【ピアノ】J.S.バッハ作品の演奏ポイント解説集:譜例付き実践ガイド
► はじめに
本記事では、J.S.バッハの作品における実践的な演奏アドバイスをまとめています。各曲の重要なポイントを、譜例とともに具体的に解説していきます。
この記事は随時更新され、新しい作品や演奏のヒントが追加されていく予定です。
► インヴェンションとシンフォニア
‣ インヴェンション
· 第1番 BWV772
第1番に関しては、以下の記事で解説しています。
· 第8番 BWV779
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、1-2小節)
1小節目の頭の8分休符の長さが曖昧にならないように、しっかり「イチ」の感覚を持って体内のザッツをとりましょう。この8分休符のとり方、つまり、演奏スタートの弾き方次第で、楽曲全体のテンポの基準が決まってしまいます。
この作品では楽曲の途中でのテンポチェンジが無いので、演奏を始めてしまったら、基本的にはそのテンポで最後まで行かなくてはいけません。
曲頭が「休符」で始まる場合には特に注意が必要です。
► パルティータ
‣ パルティータ 第1番 BWV 825 変ロ長調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、3-4小節)
3-4小節目に書き込んだ「6つの”実線”カギマーク」に注目してください。
これらは「上行形 → 下行形」と、交互に対話のように出てきます。受け渡しを意識しましょう。
また、これらのリズムを使ってテンポをキープしていくことになるので、ソプラノのメロディを安定させるためにも重要な要素であるということを付け加えておきます。
4小節目の星マークをつけたところは、少し変化して「16分音符の動き」になるので、重くならないようにさりげなく打鍵しましょう。
· アルマンド
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、12-14小節)
カギマークで示したところは、2回目は装飾された反復になっています。
以下の3点に注意して演奏しましょう:
・水色ラインで示した音を重視し、それ以外のF音は軽く
・13小節目、14小節目の1拍目はそれぞれの4分音符をテヌートで
・内声に出てくる16分音符は、この4分音符の響きの中へ隠すように軽く演奏する
· クーラント
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
点線で示した箇所を見てください。
左手は16分音符で書かれていますが、これはJ.S.バッハ(およびその時代)の特徴的な記譜法であり、実際は右手の3連符の3つ目の音と合わせて打鍵します。
つまり、16分音符のリズムに右手を合わせるのではなく、3連符のリズムに左手を合わせるということ。
このケースでは、付点リズムが前寄りに詰まることになります。
► イタリア協奏曲 BWV971
‣ 第1楽章
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、8-12小節)
8小節2拍目アタマには両手ともに音符がありません。こういった箇所はリズムが甘くなりがちなので、右手の16分休符でしっかりと体内のザッツをとり、正しいリズムで弾いてください。
9小節目では、右手部分を多声に捉えてみましょう:
・丸印で示した音が別の楽器で鳴っているイメージ
・矢印で示した部分のつながりを意識する
この高いG音は、オーケストレーションするとしたら「別の楽器」で演奏する音。ピアノで演奏する時にも、別の楽器で鳴っているようなイメージを持ち、テヌートで丁寧に打鍵するといいでしょう。
‣ 第2楽章
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
曲頭から、この楽曲の特徴であるD音によるオルゲルプンクトが出てきます。
本来であれば:
・同じ音程の音を
・同じ強さで
・同じ音色で
・二つ以上並べない方が音楽的
このような原則がありますが、譜例のようなところでは例外。
むしろ、同じ強さで同じ音色で「トントン」と並べた方が、緊張感が演出できます。一つの音だけが大きく飛び出てしまったりしないように気をつけましょう。
鍵盤のすぐ近くから打鍵するようにするとコントロールしやすくなります。
‣ 第3楽章
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、17-20小節)
この楽曲での「4分音符」は、テヌートスタッカートのような、短過ぎずもつなげない長さで打鍵していくのが慣例です。
左手パートの動きは、メロディと「ハモリ」になっているので、右手のメロディの方が多めに聴こえるようにバランスをとってください。
左手部分を多声に捉えてみましょう:
・丸印で示した音が別の楽器で鳴っているイメージ
・矢印で示した部分のつながりを意識する
