【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 全楽章」演奏完全ガイド

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【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 全楽章」演奏完全ガイド

► はじめに

 

曲の背景

「ピアノソナタ ニ長調 K.311(284c)」は、ミュンヘン滞在中に知り合った貴族の令嬢ヨゼファ・フライジンガーのために書かれました。ミュンヘンから一度ザルツブルクへ戻った後、すぐにパリへの旅に出発することになったため、作曲に充てる時間が十分に取れず、ようやく1777年11月にマンハイムで完成に至りました。楽章構成は、当時の標準的なソナタ形式と同じ3楽章から成っています。

(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社

 

演奏難易度と推奨レベル

この楽曲は「ツェルニー40番入門程度」から挑戦できます。

 

本記事の使い方

この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。

各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。

 

► 演奏のヒント

‣ 第1楽章

· 提示部 第1主題:1-16小節

 

序奏の扱い方

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-4小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」の曲頭の楽譜。「開演ベル」のような役割を持つ序奏と、その直後との対比が示されている。

カギマークで示した、楽曲の幕開けを告げる最初のつかみは、開演ベルのような役割を持ちます:

・ここでは表現を複雑にせず、力強く一気に弾き切るのが効果的
・直後の柔らかい部分との対比が際立つ

アルペッジョは右手のみに付されている点に注目してください。優雅さを保ちながら、決して叩かないように心がけましょう。

 

譜例(1-4小節)

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章 冒頭の楽譜

1-3小節の装飾音:

・当時の慣習として非和声音を大きい音符で拍頭に置かない習慣から、小音符で記譜されている
・16分音符として演奏する

4小節目の頭:

・フレーズの終わりなので、大きくならないよう、落ち着いておさめまる
・装飾音は左手と合わせるのが、この時代の作品の一般的な解釈

 

5-8小節

譜例(5-8小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」5-8小節の楽譜(スタッカート有無の区別例)

スタッカートの有無に注意が必要です:

・6小節目の左手8分音符にはスタッカートはないが、7-8小節にはある
・この違いを明確に表現することで、音楽に表現の差が生まれる

・7小節目からの左手スタッカートは、各拍頭を意識し、裏拍は特に軽く演奏する
・右手の8分音符にはスタッカートが書かれていないので、余韻を持たせる

 

10-12小節

譜例(10-12小節)

声部の受け渡し:

・左手の音型を右手が模倣する箇所
・この受け渡しを滑らかに行うため、ゆっくり練習が効果的

11-12小節における、テンポキープのポイント:

・左手のリズムがテンポを作っている
・丸印で示した8分休符を明確に意識することで、転ばずに演奏できる

 

13-16小節

・16小節目の和音は鍵盤の近くから打鍵し、f のまま保って弾き切る
・そうすることで、次の p との対比を作る

 

· 提示部 第2主題+コデッタ:17-39小節

 

17-20小節

譜例(17-20小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」の譜例。左手伴奏の丸印で示された、バスラインに準ずる音をわずかに強調することで、伴奏に音楽的な表情をつける方法を解説。

伴奏の立体感:

・左手伴奏に隠されたバスラインをわずかに強調することで、音楽的な表情が生まれる
・丸印で示した音だけを取り出して練習し、メロディックな流れを確認してから全体を演奏する
・重要な音とそうでない音を区別することが、バランス調整の基本

 

23-28小節

テンポキープの重要性:

・23小節目は付点リズムに引きずられてテンポが速くなりがち
・それまでのカウントを体内に保ち、テンポを維持する

 

・24小節目からの8分音符がメロディ
f と記されているが、16分音符の伴奏は抑えてバランスを取る

・28小節目2拍目からは p になり、音楽も新しい構成に入る
・したがって、メロディの入りの音をやや強調すると、フレーズの変わり目が明確になる

 

36-43小節

テンポキープのポイント:

・36-39小節の左手は、より長い音価でリズムを支える役割を担っている
・このパートでテンポをキープする

 

譜例(38-39小節)

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章 38-39小節の楽譜。タラタラ音型(2音のスラー)が連続し、手首の動き(ダウン↓・アップ↑)が記載されている。

2音1組のアーティキュレーション(タラタラ音型):

・38-43小節では、2音1組のアーティキュレーションに合わせた運指が重要
・「32 32 32…」や「23 23 23…」といった2本1組の指遣いが、表現を助け、演奏も容易になる
・38-39小節の6度進行でも、黒鍵の位置に応じて運指を調整しつつ、2音ワンセットの感覚を保つ
・スラー終わりの音が大きくならないよう注意する
・手首に僅かなダウン・アップの動きを加えると、自然に音量が抑えられる

 

譜例(38-39小節)

モーツァルトの「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」の楽譜。38〜39小節における6度音程での運指とアーティキュレーションの関係性の例として使用されている。

