【ピアノ】「ネイガウスのピアノ講義」レビュー:名教授の教えと回想記録
► はじめに
20世紀を代表するピアノ教育者、ゲンリッヒ・ネイガウス。スヴャトスラフ・リヒテルやエミール・ギレリスといった巨匠たちを育て上げた彼の教えと人間性が、本書では鮮やかに描き出されています。
・出版社:音楽之友社
・邦訳初版:2007年
・ページ数:253ページ
・対象レベル:中級~上級者
・ネイガウスのピアノ講義 そして回想の名教授 著 : エレーナ・リヒテル 訳 : 森松 皓子 / 音楽之友社
► 内容について
‣ 本書の構成と特徴
本書は大きく2部構成となっており、それぞれに異なる魅力が詰まっています。
第1部「ネイガウスのピアノ講義」では、彼の教育者としての真髄に触れることができます。
冒頭の金言集には、深い洞察に満ちた104の言葉が収載。例えば「才能があればあるほど、それだけ技術が必要とされます」という言葉からは、彼の教育哲学が垣間見えます。
第2部「回想のネイガウス」では、様々な人々の証言を通じて、教育者としてだけでなく、一人の芸術家としての姿が浮かび上がってきます。特に詩人パステルナークとの交流や、愛弟子たちとの関係性を描いた章からは、芸術に対する真摯な姿勢と深い人間性が伝わってきます。
‣ 教育的価値
本書の教育的価値は、テクニック指南書を超えた、その包括的な内容にあります。
実践的な演奏指導
J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の指導では、以下のような発言があります。
バスや内声部のこれらの音は、正確におしまいまで押さえなければなりません。これを耳でよく聴き、実行しなければなりません。まさに正確に、そしてしまいまで完璧に弾かなければなりません。ここに対位法的スタイルの作品を演奏する際の主要な課題があり、根本的な難しさがあります。
(抜粋終わり)
このような具体的な指示を通じて、対位法的な作品への理解と演奏技術の重要性を説いています。
音楽哲学としての側面
「作曲家は実際に演奏しなければならない100分の1を楽譜に書いています。ところがそれすらあなたは実行していません」という辛辣な指摘からは、楽譜に書かれていることをこれまでの経験則や感覚で決めずに、とにかくよく読むべきだということを強調しています。
► 読者別の活用法
本書の価値は、読者の立場によって異なる形で現れてきます。
ピアノ学習者にとっては、日々の練習の指針として活用できます。特に「金言集」は、練習に行き詰まったときの道標となるでしょう。
教育者にとっては、指導法の参考としてだけでなく、生徒との対話の糸口としても活用できます。ネイガウスの言葉は、しばしば音楽の本質的な問題に触れており、生徒との深い対話を導き出す助けとなるはずです。
► 姉妹書との関係
本書は、同じくネイガウスの「ピアノ演奏芸術」と併せて読むことで、より深い理解が得られます。「ピアノ演奏芸術」がどちらかというと体系的な教育論を展開しているのに対し、本書はより多面的な視点から彼の音楽観と人間性に迫っているためです。
レビュー記事を書いているので、あわせて参考にしてください。
【ピアノ】ネイガウスの「ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記」レビュー:名教師の教えと音楽観
► 結論
本書は、テクニックの向上だけでなく、音楽をやるにあたっての精神性や芸術への向き合い方まで学べる、価値の高い一冊です。初級者には難しい内容も含まれていますが、中級以上のピアノ学習者にとっては、音楽的成長の重要な指針となる必読書と言えるでしょう。
・ネイガウスのピアノ講義 そして回想の名教授 著 : エレーナ・リヒテル 訳 : 森松 皓子 / 音楽之友社
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