【ピアノ】ショパン作品の演奏ポイント解説集:譜例付き実践ガイド
► はじめに
本記事では、ショパンのピアノ作品における実践的な演奏アドバイスをまとめています。各曲の重要なポイントを、譜例とともに具体的に解説していきます。
この記事は随時更新され、新しい作品や演奏のヒントが追加されていく予定です。
► エチュード
‣ Op.10-1
この作品については以下の記事で解説していますので、参考にしてください。
【ピアノ】ショパン「エチュード Op.10-1」練習ポイント 3点
‣ Op.10-2
ショパンのエチュードのうち最難関として知られる作品なので、「練習への向かい方」を解説しておきます。
この作品の練習のキモは、「はじめの4小節」です。
この楽曲では同じ繰り返しが多く、はじめの4小節と共通している部分が他に12小節もあります。
全曲が49小節なので、単純計算すると「49 ÷(4+12)」で、おおよそ1/3もの部分をはじめの4小節で学んだことに匹敵するのです。
たった4小節にしぼっていて練習しやすいのは事実なので、コルトー版なども参考にありとあらゆるさらい方などを試しながら楽しんで練習してみましょう。
かつて筆者がこの作品を習った時、当時の指導者に「まずは、最初の4小節だけ練習してきて」と言われたのを覚えています。
こういった練習方法は、他の難曲へ向かう時にも意外とうまく取り入れられるものです。
・コルトー版 ショパン 12のエチュード Op.10
‣ Op.10-3 別れの曲
譜例1(PD楽曲、Finaleで作成、1-2小節)
左手パートを見ると分かるように、「原曲」では8分音符毎にアクセントがつけられています。3小節目以降は「同様に」という意図で省略されていると考えられます。
アクセントがなぜ付いているのかを考えたことはありますか。
「その音を強く弾く」などと考えていると、音楽が見えてきません。
「アクセントがついている音からフレーズが始まっている」ということ。
譜例2(Finaleで作成)
このように考えていくと、デュナーミクはもちろん、アゴーギクも見えてきますね。
フレーズを表現するために、アクセントがついている音から各拍頭に向けて音楽が進ませて、各拍頭でショートフェルマータ。そうすると勝手に音楽的なアゴーギクが出来ています。
「裏拍から表拍へ向けたフレーズ」が濃厚に見られる書法となっています。
‣ Op.10-4
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、8小節目)
【8小節目の音楽的特徴】
8小節目は、7小節目の右手の音型を巧みに縮小し、独自の音楽的表現を生み出しています。特に注目すべき点は:
1. リズムの骨格
右側の譜例で示したように、シンコペーションが隠れています。これにより、通常の拍節感とは異なる、音楽的緊張感を演出。
2. 声部のバランス
右側の譜例で示したように、右手パートの下声と左手パートとで3度音程の和音が形成。したがって、右手の下声の方が少し大きめに聴こえるバランスで演奏するといいでしょう。
‣ Op.10-5 黒鍵
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
この作品でパデレフスキ版などの1-2小節に書いてあるダンパーペダルの記号は、1拍目から2拍目にかけて踏みっぱなしにする指示になっています。
このようなペダリングは、「相当速いテンポで弾く場合のもの」と考えるべき。
1拍目の裏でハーモニー自体は変化しているため、ゆっくりのテンポの場合は濁ってしまいます。
「ペダリングは仕上げのテンポにも関わってくる」ということを念頭に置いて、使用する箇所を決定していきましょう。
‣ Op.10-9
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、27-28小節)
注目ポイントは、「リズム」と「フレージング」。
カギマークを見てください。
ここまでは、「1小節を2等分する左手のリズム」でしたが、27小節目では、「1小節を3等分する左手のリズム」になっています。それにより、「バスの位置」がずれることで両手共にフレージングが変わり、リズムの感じ方が「切迫」。
ここでは、cresc. と accel. がかかっているので、これら2つの表現が「切迫」をサポートしています。