譜例(40-43小節) ①の運指のほうが、圧倒的に適切

モーツァルトの「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」の楽譜。40〜43小節における、アーティキュレーションと運指の関係性の例として使用されている。

· 展開部:40-78小節

 

48-53小節

主役の交代:

・48小節目からは左手がメロディなので、左手を f で演奏し、右手の伴奏は mp〜mf でバランスを取る
・52小節目で主役が右手に戻ります。
f は「すべて強く」ではなく、「f の領域」を意味するので、その中でバランスを調整することが重要

 

・52小節目からの左手のアルベルティ・バスは、バス音のみやや深く、他の音は leggiero で演奏する
・53小節目で最も聴かせるべきは右手の2分音符

 

高速アルベルティ・バスの攻略法

「高速のアルベルティ・バス」の攻略法については、以下の記事を参考にしてください。

【ピアノ】アルベルティ・バス:演奏と分析両面からのアプローチ

 

54-57小節

譜例(54-57小節)

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章 54-57小節の楽譜。Aマーク:タラタラ音型、Bマーク:音価の長い2打点ひとカタマリの音型が示されている。

音型の性質理解:

・Aで示した2音1組の音型は、テンポが速ければ自然とニュアンスがつく
・一方、Bのような音価の長い2音1組音型では、意識的にスラー終わりを小さく弾く必要がある

 

56-58小節

対比の演出:

fp の対比を意識する
・56-57小節とも、後ろの音を収めるようにダイナミクスをコントロールする

・57小節目では、内声に現れる「H-C」の動きも埋もれないよう注意
・メロディとバスの動きが徐々に開いていく様子を表現する

 

音楽的な「間(ま)」の創出:

・57小節3拍目から58小節頭にかけて、両手に4分音符2つ分の休符がある
・この「間」を活かすため、直前の音の切り方を丁寧に行う

 

66-68小節以降

譜例

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章 66-67小節の楽譜。速いパッセージの中にある軸となる音を示している。

軸音の抽出:

・レッド音符で示したように、右手のパッセージから軸音を見つけ出し、それらのバランスを整える
・細かいパッセージから重要な音を抽出する技術は、あらゆる楽曲で役立つ

細かく動く右手パートも重要ですが、休符混じりの左手パートが引き続きテンポキープの鍵を握っています。

 

· 再現部:79-112小節

 

再現部が第2主題から始まるという、興味深い形式をしています。

 

105-107小節

105-106小節を音楽的に弾くポイント:

・105-106小節は、モーツァルト自身のスラーを活かすため、スラー始まりに重みを入れ、終わりはおさめる
・この箇所はノンペダルで演奏する
・理由:右手に非和声音が含まれ濁る恐れがあること、16分休符を活かすこと、軽さを出すため

 

109小節-曲尾

譜例(109-112小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章」の曲尾の楽譜。

締めくくりの工夫:

・最後の1小節でテンポをゆるめるピアニストが大半
・一方、最後の2小節全体をmeno mossoにする解釈もある(カール・エンゲルの演奏など)
・この箇所は楽曲中4回登場するが、最後のみ2小節まるごとテンポを落とすことで、終止感を強調できる

 

‣ 第2楽章

 

正統的な変奏曲ではなく「変奏形式(明確な主題と変奏の形式はとっていないけれども、変奏展開していくもの)」による作品で、美しいロマンスになっています。

 

· 曲頭の構造理解

 

譜例(1-12小節)

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第2楽章 1-12小節の楽譜。Aセクション全体で、小楽節2つと延長楽句から構成されている。

Aセクション全体(1-12小節)は:

A(1-12小節)
  ├─ 小楽節(1-4小節)
  ├─ 小楽節(5-8小節)
  └─ 延長楽句(9-12小節)

 

この延長楽句はなぜ必要だったのでしょうか。詳しくは、【ピアノ】大楽節における延長楽句の役割と意義を考える:モーツァルトのソナタを例に という記事で解説しています。

 

· 1-4小節

 

冒頭の表現

譜例(1-2小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第2楽章」の曲頭の楽譜。括弧つきで、クレッシェンドとデクレッシェンドの松葉が書き加えられている。

括弧つきのダイナミクスの松葉は、原曲には書かれていませんが:

・自然な音楽の方向性を意識する
・原曲に記されていなくても、音楽の流れに沿った小さなクレッシェンドやデクレッシェンドを加える
・全部均等の1拍子の集合のように演奏してしまわない

1-2小節の左手下声は表情豊かなラインですが、メロディより目立たないようバランスを取りましょう。

 

3小節目の f

subitoで入るため、その前でクレッシェンドしないよう注意する
スタッカートも曲想に合った短過ぎない長さで演奏する
3小節目2拍目の16分休符を正確に取ることで、リズムの締まりが明瞭になる

 

