【ピアノ】運指の決め方 大全:43の技術と戦略
► はじめに
ピアノ演奏において、運指は単なる指の置き方以上の意味を持ちます。
それは音楽表現を豊かにし、あらゆる障壁を克服するための重要なポイント。
本記事では、運指の決め方の秘訣を43の具体的な視点から解説します。
運指に関する別の視点については、以下の記事で取り扱っています:
・【ピアノ】ピアノ演奏技法:替え指の実践的活用法
・【ピアノ】特殊な音楽効果を生み出す書法における運指テクニック
・【ピアノ】運指の書き込みによる譜読みの効率化と練習管理法
・【ピアノ】「運指」に関する情報収集の方法や座学的重要視点
► A. トリルと音程に関する運指テクニック
‣ 1. 右手のトリルにおける、3と5による運指
トリルの際の運指について、
「レシェティツキー・ピアノ奏法の原理」 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
という書籍の中で、以下のように解説されています。
右手の場合、もっともよいトリルの指使いは1と3であるが、
3と5もよく、また多くの場合、2と4でもうまくひける。
2と3は一般に考えられているほどには良好とはいえない。
左手の場合は、1と2、その次には2と3がトリルにはもっとも良い指使いである。
(抜粋終わり)
この文章の中で良い運指としてすすめられている「右手での3と5の指によるトリル」ですが、普段あまり使ったことのない方は意外と思ったのではないでしょうか。
やってみると分かるのですが、確かに使いやすい運指だと言えるでしょう。
例えば、以下の譜例の右手のトリルにおいて有効に使えます。
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、28小節目 および 83小節目)
右手のトリルの演奏で、28小節目と83小節目のどちらにおいても3と5による運指が有効。
「1と2の指で内声の音を演奏できるから」というのもありますが、3と5でおこなうトリル自体、動かしやすくて弾きやすいものです。
3と4によるトリルの時のような手の構造上のつながりが薄いからでしょう。
あらゆる楽曲でトリルが出てくるので、運指付けに迷ったときには3と5の可能性も探ってみるようにしましょう。
◉ レシェティツキー・ピアノ奏法の原理 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
‣ 2. トリルで大きな音を出せる運指
楽曲によっては、トリルを弾くときにできる限り大きな音を出したい場合もありますね。
トリルの音量アップを狙うためにダンパーペダルを用いるのは有効ですが、表現的に使いたくないケースもあります。
必ずしもペダルを使わなくても運指の工夫によって大きな音量は実現できますし、ペダリングと組み合わせるのもアリ。
運指の工夫はシンプルなもの。
「親指も交えて、指を変更しながら弾く」
このようにすると、音量が得られやすくなります。
具体的には、「23 23 23…」「24 24 24…」などではなく、「1323 1323…」「1312 1312…」などと弾く。
「1323 1323…」は3の指を軸にした運指で、「1312 1312…」は1の指を軸にした運指。
どちらもよく使われるものですが、筆者としては前者のほうが弾きやすく、より音量も出るように感じます。
両方を試してみて、必要なときに引っ張り出せるよう引き出しへ入れておきましょう。
‣ 3. ベトソナ第3番 第1楽章 最初の3度トリルの運指
ベートーヴェン「ピアノソナタ第3番 第1楽章」の曲頭は難所として知られています。
3度の重音トリルが高速で出てくるので、音がバラけてしまいやすい。
1小節目のそれに限って、4パターンの運指を紹介します。
どれでも演奏可能ですが、やりやすさには個人差があるはず。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第3番 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
一番上の運指では「13・24・15」という番号を使っていることに注目してください。1の指をくぐらせていますね。
単純に横並びで「13・24・35」 にしてしまうと、とてもバラけやすくなってしまいます。
「24・35」の重音トリルをやってみると分かりますが、指自体は隣りあっていても、この運指での連続はとても弾きにくいのです。
「くぐらせることができる1の指を上手く取り入れる」というのが、こういった難しい運指ではポイントとなってきます。
上記3つの運指案はオーソドックスなやり方です。一方、もうひとつの案は「両手で分担する」というもの。
(譜例2)
小指でバスを残し、1小節3拍目以降はノンペダルで弾きます。
相当手が開く場合は3の指で全音符G音も残して弾くことができますが、少なくともバスの全音符C音は残しましょう。
全音符G音を指で残せない場合は、ある意味「簡略版」になってしまうということですし、両手で分担するのはあくまで最終手段にしてください。
楽曲を弾き始める前に低音の5度のみをソステヌートペダルで用意しておくと、それらを指で残さずとも響きを残すことができます。
良い結果が得られますが、「楽曲開始前にソステヌートペダルを準備する」という作業が必要になる意味でも、1小節目のトリルでしか使用できない方法です。
‣ 4. 6度音程の連続をレガートにする運指
シューベルト「楽興の時 第3番 Op.94-3 ヘ短調」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、25-26小節目の右手)
25小節2拍目は「16分音符による6度の動き」ですが、こういった箇所は完全なレガートにするのは困難。
トップノートは譜例に書き込んだ指遣いでレガートにし、下の音は1の指だけで、なるべく音を長く残していくように演奏します。
ダンパーペダルに頼らず、いかに手でレガートに肉薄できるかどうかを探る必要があります。
運指の都合で一方の声部がレガートにできないところは実際の楽曲で多く出てくるので、
「どちらか一方を完全なレガートにして、もう一方はなるべく指で残す」という考え方は応用範囲が広くあります。
► B. 音量と音色の工夫
‣ 5. 単音で太い音を出すための運指
ドビュッシー「子供の領分 1.グラドゥス・アド・パルナッスム博士」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
以下の3条件が揃っている場合に使える方法です:
・片方の手で演奏する音が ”単音”
・強打
・その前後が忙しくない
ショパン「バラード第1番ト短調 作品23」の曲頭など、例は意外と多いものです。
結論的には、「強い指で打鍵するべき」なのですが、
では、具体的にはどうすればいいでしょうか。
一番おすすめなのは、「親指と人差し指を束にして、1つの鍵盤を2本指で打鍵する」という方法。
支えがしっかりするので
とても力強い音を出すことができます。
これでしたら鍵盤に触れる面積も大きいので、「白鍵」はもちろん、「黒鍵」であっても外しません。
あるいは、「中指のみで打鍵する」というのもアリです。
中指はある程度手の支えが効くので、安定して力強い打鍵ができる指。
一方、中指だけで打鍵する場合は「白鍵」であれば問題ないのですが、黒鍵の場合には外しやすいというデメリットがあります。
黒鍵の場合は「人差し指と中指を束にして、1つの黒鍵を2本指で打鍵する」というやり方がとられることもあります。
解説した内容は、「どちらの手で、どこの音域の音を打鍵するのか」ということでも変わるので、
以上の情報を元に、自身の練習している楽曲に合わせて決定するといいでしょう。
‣ 6. 際立たせたい内声の音を運指の工夫で抽出する
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例(PD作品、Finaleで作成、30-31小節)
ここでの内声には、丸印で示したGes-As-Bというラインが隠されており、第2の旋律として聴かせることが慣例となっています。
しかし、このB音を際立たせるのがやりにくく感じる方もいるはず。
際立たせたい内声の音を運指の工夫で抽出する方法があります。
前後関係として可能であれば、その音を、演奏する手の最上声か最下声へもってくるように、運指を工夫してください。
譜例の場合は具体的に、l.h.で示した上段のGes音を左手でとってしまいます。
そうすることで、際立たせたいB音が右手で演奏する音の中では最下声となるので、Ges音も右手で弾く場合に比べると格段に際立たせやすくなります。
(再掲)
30小節目の丸印で示したGes-Asは、内声であるにも関わらずなぜ際立たせやすいのかというと、
左手で演奏する音の中では最上声となっているから。
内声の特定の音を際立たせるためにできることとしては:
・その音以外の各音を省略して打鍵する練習をしたり
・際立たせたい音の方へやや手を傾けたり
