【ピアノ】トリル演奏:音楽性を損なわない12のポイント

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【ピアノ】トリル演奏:音楽性を損なわない12のポイント

► はじめに

 

本記事では、トリル演奏において陥りがちな失敗や有効な音楽的アプローチを、12項目にまとめました。

テクニックだけでなく、音楽性を大切にしたトリル演奏のポイントをお伝えします。

 

► A. トリルの基本テクニック

‣ 1. 古典的なトリル演奏の基本:噛み合わせの重要性

 

モーツァルト「ピアノソナタ第10番 K.330 第1楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)

2小節目と4小節目にトリルが出てきますが、このようなトリル演奏全般は、最後に詰まってしまったりとうまく弾けないことが多いと感じている方もいるのではないでしょうか。

 

ハードルを下げる方法があります。

もう一方のパートの音とどこで噛み合わせるのかを決めてしまってください

 

例えば、譜例のトリルではさまざまな弾き方ができます。

奏法例の a) と b) は「最新ピアノ講座(7) ピアノ名曲の演奏解釈Ⅰ」(音楽之友社)という書籍で解説されている、このトリルにおける5種類の奏法例から2つを抜粋したもの。

a) の方は、現行のヘンレ版付属の奏法譜で採用されている弾き方でもあります。

 

(再掲)

奏法譜に目を通しておくか、無い場合は自分で作っておく。

そうすると、もう一方のパートの音、つまりここでは「左手の伴奏」とどこで噛み合うのかが理解できるので、ゆっくり練習(拡大練習)をするときにも正しい噛み合わせを確認しながら練習することができます。

 

ロマン派以降だとアゴーギク自体にさまざまな解釈がありテンポの揺れも大きく、装飾音にも多少の自由度が増しますが、

少なくともバロック~古典派の装飾音は奏法譜として書けるようにしておくのが基本

 

そうすると、毎回入れ方が変わってしまうのを防げるので練習が積み重なっていきますし、噛み合い方を決めてあるので演奏するときの難易度がグンと下がります。

 

(再掲)

上記の「最新ピアノ講座(7) ピアノ名曲の演奏解釈Ⅰ」(音楽之友社)という書籍では、

以下のような音楽的な演奏ポイントも解説されていて参考になります。

(以下、抜粋)
2小節目と4小節目で同じ弾き方をしてもよいが、例えば、a) と b) のような異なるものにすると、フレーズ全体がさらに変化のあるものになる。
(抜粋終わり)

 

・最新ピアノ講座(7) ピアノ名曲の演奏解釈Ⅰ (音楽之友社)

 

 

 

 

 

‣ 2. 書き譜にしなくてもトリルで失敗しないために

 

では、アゴーギクが比較的大きく表現されている中で出てくる場合はどうすればいいのでしょうか。

失敗しないためにできることはいたって単純。トリルの終わりにきちんと意識を向けてください

 

トリルで失敗する時は、たいてい、その終わりで音が入りすぎてつじつまが合わなくなってしまったりといったように、タイミングをつかめないのが原因ではないでしょうか。

そのようにして、収束がギクシャクしてしまったり焦って急に大きくなってしまったりと、何かしらの問題へつながってしまう。

 

トリルというのは、細かな動きを伴った一種の反動を伴うテクニックです。

止めようと思ったときにムリヤリにバッと止めることができなくはありませんが、何の事前意識もなしにスムーズに美しく止めることはなかなかできません。

だからこそ、テンポをゆるめるわけではなくても、少し前から終わりを意識しておくことが失敗しないためには欠かせないということなんです。

 

‣ 3. 手首の回転を活用したトリル演奏テクニック①

 

さまざまなレッスンや書籍などを見ていて「トリルのとき、わずかに手首の回転を使う」という指導を目にすることがあるのではないでしょうか。

どういうことなのかイメージがつきにくいと思いますので、分かりやすく解説します。

 

譜例(Finaleで作成、テンポは任意)

