をゴリゴリ鳴らすのではなく、丸印で示したような頭の音をピックアップして、それ以外の音は響きへ隠すように演奏すると音楽的です。ハーモニーの響きの中へ入れてしまう。
ただし、ここで一つ問題が出てきます。
頭の音をピックアップするからといって、パン!パン!パン!などと単音でそっけなく響いても意味ありません。一拍一拍一拍、一つ一つ一つになってしまい、音楽的ではなくなってしまいます。
「ハーモニーの中の、ハーモニーの移り変わりの中の、頭の音」として響かせることが重要です。
それを実現する方法としては、指のみの奏法でも可能なのですが、よりやりやすい方法としては薄くダンパーペダルを使うこと。
ペダルで響きをサポートしたうえでパッセージ全体を大きくひとカタマリで捉える意識を持つと、ずっと音楽的に響きます。
演奏というのは、音を弾くのではなく「どういう音で弾くのか」が重要だということです。
‣ 3.「音を持っている」という感覚を身につける
ベートーヴェン「ピアノソナタ第18番 変ホ長調 作品31-3 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、64-66小節)
65小節目の上段「2分音符」に注目してください。
16分音符の連続から解放されて2分音符へ入った瞬間に安心してしまうと、そこに落とし穴が待っています。
音を出し終わったらただ単に鍵盤だけを下げていればいいのではなく、出ている2分音符の音をしっかりと聴き続けてください。鍵盤を下げている指先に「意識」を持って音を保持するイメージです。
この感覚について、「音を持ち続ける」という言い方をすることがあります。
(再掲)
・音を聴き続ける
・音を持ち続ける
このようにすると、次の音(ここでは3拍目のEs音)をどのような「音色」で出せばいいのかを、正しく判断することができます。
フレーズが切れたように聴こえてしまうのは、次の音と「音色」が変わってしまった時。
反対に、たとえ「音量」は変わっても「音色」が同じであれば仲良しに聴こえるので、音をレガートにしたい時にも応用できる考え方です。
‣ 4. 全てのメロディ音をウタにする
ショパン「エチュード Op.25-7」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、16-17小節)
ここでは下段に主役のメロディが来ています。上段の上声は脇役のメロディ。
カギマークで示したところを見てください。
こういった単純な分散和音になって和音の構成音の中で動いているだけのところになると、奏法上、急にウタがなくなってしまうケースはよく見受けられます。
伴奏型では、バス音のみを深く弾いたら他の音はバスの響きの中へ隠すように静かに弾くケースも多くあります。しかし、譜例のようにメロディになっている場合は、原則、全ての音をウタにしたいところ。
それぞれの音にテヌートが書いてあるようなイメージを持って丁寧に指圧をかけてください。
‣ 5. タイつなぎの拍頭の音から意識を外さない
出し終わった音を出しっぱなしにせず伸びている間聴き続けることの重要性は、これまでにも強調してきました。聴くのをやめてしまいがちになる注意が必要な例を、一つ挙げておきましょう。
ショパン「エチュード Op.25-7」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、60-62小節)
下段にメインメロディが来ています。
これはあくまで楽曲例の一つですが、丸印で示したようなタイでつながれた拍頭の音は聴くのをやめてしまうケースが多いようです。
どうしてそんなことが分かるのかというと、直後のメロディ音が全く関係ない音色で出てきて意識がつながっていないのが伝わってくるから。
伸びている音を聴き続けていて丸印で示しているところでもきちんと聴いていれば、その音色と仲良しの音色で次の音を出せるのです。指先のコントロールで失敗さえしなければ。
‣ 6. ハープっぽい音の出し方
ピアノの先生に「ここはハープっぽい音を出して」などと言われたり、独学の方は、「ここはホルンっぽい音で弾きたいな」などと思ったりすることはありませんか?
ピアノの音を使って「ハープ」ようなサウンドを表現する方法を紹介します。
ピアノで演奏する以上、音としては「ピアノの音」なので、ハープっぽさを出すためには他の要素で表現しなければいけません。
そこで注目すべきは、ハープという楽器が持つ「音の立ち上がり、減衰、余韻」です。
ハープの音は:
・立ち上がりが速い
・減衰も速い
・余韻は弦を押さえて止めなければ伸びる
という特徴があります。
例えば、8分音符のアルペジオであれば、「ダンパーペダルを用いつつも、指ではスタッカートにする」こうすることで、音に空間性があるハープの音質に近づきます。
ペダルで音自体はつながっていても、手でもつなげない限りレガートにはなりません。これを逆に利用した表現です。
‣ 7. なぜ、リズムの甘さには細心の注意が必要なのか
以下の2種の演奏、どちらが聴いていて辛いでしょうか?