あらゆるやり方があります。
それらに加えて、楽曲の場面さえ許すのであれば、今回取り上げた運指法を検討してみましょう。
何度も弾いたときの再現性も高いのでおすすめです。
‣ 7. アクセントを安定して際立たせる運指付け
シューベルト「ピアノソナタ第7番 変ホ長調 D 568 第4楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、120-123小節)
左手で演奏するアクセントが書かれた音に注目してください。
筆者がこの楽曲を演奏するときに使用している運指を書き入れてみました。
このようにアクセントが続く場合、「アクセントを活かせる運指」という視点をもって運指付けをしてみましょう。
ここでは、1の指(親指)がアクセントの音へくるように運指付けしました。
そうすることで、親指を使っているがゆえ、アクセントをしっかりと響かせることができます。
迷ったときは、
「強調したい音にどの運指をもってくるかを想定したうえで、逆算して他の運指も決めていく方法」
を検討するといいでしょう。
ちなみに、同型反復を同じ運指のパターンで統一しているので、フレーズ表現のニュアンスが統一されて、
さらに、暗譜の際のハードルを下げることもできています。
パターンを統一できる場合はしておくのが、同型反復における運指付けのコツ。
‣ 8. 同じ運指の連続によるニュアンス
J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調 より フーガ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、32-33小節)
32小節目において “現行の” ヘンレ版などいくつかの版では、譜例で示したように2の指を連続させる運指が指示されています。
2の指に限りませんが、同じ指の連続というのは表情を作り出すことに長けています。
J.S.バッハの8分音符は、レガートで弾く解釈とノンレガートで弾く解釈の両方があります。
レガートにするのであれば、譜例のところのように「黒鍵→白鍵」であることを活かして指を滑らせるように弾くことで、
ニュルっとした滑らかなラインをつくり出すことが可能。
ノンレガートにするのであれば、これまた、同じ指を使うことの良さが活きる。
同じ指を連続することで、むしろ、音色などのニュアンスをそろえやすいからです。
同じ指の連続というのは、必ずしも、音型に対して指が足りないからとられる苦肉の策というわけではありません。
表現の味方だということを前提として、書かれている運指を捉えていきましょう。
ショパンは、自身の作品の中で4の指の連続をたびたび指示したことで知られています。
「ショパンのピアニスム その演奏美学をさぐる」 著 : 加藤 一郎 / 音楽之友社
という書籍ではその表現について迫っているので、あわせて参考にしてください。
◉ ショパンのピアニスム その演奏美学をさぐる 著 : 加藤 一郎 / 音楽之友社
► C. リズムと連打のテクニック
‣ 9. 同音連打における運指
同音連打については初歩学習の段階で「321321…と指を変えること」と習うケースが多いようです。
基本としてはOKですが、他の選択肢もあるということは踏まえておきましょう。
例えば:
「212121…」
「222222…」
「333333…」
など
楽曲にもよりますが、筆者がよく使うのは「212121…」という、3の指を使わない方法。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第23番 熱情 ヘ短調 op.57 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、24小節目)
左手に出てくる同音連打の箇所に、2パターンの運指を書き入れてみました。
上に書き込んだ運指(212121…)と、下に書き込んだ運指(321321…)は、どちらでも成立します。
しかし、弾きやすさは演奏者によって様々。
両方試してみて自身にとって安定して演奏できるほうを選びましょう。
筆者は「212121…」で弾くようにしています。
さらには、「2の指のみ」または「3の指のみ」という方法で同音連打して演奏するピアニストもいます。
これらはまったく指を変えずに同音連打する方法。
「超高速の同音連打」では、指を変えると弾きにくく、まったく指を変えずに同音連打した方がうまくいくケースがあります。
思い出して見て欲しいのですが、今まで取り組んできた楽曲において同音連打のときに運指が書かれていたものでは、どのような番号が書かれていたでしょうか。
「321 321 …」
「4321 4321 …」
「54321 54321 …」
「21 21 …」
では、これらに共通することは何でしょうか。
「外側の指から内側の指へ向かって使っている」ということ。
このようにすると、その逆(内側→外側)よりもずっとやりやすいんです。
実際に音を出してみれば、弾きやすいかどうかなんて知っていなくても分かるわけですが、
運指付けに慣れていない学習者だと、弾きにくくても「内側→外側」の運指を付けてしまうことが結構あるんです。
‣ 10. 同じ指を使った同音連打を安定させる方法
同じ指を使った同音連打をテクニック的に安定させる方法があります。
人差し指、中指のどちらかで同音連打する場合は、それらの第1関節に軽く親指を添えてください。
こうするだけで、安定性がかなり上がります。
ポイントは、強く押さえてムダなところに力を入れてしまわず、軽く添える程度にしておくこと。
添えるだけでも充分安定します。
有名マンガ「SLAM DUNK」に「左手は添えるだけ」という名セリフがありましたが、ここでの例に言い換えれば「親指は添えるだけ」でしょうか。
‣ 11. ゆっくりの同音連打では、指を変えずにやってみる
ゆっくりの同音連打では、指を変えないでやってみることをおすすめします。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第2楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、13小節目)
Adagio なので、16分音符とはいえ同音連打はそれほど忙しくありません。
上側の運指は指を変えるやり方で、下側の運指は変えないやり方。
どちらでも弾けますが、下側のように指を変えない方がいいでしょう。
実際に弾いてみると、連打の速度が「ゆっくり〜中庸程度」の場合は、同じ指を使った方が音色をそろえやすいことが分かるはずです。
‣ 12. 連打含みによるリズムのアーティキュレーションは運指次第で弾きやすくなる
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、5-6小節)
5小節目のはじめの右手パートでは、譜例へ書き込んだ運指を使うといいでしょう。
丸印で示した和音を弾く時にリズムのアーティキュレーションがあり、C音の連打も含んでいますが、
こういった時には、運指を変えて弾くとずいぶんラクになります。
例えば、丸印で示した音を「3 5」で弾くと、1拍目のアタマと同じ運指ですね。
ゆっくりのテンポで弾くときには弾きやすいのですが、テンポを上げると連打含みによるリズムのアーティキュレーションが表現しにくいんです。
譜読みの段階から何回かテンポを上げて弾いてみて、運指の可能性を調べてみるといいでしょう。
‣ 13. トレモロが速く弾けるようになる運指
譜例(Finaleで作成)
実際の楽曲の中では、トレモロに入る直前や直後の状況によって使用できる運指が変わってきますが、
もし前後関係が許せば、運指に「親指」を混ぜることでトレモロの演奏速度はあっさりと上げられます。
親指が入ることで手の安定度が格段にアップするからです。
例えば譜例の左手ですが、「54-2」 の連続で弾くよりも、親指を混ぜて「42-1」の連続で弾いた方が圧倒的に速く弾けるはずです。
► D. 楽曲演奏の戦略
‣ 14. 繰り返しの共通点を見つけて、同じ手の形のまま引っ越す
プロコフィエフ「ピアノソナタ第1番 ヘ短調 作品1」
譜例(PD作品、Finaleで作成)
ラフマニノフやプロコフィエフなどの作品は、楽譜にほとんど運指が書いてなくて困ることがありますね。
そんなときは、「繰り返しの共通点」を一つの目の付けどころとしてみてください。
見つけ出せたら、あとは「同じ手の形のまま」引っ越すだけ。
‣ 15. 似たような音型では運指を統一すべきとはどういうことか
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、27-28小節)
いくつかの版には、上側の運指の要所が書かれています。
しかし、各小節とも同じ音型だということを考えると、下側の運指のように運指のパターンも同じ形でとることで暗譜がしやすくなります。
ここで注意しなければいけないのは、弾きやすさや音色の観点。