したがって、28小節目という一つの頂点へ向かって、ノンストップで弾き進めてください。
‣ Op.10-12 革命
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、73-77小節)
譜例の部分は、革命のエチュードの中でも最も難しいところだと感じます。
非和声音がたくさん出てくるのでダンパーペダルを使いませんし、音が欠けたりとボロが出ると、音響が無くなって空っぽになってしまう。
とにかく、弱音による高速パッセージというのは「音の欠け」が生じやすい。
「指を上げ過ぎずに、弱音だけれども深くタッチしていく」という部分を意識して練習しましょう。
また、こういったところでは左手のパッセージを「一本の線」にしたいわけです。
したがって、右手に余裕のあるところはありますが、原則両手で分担しないほうが仕上がりは音楽的になるでしょう。
弱音高速パッセージは、どこよりもしつこく練習しておいて損はありません。
‣ Op.25-1 エオリアンハープ
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
譜例のトリルのところで「フェルマータ」をつけて演奏している学習者が多いのですが、音楽構成から考えると、むしろ逆です。
一番最後の「全音符の伸ばし」を活かすためにも、トリルは楽譜通り「1拍分だけ」にして、スルリと最終小節へ入りましょう。
‣ Op.25-2
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
水色のマーカーで示したところは「小節のつなぎ目」ですが、こういったところで音楽が途切れてしまいがちです。指がしっかり乗っかりきっている打鍵を心がけて音楽を続けましょう。
左手は、「バスの音」を少し深めに演奏し、それ以外の音との「差」をつけることで立体的になります。左手だけで「多声的」な音型になっています。
左手の丸印をつけた音は目立たないように。これらの音をたどると、「So-La-Si-La」というラインになっています。どれか一つの音だけ大きく飛び出てしまわないように注意しましょう。
‣ Op.25-7
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
・丸印で示した小音符E音は先行フレーズの終結音
・直後のオクターブ上のE音は後続フレーズの開始音
ショパンはこのように、小音符を2つのフレーズの接続として使用するやり方を、他の作品でも時々用いました。音楽にちょっとしたうねりが生まれる書法です。
演奏で注意すべき点としては、丸印で示した小音符E音の音色を、そこまでの先行フレーズの音色と揃えること。
うっかりすると、矢印で示したように小音符E音を次のフレーズの音として考えがち。
このようにフレーズも音色も別のものにしてしまうと、3/4拍子に切り替わるところで音楽が分断されて、とってつけたように聴こえてしまいます。
► ポロネーズ
‣ 第1番 嬰ハ短調 Op.26-1
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、60-61小節)
61小節目では、右手のメロディの一つに「アクセント」がついています(エキエル版では、小さなデクレッシェンドの松葉になっています)。
アクセントといえども、強く弾いてしまうと何だかしっくりきません。
ここでは、「アクセントの付いている音に少しだけ長く留まる」と解釈するのがいいでしょう。「強調の仕方」もダイナミクスだけではないのです。
このように:
・フレーズを明確にするためにはどうやって音を扱っていいか
・どのように時間を使ったらいいか
を考えることで、勝手にアゴーギクがついてくれます。
‣ 第3番 イ長調 Op.40-1 軍隊
「鎖のつなぎ目」とでも言えるような、「フレーズ終わり」であり「フレーズ始まり」でもある音は、あらゆる作品で数多くでてきます。
16小節1拍目表は、これに該当します。
譜例(PD作品、Finaleで作成、15-16小節)
ここで注意しないといけないのは、楽曲分析の場合は「どちらとも解釈できます」という分析でいいのですが、演奏の場合はどちらにするか決めなくてはいけないということ。
