【ピアノ】スタッカートを理解する:奏法、テクニック、音楽的解釈の深堀り
► はじめに
ピアノ演奏において、スタッカートは単なる音の切り方以上の深い音楽表現の技法です。
本記事では、スタッカートの多様な側面を探り、その奏法、音楽的意図、そして楽曲解釈における役割を詳細に解説します。
音符に付けられたスタッカート記号の真の意味を理解することで、より豊かな音楽表現が可能になるでしょう。
► A. スタッカート基礎テクニック
‣ 1. スタッカート奏法のまとめ(基礎テクニック)
まず、「スタッカート」について、基本的なテクニックを分類します:
・指を使用したスタッカート(「速い動き」などで)
・手と指を使用したスタッカート(通常)
・腕を使用したスタッカート(キメなど、「強く」かつ「細かくない動き」などで)
楽曲によっては、これらを組み合わせないと演奏しにくいパッセージなども出てきます。
·「指を使用したスタッカート」の使用例
シューマン「謝肉祭 15.パンタロンとコンビーヌ」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
「けたたましくやり合う」ような一面ですね。
こういった速い連続スタッカートは、「腕を使用したスタッカート」では弾けません。「指を使用したスタッカート」を中心に使用して演奏します。
ラクに弾けるテクニックポイントは、鍵盤の近くからなるべく少ない動きで打鍵するということ。
指を大きく上げてバタバタさせてしまうと、「指を使用したスタッカート」の場合は演奏しにくく、テンポも上がりません。
·「手と指を使用したスタッカート」の使用例
ドビュッシー「ベルガマスク組曲 4.パスピエ」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
テンポは「Allegro ma non troppo」で「8分音符」の動きなので、
先ほど例に挙げた、シューマン「謝肉祭 15.パンタロンとコンビーヌ」よりは、動きに余裕がありますね。
こういった条件では「手と指を使用したスタッカート」が適切でしょう。
「手」はもちろん、「肩」や「肘」をボルトのように締めたまま弾かないことがラクに弾くポイント。
·「腕を使用したスタッカート」の使用例
モーツァルト「ピアノソナタ K.545 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲尾)
左側の小節では、ヘンレ版ではスタッカートがついていませんが、解釈版などではついているものも多く見られますし、慣例としてスタッカートで演奏します。
こういった、「ひとつひとつ重みをもって弾いていく音型」では、「腕を使用したスタッカート」が効果的に使えます。
「上から叩かずに鍵盤の近くから押し込むように打鍵する」というのがポイント。
上から叩くと音が散らばってしまいます。
‣ 2.「指を使用したスタッカート」が上手くいかないときの改善案
シューマン「謝肉祭 15.パンタロンとコンビーヌ」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
指を使用したスタッカートにおいて、効率よく打鍵できる指先の使い方があります。
手前へ向かって指先でひっかくように弾いてください。
「指を真下に落として打鍵して、真上に上げる」のではなく、カーブを描いてひっかく動作の中でついでに打鍵もしてしまうようなイメージ。
真上に持ち上げる場合よりも指を鍵盤から素早く離せるので、結果、効率よく打鍵していくことができるのです。
テンポが上がれば上がるほど、真上への動作では間に合わなくなります。
► B. 音楽的解釈とスタッカート
‣ 3. スタッカートがついた音符の長さに注意
· 曲想に合うスタッカート
緩徐楽章などに出てくるスタッカートは「ピッ!」っと短くならないように。
スタッカートがついている音は、全て同じ長さで短く切ると勘違いしている方がいますが、まさかそんなわけはありません。
アダージョの曲でもアレグロの曲でも、4分音符でも8分音符でも、同じように「ピッ!」と切ってしまうと、とても不自然な音楽になってしまいます。
そこでの曲想に合うスタッカートとはどのようなニュアンスなのかを考えるようにしましょう。
前からの「流れ」「テンポ」「ニュアンス」によって、その場面に適したスタッカートの長さは変わってきます。
· スタッカートがつけられている音符の音価に注意
ベートーヴェン「ピアノソナタ第6番 ヘ長調 op.10-2 第1楽章」
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、曲頭)
アウフタクトは「8分音符+スタッカート」、1小節1拍目は「4分音符+スタッカート」になっていますね。
ニュアンスとしては、4分音符についたスタッカートの方が長めの音価になります。
やや余韻を残すようなイメージで切るといいでしょう。
スタッカートのついている音が並んでいると、こういった細かなところはどうしても見落としてしまいがち。
譜読みの最初の段階から、ていねいに読んでいきましょう。
以下の例も同様です。
モーツァルト「ピアノソナタ第10番 K.330 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、5-6小節)
‣ 4. スタッカートの有無をきちんと区別する
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、45-48小節)
上段に注目してください。
スタッカートが付いている8分音符と、付いていないながらも切って弾く8分音符が、混在していますね。
これらは、はっきりと区別して弾いてください。
スタッカートが付いていないながらも切って弾く8分音符が短くなり過ぎないように注意すべきです。
同音連打などの切って弾くことが前提のところでは、スタッカートが付いていなくてもついつい短くなってしまいがち。
もう一例を挙げておきましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、5-8小節)
6小節目の左手8分音符はスタッカートなし、7-8小節の左手8分音符はスタッカートあり。
この例は同音連打ではありませんが、
いずれにしても、6小節目でうっかり切りすぎないように注意しなければいけません。
2005年に放送されていた「スーパーピアノレッスン モーツァルト編」の中で、講師の「フィリップ・アントルモン」がこの部分について生徒へアドヴァイスしました。
スタッカートが付いているところとそうでないところの差をつけるようにと。