・ミスは多くあるけれども、きちんとしたリズムで弾けている
・全体的にリズムは甘いけれども、ミスはない
少なくとも筆者の感覚だと、後者の方が聴いていて辛くなります。音の間違いはないのにも関わらず。
音のミスは突発的なアクシデントとして聴かれることが多いですが、リズムの甘さはアクシデントというよりもその奏者のクセや不注意による部分が大きい。
したがって、リズムに対する意識が薄い演奏者は、一曲の中で何度も何度も甘いリズムを聴かせてしまいます。
音の弾き間違いなどとは異なり、意外と自分では気づきにくいのが問題と言えるでしょう。だからこそ、普段からリズムには特に気を配って練習していかなければならない。
想像してみて欲しいのですが、以下の譜例のような音楽で付点(休符混じりのものも含む)がほとんど3連符のように寄ってしまっていたらどうでしょうか。
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第28番 イ長調 Op.101 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
あまり気持ちよく聴くことはできないですね。
それであれば、音の弾き間違いがあってもキビキビしたリズムで演奏されていた方が、ずっと気持ちのいい演奏に聴こえます。
もちろん二項対立にする必要はなく、音もリズムも正常であればそれが一番ですが。
・何だかうまく弾けない
・何だかうまく聴こえない
などと自分で感じることがあったら、リズムに問題がないかを疑ってみてください。
‣ 8. なぜ、自分の出す音を良く聴く必要があるのか
「自分が出した音を良く聴くように」という注意を何度も耳にしたことがあると思います。なぜそうするべきなのでしょうか。
【理由① 狙った音を出すため】
一つ目の理由としては、狙った音を出すためです。
良く聴けている音というのは出し方にも気をつけている音であり、聴いちゃいない音というのは出し方にも意識が無いことがほとんど。
打鍵に意識を持って、出てきた音もよく聴く。うまくいかなかったら改善する。練習の段階からこのように工夫することで、狙った音を出すことができるようになります。
【理由② その後の音とのつながりを良くするため】
自分の音を良く聴く必要があるもう一つの理由としては、「よく聴く」というのはその音を美しく出すためだけでなく、その後の音とのつながりを良くするためにも必要だからです。
例えば、以下の譜例を見てください。
J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調 より プレリュード」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、11小節目と17小節目)
矢印で示した部分には短2度音程が出てきますが、この不協和音程を自分の耳でよく聴いていないと、解決した3度の協和音程の響きと無関係な音色を出してしまうことになります。
‣ 9. J.S.バッハの不協和音程の解決を聴き取る
J.S.バッハの作品をはじめ、対位法を駆使して書かれたポリフォニックな作品では、不協和音程の解決をきちんと聴き取ることがポイント。
J.S.バッハ「インヴェンション 第6番 BWV 777」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、21-24小節)
21小節目以降、2つの声部が同度から段々と開いていきます。
四角枠で囲ったところを見てください。
開いていく過程で2度という不協和音程が生じて、それが、3度という協和音程へ解決しています。不協和音程によって生じた緊張感が協和音程へ解決することで解放される。
こういった部分が、不協和音程が出てくることの美しさ。
前項目でも書いたように、不協和を自分の耳できちんと聴いていないと、それを解決させる時のニュアンスを美しく作ることができません。J.S.バッハの作品では、上記のような表現が非常に多く出てきます。
「対位法」という教程では、2度、4度、7度の不協和音程が生じた時にそれをどのように解決させるのか、ということも学びます。
対位法を駆使して書かれているJ.S.バッハの楽曲でその聴き取りが重要になってくることは、言うまでもありません。
不協和音程が出てくる作品自体は、あらゆる作曲家によって作られています。
それにも関わらずどうして作曲家を名指ししているのかというと、後の時代になってくると不協和音程を協和音程へ解決させずに放置して先へ行ってしまう作品も多く出てくるから。
これは伝統的な対位法の規則からは外れますが、決して悪いわけではなく、その作品が生まれた時代における表現手段の一つとして響きます。
‣ 10.「追っかけ」を音楽的に演奏するコツ
モーツァルト「ピアノソナタ K.545 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
右手で演奏している音型を左手でも模倣して「追っかけ」ています。
こういった場合の基本事項:
①「主役(先行句)」よりも「追っかけ(追行句)」が目立ってしまわないようにする
② 先行句のニュアンスに追行句のニュアンスを合わせる
①については、言ってみれば役割分担の考え方です。どちらが主役なのかを考えて、もう一方は主役よりも主張しないようにする。人間社会やお芝居でも一緒ですね。
②については、つまり「先行句の切り方の長さに追行句も合わせて演奏する」ということ。そうすると、追行句が「エコー」のように感じられて立体的な演奏になります。
► B. フレーズと構成の理解
‣ 11. 各セクションの繋ぎ方を大切に扱う
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例(PD作品、Finaleで作成、11-12小節)
「Cédez(だんだん遅く)」が書かれていますが、12小節目へのつなぎでは細かな16分音符が出てくるので、テンポのゆるめ方によってはその繋ぎ目がぎこちなくなってしまいます。
23小節目から24小節目への繋ぎなどでも同様。
本項目で言いたいのは、この作品の弾き方についてではありません。
あらゆる作品において:
・音を拾えていても
・各セクションは美しく弾けていても
・暗譜まで出来ている状態までいっていても
それぞれの繋ぎ目の不自然さは、気をつけないとずっと残ってしまうということです。
録音&チェックを上手く活用して、自分の耳で聴いても明らかに不自然な部分だけは直しておくようにしましょう。
