【ピアノ】ラヴェル作品の演奏ポイント解説集:譜例付き実践ガイド
► はじめに
本記事では、ラヴェルのピアノ作品における実践的な演奏アドバイスをまとめています。各曲の重要なポイントを、譜例とともに具体的に解説していきます。
この記事は随時更新され、新しい作品や演奏のヒントが追加されていく予定です。
► ピアノ独奏作品
‣ 亡き王女のためのパヴァーヌ
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、18小節目)
18小節目の頭の和音には「G音」が出てきますが、11小節目や25小節目などの似たところでは「Gis音」が使われています。混ざらないように区別しておき、暗譜に備えましょう。
18小節3拍目裏からの8分音符は、譜例で示したような運指で演奏すると難易度が下がるうえ、大事なラインを滑らかに演奏することができます。
・記載した運指番号を使う
・3拍目裏の重なっているA音は右手でとる
・3拍目裏のFis音は左手でとる
・4拍目表のG音は左手でとる
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 [ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ] 徹底攻略
‣ 水の戯れ
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、18-19小節)
19小節目からの上段を見た時に、どうやって演奏するのか迷いませんでしたか。
18小節目に書き込んだ運指のように「A・H」の長2度音程を「親指1本」で弾きます。そうすることで、「E・Fis」を「2の指・3の指」、「A・H」を「4の指・5の指」というように分担可能。
親指というのは、側面を使うことで2つの鍵盤を同時打鍵するのに適している指。指が足りなくて弾けなさそうなパッセージでは、一つの指で2音同時に押さえられないかを疑ってみてください。
‣ ソナチネ 嬰ヘ短調 M. 40
· 第1楽章
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、11小節目)
カッコ付きデクレッシェンドの松葉を書き込みましたが、このように「1拍ごとにおさめていくニュアンス」をつけるといいでしょう。フレーズ線はきちんとそのように書かれています。
丸印で示した音は、次の音への跳躍があるので大きく飛び出てしまいがち。丁寧に音色をつくりましょう。
ここでのアルペッジョは、両手同時に始めるのではなく「両手に渡るロングアルペッジョ」です。ゆっくり過ぎると拍の感覚が曖昧になってしまうので、素早く入れましょう。
· 第2楽章
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、6-12小節)
水色ラインで示したところは、「2度音程でのぶつかり」が「3度音程」へ開いて解決しています。こういった箇所では、「後ろの音(解決音)」のほうが控えめに聴こえるように演奏するのが音楽的。
「2度音程でのぶつかり」という「緊張」が「3度音程」に開くことで解放される。ラヴェルはこの表現を得るために確信犯的にわざと2度の不協和音程を作っています。
· 第3楽章
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、159-163小節)
162-163小節目では、2小節を3等分するリズムがとられています(縮節)。
一方、47-52小節目やその他で出てきた時と異なっているのは、”左手も”「2小節を3等分するリズム」になっているというところ。両手でこのリズムを奏することにより、フィニッシュへ向けた「せき込み効果」が出ています。
また、「1拍ごとにハーモニーが変わっている」ということでも、せき込み効果がさらに増大しています。ハーモニーが変わるということも一種のリズム表現(和声リズム)。
47-52小節目やその他で出てきた時と異なる点なので、比較してみてください。
‣ メヌエット 嬰ハ短調 M.42
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、5-8小節)
・右手で演奏するべき音を大きな符頭
・左手で演奏するべき音を小さな符頭
で示しました。
このように、上段に書かれている音でも必要に応じて左手で演奏することで、メロディとハーモニーのバランスがとりやすくなります。
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 [ラヴェル メヌエット 嬰ハ短調 M.42] 徹底攻略
‣ 鏡
· 1. 蛾
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲尾)
満足感をもって終わるというよりは、「あれっ、何?終わったの?」とでも思わせるかのような締めくくり方。情景描写がされた作品や調性が無い作品では特に見られる傾向にあります。
こういったサラッとした終わり方では、rit. せずに弾き終えてしまうと、良い空気感を演出できます。
聴衆に「あれっ?終わったの?」と思わせることができたら成功と言えるでしょう。
‣ 夜のガスパール
· 2. 絞首台
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
楽曲のタイトルからもイメージつきますが、この例も無表情で1秒1秒進んでいくようなイメージを受けます。
ラヴェルから直接、彼が作曲したピアノ音楽の大部分のレッスンを受けたというペルルミュテールによる発言が収載されている書籍、
「ラヴェルのピアノ曲」 著 : エレーヌ・ジュルダン・モランジュ、ヴラド・ペルルミュテール 訳 : 前川 幸子 / 音楽之友社
によると、ラヴェル自身はこの作品についてペルルミュテールへ、
と話したそうです。
28小節目には、ラヴェルによる指示で「少し浮き立たせて、しかし、無表情に」とさえ書かれています。
つまり、作曲者としてもある部分では無表情に演奏してもらうことを望んでいたわけですね。
ただし、この作品は楽曲が進むにつれて部分的に表現的になって表情が見えるところも出てくるので、一つのイメージで統一しようとせずに、場面ごとの最適な表現を検討してみましょう。
・ラヴェルのピアノ曲 著 : エレーヌ・ジュルダン・モランジュ、ヴラド・ペルルミュテール 訳 : 前川 幸子 / 音楽之友社
· 3. スカルボ
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、492-495小節)
終盤において、f や mf のところでソフトペダルを踏んだまま弾くように指示しています。