いくら各小節が同じ音型でも、黒鍵の出てき方などによっては、同じ運指を使うと弾きにくかったり、音色面で問題が生じるケースも出てきます。
上記譜例に書かれた運指も、正直、弾きやすさだけでいうならば上の運指に軍配が上がります。
そこで筆者が推奨する折り合いの付け方は、以下のようなもの。
やりにくいところがある場合は、暗譜のしやすさとどちらをとるかをてんびんにかける。
その際、甲乙つけがたいのであれば、暗譜のしやすさを優先して様子を見る。
もう一例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、3-4小節 11-12小節 52-53小節)
音型的に似ていて対応している部分を抜粋しました。それぞれの譜例における丸印で示した運指を見てください。
筆者が実際に使っている運指で、全て3の指でとるように書き込んでいますが、実は、11小節目のソコに限り、筆者の使っている版では2の指でとるように書かれています。
他の2箇所は3の指でとるように書かれています。
3小節目と52小節目では3の指を使うにも関わらず、11小節目では2の指を使ってしまうと、頭が混乱して混ざって使ってしまう恐れがありますね。
前後関係を考慮すると、2の指を使うように運指付けされている意図も分かるのですが、3の指を使っても特に弾きにくいことはなく音楽表現にも問題が生じないので、
それだったら、全て統一してしまおうと思ったわけです。
このような部分でいちいち統一性を追求しておくと、後々、暗譜をしたり本番直前になったときに助けられる結果となります。
応用例として、さらにもう一例挙げておきます。
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例(PD作品、Finaleで作成、35小節目)
ここでの上段における運指は様々なやり方がとられていますが、筆者は譜例に補足した運指を使用しています。
この運指は、ミシェル・ベロフがTV番組「スーパーピアノレッスン フランス音楽の光彩」のテキストの中で指示している運指でもあります。
では、この運指がなぜ優れているのかを考えてみましょう。
運指番号のすぐ上へ書き込んだカギマークを見てください。
この運指を用いた場合、「3つ→2つ」の組み合わせをワンセットとしてまったく同じカタチを1オクターヴ上で繰り返して「3つ→2つ→3つ→2つ」と弾くことになります。
つまり、この1小節の中からまったく同じカタチによる繰り返しを見つけ出して、そこへ最適化した運指をはめたということですね。
運指決定にとってある程度は楽曲分析の力も助けになるわけです。
(再掲)
一方、上段の音符の下側へ書き込んだカギマークを見てください。
このように「2つ→2つ→2つ→2つ→2つ」というようにつかんでいく運指も使われることがあるようですが、
上記「3つ→2つ→3つ→2つ」の運指と比べると大きな欠点があります。
「2つ→2つ→2つ→2つ→2つ」の各始まりの音が全て異なり不統一であるため、毎回手のポジションが変わってしまうこと。
それにより、「暗譜への問題点」や「ニュアンスをそろえる難しさ」などが出てきてしまいます。
◉ スーパーピアノレッスン8-12 フランス音楽の光彩 (NHKシリーズ)
‣ 16. 運指において、暗譜のしやすさと音色のどちらを優先するか
前項目で、似た音型の繰り返しにおいては、できる限り同じ運指の反復を使って統一しておいたほうがベターと解説しました。
しかし、時にはこれが問題となるケースもあります。
モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、205-210小節)
原則「321 23」の運指をワンセットとして弾き進めていけばいいのですが、
209-210小節の2種類の運指を書き込んだところは、黒鍵を短い親指で弾くのが手の運用と音色のどちらの観点からも都合良くありません。
そこで、この部分に限っては、暗譜の面では少しやりにくくなっても「312 23」などの運指も考慮にいれるといいでしょう。
・暗譜のしやすさ
・手の運用や音色
これらのどちらをとるのかという判断が必要だということです。
以下のように運指を考えていきましょう。
譜例のような都合の良くないところが出てきてしまう場合は、 ’そこのみ’ 別案を検討してみる。
その時に、暗譜を優先すべきかその他を優先すべきかを状況を見て判断する。
‣ 17. テンポで最適の運指が変わるとはどういうことか
ゆっくりのテンポで譜読みをしている時には最適だと思っていた運指が、テンポを上げた途端にやりにくく感じることがあります。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番 ハ長調 op.53 ワルトシュタイン 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、80-81小節)
80小節目の右手のパッセージに運指を書き込みました。
345と235のどちらでも弾けるのですが、この箇所は最終的には相当速く弾くことになるので、
弱い指が2本も含まれる345よりも、235で弾いた方が本番で音が抜けたりする可能性は下がります。
問題になるのは、ゆっくりのテンポで弾いている時には、隣り合った指を使う345の方がむしろ弾きやすく感じてしまう可能性があるということ。
何度も何度も同じ運指でさらった後、テンポが上がると、ようやく弾きにくい運指だと気付くことになる。
これは、あまりいい手順とは言えません。
相当な速さで弾くことになるところは、テンポ上げて弾いて運指を探ってみることも最初の段階から取り入れてください。
まだ上手く弾けなくても問題なく、その運指でいけるかどうかの見当をつけることが大切。
もう一例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、67-68小節)
67小節目の左手パートに運指を書き込みました。
丸印で示した運指は、現行のヘンレ版でも採用されている番号です。
いったんそれらを使うことを前提として、他の部分をどう運指付けするかについて見ていきましょう。
点線で囲った部分を見てください。
前後の丸印で囲った運指へつなぐためには、音符の上へ書き込んだ運指でも下へ書き込んだものでも、一応、可能ではあります。
しかし、テンポを上げた時のことを踏まえると、上の運指の方がBetterでしょう。
(再掲)
ゆっくりのテンポで弾いている時は下の運指で弾いても何の問題もないのですが、
テンポを上げると、2の指でC音を弾く時に黒鍵のCis音に引っ掛ける可能性が高い。
・直前の運指の都合上、2の指が黒鍵の上を越さないといけないから
・2の指を1の指の上で結構大きく移動させるから
というのが原因だと考えられます。
1の指をくぐらせる動作がない上の運指を使った方が、テンポが上がったときに黒鍵へ引っ掛ける可能性は低くなります。
‣ 18. アーティキュレーションと運指との関係を近づける
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、40-43小節)
これら2パターンの運指を見比べてみてください。
この楽曲を弾いたことなくても、ある程度ピアノの経験がある方はどちらの運指が適切かは分かるはず。
とうぜん、①の譜例に記載した運指。
ではなぜこちらのほうが適切なのでしょうか。
それは、2音1組で進んでいくアーティキュレーションが示す音楽内容をよりよく表現することができるからです。
(再掲)
2音1組のアーティキュレーションがとられている場合は、指においても「32 32 32 32 …」「23 23 23 23 …」など、
2本1組にして弾いていくほうベター。
アーティキュレーションを正しく伝えることができる上、圧倒的に弾きやすくもあるからです。
41小節目は右手の小指でDis音を保持しないといけないので例外。
できる限り運指をワンセットにすべきなのは、3度や6度になっても同様。
ひとつ例を見てみましょう。
譜例(同曲の38-39小節)
黒鍵が入ってくる時には手の大きさなどに応じて多少運指を変更しても構いません。
書き込んだ運指では、運指を黒鍵の位置によって使い分けています。
しかし、無闇に3の指を用いたりせずに、ワンセットの感覚を残して弾き通しているのが分かるはず。
アーティキュレーションと運指との関係を近づける。
あるアーティキュレーションを表現するために必要なのは「適切な運指」です。
カギ(運指)とカギ穴(アーティキュレーション)の関係のようなイメージで、これらがピッタリと合わないと練習しても出てくる音楽が音楽的になりません。
‣ 19. 速いパッセージに書かれた、5の指の連続による運指
ショパン「ピアノソナタ第3番 ロ短調 作品58 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、201-202小節)
譜例のように、201小節1拍目の高音では多くの出版社の楽譜で5の指を連続使用するように書かれています。