ここでは、フレーズの終わりの音として飛び出ないようにフレーズをおさめるやり方をしている演奏が多い印象です。
16小節目は全体的に音楽が縦割りになりがちなので、手の運用として跳ねないようにし、横に長いフレーズを意識して演奏しましょう。
‣ 第6番 変イ長調 Op.53 英雄
ショパン「ポロネーズ第6番 変イ長調 作品53(英雄)」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、81-83小節)
このような同じカタチの和音連続には、様々なペダリングが適用できます。
3パターンを書き入れました。
どれでも成立はしますが、それぞれでてくる表現が異なります。考えられるやり方を全て試したうえで、どの表現を採用するか決定しましょう。
(再掲)
この譜例のところでは、一般的には①のように踏みっぱなしにするペダリングをとることが多いようです。
しかし、②や③のように発音にあわせて踏み変えることで各拍のビートが強調されるので、望むのであればこういったやり方もアリです。
②と③の違いも意外と大きい。
ピアノという楽器はその構造上、鍵盤が上がらないと同じ音は再打鍵できないので、ノンペダルの場合は同じカタチの和音連続の間にわずかな音響の切れ目ができます。
したがって、③のペダリングの場合はその切れ目が残るサウンドになります。
ありとあらゆる可能性があることを軽視しないでください。
自身の楽譜に書いてあるペダリングを何の疑いもなしに使うのではなく、様々な案を試してみましょう。
‣ 第7番 変イ長調 Op.61 幻想
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、60-64小節)
★印を付けたところでリタルダンドをしている演奏を耳にするのですが、音楽の作りから考えると、基本的にここではテンポはゆるめるべきではないと考えます。
カギマークで示した3箇所は全て同じメロディなので、釣られて★印のところでリタルダンドしてしまうのでしょう。
「ここではリタルダンドしない」などと覚えてしまったら、ここまでの項目で書いたことの意味がありません。
エネルギーの流れをショパンは「休符」で伝えています。
62小節目にあるフェルマータ付きの休符でエネルギーの解放がわざわざ示されているので、「56小節目から62小節目の休符までノンストップで進む」と解釈するのが、音楽の作りに合っています。
休符がない★印のところでエネルギーを解放してしまうのは、流れを止めているだけ。
休符の書かれ方の違いで、テンポをゆるめるべきではないところがはっきりするのです。
► ワルツ
‣ 第2番 変イ短調 Op.34-1 華麗なる円舞曲
譜例(PD作品、Finaleで作成、9-13小節)
ここで注目して欲しいのは、10小節目に記された「cresc.」です。
なぜ作曲家は、ここで松葉記号ではなく、文字による指示を選んだのでしょうか。
演奏上の考察
・1小節ごとにブロックとして段階的にクレッシェンドすることで、各フレーズの形を保持できる
・フレーズ終わりの音を適切におさめることが可能になる
・11小節3拍目、12小節3拍目の音が不自然に突出することを防げる
‣ 第6番 変ニ長調 Op.64-1 小犬
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、1-4小節)
【拍子感を忘れない】
テンポが速いと、どうしても音を弾くことに必死になってしまい、拍子感が薄れてしまいがち。
譜例のところは拍子感に注意が必要な代表例です。
なぜなら:
・左手のリズムが不在
・右手のパッセージの構造がズレていく
この2つの条件が揃ってしまっているからです。
常に3拍子の意識を忘れずに、この4小節を仕上げましょう。
【装飾音に不自然なアクセントがついてしまわない】
この楽曲には「プラルトリラー」が複数回出てきます。
難しいのは分かりますが、こういった装飾音は流れの中でさりげなく入れてください。
テンポが速いと、頑張って入れようと思うあまり、そこに不自然なアクセントがついてしまったりします。不自然なアクセントが入るというのは、極端な言い方をすると音楽が止まったのと同じこと。
「ゆっくり練習(拡大練習)」するときから、この点に気をつけてさらいましょう。