これは明らかに「ただ単に音量を変えたい」というよりは、ソフトペダルを踏んだまま強く弾くことによる「不気味な音」を欲していたはずです。
‣ ハイドンの名によるメヌエット
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、35-37小節)
ここは「運指」に迷う方もいると思います。一例を書き込みましたので、参考にして下さい。
カギマークで示したように、35小節目の素材が音価を縮めて繰り返されていきますが、このような手法を「縮節」と呼びます。
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 [ラヴェル ハイドンの名によるメヌエット] 徹底攻略
‣ 前奏曲(1913)
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、1-3小節)
3小節2-3拍目は下段が休符になるので、「メロディのsolo」になります。
ここでは、譜例で示した2パターンのペダリングが考えられるでしょう。
上のペダリングは、3小節2拍目でペダルが上がり切るようにして、メロディをSoloにする方法。
いきなりペダルを上げてしまうと音響がいきなり変わり過ぎてしまうので、曲線で示したように段々と上げていくようにすると、バス音の音響なども上手く処理できます。
下のペダリングは、2-3小節目を踏み続けるという方法。この場合は3小節2-3拍目でSoloの表現を作れませんが、ピアニストの中にはこのような解釈をする方もいます。
ペダリングを考えていく時には、「ペダルによって伸ばされている音響をどこまで維持するか」ということを、「Soloの表現」や「和声」なども踏まえて判断していけるとベストです。
‣ ボロディン風に
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、66-69小節)
ここでの右手の運指は少し悩みどころだと思います。一例を示しましたので、書き込みを参考にしてください。
68小節3拍目の丸印をつけたC音は「右手」でとってもいいでしょう。
赤色ラインで示したように、「D Es Ges F」という内声のラインが隠れています。これらの音同士をバランスよくつなげていきましょう。
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 [ラヴェル ボロディン風に] 徹底攻略
‣ シャブリエ風に
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、9-11小節)
9-11小節における「右手でとる音」と「左手でとる音」を示しました。譜例の赤色ラインを参考にしてください。
誤りがちなのですが、9小節目の丸印で示した音はメロディではありません。
1-8小節目までずっと響いてきたG音をエコーさせるかのような音となっています。メロディは10小節目から。それは「avec charme(魅力的に)」と10小節目から書かれていることからも明らかです。
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 [ラヴェル シャブリエ風に] 徹底攻略
‣ クープランの墓
· リゴードン
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
カギマークで示した最初の部分は「開演ベル」の役割をもっていると言えます。幕開けを告げる「つかみ」の音。
こういった「つかみ」を魅力的に聴かせるコツは、「原則、ノンストップで弾き切る」こと。
2小節目へ入る時に変な間(ま)を空けたり、mp の直前でテンポをゆるめたりせず、一気に決然と弾き切ってしまうのがいいでしょう。
そうすることで、直後との対比をはっきりとつけることができます。
· メヌエット
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
カギマークで示したように、4小節の小楽節が「1+3」に区切られています(ピアノ版では)。
ここで気をつけるべきなのは、2小節目から3小節目へ移る時にメロディのフレーズが切れてしまわないようにすることです。
2小節目のメロディは1小節目のメロディと似ているので、1小節目から2小節目への移り変わりの時のようにフレーズを別にしてしまいがち。
ペダルで音自体は繋がっていても、時間の使い方やフレーズの持って行き方によっては音楽が切れて聴こえてしまいます。2小節3拍目から次の1拍目への「3→1」を意識して演奏してください。
► 協奏曲
‣ ピアノ協奏曲 ト長調
· 第1楽章
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、16-18小節)
このような連続グリッサンドは、全ての音の粒をはっきりと聴かせることが狙いではありません。
カタマリとして「グリッサンドをやっていますよ」と聴かせる、一種の「エフェクト(効果音)」として意図されているはずです。
しかし、全ての音を何となくで弾けばいいわけではなく、「折り返しの音(到達点の音)の音程をきちんと聴かせる」ということは踏まえておくべき。
今回の譜例の場合、「各小節の頭に出てくるD音の音程を聴かせる」ということです。
中には、かき回すようにとにかく目まぐるしくグリッサンドをすべき楽曲もありますが、基本的には「到達点の音程を聴かせるやり方をとる」と考えておいてOK。
その音に長くとどまるのではなく、明確なタッチにすることで、正しいテンポの中で際立たせるようにしましょう。
(再掲)
音程を聴かせるべき理由は、それによって音楽の骨格が明確になるからです。
譜例の箇所は「D音によるオルゲルプンクト」になっていますが、到達点の音程が聴こえてこそそれが伝わります。
楽曲によっては、到達点の音同士を結んでいくと和声が出来上がっていることも。
この楽曲ではどこからどこまでをどのように左右の手で分担すべきかが楽譜から読み取れます。
一方、全てが一つの段に書かれている楽曲もあります。その場合でも、前後関係が許す場合は「グリッサンドをしていないもう一方の手で着地音を拾う」ようにすると、音程を聴かせやすくなります。
► 終わりに
ラヴェルの作品には、独特の音楽語法と表現技法が詰まっています。
本記事では、実践的な演奏アプローチを紹介していますが、これらはあくまでも一つの解釈として捉えていただければと思います。
今後も新しい作品や演奏のヒントを追加していく予定ですので、定期的にご確認いただければ幸いです。
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