‣ 12. 1小節単位のフレーズの受け渡しに注意
リスト「バラード 第2番 S.171 ロ短調」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、302-304小節)
両手ともに1小節単位のフレーズになっています。こういったところでは、「それぞれのフレーズをいかに自然に受け渡すか」という視点をもって練習しましょう。矢印で示した部分です。
この譜例の場合は ritenuto の中ですし、小節の変わり目で変な「間(ま)」が空いてしまうと台無し。
意識を持ったうえでよく自分の音を聴きながら練習するしかありません。必ず、録音チェックをしてください。
「シンプルなところこそ難しい」というのは、こういった「ちょっとしたつなぎ」のことを言っている側面もあります。
‣ 13. 反復法を理解すると、音楽的な演奏に近づく
「反復法」とは修辞法の一種で、同一または類似の語句を繰り返す技法。
例えば、「絶対、絶対、あの曲が弾けるようになりたい」という文章があるとします。
印象を強めることが狙いの一つでもあるわけですが、この例文の場合、一つ目の「絶対」よりも二つ目のそれの方がより重みが入って強調されますね。
こういった感覚がピアノ演奏でも重要なのです。
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例(PD作品、Finaleで作成、2-3小節目)
①②③④⑤と5つの番号を書き入れましたが、Ges音が5回続きます。この5つのGes音のうち、どのGes音に一番重みが入ると思いますか。
正解は、④です。
普通に考えると、⑤とも捉えがち。しかし、ドビュッシーは「④から⑤にかけてデクレッシェンドを書いている」ということと、「④にはテヌートを書いている」ということから判断すると、④に一番重みが入ると解釈できます。
・①②はフレーズの中で経過的に通り過ぎる短い音なので、それほど重みは入らない
・③はフレーズの最後の音なので、大きくならずにおさめるのが普通
これも言ってみれば、音楽でいう反復法。
音楽的なリズムを整えたり、一番言いたいことを強調するために、軸となる同じ音が反復されているのです。
同じ音が何度も出てくる時には、必ず、その意図を考えてみましょう。
「絶対、あの曲が弾けるようになりたい」ではなく、「絶対、絶対、あの曲が弾けるようになりたい」にした場合、どのような表現の違いがあるのか。
「毎日練習する」ではなく、「昨日も今日も明日も練習する」にした場合、どのような表現の違いがあるのか。
反復法を理解したうえでピアノへ向かうと、音楽的な演奏に近づきます。
‣ 14. 組曲間や楽章間のつなぎ方も聴かせどころ
ベートーヴェン「ピアノソナタ第23番 熱情」における第2楽章と第3楽章のつなぎのように、「楽曲の成り立ちとして、attaccaになっている作品」があります。この作品の場合、わざわざ楽譜に「attacca」と書かれていますね。
一方、attaccaではない作品をつなぐ場合は、どのようなやり方が考えられるでしょうか。
【解釈としてのattaccaにする方法】
楽曲の成り立ちとしてはattaccaになっていなくてもすぐに次の楽曲へ入るやり方があります。
ピアニストがよくやっている例としては:
・ショパンのエチュード全曲を演奏する際、op.10-1が終わったら間髪入れずにop.10-2を始める
・シューマン「謝肉祭 16.ドイツ風ワルツ」から、間髪入れずに「間奏曲(パガニーニ)」へ突入する
などが、挙げられます。
有名なオーケストラ作品でも、ドヴォルザーク「交響曲第9番 新世界より」で第3楽章と第4楽章を “解釈として” attaccaで演奏する指揮者は多くいます。
これらのような「解釈としてのattacca」は、聴衆の予想を裏切るために大きな「心理的効果」を期待できます。後続楽曲の入りが強調され、「意外性」のある演出に。
【やや長めに曲間をとる方法】
やや長めに曲間をとることで、曲想が大きく異なる楽曲や楽章同士を対比的につなぐことができます。attaccaとは別の意味での対比効果が出せますね。
しかし、曲間というのはあくまで「つなぎ」です。あまりにも長い時間をとってしまうと段落感がつき過ぎてしまいますし、聴衆の緊張感も薄れてしまうので、注意が必要です。
【通常の長さの曲間としてつなぐ】
「通常の長さ」というのは、「特に何も意識せずに後続楽曲を弾き始める時にとるであろう曲間の長さ」のこと。多くの演奏はこれに該当することになります。
無難ですが、基本はコレでOKです。
一方、上記の2つよりも言ってみれば「つまらない」ので、解釈上「ヨシ」と思えば、上記の別案に積極的に挑戦してみてもいいでしょう。
結局のところ、これらのような解釈は自身で選択するしかありません。
そのためには、「何となくattaccaにしてみよう」ではなく、「次の曲の強烈な入りを印象付けたいから、attaccaで入ろう」などと、表現したいことを軸に考えるようにしましょう。
つなぎ方も聴かせどころの一つです。
‣ 15. カデンツァの演奏ポイント
古典派の作品やショパンなどでも、楽曲の途中でカデンツァ風のパッセージが現れることがあります。たくさんの例がありますが、例えば、モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第3楽章」などでも登場します。
この作品では、ピアノソロ作品であるにも関わらずカデンツァが登場することで、協奏曲のような雰囲気が出ていますね。
譜例(PD作品、Finaleで作成、カデンツァ部分)
カデンツァの演奏では、「比較的自由ではあるけれども完全に自由にしないこと」を考慮すべき。
上記の作品のカデンツァでは、モーツァルト自身が:
・4分音符
・付点4分音符
・8分音符
・付点8分音符
・16分音符
・32分音符
・装飾音符
といった様々な音価を書き残すことで、カデンツァでありながらも大づかみのリズムは伝えています。したがって、自由さを持ちつつも「拍の大づかみの感覚」は持って演奏した方が得策。そうでないと音楽の骨格が歪められてしまいますので。
最終的に自由に弾くのはアリですが、まずは基本の骨格を把握しておきましょう。
作品よっては、音価が明確に書かれていなかったりとカデンツァの大まかなリズムが分からないものもあります。その場合でも、「どこまでが区切りなのか」というのを自身の判断で決めておきましょう。
そうすることで、一応の骨格ができるということと、万が一途中で暗譜が飛んでしまっても復帰できるポイントを作ることができます。