► 平均律クラヴィーア曲集 第1巻
‣ 第6番 BWV 851 ニ短調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、 曲尾)
25小節目のメロディに出てくる2分音符で突如、細かな動きが整理されます。
丸印で示した「D Cis D」というトップノートがメロディなので、厚い和音の演奏に一生懸命になってしまってメロディラインの輪郭をかき消してしまわないように注意しましょう。
和音は全てメロディの響きの中に入るバランスで、強過ぎずに。
まずは、メロディをどれくらいのダイナミクスで演奏するかを決めてください。そうするとはじめて、それ以外の音をどれくらいのバランスで響かせるのかが決まります。
· フーガ
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、 曲尾)
曲尾では、譜例へ書き込んだように後踏みペダル、それも、音価のちょうど半分遅れて踏んでいくやり方でペダル運用するといいでしょう。
後踏みペダルにすると前の音響まで拾って濁ってしまうのを防ぐことができますし、音価のちょうど半分の位置で踏むことにより足元でリズムをとって弾き進めることができます。
一番最後の和音を弾いた後にどれくらい遅れて後踏みにするかは自由ですが、終わりへ向けてテンポをゆるめているので「16分音符遅れ」で問題なくいけます。
‣ 第10番 BWV 855 ホ短調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、10-12小節)
トリルとともに出てくる丸印で示した16分休符があることに注意しましょう。
この休符はきちんと取るようにして、うっかりトリルへ変えてしまわないように。
譜例にはありませんが、1小節目のように装飾音のあとに休符が入っていないケースもあるので、きちんと弾き分ける必要があります。
· フーガ
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
このフーガは平均律クラヴィーア曲集全曲の中にあって唯一の2声のフーガです。
ただし、1-2小節を見て分かるように同じところに停滞して何度も鳴らされるE音と半音階で降りていく音とかあるので、主題そのものがすでに2声的になっていると考えていいでしょう。
テンポに関してですが、大きく2つの考え方があります:
① プレリュードの23小節目からPrestoになるので、そのテンポを意識する
② 仕切り直して、そのPrestoよりもゆるやかなテンポ設定にする
どちらのやり方をしているピアニストもいますが、「第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調」のようにプレリュードとフーガとのまとまりを意識して、筆者自身は前者のテンポ設定にしています。
‣ 第17番 BWV 862 変イ長調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、17-18小節 34-35小節 43-44小節)
譜例のようなカデンツで、いつもいつでもおさめるように静かに弾いてしまうのがクセになっていませんか。
そのような解釈も間違いではありませんが、J.S.バッハの作品では基本的にカデンツが必ずと言っていいほど出てきて、そこがメリハリになっています。
したがって、原則としては堂々と弾き、それと合うように前後のダイナミクスの持って行き方を考える。このようにすると、全体の構成を活かせるメリハリのきいた演奏になるでしょう。
· フーガ
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
気を付けて眺めないといけないのは、「主題」から「対旋律」への移り変わりの部分。
1小節目から「主題」が奏されますが、矢印で示した部分からは「対旋律」です。つまり、2小節目の頭の丸印で示したEs音はひとまず終わらせないといけません。直前の音よりも大きくならないようにすべきということ。
そのように考えると、3小節目の丸印で示したB音も終わらせるべきですね。こちらは8分音符の連続で「応答をいったん終わらせる音」だと気づきにくいので、よりいっそう注意が必要です。
‣ 第22番 BWV 867 ロ短調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、11小節目と17小節目)
譜例で矢印で示したように、このプレリュードでは確信犯的に短2度でぶつかる部分があります。譜例とは別のところでも出てきます。
このぶつかった音を自分の耳でよく聴くことが重要。そして、3度という協和音程へ解決するところまで注意深く聴きましょう。
この時代の作品における不協和音程というのは、ぶつかったサウンドを単独で聴かせるのではなく、ほぼ必ず、それが協和音程へ解決します。2度という不協和音程の緊張感のある響きが、3度という協和音程へ解決して緊張感が解放される。これがセットです。