速いパッセージに対してなので、疑問に思う方もいるはずです。
おそらく、この運指は「解釈の可能性」を伝えていると考えられます。
「5の指で演奏する2つの音を、ややテヌート気味に引き伸ばして演奏する」
言い換えると、
「たっぷりめで下降し始めて、降りながら巻いていく」
ということを運指で伝えているかのようです。
それでしたら、5の指を連続使用しても間に合いますし、むしろ、最適の運指になります。
► E. 手の動きと効率の工夫
‣ 20. 運指でわざとアーティキュレーションを切る
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、33-34小節)
33小節目の最後の16分音符B音は、普通に考えたら1の指でとるはず。
34小節1拍目の1オクターブ上のB音がつかみやすくなるからです。
一方、カッコで補足したように「2の指」でとるという方法も。
そのようにしても跳躍は1オクターブ跳ぶだけなので危険ではありませんし、
何より、「運指でわざとアーティキュレーションを切ることができる」という利点が出てくる。
よほど手が大きくないと、2の指を離さない限り1オクターブ上のB音をつかめないからです。
オクターブ跳躍するところでスラーが切れていますね。
「新版 モーツァルト 演奏法と解釈」
著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
という書籍で書かれているように、
このようなスラーの切れ目で音響はつなげる解釈もあります。
◉ 新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
‣ 21.「構造を示す運指」とはどういうことか
J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第7番 BWV 876 変ホ長調 より プレリュード」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、67-69小節)
譜例で示した運指は、アンドラーシュ・シフによる運指です。
ふたつのカギマークのつなぎ目を見てください。
Es音を2の指、As音を3の指で弾くようになっていますが、とうぜん、相当な巨大な手をもっていないと2と3の指で完全5度をつなげて弾くことはできませんね。
「J.S.バッハの8分音符だから、どう弾くべき」などという話は置いておいても、
この運指から「構造的に、Es音とAs音のあいだは切ってしまってもいいのではないか?」という予測が立つわけです。
ひとつ目のカギマークのところは「上行スケールによるパッセージ」、
ふたつ目のカギマークのところは「Es-durのカデンツにおけるバスライン」となっていて、
3の運指を振ってあるAs音からは役割がバスに移行している。
「構造を示すためにも、Es音とAs音のあいだは切って弾くべき」ということになります。
As音を弾く3の指は5の指にしてもいいのではと思うかもしれませんが、
3の指にすることでイヤでもEs音とAs音が分離されるので、うっかりとつなげてしまう可能性はなくなり、運指でわざとアーティキュレーションを切ることができますね。
実際にはさまざまな複雑な作品があるので
・運指が、切ってもいいところを示している可能性はないか?
・運指が、構造を示している可能性はないか?
などといった視点からも推測を立てて運指の意図を見ていきましょう。
構造的に理解したうえでそれを活かす運指付けをする力にもなります。
‣ 22. 音域の広い分散和音における運指
以下の譜例を見てください。
譜例(Finaleで作成)
このような音域の広い分散和音では、運指の可能性が多岐にわたってきます。
譜例において、音符の上下にそれぞれ書き込んだ2パターンの運指について考えてみましょう。
音符の上に書き込んだ運指は、1の指の次に必ずしも2の指をくぐらせず、1の指を連続して使ってしまうというもの。
急速なテンポでもゆるやかなテンポでも、どちらにおいても応用が利く運指となります。
上側に書き込んだカギマークを見てください。
音符の上に書き込んだ運指を使った場合は、このようなグルーピングで手のポジションをとっていくことになります。
1の指が連続するところと5の指が連続するところでポジション移動が発生するので、
1小節を2分割する弦楽器のボーイングを思わせるようなフレージングが発生することになります。
(再掲)
音符の下に書き込んだ運指は、1の指の次に2の指をくぐらせた運指。
譜例におけるテンポは Andante なのでこの運指でも弾きにくいことはないのですが、
テンポが急速の場合は、2の指をくぐらせるのが困難なので、この運指は再検討しなくてはいけません。
下側に書き込んだカギマークを見てください。
このようなグルーピングで手のポジションをとっていくことになりますが、上側に書き込んだカギマークのグルーピングとの違いをよく見比べてみましょう。
‣ 23.一瞬の切れ目をつくれる運指
譜例(Finaleで作成、左手で演奏すると想定)
譜例のように、スラーが拍をまたいでおらず、速いスケールの直後に一瞬の切れ目を入れるアーティキュレーションが求められることはよくありますね。
こういったときは、もし前後関係が許すのであれば、右側の譜例で記したように、スラーがかかっている最後の音を
親指で弾くように運指を設定してください。
(再掲)
両方の運指で弾き比べてみると明らかですが、スラー終わりの音を親指でとるとその直後の一瞬の切れ目がとても作りやすい。親指のバウンドを使ってとばすことができるからです。
とうぜん、その音が大きく飛び出ないように気をつける必要はあります。
‣ 24. わずかに運指を変えるだけで、驚くように弾けるようになる
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、49-52小節)
51小節目の左手を見てください。
カッコで示した運指は、いくつかの版に書かれているものです。
しかし、少なくとも筆者にとってはこの運指はやりにくく感じました。
直前から弾いてくると、どうしても「2」と書かれているところを「3」で弾きそうになってしまう。
それに気を取られて、右手にも影響が出てしまう。
そこで、直前の運指を変えずに解決したのが、もうワンパターン書き込んだ運指です。
このようにすると、直後も「21212(カギマークで示した部分)」というように同じ指のセットを使って弾いていくので、頭が混乱せずに済みます。音色面でも問題ありません。
「23」を「32」に変えただけというわずかこれだけの変更なのですが、驚くように弾きやすくなりました。
どうしてもつまづいたりする場合は「頭が混乱しにくい運指を検討してみる」という視点で柔軟に対応してみてください。
もう一例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、96-99小節)
ということなのですが、もう少し丁寧に解説していきます。
ここでは、Allegroのテンポで弾くとなると誰が弾いても概ね、メロディに関しては譜例へ書き込んだ運指を使うことになるでしょう。
注目して欲しいのは、丸印で示したG音です。
直前にもG音が出てきますが、それは3の指で弾いているので、同じように丸印で示したG音も3の指でとろうと思うのが普通です。
しかし、少なくとも筆者にとってはこの運指はやりにくく感じました。
(再掲)
筆者はそれほど手が大きいわけではないので、3の指でとるとその後がやや弾きにくい。
1と2の指のあいだを大きく開かないといけなくなりますし、99小節頭のH音を3の指でとりにくくなるんです。
「やりにくいな、やりにくいな」と思いながらも、丸印で示したG音はずっと3の指で弾いていたのですが、
ある時に4の指で弾いてみた途端、一気に弾きやすくなって目から鱗が落ちる思いでした。
個人の手の大きさなどによっては3の指が弾きやすい方もいるはずですが、
ここで言いたいのは、「わずかに運指を変えるだけで、驚くように弾けるようになる可能性がある」ということです。
さらに、もう一例を挙げておきます。
40小節目に書き込んだ上側の運指はペータース版などに書かれている運指で、下側の運指はヘンレ版などに書かれている運指です。
これら両方の運指を使って音を出してみてください。どちらが弾きやすいと感じるでしょうか。
とりあえず、数回のみ弾いてみたファーストインプレッションでは、上側の運指のほうが弾きやすく感じるはず。
下側の運指では動かしにくい4と5の指を連続で使用しますが、上側ではそれがないからです。
しかし、練習を重ねていくと事情は変わってきます。
筆者は最初は上側の運指で弾いていたのですが、丸印で示したC音で間違えてCis音を引っかけてしまうミスが続きました。
その次のB音を2の指で弾くためには手を奥へ入れないといけないので、直前に弾く3の指も少し奥へ入れないといけない。
このときに、Cis音を引っかけてしまうんです。
一方、下側の運指を使った場合はその問題は一切ありません。