これらふたつの小節の例を弾き比べてみてください。

右手で演奏すると想定し、必ず指遣いを守ってできる限り高速で弾くつもりで。

 

左の「2度音程トリル」の例では、ほぼ指先の運動のみでスムーズに弾けます

一方、右の「3度音程トリル」の例では、できる限り高速で弾こうと思うと、勝手に手首の回転を使っていることに気が付くはず。

 

トリルで手首の回転を使うというのは、この感覚のこと。

指の間を大きく開いている時は、手の構造上、手首の回転がなくては速く弾けないので、意識せずとも勝手に回転させることになる。

完全4度のトリルを「2-3」で弾くとなると、もっと手首の回転が必要になります。

この回転の感覚を覚えておいて、左の「2度音程トリル」のような指の間を大して開かないトリルでも応用してみてください。

大げさにはやらずに、少しだけ手首の回転を使うことで奏者によっては弾きやすく感じる。

 

…というのが、あらゆるレッスンや書籍で言っている「回転」の意味の一つです。

 

指先のみの運動で弾くのと少し手首の回転を使うのとどちらが安定するのか、実際に直面したトリルで試してみることで使い分けていきましょう。

 

‣ 4. 手首の回転を活用したトリル演奏テクニック②

 

あらゆるレッスンや書籍で言っている「回転」の意味のもう一つを解説します。

前項目のように1音や2音単位で細かく手首を動かすだけではなく、4音単位または8音単位など、もっと大きなカタマリで動かす方法もあるのです。

「動かす」というのは「多少の上下運動をつける」という意味。

 

譜例(Finaleで作成、テンポは任意)

2本の指によるトリルではなく、特に、「1323…」「2313…」などといったように運指自体も3本以上使って4音単位となっている時に、「4音 1手首」もしくは「4×2=8音 1手首」を効果的に使えるでしょう。

 

3連符による書き譜トリルの場合は、6音単位で1手首を使うと弾きやすいのですが、このあたりはテンポによって適切なやり方が変わるので、必ず音を出しながら確認する必要があります。

 

ポイントは、単位のはじめの音を弾く時に少し手首を入れる程度にしておき、あまり大きく動かそうとは思わないこと。

大きな動きを入れると、ただのムダな動きになってしまいます。

あくまでも、指の動きをサポートするための手首の動きであり、動かすこと自体が目的ではありません。

 

► B. 音楽的表現とトリル

‣ 5. トリル後の音楽的な流れを途切れさせない

 

ショパン「ポロネーズ 第7番 幻想 Op.61 変イ長調」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、200-204小節)

譜例の矢印で示したような、トリルから通常の記譜に戻るところでは音楽が止まらないように注意

 

譜例のようにトリルの次が休符でない場合は、不要なテンポ変化にも気をつけながら、美しく連結できるように練習しておかなければいけません。

 

同じような注意が必要な例を、もうひとつ挙げておきましょう。

 

ショパン「ワルツ第6番 変ニ長調 作品64-1(小犬)」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、70-75小節)

73小節目から74小節小節目への移行時に音楽がギクシャクしないよう、注意しましょう。

クレッシェンドの松葉が書かれていて音楽の方向性が前へ向かっているので、流れを止めるべきでないのは明らかです。

 

‣ 6. トリルを音楽の自然な一部として扱う

 

楽曲の中でトリルが出てきたときに、音楽が分断されてしまったり流れが止まってしまったりする演奏はよく耳にします。

演奏を客観的に聴くことに慣れるまでは、録音チェックしないと意外と気がつきにくいので厄介ですね。

 

不自然になってしまう理由には、以下のようなものが挙げられます:

・とってつけたように、いきなりそこだけ強くなってしまうから
・楽曲の雰囲気に関係なく、何でもかんでもダダダダって速く入れてしまうから

 

簡単に言うと、トリルをイレギュラーなイヴェントだと思って頑張り過ぎてしまっているのです。

 