ちなみに、この作品に出てくるプラルトリラーは、速いテンポの中で入れるのが難しいということもあり、やや簡略化した入れ方が推奨されています。詳しく知りたい方はコルトー版を参照してください。
・ショパン/ワルツ集 (アルフレッドコルトー版)
【跳躍でテンポを広げる時も、拍感覚を忘れない】
(120-122小節)
121小節目では通常、少しテンポを広げて演奏します。
「大きな跳躍がある」という理由に加え、次の小節の崩れ落ちるような下降表現を印象的に演出するためです。
これまで速いテンポで「123 123」と来ていたため、テンポをゆるめた瞬間に気までゆるんで拍感覚が無くなってしまっていませんか。
テンポが広がっても3拍子の感覚は忘れずに持っていましょう。
【脱・sempre mf 】
正直、これが一番言いたかったことです。
ダイナミクスの表現が平坦になり、「sempre mf(常にメゾフォルテ)」のような演奏になってしまうことは避けなければいけません。
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 [小犬のワルツ] 徹底攻略
‣ 第7番 嬰ハ短調 Op.64-2
よく気になるのは、半音階を見た瞬間に機械的な弾き方になってしまう演奏が散見されること。半音階は練習曲によく出てくるので、それが原因なのでしょうか。
「メロディに出てくる半音階」には特に注意が必要です。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、13-16小節)
メロディに「下行型の半音階」が使われている例。
同曲で、メロディに「上行型の半音階」が使われている例も見てみましょう。
譜例(46-48小節)
これらのメロディに出てくる半音階は決して機械的に演奏されるべきものではなく、美しいウタを含んだカンタービレによる半音階です。
「ゴリゴリゴリゴリ」と弾くのではなく、ダイナミクスの松葉を参考に音楽の方向性を見定めて消え入るように。
半音階というのは決してメカニックの指向性が強い表現ばかりではありません。
‣ 第10番 ロ短調 Op.69-2
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
カギマークで示したアクセントが付けられた2つの音を見てください。
「D-Cis」というように2度音程下がっていく段になっています。これを見落として「単に強調して演奏する」と思ってしまうと、無意味に二つの同じ強さの音が並んでしまいます。
ここでは、D音よりもCis音の方が目立ってしまうと音楽的に不自然です。段になるようにアクセントが付けられた音同士のバランスをとりましょう。
さらに大切なのはここから先。
「どのような表情で強調すべきか」ということを考えてみましょう。
(再掲)
この楽曲全般で言えることなのですが、各小節3拍目のアクセント付きの音は次の1拍目を先取している音です。シンコペーションのリズムが特徴的。曲頭のアウフタクトから早速この特徴が出てきていますね。
そこで、「強く」というよりは、シンコペーションを伝えてあげる意味でも「置くようなタッチで重みをいれる」というイメージを持って打鍵するといいでしょう。
「強く」と思って上からカツン!と打鍵してしまうと、この楽曲の表情に合わない音色が出てしまいます。
どんな楽曲であっても、アクセントを見かけた時は「どのような表情で強調すべきか」という観点を重視して譜読みしましょう。
► ノクターン
‣ 第1番 変ロ短調 Op.9-1
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
メロディに出てくるスラーとスタッカートの同居に注目してください。
これを「音を切る」という意味で解釈してしまったら、曲想にまったく合わなくなってしまいます。
ダンパーペダルを使用して音はつなげて、手は「スラースタッカート」で演奏することで、「音はつながっているけれど軽い空間性のある音にしたい」という意図があると考えられます。
ダンパーペダルを使用して手でレガートにするのと、ダンパーペダルを使用して手はスラースタッカートにするのとでは、出てくるサウンドが大きく異なります。
作曲家の狙いは以下のような音色操作である可能性:
・「切ってください」という意味ではなく、「軽い空間性のある表現が欲しい」という意図