つまり、4と5の指の動きにくささえ練習で解決すれば、後々の安定度は下側の運指のほうが圧倒的に良い。
こういったことって、練習しはじめの頃は気がつかないもの。
さっと弾いて弾きやすいほうを優先するのであれば、上側の運指を選ぶことになるから。
運指に何かしらの違和感や問題が出てきたときには、試行錯誤し、何度も検討することをやってみて欲しいと思います。
そうすると、たいてい解決しますので。
今使っている運指で闇雲にさらうことだけが解決の道ではありません。
‣ 25. 運指の違いによる跳躍回数の違いに目を向ける
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、37-40小節)
左手パートを見てください。
音符の下側へ書き込んだのが、ヘンレ版をはじめ、多くの版で採用されている運指です。
しかしこの運指では、各小節の1拍目ウラへ移る時と、小節をまたぐ時とで、ポジション変化を伴う跳躍を2回もしないといけません。
一方、音符の上側へ書き込んだ運指を使うと、跳躍をしなければいけないのは小節をまたぐときのみになるので、
2回跳躍をしないといけない運指を使った場合に比べると、「弾きやすさ」という意味では圧倒的にやりやすいものとなります。
特に、この楽章のように急速なテンポを求められている場合には、跳躍というのはテクニック的に問題が起きやすいので、それが少ない運指を使う方がいいでしょう。
(再掲)
ではなぜ、多くの版では下側の運指を採用しているのでしょうか。
おそらく、アーティキュレーションの面を考慮しているからだと考えられます。
ここでの左手パートにモーツァルトはアーティキュレーションを書き込んでいませんが、
各小節の4つの8分音符を「1+3」のようにとることができ、下側の運指を使うと勝手にそのアーティキュレーションが出てきてくれる。
「1+3」の1というのはバス音、3というのは曲頭からの左手パートのリズムからきています。
一方、上側の運指を使ってもアーティキュレーションを表現することはできるので、跳躍の回数から考えてもこちらの運指を使う方がいいでしょう。
「運指の違いによる跳躍回数の違いに目を向けるべき」
これを踏まえておきましょう。
書かれている運指を鵜呑みにして使っていると、よりよい案に気が付かないこともあります。
‣ 26. 運指の工夫でポジション移動を減らせる例
「手のポジション移動」というのはピアノを演奏する以上、つきもの。
しかし、場合によっては運指の工夫で移動の負担を軽減することができます。
例は山ほどありますが、今回はそのうち3つの具体例を見てみましょう。
【例①】
ショパン「革命のエチュード」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、28-29小節)
29小節目へ入る時に、左手の音型に1オクターヴの跳躍があります。
このような場合、譜例にも書き込んだように直前のオクターヴ上の音を「1の指」でとっておくと、
手を広げたオクターヴの間隔でそのままオクターヴ下の音をつかむことができるので、安定度が高くなります。
いくつかの楽譜では28小節目の最後の音を「3の指」でとる運指が書かれており、それで弾いても弾けることは確か。
しかし、その場合は小節の変わり目で手の横移動が入るので、29小節目の最初の低いGis音を外す可能性が高くなってしまう。
【例②】
プロコフィエフ「ピアノソナタ第1番 ヘ短調 作品1」
譜例(PD作品、Finaleで作成、9-10小節)
テンポが速いこともあり、10小節目の右手に出てくる広い音程の和音は、直前の運指準備が良くないと上手くつかめません。
この広い音程の和音を打鍵する時に手のポジション移動があると失敗する確率が上がってしまうので、
できる限りポジション移動をなくせばいいわけです。
具体的な方法としては、譜例へ運指を書き込んだように直前のF音を「3の指」で弾くこと。
そうすると、このF音を弾いているときに1,4,5の指は和音をつかむ形を用意できますし、次の8分音符E音は自然と2の指で弾くことになるので、
そのままの手のポジションで広い音程の和音へ入ることができます。
【例③】
モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、28-29小節)
29小節目の頭の和音をつかむときの手のポジション移動が問題になります。
やり方としては、譜例へ運指を書き込んだように、28小節目の最後のC音を「1の指」で弾くことで、ポジション変化を経ずに和音を「2345」でつかむことができます。
和音に含まれる、黒鍵の音であるB音を2の指でとれるように工夫しているわけです。
このB音を1の指でとろうとすると、ポジションの前後移動が発生してしまいますので。
‣ 27. 運指付けとペダリング決めはどちらが先か
譜読みの時に、運指付けをしたりペダリングを決めたりする段階があります。
これらの順序はどうするのが適切なのでしょうか。
「原則、そこでペダルを使うかどうかを決めてから運指付けをする」
このようにするといいでしょう。
運指とペダリングは密接に結びついています。
影響を与える側のペダリングを先に決定した方が後の修正が減るので、うまくいくことは多くあります。
運指を先に決めて上手くいかないところをペダルでごまかすというやり方ではなく、
ペダリングというのはもっと音楽の中身を優先して決めるべき。
「決定」といっても難しく考えすぎる必要はなく、ここではペダルを使った方がいいだろうかと音を出しながら予測を立てて、ほぼ同時進行で運指も付けていくようなイメージ。
短い単位ごとに「ペダリング → 運指」と考えていく。それをつなぎあわせて全曲にする。
「ペダリング → 運指」のやり方をとるためには、短い単位に区切って決めていくほうが圧倒的にやりやすく、まずペダリングだけ全曲にわたって決めてしまうようなやり方よりもスムーズに譜読みが進むでしょう。
‣ 28.「マス(塊)」にすることで速いパッセージで5の指を上手く使える
ラフマニノフ「コレルリの主題による変奏曲 ニ短調 Op.42」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、第16変奏の冒頭)
上段の右手で弾く音符に書かれた運指で、5の指が使われているところに注目してください。
ここでは、アクセントが書かれた1の指で演奏する音をしっかりと弾き、そのバウンドを使って残り6音を一気に弾くようにします。
この時に、5の指を使った54321という運指が速い動きに適していることに気が付くでしょうか。
「マス(塊)」として5本1束で一気に動かせて、かつ、手のポジション移動が少ないから。
123の指だけで弾くと、ゆっくりした速度では弾きにくくはないのですが、ある程度までしか速さを求めることができないでしょう。
上記、5の指を使う時のような奏法上のメリットがないから。
ヨーゼフ・ガートは、
「ピアノ演奏のテクニック」 ヨーゼフ・ガート (著)、大宮 真琴 (翻訳) 音楽之友社
という書籍で、高速のパッセージで5の指を使う利点を別の角度から解説しています。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、第16変奏の冒頭)
(以下、抜粋)
この例で、第3指と第5指を使うと、トレモロ効果がうまれる。
しかし第5指を使うことによって、手が内側に方向を変えることのほうが、もっと重要なのである。
第2指か第3指をF音に使うと、名人芸的な演奏はまったく不可能になってしまう。
(抜粋終わり)
◉ ピアノ演奏のテクニック ヨーゼフ・ガート (著)、大宮 真琴 (翻訳) 音楽之友社
‣ 29.「マス(塊)」にできない場合は、速いパッセージで5の指は使いにくい
前項目とは反対に、速いパッセージで5の指が使いにくい例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、45-49小節)
ここでの左手で演奏する動きのように、ある程度の速度で細かく動くパッセージでは、
出来れば、5の指を避ける運指付けができないかを考えてみるのがおすすめ。
4の指とセットで5の指が出てくると、どうしてもそこだけもたついてしまったり、打鍵が浅くなってしまったりしがちだからです。
譜例の左手で演奏する16分音符部分では、多くの版に書かれている運指では5の指を使っていますが、
筆者が譜例へ書き込んだ運指を使えば、5の指を完全に回避することができます。
それに、暗譜をするうえでも全く問題のない運指になっていますので試してみてください。
譜例は提示部ですが、再現部の対応部分も全く同じ考え方でいけます。
パッセージによっては5の指を使わざるを得ないケースもありますが、
前項目のようにマス(塊)として使えるのでなければ、まずは一度、回避できないかを検討してみる、
という姿勢を持っているといいでしょう。
‣ 30. 細かな音の抜けを無くす運指
何度練習しても頻繁に音が抜けてしまう “ちょっとしたところ” ってありませんか?