トリルは、前後の流れの中で自然に入れなくてはいけません。

一種の演奏面での苦労が伴うのは分かりますが、そこだけ強くなってしまうと、浮いて不自然な表現になってしまいます。

 

また、どんなニュアンスのトリルがその箇所の表現に適切なのかを考えて:

・スピードはどれくらいか
・トリル始めと終わりのスピードやニュアンスはどうするか
・ベタッとしたトリルか、パラパラとしたノンレガートなトリルか

などを決定していく必要があります。

それをしないと、いつでも同じようにダダダダっと入れるだけの表現になってしまい、トリルの直前が美しく弾けていても一気に夢から覚めてしまいます。

 

ほとんどのトリルは音楽的要求から生じた自然なもので、イレギュラーに取っ付けているものではないと踏まえたうえで

ピアノへ向かってみてください。

トリル以外の装飾音に関しても同様です。

 

‣ 7. テンポとトリルの関係性を理解する

 

特に「緩徐楽章」のときに注意が必要なのですが、同じ楽曲であってもテンポがゆっくりの時とやや速めに演奏する時とでは、トリルの入れ方が変わってきます

 

テンポをやや速めに設定したにも関わらず、ゆっくりの時と同じ数のトリルを入れてしまうと、その部分だけ音楽が広がり過ぎて音楽的に分断されてしまいます。

だからと言って、トリルを入れるスピードを速くしてしまうと、音楽の性格自体に影響が出てしまいます。

例えば、ゆるやかなカンタービレの楽曲でいきなり「ズダダダダ」と急速トリルが出てくると不自然ですね。

 

以下のことを留意しておきましょう:

・譜読みをする段階で、最終的に仕上げたいテンポを考慮してトリルの入れ方を決定しておく
・もしくは、譜読みが終わってからでもトリルの入れ方を再調整する勇気を持つ

 

‣ 8. トリルのスピードが持つ音楽的表現

 

「トリルを入れる速さ」も、音楽解釈の一つです:

・速いトリル
・ゆっくりのトリル
・だんだんと速くしていくトリル

 

また、一口に「ゆっくりのトリル」と言っても、言葉では書けないほどスピードの幅があります。

 

速いトリルというのは、ほとんど「持続音」に近い表現となります。

一方、ゆっくりのトリルというのは、その動きの運動がはっきりと把握されることになるので、この辺りのニュアンスの違いを知っておいて、自身でチョイスしなければなりません。

 

特に現代の音楽では、トリルを入れる速さも言葉で指定されていたりします。

一方、もう少し前の時代になると「ここは速いトリルで」などと楽譜に書かれている楽曲はほとんどありません。

そういったこともあり、トリルの速さは意識せずに、音程やリズムなどのはっきりと書き表されている内容だけを読んでしまいがちです。

 

‣ 9. トリルのレガートとノンレガート:音の質感の違い

 

トリル演奏における「レガート、ノンレガート」について意識してみたことはありますか?

 

トリルをレガートにするかしないかで、キャラクターが大きく変わります。

トリルというのは単なる音の集まりではなくて「持続」なのです。

その持続をどう聴かせるかという観点のひとつに、パラメーターとして「滑らかさ」も入れなくてはいけません。

 

レガートにするとウェットなサウンドになり、音の粒が見えにくくなります。

一方、ノンレガートのトリルにするとドライなサウンドになり、音の粒も見えやすくなります。

 

現代曲でもない限り、作曲家自身はトリルのレガート、ノンレガートについては指示していません。

したがって、楽曲によってどちらのニュアンスが合っているのかを考えて選択する必要があります。

 

 

【ドライなトリル】

一音一音がレガート過ぎずにパラパラと聴こえてくるトリル。

テクニック的には、以下の3点がポイントです:

・指を立てぎみにして打鍵する
・指の動きを大きめに使い打鍵する
・鍵盤の底までは下げないように打鍵する

バロック作品や、ラヴェルなどのバロック・タッチが似合う作品で取り入れてみるといいでしょう。

 

【ウェットなトリル】

一音一音がレガートにベタッと聴こえてくるトリル。

テクニック的には、以下の3点がポイントです:

・指を寝せぎみにして打鍵する
・指をあまり上げずに、吸着するように打鍵する
・鍵盤の底まで打鍵し、鍵盤を完全に上まで上げないでトリルする

やっていることが、「ドライなトリル」の時とはどれも正反対になっていることに気づくと思います。

 

‣ 10. トリルのアクセントに潜む落とし穴

 

トリルの時に、無意識に入りで唐突なアクセントがついてしまっていませんか?