・スタッカートとペダルの同時使用は、指レガートの場合よりも一つ一つの音の粒が明瞭に聴こえるので、その意図
ダンパーペダルを使用した状態での「スラー+スタッカート」もしくは「スタッカート」は、「音色操作(トーンコントロール)の意図」を疑ってください。
ラヴェル「水の戯れ」などで、「水をイメージした空間性のある音」で演奏したいときなどにも応用可能。
ダンパーペダルを使用しながらも、あえて手は「ノンレガート、バロックのタッチ」で演奏すると曲想にあった雰囲気が出てきます。
‣ 第2番 変ホ長調 Op.9-2
この楽曲のリズム面で注意すべきなのは、以下の3点です:
・装飾音の長さ
・曖昧な音価の連符
・バリエーションによる音価の変化
【「装飾音の長さ」について】
右手に度々出てくる装飾音は「短く軽く」演奏してください。
なぜかというと、右手に16分音符が多く出てくるので、装飾音を長く演奏してしまうと16分音符と区別がつかなくなってしまうからです。
【曖昧な音価の連符】
この楽曲では右手に
「4連符(18小節目)」および「8連符(29小節目)」が出てきます。
これは、ピッタリ4連符や8連符を入れて欲しい意図というよりは、歌っているような一種の「曖昧な表現」が求められていると解釈できるでしょう。
【バリエーションによる音価の変化】
最初の4小節は、非常にシンプルなリズムでのメロディメイクになっていますが、バリエーションになると「32分音符」や「付点16分音符」、さらには「連符」まで出てきます。
これが、意味しているのは「即興性」。
特に「16小節目」や「24小節目」のパッセージは非常に即興性が強く、それが高まっていった結果、最後の「カデンツァ」という即興的なフレーズが出てくるという音楽構成になっています。
つまり、しっかり歌いながらも全体的に軽さを持って演奏していくのが、曲の特徴をとらえた演奏と言えます。
‣ 第7番 嬰ハ短調 Op.27-1
譜例(PD作品、Finaleで作成、45-46小節)
ここでの下段はただ単に覚えようと思うと少々面倒ですが、跳躍音程に着目してグルーピングを探してみると突破口が見えてきます。
カギマークで示したところがピッタリ、オクターブで跳んでいることに気づくと、一気に覚えやすくなります。
要するに、「Cis E Fisis Ais」という親指で演奏する音を覚えておくだけでいいのです。
このように考えると、後々の暗譜にも好影響がありますね。
‣ 第8番 変ニ長調 Op.27-2
譜例(PD作品、Finaleで作成、15小節目)
譜例後半のように、和音連打で一声部が同音連打になっている書法があります。
こういった場合に演奏で気をつけるべきことは、動く方の声部で横のラインの流れを意識すること。
一つ一つの和音が縦割りになってしまわないように注意が必要です。
こういった場面における同音連打というのは、言ってみれば「持続音」。
ほんらいであれば長い音価で伸ばしていてもいいのですが、減衰楽器であるピアノという楽器の特徴も踏まえて、同音連打で持続させているというわけです。
少なくともこの譜例の箇所では、同音連打の方の声部は主役ではありません。
意識を動く声部の方へ傾けて歌っていき、その中で、同音連打の方の音にも触れる。
こういったイメージで重要な声部を意識すると、音楽的なサウンドが得られるでしょう。
以下のような練習も行ってください。
譜例(Finaleで作成)
必ず、原曲を実際に演奏するときの運指を使って練習しましょう。
同音連打の声部を伸ばしたままにしておくのは、手の広げ方を変えてしまっては声部別練習の意味がないので、原曲を実際に演奏するときの手の開き具合を保ったまま動く声部を練習するためです。
‣ 第20番 嬰ハ短調 レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ(遺作)
譜例(PD作品、Finaleで作成、15小節目)
この箇所では、「8分音符による3連符」→「16分音符」→「16分音符による3連符」といったように、テンポ自体は変わっていなくても、音価の変化によってaccel.しているように聴こえます。
このような表現を見つけ出すことが重要。
例えば、「音価でaccel.しているから、次の小節へ入るときには変な間(ま)を空けない方が音楽的だな」などと、音楽解釈の参考になるからです。