だからこそ、不協和音程を自分の耳でよく聴いていないと、解決した協和音程の響きと無関係な音色を出してしまうことになります。
「よく聴く」というのは、その音を美しく出すためだけでなく、その後の音とのつながりを良くするためにも必要、ということですね。
· フーガ
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、34-35小節)
34小節目の全音符Es音からタイが伸びていますが、同小節でその後に2回も同じ高さのEs音が出てくるので、タイをそのままのカタチで実行することはできません。
このような書法は、二段鍵盤の鍵盤楽器で演奏する前提であれば弾けても、現代のピアノで演奏すると、本当の意味で楽譜通り弾くことはできないわけですね。
解決策はシンプル。
丸印で示したEs音からタイが伸びている思って、この音を打鍵したら指で2分音符分残して小節をまたいでください。
► 平均律クラヴィーア曲集 第2巻
‣ 第2番 BWV 871 ハ短調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、13-14小節)
13小節目の右手パートを見てください。
丸印で示した音以外の16分音符は同じ音が選ばれています。「Si La Si」と動いていますが、同じ位置に留まっているので一種の「持続音」だと考えてOK。
このような「同じ辺りで動いている音群」というのは重くなりがち。丸印で示した音以外は極めて軽く弾きましょう。
14小節目の左手に関しては2拍ずつ持続の音が変わっていますが、注意点に関しては同様です。
· フーガ
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、6-8小節)
6-7小節の演奏ポイントは、音域と主従関係をよく観察すること。
①は音域が高く「主題」や「応答」が同時に出てきていないので、とてもカンタービレで歌うべき。③に関しては同時に大事な「応答」が出てきているので主従関係を考えて控えめに。
また、8小節目に出てくる主題は入り方がやや変形されています。
主題の入りはただでさえ明確に弾くべきですが、このように変形されているところではなおさら。
腕の重みもかけて明確に入ってあげないと、主題が始まったことを印象付けることができません。
‣ 第7番 BWV 876 変ホ長調
· プレリュード
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲尾)
とても基本的なことですが、動いているパッセージの中から幹となる主要な音を見つけ出す目を常に持っていなければいけません。
例えば譜例のところの場合は、丸印で示した音が重要です。これらの音はEs-durの主和音を分散しており、その周りに装飾的な音が優雅にまとわりついているのです。
そのように考えると、丸印の音同士のバランスをよく聴き、それらを意識しながらそれ以外の装飾的な音は軽やかに弾くべきだということが分かります。
フェルマータの扱いについても触れておきましょう。
下段の最後のフェルマータは付点4分休符の上に置かれており、音符の上ではありません。そのため、うっかり最終音符を伸ばし過ぎないように注意が必要です。
この適切な終わり方が、次のフーガへの自然な導入となります。
· フーガ
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、23-27小節)
この作品の特徴として、以下のような音型が頻出します:
・行って返ってくる往復進行の動き
・さりげなく出てくる、装飾的な性格を持つ16分音符含みによる動き
譜例の四角で囲んだ部分に見られるようなものです。
これらの音型は作品全体を通して何度も現れ、楽曲の特徴付けとして重要な役割を果たしています。
どちらも演奏時に重くなりがちな傾向があるため、軽やかさを保つよう注意が必要です。
また、後者の16分音符含みによる装飾的な音型は、主題や応答に出てくる動きではありません。つまり、それが出てくる時というのは常に、主要な部分を引き立てる脇役としての性格を持っているということ。控えめに演奏することを心がけましょう。
これらの音型を意識的に捉えて演奏するかどうかで、作品の表現は大きく変わってきます。
► 終わりに
J.S.バッハの作品には、独特の音楽語法と表現技法が詰まっています。
本記事では、実践的な演奏アプローチを紹介していますが、これらはあくまでも一つの解釈として捉えていただければと思います。
今後も新しい作品や演奏のヒントを追加していく予定ですので、定期的にご確認いただければ幸いです。
▼ 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
・SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら
コメント