それは「運指」に原因がある可能性も。
ショパン「ワルツ第6番 変ニ長調 作品64-1(小犬)」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、1-4小節)
最初のトリルでは、通常は「La Si La」というように行って返ってくるだけの3音で演奏することが多い。
日頃、どのような運指を使っているでしょうか。
一見問題無さそうな「232」で弾くと、音の抜けが発生しやすいのです。
どちらの指も強い指ではあるのですが、
隣り合った指を交互に高速で使うのは意外と難しいものです。
そこで、このトリルは「132」で弾くことをおすすめします。そうすることで音が欠けてしまう可能性をグンと減らすことができます。
もう一例見てみましょう。
ブラームス「2つのラプソディ 第1番 Op.79-1 ロ短調」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
楽曲のはじめから「細かな3連符」が出てきます。
この3連符は、弱い指がふたつも含まれた「345」ではなく「235」で弾きましょう。
► F. 両手の協奏と分担
‣ 31. ある音型をもう一方の手へ引き継ぐときのヒント
モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、65-68小節)
ここでは、下段へ移動した67小節目の頭から左手でとることも可能ですが、
カギマークで補足したように、67小節目の頭の音までは右手で弾き、1拍目の裏から左手へ受け渡すやり方がより良い運指となります。
なぜかというと、この箇所をあえて作曲の視点で細分化するならば点線スラーで補足したようなフレーズになっているから。
フレーズに合わせて手の引き継ぎも一致させたことで、演奏がより自然になるわけです。
‣ 32. 弾く手を変えれば、subito はカンタン
前項目で取り上げた譜例をさらに細かく見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第3楽章」
譜例1(PD楽曲、Finaleで作成、65-68小節)
片方の手からもう一方の手へ引き継ぐときは
できる限り、フレーズにあわせた受け渡しにする
前項目では、これを基礎に運指を決めていくべきだと解説しました。
一方、この譜例ではsubito f が出てくるので、もう1パターンの有効な運指があります。
譜例2(同所)
ヘンレ版などでもとられている手の配分ですが、「subito f のところから手を変えてしまう」というやり方。
このやり方の何が良いのかというと、
subitoでダイナミクスを変えるという一種の演奏苦労を伴う表現が、手を変えてしまうことでいともカンタンにできてしまうという点。
頭が混乱しないからですね。
どんな楽曲のsubitoのところでも使えるというわけではありませんが、応用できそうな場面を見つけたときには積極的に取り入れて、演奏難易度を下げてみましょう。
‣ 33. 余裕がある方の手でとれる音を探す
上段に書いてある音符だからといって、必ずしも右手でとらないといけないわけではありません。その逆も同様です。
どうしても難しいと感じるところが出てきた場合、もう片方の手に余裕があればそちらの手でとれる音を探してみましょう。
それだけで難易度がグンと下がる可能性があります。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第18番 変ホ長調 作品31-3 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、75-76小節)
ここでは跳躍が大きく「ミスタッチ」の可能性が懸念されるので、両手で分担する方法を譜例で示しました。
丸印をつけた音の弾き方を参照してください。
ある音をとる運指が変わるとわずかながら出てくる音色も変わります。
何でもかんでも両手で分担するのではなく、
どうしても難しいと思うところのみ検討をしてみるのが良いでしょう。
‣ 34. 余裕がある方の手でとれてもとらない方がいい例
一方、「余裕がある方の手でとれてもとらない方がいい音」もあります。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第26番 変ホ長調 作品81a 第2楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、23小節目)
丸印をつけた音は「右手」でもとれますが、そうするとメロディラインを「指で」レガートにできなくなります。
レガートにとってダンパーペダルというのはあくまでも補助的なものなので、真のレガートにするには指でつなげなければいけません。
したがって、丸印をつけた音は(手が届かない方はアルペッジョにしてでも)左手でとった方がベターです。
「何を優先するのか」という問題なのですが、「メロディをレガートで美しく聴かせること」を優先しました。
「アルペッジョにしないで済む演奏方法をとる」ということを優先するのあれば、多くの場合は丸印の音を右手でとることになるわけです。
しかし、より重要であり優先すべき要素は何でしょうか?