また、楽曲よっては、「音価の変化によるaccel.」に加えて「実際のaccel.」も併せて書かれているケースがあります。
その場合は、「実際のaccel.」をどのくらい表現するかどうかのさじ加減を決定するためにも「音価の変化によるaccel.も同時に起こっている」ということを意識していなければいけません。
► プレリュード
‣ 第4番 ホ短調 Op.28-4
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、13-20小節の右手)
メロディの動きに沿ってマーカーを引いてみると、音符だけで見るよりも動きがはっきり読み取れます。そうすることで、同じダイナミクスの領域の中でも変化をつける手がかりになります。
これは、シェーンベルクが書籍の中でおこなっていた分析方法をピアノ演奏に応用したものです。
・作曲の基礎技法 著:シェーンベルク 音楽之友社
‣ 第7番 イ長調 Op.28-7
‣ 第15番 変ニ長調 Op.28-15 雨だれの前奏曲
譜例(PD作品、Finaleで作成、64-67小節)
ここでの右手では親指で同音連打をしていくことになりますが、指先の上下だけで弾くのではなく、「わずかな手首の回転とともに、親指を根本から動かすようなイメージ」を持って打鍵してください。
余分な大きな動きをつけずにこの動作ができる加減を探ることになります。
よく、「 “同音連打で” 手首の回転を使う」という言い方を目や耳にすることがあると思いますが、これというのはつまり、親指を根本から使うことに他なりません。
親指というのは手首と直結しているので、根本から使おうとすると、阻止しない限り自然にわずかな手首の回転を伴うことになります。
反対に、同音連打において親指を使わないところで手首を使おうとしても、指の運動と手首の運動が一致せず、無駄な手首の運動になってしまいます。
► 即興曲
‣ 第4番 嬰ハ短調 遺作 Op.66 幻想即興曲
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、51-58小節)
57小節1拍目でフレーズが終わったかと思いきや、カギマークの部分が付け加えられて、延長しています。
こういった場合、付加部分は大きくならないように、さりげなく通り過ぎてください。
「フレーズ終わりの付加」は探してみると驚くほどたくさんの作品に出てきます。
いずれも、そのフレーズを終わらせるにあたってどのような表現がふさわしいのかを考えたうえで演奏しましょう。
► バラード
‣ 第1番 ト短調 Op.23
譜例1(PD作品、Finaleで作成、72-75小節)
このような跳躍も含む音数の多い和音伴奏というのは、モノにするのに多少の練習が必要です。
音を拾うまではすんなりできるかもしれません。しかし、両手で弾けるようになっていざ録音してみると、思っていた以上にテンポが遅くてげんなりしてしまう、などといった経験もあるのではないでしょうか。
練習のポイントがあります。
その部分のフレージングをよく観察して、ひとかたまり一息で、求めているテンポで弾けるように練習してください。
「ひとつ、ひとつ、ひとつ」になると音楽が流れず、テンポも上がりません。
(再掲)
例えば、譜例1のところの場合、1小節ひとかたまりでとれるので、以下、譜例2の最初の2段のような練習をしてみましょう。
もしくは、バスへスタッカートが2小節ごとに付けられていることから、2小節ひとかたまりと解釈することもできます。譜例2の最後の2段のような練習をしてみてもいいでしょう。
譜例2(Finaleで作成)
区切って演奏すると短い単位に集中できて弾きやすいはずなので、まずは、このやり方で求めているテンポまで上げてください。音楽的なニュアンスも忘れてはいけません。
理想は、左手のパートを先に暗譜してしまうくらい食らいついて練習をすることです。
‣ 第2番 ヘ長調 Op.38
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、197-198小節)
「ピアノ・ペダルの技法」(ジョーゼフ・バノウェツ 著/岡本秩典 訳 音楽之友社)
という書籍の中で、ジョーゼフ・バノウェツは以下のように語っています。