‣ 16.「重→軽」の小節連結では、つながりを意識する
ベートーヴェン「ピアノソナタ第8番 悲愴 ハ短調 Op.13 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、18-20小節)
この部分の音楽を音型やダイナミクス記号などを参考に捉えると、「重」と書き込んだ小節から「軽」の小節へ解決しているのが分かると思います。「軽い」というよりは「重さが解放される」というイメージ。
このような小節連結の時に、それぞれの小節が一つ一つになってしまって繋がりがなくなってしまう演奏を耳にします。
必ず、「重」から「軽」へのつながりを意識して演奏しましょう。「重」の部分を演奏している時に、出した音をしっかりと聴いていて緊張感を持ち続けているようにするのがコツです。
もう一例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、25-28小節)
この譜例の場合、上記のベートーヴェンの例のように「重」の小節の目印としてのダイナミクス指示はありません。しかし、音の厚みや休符の使い方を調べることで、譜例へ書き込んだ「重→軽→重→軽」の連結になっていることが分かります。
やはり、一つ一つ一つ一つにならないよう、「重→軽」のつながりを意識するべき。右手で演奏する和音を打鍵したら、その音をしっかりと聴きながら十分に音価を保って演奏するのがコツです。
実際の楽曲では、小節構造として「重→軽」になっているところはたくさん出てきます。
「重→軽」の小節連結では、つながりを意識する、これを忘れないようにしてください。
► C. 運指・テクニック
‣ 17. 指先の点感覚の磨き方
「ピアノ演奏おぼえがき」 著 : ハンス・カン 訳 : 城 房枝 / 音楽之友社
という書籍に、以下のような文章があります。
点感覚とは、圧力、重量、打鍵、衝撃などのエネルギーがすべて集中する、指先の感覚のことである。
これは “引っ張る感覚”のように、指先の全面にわたるものではない。
この感覚は、張りのある旋律を作り出す上での支点になるものである。
“引っ張る感覚” とは、指を手の内側に引き込むようにして、ピアノから音を引き出すような感覚をいう。
すなわち突くような動作ではなく、どんな不快な雑音を出してもいけない。
”引っ張る” 速さがデュナーミクを決める。
(抜粋終わり)
このテクニックだけで全てをまかなうわけではありません。しかし、指先に針でとらえたような細く集中された点を意識することで、指先の感覚が鋭くなり楽に美しい響きを作ることができるのは確かです。
「熱いものに触れてしまったときの指先の感覚」と説明されることもありますが、もっと演奏に結びつけやすい感覚の磨き方があります。
「画鋲をコルクのようなものに押し込む感覚」をイメージしてみましょう。
コルクのようなある程度の硬さと弾力性があるものに画鋲を押し込む時というのは、わずかながら指圧が必要です。適度に指圧をするのだけれども、コルクに入っていくのは、ごく細い針の部分。
これを一度やってみると、指先で点を捉えるという感覚が良く分かるのです。
やってみるのが一番ですが、画鋲もコルクも家にない場合はとりあえず想像してみてください。
・ピアノ演奏おぼえがき 著 : ハンス・カン 訳 : 城 房枝 / 音楽之友社
‣ 18. なぜ、指を必要以上に立ててはいけないのか
演奏する時に指をベタッと伸ばしっぱなしにしているのは、原則、NGとされています。厳密に言えば、指に角度をつけている時と伸ばしている時ではタッチが変わるので、様々な音色を追求していく段階になったら両方使うことになります。
しかし、効率の良い打鍵を考えると「基本姿勢としては、指に角度をつけて演奏する」と思っていていいでしょう。
ここで問題になるのは、爪が鍵盤に当たるほど指を立て過ぎている状態。これは避けなくてはいけません。
爪が鍵盤に当たることによる騒音が立つのも困りますが、同じくらい問題になるのが「鍵盤への指先感覚の伝え方」についてです。
指先へ適度に角度をつけたまま、鍵盤を押してみてください。爪が白くなりますね。つまり、指先にかける力を爪が支えているわけです。
しかし、爪が鍵盤に当たるほど指を立ててしまうとこういった役割が無くなり、指先の力の重心がズレてしまいます。
・爪が長くなればなるほど、少しの角度で爪が鍵盤へ触れてしまう
・短過ぎると必要以上に指を立ててしまう原因となる
だからこそ、長すぎず短すぎずの適切な長さを保てるように、いつもメンテナンスしておかないといけないのです。
「爪が長いと弾きにくい」というだけの問題ではありません。
‣ 19. 鍵盤がコントロールしにくいと思ったら
出したいイメージの音があっても、「音色やダイナミクスなどをうまくコントロールできない」と感じることはありませんか?
そういった時には、「手が鍵盤の奥に入り過ぎていないか」をチェックしてみましょう。
鍵盤は奥の方に行くほど重く感じるようにできているので、手が奥に入り過ぎてしまうとコントロールが利きにくくなってしまいます。
ちなみに、電子ピアノについている「キータッチ」という機能で、鍵盤の重さを変えることができる機種があります。どうしてそんなことが可能なのか想像できるでしょうか?
これは厳密には「演奏者に鍵盤の重さが変わったように感じさせる機能」となっています。
軽いタッチに指定した場合は、打鍵するとすぐに音が立ち上がるようにプログラムされており、反対に、重いタッチに指定した場合は、打鍵してから音が立ち上がるまでに数msecの時間をとるようにプログラムされています。
こうすることによって、奏者からすると鍵盤の重さが変わったように感じるというわけなのです。今では他の方法で鍵盤の重さを変えている機種もあるかもしれませんが。
‣ 20. 音の欠けを音のミスと同じくらい意識する
音のミスというのはみんな気をつけるのですが、音の欠けには意外と意識が向いていないケースがあるようです。
たった1音しかない時に欠ければさすがに問題視することと思いますが、和音の中の一部の音が欠けてしまっている場合はどうでしょうか。
例えば、以下のようなもの。
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、5-7小節)
右手に出てくるような平行3度の連続によるモチーフでは、メロディはキレイに鳴っていても3度下のハモリがかするどころか部分的に鳴っていない、みたいなことになりがち。