もちろん、メロディラインですね。
このような運指テクニックというのは、何を優先するかによって変わってくるわけです。
‣ 35. ニュアンスに問題がなければ、パッセージを両手で分担するのも一案
上段に書かれている音符を左手でとったり、下段に書かれている音符を右手でとったりする例を見てきましたが、
ここからは、関連項目である「両手によるパッセージの分担」について取り上げていきます。
以下の譜例のようなところでは、左手によるサポートが有効に使えます。
ラフマニノフ「音の絵 op.39-5」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、67-69小節)
l.h. の指示は、筆者が書き込んだものです。
上段にダンゴのようにまとめて記譜されているパッセージは、全て右手で弾くことを想定されている可能性が高い。
しかし、筆者も含め、多くの方はラフマニノフのような大きな手をもっていないはずですし、
彼が書き残したスラーを表現するために両手で分担するのはアリでしょう。
分担することで、演奏テクニックとしてもかな負担が軽くなります。
もう一例見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.281 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、34小節目)
この譜例のところでは、上段の全てを右手で弾こうとすると着地の3度和音が非常につかみにくいのですが、
補足したように上段のパッセージの一部を左手でとってあげると、格段に弾きやすくなります。
このケースのように、流れの中で一部分を分担するのであればそれほど問題はないでしょう。
分担するときには「分担することによる、不都合なニュアンスの問題は起きないか」に注意してみてください。
例えば、単純な高速パッセージなどで一筆書きのように弾きたい場合は、あえて分担しない方がそのニュアンスを出せます。
あえて片手のみで弾いた方がソリスティックな雰囲気が出せるパッセージというものもあります。
ニュアンスに問題が出てくる場合は多少テクニック的に大変でも分担せず、問題なければ検討する。
このように考えてみましょう。
‣ 36. 手の交差を使って和音演奏を分担する
まず最初に、手の交差でメロディを弾く、それも、和音としてのカタマリからトップノートを取り出す例を見てみましょう。
フランク「プレリュード、コラールとフーガ ロ短調 M.21」
譜例(PD作品、Finaleで作成、コラールの11-13小節)
本楽曲の一部は交差の嵐なのですが、このテクニックは時に他の楽曲へも応用できます。
「手の交差」というのは、上記の例のように連続で出てくるとなかなか弾きにくいもの。
しかし、一発のみ取り入れる場合は、むしろ難所の難易度を下げることができるケースもあります。
ショパン「 24のプレリュード(前奏曲集)第7番 Op.28-7 イ長調」
譜例(PD作品、Finaleで作成、12小節目)
左の譜例を見てください。
通常の運指の場合は、右手の親指でAis音とCis音の両方を押さえなくてはいけないので、
大事な楽曲いちばんのクライマックスであるにも関わらず、結構、失敗が起きやすい箇所になります。
それを手の交差で解決した例は、右の譜例。
メロディ音を交差した手で弾くことにより、格段に弾きやすくなっています。
アルペッジョにしてしまうという変更はありますが、
この交差による変更はかねてから多くのピアニストが取り入れており、決して珍しいものではありません。
それに、きちんとクライマックスを作りさえすれば音楽的にも問題になるような変更ではありません。
場合によっては、検討してみてもいいでしょう。
‣ 37. 両手で分担した途端に魅力がなくなるパッセージ
シューマン「幻想曲 Op.17 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、77-79小節)
これらの、メロディを含む左手のパッセージは、片手で弾くアルペッジョの表現も含めてソリスティックな性格がでる音型となっています。
こういったところでは、もう一方の手でとれたとしてもとらないほうが音楽的。
非常に言葉で説明しにくいのですが、
それをしてしまうとソリスティックな性格が無くなり、途端に魅力的でなくなってしまう。
特に、アルペッジョが書かれているところは実に味がありますね。
親指で演奏することになるメロディの鳴るタイミングを考慮したうえで、アルペッジョを拍の前へ出して弾く。
それを ”片手で” やることで独特のニュアンスが出るわけです。
両手で分けてしまうとそのニュアンスが出なくなってしまう。
同じような理由で、こういったアルペッジョは仮に手が届いたとしても取り払ってはいけません。
手が届かない奏者のために書かれたものではなく、表現のために書かれたものだからです。
「上達のためのピアノ奏法の段階」井口基成 (著) 音楽之友社
という書籍に、以下のような文章があります。
私の師イーヴ・ナットは次のようにいつている。
「弾き方をかえるのは、やさしくするためではなく、自分の感ずる良い響きに近づけるために行うのである」と。
(抜粋終わり)
場合によっては、やさしくする意図をもって分担するのも構いませんが、
必ず同時に、音楽自体が意図する表現から離れてしまわないかどうかに注意しなければいけません。
ショパン「エチュード Op.10-1」の1小節目の右手を両手で分担してみたと仮定しましょう。
出てくる音楽が聴覚的にも視覚的にも不自然なものになってしまうのが分かりますね。
手が10度に大きく広がり身体的な緊張が高まるからこそ、音楽も10度の緊張に広がるわけです。
◉ 上達のためのピアノ奏法の段階 井口基成 (著) 音楽之友社
‣ 38. パッセージを両手で分担するかどうかの最後の検討視点
ここまでの項目でも解説したように、特定のパッセージを弾く難易度を下げるために両手での分担を検討することは必要。
一方、「その作品についている一般的イメージ」を考えてみる必要はあります。
ショパン「バラード第3番 変イ長調 作品47」
譜例(PD作品、Finaleで作成、14小節目)
この連続オクターブは高速でもあるため、両手で分担すると難易度が下がります。
l.h. の指示は、筆者が書き込んだものです。
しかし、ここで少し寄り道をして作品のイメージを考えてみましょう。
右手のみで弾くオクターブの連続ではどうしてもレガートにできないので、ダンパーペダルを使っても完全なレガートにはなりません。
我々が聴き慣れたどことなくパラパラしたサウンドが生まれることになります。
一方、両手で分担すると完全なレガートにすることができます。
ショパンはスラーも書いているので、作曲家の意志に反していない…はず。
しかし、このパッセージがレガートで聴こえてくると、少なくとも筆者は多少の違和感を感じます。
というのも、右手のみで弾くときに出てくるサウンドのイメージが強く頭に残っているから。
多くの巨匠が右手のみで弾いて録音しているのでそういった演奏を聴いてきましたし、
筆者自身がこの作品に取り組んだ時も、右手のみで弾きました。
このような経験からイメージがあるために不自然に感じてしまう。
同じ内容を感じたことのある方もいるはず。
(再掲)
たとえ両手で分担できて、なおかつ、どちらの奏法によるニュアンスでも問題ない場合であっても、
最後の検討ポイントに「一般的なその作品のイメージはどうか」という項目を加えてみてください。
そこまでした後であれば、どの方法を選んでもそれはそれで演奏者の自由です。
この譜例の場合、ノンレガートをペダルでサポートしているようなニュアンスを優先したいのであれば、
・右手のみで弾く
・両手で分担して難易度を下げつつも、ややノンレガートのタッチで弾く
という複数の選択肢を考えることができます。
最後に、ハンス・カンによる関連文章を紹介しておきましょう。
「ピアノ演奏おぼえがき」 著 : ハンス・カン 訳 : 城 房枝 / 音楽之友社
という書籍に、以下のような記述があります。
ベートーベンのソナタ作品111の初めの部分で、左手の跳躍を間違えないように両手にわけることがある。
この跳躍は集中と勇気と自信を要求する。
当然前もって高度の技術をマスターしていることが前提になっている。
決して簡略化してよいものではない。
ベートーヴェンはこのソナタを演奏するのに、十分な技術的熟達と注意を意のままにできるピアニストを想定しているのである。
隣の鍵に触れる危険のあるということもこの部分の緊張を高めているのである。
(抜粋終わり)
◉ ピアノ演奏おぼえがき 著 : ハンス・カン 訳 : 城 房枝 / 音楽之友社
► G. 運指の柔軟性と改善
‣ 39. ひとつのやり方に固執しない