この作品が作曲された頃(1836-39)の楽器は、現代の演奏会用の楽器のような豊かな共鳴音響を出すことはできませんでした。
もしショパンの記入したペダル通りの演奏を行った場合には、ピアニッシモの反復されるAの初めの数個の音は、前の和音の響で覆われてしまいます。
したがって初めのAを弾く時に、ハーフ=ペダルの交換が必要になるかもしれません。
(抜粋終わり)
一方、「一種のグラデーションのような効果を狙っていた」と解釈することもできるでしょう。
つまり、pp のA音が鳴り始める最初はあまり明瞭に聴こえないのをむしろ想定内として、直前の強奏の音響が減衰するにつれてA音の連打がだんだんと姿を現してくる効果。
別のたとえをします。
藤原家隆(ふじわらのいえたか)の一首に、以下のようなものがあります。
「花が咲くことのみを待っている人に、山里の溶けてきた雪からのぞく春の若草を見せたい」
おおむね、このようなことを言っています。
雪の下で、もうすでに緑は芽生えていて、雪がとけて減ることで、それが顔を出す。
このような印象を、譜例の箇所におけるショパンのペダリングから読み取れなくもありません。
もちろん、情景のことを言っているのではなく「何かが取れたら、別のものが顔を出す」という出来事について共通点があるということです。
「必ずしもすべての音が明確に聴こえなくても表現が成立する」という視点は持っていてもいいでしょう。
・ピアノ・ペダルの技法(ジョーゼフ・バノウェツ 著/岡本秩典 訳 音楽之友社)
‣ 第3番 変イ長調 Op.47
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、33-36小節)
右手は、点線スラーで示した3音のカタマリごとに少し手首を使うと演奏しやすくなります。使い過ぎるとバタバタしてしまうので、一番しっくりくる度合いを探ってみてください。
左手の丸印をつけた音は「メロディ」なので、埋もれてしまわないように。右手のパッセージを柔らかく演奏することで相対的に左手を際立たせることも重要です。
譜例で「slow→fast→slow」と書いた箇所は、「ゆっくりから始まり、少しまいていき、またゆっくりになる」ようにすると音楽的です。
ただし、やり過ぎると不自然ですし、譜例に書き込んだslowやfastの文字の位置はあくまで目安ですので、耳で判断しながら調整してください。
‣ 第4番 ヘ短調 Op.52
譜例(PD作品、Finaleで作成、233小節目)
楽曲の一番最後、目まぐるしく降ってくるパッセージです。
譜例へ書き込んだテヌートは、原曲では書かれていません。
クライマックスの入りの数音を、テヌート気味にたっぷり演奏する。つまり、少しだけテンポを広げる。このようにすると、しっかりと鳴らせるだけでなく、ヤマのところのアゴーギク表現も作れます。
もちろん、音楽の流れが止まるほど極端に引き伸ばしてはいけません。
例えばCD版のツィメルマンの演奏などは「テヌート入れ」をしていました。
► スケルツォ
‣ 第1番 ロ短調 Op.20
ショパン「スケルツォ第1番ロ短調 Op.20」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、313-316小節)
ここでは、ダイナミクスの松葉のつけられ方は2小節毎に同じようになっています。
楽譜の見た目の上では、同じ幅で上げて下げて、上げて下げる。
しかし、全く同じように上げて下げてを繰り返してしまうと、音楽を表面的に読み取ったことにしかなりません。
(再掲)
右手の親指で演奏するメロディを口で歌ってみると分かりますが、音楽的にこの4小節の中で一番重みが入るのは最後の小節の頭です。
したがって、以下の2パターンの「どちらか」のやり方を使って、最後の小節に重心をかけるべきです:
・二つ目の小節のデクレッシェンドを少なめにする
・三つ目の小節のクレッシェンドを多めにする
このようにすることで、ただ単に同じ幅を上げ下げするのではなく、松葉の後ろにある音楽表現も踏まえた演奏になります。
‣ 第2番 変ロ短調 Op.31
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、117-121小節)
このような「伴奏のようであり、メロディのようでもあり」といった音群では、どこを歌えばいいか分からなくなりませんか?