長く続くトリルの時に「意図的に入りだけ強調して、あとは控えめにトリルする」という方法をとることはありますし、きちんと意図しているのであればOK。

一方、トリル自体を弾くことに一生懸命になってしまい、トリルの「入り」や「終わり」の処理にまで気が回っていないケースは意外に多いのです。

 

トリルは流れの中で自然に聴こえるように入れるということを意識してみましょう。

 

► C. 応用的なトリル

‣ 11. ロングトリルでの音楽的な工夫

 

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.281 第3楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、114-118小節)

このような長く続くロングトリルにおいては、視覚的にも聴覚的にも数えている様子を表へ出さないように注意すると、上手に聴こえます。

 

具体的には:

視覚的
頭を振って拍を数えない

聴覚的
各拍に不要なアクセントをつけてしまわない

 

拍をとるのは頭振りでもアクセントでもなく、他のパートおよび、体内のカウントにすべきです。

 

まずは、トリル以外のパートを体内のカウントで走ったりモタモタせず弾けるようにしておく。

これが出来たら、ロングトリルをさりげなく追加してみてください。

 

‣ 12. メロディラインを際立たせるトリルの役割

 

楽曲分析の観点からもトリルについてアプローチしてみましょう。

 

ラヴェル「クープランの墓 より メヌエット」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、121-128小節)

ここでは2つの声部にトリルが書かれていますが、なぜ、あえて内声の2声部のみに書かれているのかを考えてみましょう。

 

121小節目から下段で「So Mi Re」という第2の旋律が繰り返されているので、トリルが書かれている小節でも「So Mi Re」の「Re」を聴かせたいわけです。

しかしここでは「Re」の音を内声に設置しているので強調が難しく、なおかつ、ピアノは減衰楽器なので音を持続できずメロディラインが不明確になってしまいます。

そこで、Reの音をトリルにすることで持続の効果を強め、「So Mi Re」というラインを拾い上げています。

 

演奏上は「So Mi」のニュアンスをよく聴いたうえで「Re」のトリルのバランスを決めなくてはいけません。

 

「メロディをわざわざ内声に配置する必要があったのか」ということに関しては、上段のFaやLaが1オクターブ下ではラヴェルのイメージに合わなかったのでしょう。

トリルにより持続の効果が高まり、彩色もされます。もちろん、もう一方のトリルはハモリ。

ここでは他の声部は伸ばしているだけなので、単独トリルよりも2声が一緒にトリルすることで、音響が薄くなってしまう印象も和らいでいます。

 

「メロディラインを明確にするトリル」であり、減衰楽器の特性をうまく補助するような効果的な書法になっていることを読み取りましょう。

 

► 終わりに

 

トリル演奏は技術と音楽性の融合です。常に音楽の流れを意識し、自分なりの解釈を探求してください。

 

トリルも含め、装飾音関連の基本については以下の記事にまとめています:

【ピアノ】装飾音符の基礎知識:歴史的変遷と実践的アプローチ
【ピアノ】モーツァルト作品の装飾音の演奏解釈と歴史背景

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

ピアノ音楽(ピアノソロ、ピアノが編成に入った室内楽 など)に心惹かれ、早何十年。
ピアノ音楽の作曲・編曲が専門。
物書きとしては楽譜だけでなく文章も書いており、
音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆を手がけています。
Webメディア「大人のための独学用Webピアノ教室」の運営もしています。
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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