この楽曲に限りませんが、「音の欠けは音ミスと同じくらいもったいない」と心得て、よく自分の音を聴きながら練習するようにしましょう。
‣ 21. 単音をつぶやくように弾く方法
モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、146-150小節)
ここでのメロディは:
・つぶやくような4分音符が2回
・それに続いて、息の短い、ため息のようなメロディ
が出てきます。
つぶやくような4分音符をどのように表現すればいいのでしょうか。以下の2点に注意しましょう:
・打鍵は、カツン!と入れずに、打鍵速度をゆっくり目で押し込むように打鍵する
・余韻も含めて4分音符の長さにするようなイメージで、離鍵もゆっくり目を心がける
この「音の入り」と「余韻の消し方」の両方をコントロールするのが、つぶやくようなサウンドを得るポイント。
離鍵について、もう少し補足しておきましょう。
鍵盤をピッ!と上げてしまうと音もピッ!と消えてしまうので、それをするとつぶやくようなサウンドにはなりません。
鍵盤を押し下げている間というのは、その鍵盤に対応する「ダンパー」という弦の響きを止める役割のある部品が弦から離れたままになる仕組みとなっています。だからこそ、その鍵盤に対応する弦が響きっぱなしになるわけですね。
以下の写真を見てください。
弦の上に乗っている、いくつも並んでいる黒いものがダンパー。
(写真)
鍵盤がピッ!と上がってしまうと、その鍵盤のアクションに連動しているダンパーも弦にピッ!とくっつくので、響きが急激に止まる。一方、ゆっくり上げると、ダンパーも弦にゆっくりとくっつき、その響きを段々と止めることになる。
したがって、離鍵をゆっくりにすると余韻を作ることができるのです。
もちろんこれは、ダンパーペダルを使用していない場合の話です。
‣ 22. 手の形を準備できる音型
シューマン : 謝肉祭 Op.9 より「コケット」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
譜例の上段は、楽曲の右手部分です。音符や休符が散らばっていて何だか難しそうに感じるかもしれません。
しかし、観察してみると「譜例下段の和音を分散させただけ」ということに気づきます。
したがって、「手の形(ポジション)を用意して指を下ろす」だけで、用意せずに音を拾っていく場合よりも演奏難易度がグンと下がるのです。
用意を怠ると手の動きが大きくなり、失敗する可能性が高まります。
「手の形を準備できる音型」というのは本当に多くの楽曲の中に含まれており、「譜読みの段階で見つけ出すことが大きなポイント」と言えるでしょう。
‣ 23. 指に角度をつけると弾きやすくなる音型①
ショパン「エチュード(練習曲)op.25-1 エオリアンハープ」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
比較的演奏しやすいと言われているにも関わらず、独学におけるショパンのエチュードの入門楽曲としてこの楽曲をおすすめできないのは、指の角度に関する良くないクセがつきやすい楽曲だからです。
譜例に見られるようなアルペジオが全曲に渡って続いていきます。
こういった音型で効率よく音を出すためのポイントは「指に角度をつける」ということ。関節をフニャフニャさせない意識も持っておきましょう。
一番避けたいのが、指をベタっと伸ばしたまま弾き進めてしまうこと。音が浮いてしまううえに、不揃いの原因にもなってしまいます。
(図)
このクセ、一度つけてしまうと抜くのが大変なので、特に独学の方は気をつけて練習して下さい。
似たような音型が出てくる楽曲は全て同様。ショパンをはじめ、特にロマン派以降の作品では頻出する音型です。
‣ 24. 指に角度をつけると弾きやすくなる音型②
ベートーヴェン「ピアノソナタ第4番 変ホ長調 op.7 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、39-40小節)
頻出のアーティキュレーションですが、このような「スラーとスタッカートが同居した音型」は意外と弾きにくい印象。
特にこの楽曲では「Allegro molto e con brio」でテンポが速いですし、ここはダイナミクスも p なので、なおさら弾きにくく感じることでしょう。だからといって頑張って弾こうとすると、大げさになるのです。
こういった音型では、「指に角度をつけて弾く」のがポイントです。指を伸ばして弾くと、まず上手く弾けません。
以下の3点を踏まえて練習していきましょう:
・指に角度をつける
・指先をしっかりさせる意識を持つ
・指の動きをなるべく少なくする意識を持つ
要するに、スラーが混じっていようとそうでなかろうと「軽いスタッカートを高速で連続演奏するときのテクニック」とほぼ同じ技術を使うということです。
‣ 25. 並行分散和音には「和音で素早くつかむ練習」が有効
急速な並行分散和音を攻略するためには、「和音で ”即座に” つかむ練習」が有効。
すでに取り入れている方もいるかもしれませんが、この練習方法にはポイントがあるのです。
ショパン「エチュード op.25-12(大洋)」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、1小節目前半をもとに)
譜例のように並行分散和音を和音としてつかむ練習をして、その音型における手の形、ポジションを覚えます。この時に、「そのポジションを “即座に” 用意でき、力強く打鍵できる」というのを一つの到達目安としてください。
「即座に」というのがポイント。
実際の急速分散和音で使えるようにするためには、極論、目をつぶってでもそのポジションを即座につかめるようになるまで徹底的に和音練習すること。
そこまでやってはじめて、効果を感じるでしょう。
この楽曲の場合、譜例のように「2拍分の上行音型」を「2小節分のリズム」に乗って練習しましょう。
(再掲)
この「ひとかたまりのリズム」は、楽曲によって自由に作成してください。
もう一つのポイントとしては、「次の拍頭の音まで弾く」ということ。次の拍頭の音を意識して練習することで、いずれつなげて弾くときにも応用できる練習になります。
したがって、1小節目の下りの音型では(原曲の)2小節目の頭の音まで弾くことになります。
次の譜例を参考にしてください。
譜例(1小節目後半をもとに)
他の小節でも、基本的なやり方は同様。