こういった細かなところまでこだわるくらい学習が進んでくると、どの版の楽譜を使うか慎重になるべきだということが分かってくるはずです。
‣ 5. スタッカートとペダルの同時指示
ショパン「ノクターン(夜想曲)第1番 変ロ短調 Op.9-1」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
メロディに出てくるスラーとスタッカートの同居に注目してください。
これを「音を切る」という意味で解釈してしまったら、曲想にまったく合わなくなってしまいます。
ダンパーペダルを使用して音はつなげて、手は「スラースタッカート」で演奏することで、「音はつながっているけれど軽い空間性のある音にしたい」という意図があると考えられます。
ダンパーペダルを使用して手でレガートにするのと、ダンパーペダルを使用して手はスラースタッカートにするのとでは、出てくるサウンドが大きく異なります。
作曲家の狙いは以下のような音色操作である可能性:
・「切ってください」という意味ではなく、「軽い空間性のある表現が欲しい」という意図
・スタッカートとペダルの同時使用は、指レガートの場合よりも一つ一つの音の粒が明瞭に聴こえるので、その意図
ダンパーペダルを使用した状態での「スラー+スタッカート」もしくは「スタッカート」は、「音色操作(トーンコントロール)の意図」を疑ってください。
ラヴェル「水の戯れ」などで、「水をイメージした空間性のある音」で演奏したいときなどにも応用可能。
ダンパーペダルを使用しながらも、あえて手は「ノンレガート、バロックのタッチ」で演奏すると曲想にあった雰囲気が出てきます。
‣ 6. メロディックなラインを示すスタッカート
シューマン「ピアノソナタ 第2番 ト短調 Op.22 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、94-97小節)
スタッカートにもさまざまな解釈が考えられます。
この譜例の場合、かなりテンポが速く音価も細かいので、スタッカートと言ってもトバして弾くくらいの工夫しかできません。
そこで「メロディックなラインを示しているスタッカートではないか?」と疑ってみましょう。
この譜例では、細かいパッセージの中にあるスタッカートの音だけを取り出すと、それら全体でメロディになっています。
度々見られる書法。
単に「その音を短く切る、切り離す」という意味ではしっくりこない時には、こういうことも疑ってみましょう。
(再掲)
「メロディとして強調するのであれば、なぜアクセントではないのか」と思うかもしれませんが、
ここでは、曲想から推測して「軽さが欲しかった」という意味もあるのでしょう。
仮に、スタッカートの代わりにアクセントが書かれていたとしたら、音楽の意味合いがずいぶんと変わってしまうように感じませんか。
それに、少なくともこの譜例では sf も出てくるので、通常のアクセント記号も書かれていたら音楽の意味が分かりにくくなってしまいます。
‣ 7. シンコペーションの長い音価を強調する、直前のスタッカート
ベートーヴェン「ピアノソナタ第16番 ト長調 op.31-1 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、66-69小節)
66-68小節のメロディにおける、スタッカートのついた各8分音符に注目してください。
これらのスタッカートは、さりげなくついているようでいて、大きな意味を持っています。
音価を短く響かせるニュアンスの意図もありますが、もう一つ大きな意味として理解すべきなのが、「直後の強調」について。
スタッカートがあることで、その直後に出てくる長い音価の4分音符が強調されて聴こえるのです。
仮にスタッカートがなければ、4分音符を同じ強さで弾いたとしてもその印象は弱いものとなります。
スタッカートで演奏されて音響的な切れ目ができるからこそ、その直後の4分音符が強調されて聴こえる。シンコペーションが活き活きとする。
これを踏まえて、弾いたり聴いたりしてみてください。
「フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法」
著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
という書籍に
以下のような文章があります。
強拍の部分により多くの重みを間接に与えるために上拍がスタッカートで奏されるということは、昔の音楽では通常見られることである。
(抜粋終わり)
この文章の状況を8分音符ひとつぶん後ろへずらしたのが、上記譜例の部分だと言えるでしょう。
◉ フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法
著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
► C. スタッカートの高度な理解
‣ 8. 2種スタッカート、ポルタメント、ノンレガートの分類
「スタッカート」「ポルタメント」「ノンレガート」といった奏法を示す用語は、楽曲の表情づけに大きく関わってきます。
これらの表現方法の違いを理解することで、楽曲の解釈の幅が広がり、より深い音楽表現が可能になるでしょう。
詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
【ピアノ】2種スタッカート、ポルタメント、ノンレガートの分類
‣ 9. 演奏に迷いやすいスタッカートの記譜①(2分音符のスタッカート)
古典派の作品などで、2分音符にスタッカートが付けられている表記を目にすることがあります。
4分音符や8分音符のスタッカートは一般的ですが、なぜ、長い音価(音の長さ)である2分音符にスタッカートを付けるのでしょうか。
詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
‣ 10. 演奏に迷いやすいスタッカートの記譜②(タイでつながれた音のスタッカート)
譜例(Finaleで作成)
タイでつながれた音にスタッカートがついている例。
この記譜は、近現代以降のピアノ音楽を中心に時々見られますが、どうやって演奏したらいいか迷ってしまうのではないでしょうか。
詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
► 終わりに
スタッカートは、単なる技術的な演奏方法ではなく、音楽の深い感情と意味を伝える重要な表現手段です。
本記事で解説した様々な奏法と解釈を参考に、スタッカートを通じて、さらに豊かな音楽表現の可能性を追求してください。
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