全部と言えば全部なのですが、もっと端的に言うと「つなぎ目」です。つなぎ目とは、譜例の丸印で示したところのこと。
こういった音を強調するつもりで歌いましょう。そうすると、ウタの表現になり、かつ、輪郭が明確になります。
‣ 第3番 嬰ハ短調 Op.39
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、52-56小節)
水色ラインで示したメロディを、赤色ラインで示した箇所で「模倣」しています。
メロディのカギマークで示した箇所はE音を連打しますが、同じ音質で並べないように。54小節目のE音の方により重みが入ります。「強拍」にあり、なおかつ「長い音価」だからです。
譜例の「丸印をつけた休符」は重要。というのも、57小節目からは「スタッカート混じりのフレーズ」になり雰囲気が変わるので、休符をしっかりとることで「対比表現」が強調されるからです。
‣ 第4番 ホ長調 Op.54
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、69-72小節)
ここでの右手のパッセージは、成り立ちさえ分かってしまえば怖くありません。カギマークで示したように、「Re-Do-La-Mi」という4音が音域を変えながら繰り返されているだけです。
4音ずつにアクセントはつけず、全体を「1本の線」のように一息で演奏しましょう。ノンストップで72小節目へ入ると音楽的。
こういったパッセージでは、指をベタッとせずに「角度」をつけて演奏すると効率よく打鍵できます。
左手の水色ラインで示したところはカンタービレで。このメロディは後ほども展開されて出てくる重要な素材です。
► ソナタ
‣ 第2番 変ロ短調 Op.35
· 第3楽章 葬送行進曲
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、37-38小節)
丸印で示したB音の前で様々な装飾がされていますが、仮に、8分音符装飾音として書かれている直前のC音を省略して弾いてみてください。
たった一音を省いただけで、丸印で示したB音の意味が全く変わってしまうと思いませんか。
装飾音C音の効果で、B音の訴えかけが強化されるのです。
一般的には、装飾音が入ることで「長く続くトリルによる持続効果」や「旋律を飾る効果」など、あらゆることを表現できます。
一方、上記のような感覚に訴えかけてくる効果についても感じ取るようにしましょう。
「その装飾音があることで生まれる感覚的表現を感じ取る」
これが、譜読みで読み取るべき隠れた課題となります。
‣ 第3番 ロ短調 Op.58
· 第1楽章
譜例1(PD楽曲、Finaleで作成、41-44小節)
譜例の①と②のうち、どちらにこのフレーズの頂点がくると思いますか。
原曲にはダイナミクスの松葉は書かれていません。
①は、音程的には一番高い音が出てきます。②は、小節頭なので重みが入りそうですね。
結論的には、どちらに頂点を作っても間違いではありません。
譜例2(PD楽曲、Finaleで作成、41-44小節)
これは、①の方に頂点を作った場合を想定してダイナミクスの松葉を書き入れました。
こうすることで、音程的な頂点にきちんとエネルギーの頂点が来るので、メロディの抑揚もよく分かります。
譜例3(PD楽曲、Finaleで作成、41-44小節)
これは、②の方に頂点を作った場合を想定してダイナミクスの松葉を書き入れました。
「音程的な頂点(①)」よりも「小節頭の強拍」への重みを重視した例。これでも十分に音楽的です。
これらどちらの例でも成り立つのですが、それ以外の位置に頂点を作ってしまうのは音楽的ではないでしょう。
上記2例のように、「頂点を作る理由」が説明できないからです。
取り組んでいる作品のメロディに対してこういったことを考えた上で頂点を決定し、どうしてそこが頂点だと言えるのか説明できるようにしてください。
それさえ踏まえられていれば、極論、その解釈は間違いではありません。
· 第4楽章
譜例(PD作品、Finaleで作成、3箇所抜粋)
楽曲が進むにつれて、テンポは変わらずに「左手の伴奏の音価」がどんどんと細かくなっていきます。そこがこの楽曲の美しさ。
こういった構造的なことを理解していれば、「左手の伴奏の音価が細かくなったからといってテンポが遅くなってしまうのは音楽的ではない」と判断できます。
► 終わりに
ショパンの作品には、独特の音楽語法と表現技法が詰まっています。
本記事では、実践的な演奏アプローチを紹介していますが、これらはあくまでも一つの解釈として捉えていただければと思います。
今後も新しい作品や演奏のヒントを追加していく予定ですので、定期的にご確認いただければ幸いです。
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