この練習方法は全ての分散和音で使えるわけではありませんが、譜例のように「同じ運指で並行移動していく分散和音」では必ず行うべきと言えるほど重要な準備練習です。
‣ 26. 両手での急速ユニゾンスケールの攻略法
ショパン「バラード第1番ト短調 Op.23」の最後に出てくるような「両手での急速ユニゾンスケール」は、上手く弾けなくて悩んでいる方もいるはずです。
・テンポを上げようとすると、左手が遅れてバラバラになってしまったり
・「弾けている」と思っていただけで、実はダンパーペダルで誤魔化されていただけだったり
もちろん「ゆっくり練習(拡大練習)」も大事ですが、さらに効果的な練習方法があります。
「1オクターブずつ区切って、速く力強く弾けるように練習する」というやり方。
1オクターブずつピカピカにしたものをつなぎ合わせて、最終的に全体が流れるように調整します。
この練習方法を取り入れることで:
・各オクターブの中でつまづいているところを洗い出せる
・短い単位で弾くことで、どういった技術が不足して弾けていないのかも明確に分かる
この方法による練習のポイントは、「区切る場合でも、必ず実際の指遣いを使って練習する」ということ。
さらに、「左手のみ」「右手のみ」「両手」の3パターンで練習しましょう。
「ゆっくり練習(拡大練習)」は非常に有効な練習方法ですが、テンポを上げて練習しなければ当然速く弾けるようにはなりません。一方、楽譜通りにテンポを上げたら崩れてしまうから悩んでいるのですよね。
だからこそ、上記のような区切った練習を取り入れるべきなのです。
‣ 27. 黒鍵の単音強打でミスをしないコツ 3点
ベートーヴェン「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 Op.27-2 月光 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、13-14小節)
この譜例では、14小節目に右手でGis音を単音強打します。
「黒鍵の単音強打でミスをしないコツ 3点」は、「束ねて・寝せて・近くから」。これらを組み合わせて使います。
【束ねて】
(再掲)
「束ねて」というのは、2の指だけ、3の指だけ、のような打鍵をせずに、「2と3の指を束ねて打鍵する」というもの。
黒鍵は非常に細いうえに白鍵よりも一段上がっているので、一つの指で打鍵しようとズルリと滑り落ちてしまう可能性があります。一方、束ねた指で打鍵することでしっかりと黒鍵をつかむことができるので、失敗の確率を下げられるというわけです。
それに、束ねることで関節が強固になるため、強打でも関節がペコっとならなくなります。
1の指で打鍵する場合であれば強い指なので1本でもOKですが、1と2の指を束ねて打鍵する方がテクニック的には安定します。
【寝せて】
(再掲)
「寝せて」というのは、打鍵する時の指の角度のこと。
先ほども書いたように黒鍵は細いので、指を立てた状態(手首が上がった状態)で打鍵すると、仮に束ねていてもミスをする確率が上がってしまいます。
手首をあまり上げずに指を寝せ気味にし、指の腹を使って黒鍵をつかむイメージで打鍵しましょう。
「近くから」というのは、打鍵をする時の準備位置のこと。
強打だからといって離れた高いところから打鍵すると、ミスをする確率が上がるうえに叩く結果となり、音も散らばってしまいます。
「鍵盤のすぐ近くから押し込むように打鍵する」ようにしましょう。つまり、迅速なポジションの準備が必要です。
‣ 28. 黒鍵を含む3度の連続を弾きやすくする方法
ハイドン「ソナタ 第60番 Hob.XVI:50 op.79 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、84-85小節)
このような、黒鍵を含む3度の連続が上手く弾けない場合にやるべきなのは、手を少し手前へ移動させることです。
3度で、なおかつ黒鍵を含んでいる時は、思っている以上に手が鍵盤の奥へ入ってしまっているケースが多い。
黒鍵から指が滑り落ちない程度で、少し手間に移動してみてください。ずっと弾きやすくなります。
どうして手が鍵盤の奥に入っていると弾きにくいのかというと、単純に、キータッチが重くなるから。
ピアノの構造上、打鍵にはシーソーのような「てこの原理」がはたらいているので、鍵盤の奥へ行けば行くほど打鍵に多くの力が必要になってきます。
このキータッチの重さについて普段はあまり意識していないかもしれませんが、鍵盤の奥で4と5の指でトリルしてみるとやりにくいことが分かるはず。
‣ 29. 3度音程の連続 :効果的な練習方法
3度音程の連続パッセージでは、注意しないと音がバラバラになってしまいます。
効果的な練習方法を紹介しておきましょう。
以下の譜例を見てください。
上段は、ショパン「ポロネーズ 第7番 幻想 Op.61 変イ長調」の前半部分に出てくる3度音程の連続パッセージから始まりの音を抜き出しています。下段は練習方法の例。
この練習は、「隣音同士のつながりの改善」に好影響があります。
はじめにこの練習をする時は頭が混乱するはずですが、そこがポイント。
・混乱せずに弾けるように慣れること
・その状態で相当の速さで弾けるようにしておくこと
これら両方をクリアすること通常演奏に戻したときの難易度がグンと下がります。
練習のポイントは以下の2つです:
・必ず「実際の楽曲で用いる指遣い」で弾く
・これらをさらにリズム変奏させる
もっと言えば、鍵盤を押し付けるのではなく「指の元の関節を柔らかくして弾く」のもチェックポイントと言えるでしょう。
様々な練習方法は、無理に行うことが目的ではなく、無駄な力を入れずに行ってこそ効果があります。
► D. 左右の手の連携と声部の扱い
‣ 30. 左手にメロディが来るところで右手と合わない問題の解決策
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、88-90小節)
このような左手にメロディがくるところで右手も動いていると、タイミングを合わせるのが難しく感じる方もいるのではないでしょうか。
おすすめする練習方法は、以下の4ステップです:
① 片手ずつ、音楽の意味を理解する
② 片手のみで、理想のテンポで完璧に弾けるようにする
③ 両手で、ゆっくりの速度で合わせ、暗譜まで済ませる
④ 両手で、ゆっくりの速度と速い速度を組み合わせて練習する
【① 片手ずつ、音楽の意味を理解する】
まずは、それぞれのパートの意味を捉えることで無駄な動きを最小限にし、音楽に合った効率の良い打鍵と音楽的な表現を目指します。
