【ピアノ】J.S.バッハ演奏の必携書3冊:ヘルマン・ケラーの著作を徹底解説
► はじめに
J.S.バッハの作品を演奏する上で、多くの音楽家が直面する課題があります。それは、楽譜に明示されていない「適切な演奏法」をいかに見出すかという問題です。
20世紀を代表するバッハ研究者、ヘルマン・ケラーの著作は、この永遠のテーマに対する重要な指針を提供してきました。オルガニストとしての実践経験と、研究者としての深い洞察に基づく彼の著作は、今なお多くの演奏家に参照され続けています。
本記事では、ケラーによるバッハ解説の代表的著作である2冊の書籍と、それらを補完する演奏法の基礎書を紹介します。これらの文献は、「何となく」のバッハ演奏から脱却し、より本質的な演奏解釈に近づくための重要な道標となるはずです。
► ヘルマン・ケラーとは
ヘルマン・ケラー(1885-1967)は、オルガニストとしての活動、音楽学校での教育活動などとあわせて:
・バッハのクラヴィーアやオルガンの作品
・バッハのテンポや和声、
・通奏低音奏法
・コラールの即興演奏
・オルガン演奏
についての重要な論文を発表しています。
J.S.バッハ研究の第一人者として知られ、来日して日本の音大でのマスタークラス指導の経験もある音楽家です。
ケンプがヘルマン・ケラーからレッスンを受けているところを直に見たというベテラン音楽家の知り合いがいるのですが、あのケンプが相当怒られていたとのこと。
ヘルマン・ケラーの音楽への情熱と厳しさを感じるひとときだったそうです。
► 主要著作の特徴
‣ 1.「バッハのクラヴィーア作品」(原著 1950年/全395ページ)
構成:
・第1部(約60ページ): バロック音楽概論、演奏法の基礎解説
・第2部:バッハの生涯に沿った楽曲解説
特徴:
・独自のテンポ解釈を提示
・教科書的な性格が強く、基礎知識の習得に最適
・個々の楽曲解説は簡潔
全395ページ、原著は1950年でその全訳書籍。
第1部では約60ページほどを使い、バロック全般やJ.S.バッハのクラヴィーア作品についての:
・歴史的な内容も含めた概論
・デュナーミク
・テンポ
・フレージング
・アーティキュレーション
・装飾法
などの演奏法について、おおづかみに解説されています。その後、J.S.バッハの生きた時系列で楽曲の解説へ。
ヘルマン・ケラーはフレージングとアーティキュレーションに関する書籍も出しており、楽曲解説へ入っていく前の項目に関しても研究し尽くされています。
楽曲解説部分では、書籍のタイトル通りJ.S.バッハのクラヴィーア作品全般について幅広く解説されており、何作品かの楽曲を除いたほとんどの楽曲解説ではヘルマン・ケラーの考えによる演奏推奨テンポが書かれています。
他の著者による別の解説本とテンポに開きのある作品も多く、彼のカラーが見えて興味深いところ。
書籍全体としては、解釈本や分析本というよりは「J.S.バッハのクラヴィーア作品を演奏するにあたって知っておくべきことをまとめた教科書」という印象。
楽曲解説もされてはいますが、1曲1曲に関しての解説量は多くありません。
個々の1曲に関して本当に深く勉強するために使う類の書籍ではなく、J.S.バッハのクラヴィーア作品についてその周辺知識や根本的な演奏法の基礎なども捉え直しながら学んでいくタイプの書籍です。
その観点から言えば、必要な情報と信頼性が揃った最高の1冊となっています。
「何となくで弾くJ.S.バッハ」を脱するためにも、必ず一読してみてください。
・バッハのクラヴィーア作品 著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 東川 清一、中西 和枝 / 音楽之友社
‣ 2.「バッハの平均律クラヴィーア曲集」(原著 1965年/全238ページ)
構成:
・序論(約40ページ): 歴史的背景、フーガ技法、演奏法の解説
・本論:第1巻と第2巻の各曲詳細解説
特徴:
・前著から15年後の著作で、より深い解説
・個々の楽曲についての記述が充実
全238ページ、原著は1965年でその全訳書籍。
序論では約40ページほどを使い:
・平均律クラヴィーア曲集における歴史的な内容も含めた概論の解説
・フーガ技法そのものの解説
また、1冊目に解説した書籍のように:
・テンポ
・デュナーミク
・フレージングとアーティキュレーション
・装飾法
などの演奏法について、おおづかみに解説されています。その後、第1巻および第2巻の各楽曲の解説へ。
前掲書籍「バッハのクラヴィーア作品」でも平均律クラヴィーア曲集の解説はされていますが、約15年後の著作ということもあり、同じ作品に対しても別の文章を使って解説されています。
1曲あたりに関する記述内容は、こちらの書籍の方がより豊富です。
・バッハの平均律クラヴィーア曲集 著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 竹内 孝治、殿垣内 知子 / 音楽之友社
‣ 3.「フレージングとアーティキュレーション」(原著 1955年/全149ページ)
前述のように、ヘルマン・ケラーにはフレージングとアーティキュレーションに関する重要な著作もあり、日本語訳されています。
・バロック〜古典派の演奏法に関する基礎文法書
・前述2冊と合わせて必携の参考文献
・フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法 著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
► 終わりに
J.S.バッハ作品の演奏において、楽譜に書かれていない「正しい」演奏法を見出すことは、決して容易な課題ではありません。時代背景や演奏習慣の違いを考慮しながら、作品の本質に迫っていく必要があるからです。
その中で、ヘルマン・ケラーの著作群は、極めて実践的な道筋を示してくれています。特に各書籍の冒頭に置かれた「基礎的な演奏理論」の部分は、バッハ演奏の本質的な理解のために不可欠な内容と言えるでしょう。
ここで紹介した3冊は、一度読んで「完了」する類の本ではありません。演奏研究の過程で何度も立ち返り、その都度新たな気づきを得るための、まさに「必携の文献」です。
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