何かひとつのことを覚えるとそれが唯一の正解だと思ってしまったり、どんなときでもそればっかりで通そうとしてしまう傾向はよく見受けられます。
筆者も昔はそうでした。
シューベルト「ピアノソナタ第7番 変ホ長調 D 568 第4楽章」
譜例1(PD楽曲、Finaleで作成、55小節目)
ここまでの項目の中で、「共通点を探して、手を引っ越す」という運指決定方法のコツを解説しました。
このやり方は非常に有効なもので、譜例のような分散和音のパッセージでも使えます。
譜例の右側で示したように、四角で囲った和音の手の形をつくったまま引っ越す、ということ。
そうすると、右手は譜例の左側に書き込んだ運指となります。
(再掲)
ただし、ここで問題が発生します。
丸印で示した親指で弾く黒鍵が弾きにくいうえに、大きな音が出てしまいがち。
このことはゆっくり弾いていると気がつきにくいので、中々厄介です。
慣れてくると、運指を試してみた瞬間にもっと良い運指があるかもしれないと疑うようになるでしょう。
以下の譜例2のように運指変更すると断然弾きやすくなり、黒鍵を親指でとるところもなくなります。
譜例2(PD楽曲、Finaleで作成、55小節目)
ポジションを変えている位置が先ほどの譜例1とは異なります。
ポジションチェンジが2回入りますが、そんなことはどうでもいいくらいこちらの方が弾きやすいことが分かるでしょう。
一見いちばんラクそうな譜例1のやり方に固執していると、譜例2のようなもっとベターな別案を見落とす可能性があります。
弾いている最中にしっくりこない時には、別案を考えてみる柔軟性を持つようにしましょう。
また、それがかなり弾き込んだ後だったとしても、ベターなやり方を見つけられれば思い切って変更する勇気が必要です。
‣ 40. 工夫しながら楽曲数を重ねれば、必ず運指に強くなる
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、42-50小節)
譜例へ書き込んだ運指は、ヘンレ版に書かれている運指をもとに筆者の方で全運指を振ったもの。
カギマークで示した部分は、どちらも3度の動きで下行してくるパッセージで単純そうに見えますね。
しかし、これらのところを少ない情報のみで運指付けしなくてはいけないとなると、結構迷ってしまうのではないでしょうか。
この楽曲の場合はヘンレ版やらあらゆる版にある程度の運指が書かれていますが、
特に近現代の作品の場合は、全ての運指を自分で考えなくてはいけないケースも多々出てきます。
そんなときに力となってくれるのが、楽譜に運指が書かれている作品を使って積み上げた知識量の多さ。
楽曲によって最適の運指というのは変わってくるので、ある楽曲で使った運指を必ずしも別の楽曲で使えるわけではありません。
しかし、「こういった音型では、このような運指のさばき方をすれば弾けるかも」という予測を立てられるようになってくると、
別の楽曲でもそれを参考に探っていくことができます。
「この楽曲で書かれている運指を参考に、引き出しを増やそう」という意識をもってどんな時代の作品も学習してみましょう。
ただ単に考えずに書かれている運指を使うのではなく、
「こういった音型では、このような運指のさばき方ができるのか」ということをいちいち腑に落としながら、書かれている運指に目を向ける時間を作ってください。
工夫しながら楽曲数を重ねれば、必ず運指に強くなります。
‣ 41. レガートではないところの運指付けも慎重に
レガートのところというのは、ダンパーペダルに頼らずともなるべくレガートに肉薄できる運指を選びますよね。
一方、注意すべきなのはレガートではないところの運指付け。
スタッカートだったり、ノンレガートのところだったり。
普段から運指を丁寧に決めていくのが習慣になっている方は問題ないのですが、
弾くたびにそれが変わってしまうような練習方法をとっている方は、特にレガートではないところの運指付けがいい加減になっています。
というのも、レガートのところに比べて指で音をつなげていく感覚が希薄になりがちなので、運指も適当になってしまうんです。
‣ 42. 書かれている運指を切り捨てるその前に
モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
運指を書き込んだカギマークの部分を見てください。
この運指はヘンレ版などでもとられているもので、ペダルに頼らずとも音をつなげられる好例。
しかし、ひとつ問題が生じます。6小節目の替え指をするあたりがかなり弾きにくいように感じませんか?
ここで「弾きにくい運指だから」といって即刻却下してしまうと、非常にもったいない。
書かれている運指を切り捨てる前に、これから解説するような少しの工夫をしてみて欲しいと思います。
(再掲)
5小節目の5の指へ移行するところと6小節目の替え指をするあたりが弾きにくいので、これらだけを何とかすればいいわけです。
6小節目の替え指の何が難しいのかといえば、替え指をした後に3拍目の音を弾くべく4の指を移動させる際、黒鍵に引っかかること。
Allegro assai とはおそらく性格的なものですし、それほど急速なテンポではありません。
しかし、ある程度の速度が求められていることもこの部分の問題を大きくしていると言えるでしょう。
では、5-6小節はどのように弾けばいいのでしょうか。
以下のようにやってみてください。
「上行するのにも関わらず左手の4の指の後に5の指がくる難しさ」を下げるために、1拍目の音を「4 1」で弾いたらすぐに手をやや手前へ滑らせながら、3拍目を5の指をつかむ。
4の指が黒鍵へ引っかかるのを避けるために、1拍目の音を「4 3」で弾いたらすぐに手をやや手前へ滑らせながら、4の指を5の指へ替える。
替えたら手首を少し上げると、3拍目の音を「4 2」でつかめるポジションになる。
奏者によって手の大きさなどは異なるので、このやり方というのは必ずしも正解とは限りません。
一方、ここで伝えたいのは上記の譜例をうまく弾くコツではなく、
少しの工夫をすることで書かれてはいるもののムリだと思っていた運指も使える可能性があるということ。
そしてそれが、後で「切り捨てなくて良かった」と思えるくらい良い運指の可能性も充分あるということ。
少なくとも、譜例のところでは「ペダルに頼らずとも音をつなげられる」という意味では、ぜひ検討するべき運指となっています。
‣ 43. では、いつ切り捨てるか
楽譜に書かれている運指は基本的に研究されたうえで書かれているので、したがっておけば上手くいくことの方が多いでしょう。
ただし、自分の手の大きさや開き方やその他特性は、自分が一番よく知っています。
最終的には自分で一つ一つ「これでいく」という決定をしながら全ての運指を決定していかなければいけません。
避けるべきなのは、書かれている運指では明らかにできないと感じているのに、出来るまで頑張ってしまうこと。
そのようにしてしまうとものすごく辛いうえに、何となく出来るようになったと思っても結局、安定しなくて悩まされることになります。
例えば、以下の譜例を見てください。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.281 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、3-4小節)
左側の譜例へ書き込んだ運指は、いくつかの版でも採用されている運指です。
しかし、カギマークで示した部分の連結が少なくとも筆者にとっては難しく感じます。
テンポは Allegro ですし、跳んですぐに3度音程を5の指でつかもうとすると、ミスにつながったりギクシャクしたりしてしまいます。
この状態で出来るまで頑張ってしまうのではなく、右側の譜例のような案を試してみるとずっと弾きやすく感じるはず。
(再掲)
32分音符の最後の音を「4の指」で弾いておいて、そのまま4小節目の頭の音を「1と2の指」でつかむんです。
4小節目では3度音程を連続で弾かないといけませんが、
譜例へ書き込んだようにダンパーペダルでサポートすれば、その後の音を弾くときにもブツブツ切れることはありません。
これ、何をやったのかというと、
「今の運指のままだとカギマークの部分が弾きにくい」という問題点が浮上したので、その前からの運指を変更して対応できないかと逆算して問題解決をしたわけです。
前項目の内容に反するようですが、あるタイミングまでやったら書かれている運指を切り捨てることも視野に入れなくてはいけません。
► 終わりに
運指は机上の理論ではなく、実践を通じて磨かれる技術です。
この記事で紹介した様々な視点と技術を、実際の演奏の中で試し、自分なりの運指の感覚を育ててください。
完璧な運指は存在しません。常に音楽と対話し、自分の表現したいものに最適な方法を探求し続けましょう。
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