(再掲)
例えばこの譜例のところでは、右手で演奏するパートの役割はリズムとハーモニーです。
16分音符によるトレモロが左手で演奏するメロディのスキマを埋めてリズムを補い、同時に、持続の役割でハーモニーを聴かせています。
つまり主役ではないので、メロディよりも目立たないように演奏しなければいけません。
f というのは、あくまで両手を合わせたときに f のエネルギーになればいいということなので、右手をあまりガツガツ弾かないことが重要。
(再掲)
左手の役割は、もちろんメロディです。
ただし、メロディだと把握するのみでなく、どの音を強調してどの音を控えめに聴かせるのかといった細かなところまで読み取ってください。
例えば、点線カギマークで示した同音連打では、「3拍目ジャスト」かつ「長い音価」である3つ目の音に一番重みが入ります。また、実線カギマークで示した部分がひとかたまりなので、その終わり部分はややおさめるべきです。
こういった音楽の把握を細かく行うことが必要でしょう。
【② 片手のみで、理想のテンポで完璧に弾けるようにする】
これも、ぜったいに外せません。
片手のみであれば完璧に弾ける状態にしておけば、あとは、両手で合わせたときに生じる頭の混乱に慣れればいい、ということになります。
この過程を軽視しないようにしてください。
【③ 両手で、ゆっくりの速度で合わせ、暗譜まで済ませる】
(再掲)
ここまで出来たら、ようやく両手で合わせ始めましょう。
ゆっくりであれば両手でも完璧に音楽的に弾ける状態にし、遅くてもこの段階までに暗譜を済ませてください。
暗譜ができていないような余裕のない状態でテンポを上げるのは無理があります。ましてや、両手のタイミングがバラバラになりやすいところなので、余計なことに意識を使う量を極力減らすためにも、とにかく、暗譜をしてください。
【④ 両手で、ゆっくりの速度と速い速度を組み合わせて練習する】
(再掲)
仕上げとして、両手演奏で、ゆっくりの速度と速い速度を織り交ぜながら頭の混乱を減らしていきます。
この過程のポイントは、「どちらかの練習に偏らないように注意する」ということ。
ゆっくりのみ弾いていてもテンポは上がりませんし、速くのみでは嘘ばかり弾いてしまいます。
両方を取り入れながら徐々に速い速度にも頭を慣らしていくことで、理想の仕上がりを目指せるでしょう。
ここまで読んですでに気づいた方もいるかもしれませんが、結局は、通常の難しいところでテンポを上げていくやり方と大差ありません。
一つ付け加えるとしたら、両手のタイミングが合いにくいところでは身体の軸の安定性が必要不可欠なので、いつも以上に:
・椅子の位置
・座る位置
・座り方
などの基本的なことをしっかりと確認してから練習を始めるべきです。
‣ 31. 左手にメロディが来るところで右手と合わない問題の解決策②
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、88-90小節)
このような左手にメロディがくるところで右手と合わない問題の解決策として、前項目では、以下の4ステップによる練習をおすすめしました:
① 片手ずつ、音楽の意味を理解する
② 片手のみで、理想のテンポで完璧に弾けるようにする
③ 両手で、ゆっくりの速度で合わせ、暗譜まで済ませる
④ 両手で、ゆっくりの速度と速い速度を組み合わせて練習する
これらが基本なのですが、取り組んでいる楽曲によってはそれでも合わない場合もあるでしょう。
追加で一つコツがあります。
「メロディを揺らさずに歌う」ということを徹底して上記4ステップをやり直してみてください。
両手のタイミングが合いにくい理由は、一方を無闇に揺らしていることにあるケースは多いのです。
(再掲)
揺らさずして、どのように歌えばいいのでしょうか。
とうぜん、内的に歌えていることは必要ですが、もっと具体的な視点で言うとポイントは大きく2点です:
・書かれていないものも含め、ダイナミクスの抑揚を細かくつける
・フレーズの構成をきちんと表現する
どの音をどれくらいの強さと音色で響かせて、全体のフレーズの長さを意識して、というのを細かく行ってください。
‣ 32. 声部の交差は気は心で乗り切る
ショパン「エチュード Op.25-7」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、55-57小節)
56小節目の下段を見てください。
非常に大きな跳躍を繰り返していて、その結果、一部で声部の交差も起きています。
声部の交差というのは、ピアノ演奏においては悩みの種の一つ。
アンサンブルのように違う音色の楽器でそれぞれの声部を担当すれば、それらのラインを明確に聴き取れます。
しかし、どちらもピアノの音色で演奏する場合は、演奏上のダイナミクスの差やピアノという楽器が出せる音色の差でしか違いを表現することができないからです。
ちなみに、グラズノフがこの楽曲をチェロとピアノのデュオ版に編曲したバージョンでは、以下の譜例のようになっています。
ショパン「エチュード Op.25-7(グラズノフ編曲によるデュオ版)」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、55-57小節)
移調されていますが、原曲にある跳躍はそのままチェロが担当。
跳躍にともなう独特なサウンドやチェロの高い音域のうなる音色が上手く使われていて、非常に espressivo なウタが表現できるように書かれています。グラズノフ編の演奏音源を聴いてみてください。
できれば、ピアノでもこういうイメージをもって演奏できればベスト。
…ですが、声部の交差を聴き分けられるように弾くのはやはり難しく、巨匠の演奏を聴いてもこのあたりは一緒くたになっています。
結局のところ、ダイナミクスや音色について各声部への意識を持って演奏しつつも、最終的には「気は心」でベストを尽くしたと思って気持ちの折り合いをつけるしかありません。
他の楽曲の例においても、ピアノ演奏において声部の交差が出てきたら、最大限の配慮をしたうえで「気は心」で乗り切ってください。
► E. 音楽的表現と感覚の向上
‣ 33. カクテルパーティ効果をピアノ演奏に応用する
前提としておきたいのが、実は我々は、日頃からある程度は、カクテルパーティ効果を演奏に取り入れているということです。
フーガを練習している時に、ピアノの先生や各種参考書籍などから、「主題が出てきたら、その都度 ”入り” を明確に弾くように」というようなアドヴァイスをもらいませんか?
特徴的な動きは「入りを少しだけ強調する」と聴衆の耳がそこにいくので、その後は全ての音をゴリゴリ弾かなくても聴衆はそのラインを追ってくれます。「カクテルパーティ効果」と言います。「パーティ会場などの騒がしい場所でも、自分が聞こうと意識すれば対象人物の声を聞き取れる」というところから来ている用語。
この聴覚上の錯覚は、フーガ以外のピアノ演奏でも大いに応用できます。
例えば、「特徴的な聴かせたいフレーズが出てくるけど、他の声部も鳴っていて混ざってしまう可能性がある」時には、そのフレーズが出てくる時に、入りの最初の音だけを少しだけ強調するようにしましょう。
言ってみれば、「人間の錯覚を利用している」ということ。
ちなみに、19世紀を代表する彫刻家ロダンは、「芸術は人間が錯覚を持つからこそ存在し得る」と語ったそうです。
「カクテルパーティ効果」は「ポピュラーピアノ(ソロ)の演奏」でも活用できます。
「イントロ」から「Aメロ」へ入った時に、Aメロの入りのメロディをやや強調すると「歌の開始位置」を印象付けられます。
実際の歌であれば歌が始まればすぐに分かりますが、ピアノソロで「歌もの」を演奏する場合は、イントロもAメロも「ピアノの音」なので、カクテルパーティ効果を使ってAメロの入りを示すと良いということなのです。
「カクテルパーティ効果」は細かなテクニックではありますが、音楽を立体的に作っていくためには非常に有効なテクニックです。
応用範囲も広いので是非引き出しへ入れておきましょう。
‣ 34. その場面転換では興奮を引きずっていいのか検討する
譜読みを進めておおむね弾けるようになり、音楽の理解も深まってきて、ある程度本番が間近に迫ってきた時、さらに仕上がりのクオリティを上げるために何ができるでしょうか。
・運指の再検討も含めた、音色の追求
・暗譜の確実性の向上
・通し練習による通し慣れ
などをはじめ、できることは色々あるでしょう。
こういった中で、比較的抜け落ちがちな観点があります。
「その場面転換では興奮を引きずっていいのかを検討する」というもの。
本来、譜読み段階ですべきことですが、結局最後まで意識せずに本番を迎えることもあるのではないでしょうか。
ショパン「バラード第2番 op.38」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、195-198小節)
これは、明らかに興奮を引きずらない方がいい例。引きずって pp のところで急いでしまったり、繊細ではない音が出てしまうと、せっかくのエンディングが台無しになってしまいます。
切り替えを意識するだけで、出てくる音楽は全く変わるもの。奏者自身の興奮のコントロールは想像以上に演奏へ反映されます。
シューマン「謝肉祭 20.ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、117-124小節)
これは、興奮を引きずってもいい例。
目まぐるしいパッセージからエネルギーが放射されるかのように一度 sfz のキメがあり、また mf からだんだんと坂をのぼり続けていくような音楽です。
こういった音楽では場面転換でいちいち落ち着かずに、常にある程度の興奮と緊張感を持って1曲トータルで坂をのぼっていくようなイメージを持つと、魅力的な演出になります。
‣ 35. 楽譜に書かれていないオクターブバスの追加例
クラシック音楽では、楽譜に書かれていることは変えないのが原則ですが、あえて変えて弾くこともゼロというわけではありません。
例えば、書かれているよりももっと深く響くバスの響きが欲しい時にオクターブ下のバスを追加する例は割と見受けられます。
クリスチャン・ツィメルマンは、ショパン「バラード第2番 op.38」の演奏で、下方にオクターブバスを追加して録音しています。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、69-71小節)
( )で示した音が追加された音。
ここは前半部分のヤマであり、バスをしっかりと響かせたかったのでしょう。
作曲当時の楽器の音域が足りなくて書かなかったわけではありません。
この作品を作曲した時にショパンが使っていたピアノでも、譜例の( )で示した低いFes音は出すことができたとされています。
この解釈は作曲家の意図を無視したことになるのかと言えば、奏者の解釈として許される範囲だと考えます。音楽の内容を大きく変えたというよりは、ショパンが書いたエネルギーの方向性を強めたに過ぎないからです。
もう一例を見てみましょう。
「ピアノペダルの使い方」笈田光吉 著 音楽之友社
という書籍にヒントがあります。
譜例(PD作品、Finaleで作成、106-109小節)
(以下、抜粋)
この例で知らなければならないことは、バスのesの音をできるだけ強く最上の効果を欲するならば、左手の下に音をつけてオクターヴとし、右手は左手の上のオクターヴの音を一つ、合計両手で三つのes音を弾くのがよいということである。
一般にバスの音すなわち根音、あるいは和音が強ければ強い程、その上に、ペダルを踏み代えずに、沢山の音を弾くことができる。
(抜粋終わり)
譜例の( )で示した二つが、上記で追加されてもよいと言われている音。このように3音の2オクターブでバス音を弾くやり方は、数名の作曲家が追加ではなく ”書き譜として” 取り入れています。
非常に太く深い音がするので、弾いている楽曲において求める表現に必要だと思ったら、上記譜例のように追加してみるのもアリでしょう。
ただし、無闇に変更してしまうのではなく「こういう意図で変更した」としっかりと言葉にできるくらいの理由とともに変更してください。
・ピアノペダルの使い方(笈田光吉 著 音楽之友社)
► F. その他
‣ 36. 自分の「~節」をわざと意識してみる
同じ作品でも、演奏するピアニストによって全く別の作品のように聴こえます。
ある程度系統の似た演奏はあっても、完全に同じ演奏は二つとありませんし、仮に「あのピアニストの真似をして」と言われても完全再現なんて到底できません。弾く作品がどんなに易しいものであったとしても。
いろいろな演奏者に話をきいていると、差別化的に人と違った演奏をしようと思っている人は意外と少ないのです。
そんなことを考えなくても、演奏者によって:
・性格
・趣味
・今まで吸収してきた音楽
などあらゆることが異なるため、自分のやり方でやるだけで勝手に人とは違う演奏になってしまうわけですね。
ここで、筆者がおすすめする音楽に色を出すちょっとしたコツをお伝えします。
作曲でも演奏でも、普段はいつも通りにやっていていいと思うのですが、人から「○○なところが○○さんっぽいよね」というように「~サウンド」「~節」のような部分を何度も指摘された場合は、”わざと” そこを意識してみるのです。
そういうのって、放っておくよりも意識した方がより前面に出てきますので。
‣ 37. 予想外のミスをした時には、直後をそれに合わせる
演奏をしていると:
・ある音が予想外に強く飛び出てしまった
・ある音が予想外に小さくなってしまった
などといったアクシデントが起きることも。
こういった場合は、そのアクシデントからつながるように直後を即興的に合わせて、そういうものだと思わせることがポイント。あたかもそうしようとしてそうなったように演出する。戻れそうなところで帳尻をあわせればOKです。
結構やってしまいがちなのですが、アクシデントのすぐ次の音から今までやろうと準備してきたやり方へ戻してしまうと、連続性が失われます。アクシデント箇所が浮いてしまい、全体のバランスを欠くからです。
‣ 38. アフタービートの演奏法
(譜例)
アフタービートは、ただ裏拍にアクセントをつけるのではなく、「次の拍へ向かうエネルギーが発生する」という点が特徴。
つまり、譜例の場合は「2→3」「4→1」というエネルギーが発生するので、演奏の際にもそれらのつながりを意識して打鍵する必要が出てきます。
そうすることで、単に強調した場合と比べて音楽が前へ進む力を持ってくれます。
► 終わりに
様々な演奏テクニックとアプローチについて解説してきました。これらを演奏をより豊かにするための選択肢として捉えていただければと思います。
本記事で紹介した内容を自身の演奏スタイルに合わせて取り入れ、発展させていってください。
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