譜例(4小節目)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第2楽章」の楽譜、4小節目。

4小節目のペダルとメロディライン:

・ダンパーペダルを使うと、メロディの16分音符が伸び、トップラインが変化
・それを踏まえたうえで、ペダルを使用するかどうか判断する
・メロディをどう聴かせるかとペダル使用は密接に関係している

 

· 5-8小節

 

(再掲)

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第2楽章 1-12小節の楽譜。Aセクション全体で、小楽節2つと延長楽句から構成されている。

変奏への反応:

・6小節目の右手は、2小節目とは少し変わってメロディックになっている
・こうした箇所では敏感に反応し、カンタービレで歌う

7小節目の表現:

・7小節目では、右手のメロディ音が一瞬ソロになるので、他の音が残らないよう注意する
・音楽の流れの最中なので、 subito p にするとフレーズ線がギクシャクしてしまう
・したがって、p と書かれているところからデクレッシェンドして、8小節目の頭で p にする

 

· 8小節目

 

トリルの奏法:

・モーツァルトのトリルは上から入れる
・これは父レオポルド・モーツァルトの「バイオリン奏法」で示された教育方針に基づいている
・古典派のトリルは奏法譜を書き、毎回同じように練習することが本番での成功につながる

8小節2拍目からの左手:

・バス音のみ深く、他の音は極めて柔らかく演奏する
・指をバタバタさせずに置いていくように打鍵するのが滑らかに演奏するコツ

 

· 9-12小節

 

新しいメロディの始まり:

・9小節目のA音が新たなメロディの始まり
・装飾音符は16分音符として演奏するが、この記譜は非和声音を拍頭に置かない当時の習慣によるもの

10-12小節のポイント:

・10小節目のトリルは装飾だけでなく、次の小節へエネルギーを持っていく役割も担っている
・12小節目では音響の切れ目を作り、場面転換を明瞭に

 

· 14-28小節

 

テクスチュアの変化;

・14-16小節の和音は右手トップノートを多めに出す
・15小節目の p はエコーのような役割

 

譜例(16-23小節)

モーツァルト「ピアノソナタ K.311 第2楽章」16-23小節の楽譜。バスラインにフィンガーペダルを使うことが提案されている。

f の部分からの演奏ポイント:

・子守唄のようなイメージで淡々と弾く
・16小節2拍目裏からの f では、左手伴奏を mp 程度に抑える
・18小節目のスタッカートは「手と指を使用したスタッカート」で、置いていくように演奏する
・20小節目の右手は、2拍目で和声が変わる際にメロディ音が切れないように注意する
・21小節目の同音連打は、22小節目に向かって僅かに膨らませると方向性が明確になる

25-26小節の16分音符による左手:

・裏拍は軽く演奏する
・鍵盤のすぐ近くから最小限の動きで打鍵する

 

フィンガーペダルの活用:

・17小節目からの伴奏部分では、フィンガーペダルでバスラインを持続させる解釈もある
・ただし同音連打での音響の断裂や、ダンパーペダルを使うとメロディが濁る問題がある

これらの問題をクリアする声部分け、運指、ペダリングの工夫は、【ピアノ】中庸テンポでのアルベルティ・バスにおけるフィンガーペダルの使用実践例 という記事で詳しく解説しています。

 

· 27-28小節

 

譜例(27-28小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第2楽章」の譜例。27-28小節の左手。指でレガートにできる運指が示されている。

運指の重要性:

・左手の運指が鍵となる難しい箇所
・ダンパーペダルはレガートの補助に過ぎないため、替え指を含む運指で指レガートを実現する

右手のトリル:

・持続の役割なので、一音一音をはっきり弾く必要はない
・鍵盤から指を上げないで、バタバタさせずに弾く

 

· 29-36小節

 

譜例(29-36小節)

モーツァルト「ピアノソナタ K.311 第2楽章」29-36小節の楽譜。オクターヴユニゾンが使われている部分(29-31小節)と、省略されている部分(33-35小節)が示されている。

オクターヴユニゾンの効果:

・29-31小節ではオクターヴユニゾンが使われ、33-35小節では省略されている
・この省略による音の削減が、静方向へのダイナミクス変化と音楽的に連動している

詳しくは、【ピアノ】オクターヴユニゾンの基礎分析と実践 という記事で解説しています。

 

29小節2拍目の8分音符(他、同じ形の箇所すべて)

・余韻も含めて8分音符の長さになるよう丁寧に離鍵して、直後の休符を印象的に聴かせる

 

· 7-17小節 / 45-53小節:移行部の比較

 

譜例(7-17小節 および 45-53小節)

モーツァルト「ピアノソナタ K.311 第2楽章」の第1移行部(7-17小節)と第2移行部(45-53小節)の楽譜比較。第1移行部で省略されたメロディックな部分が点線で囲まれている。

AセクションからBセクションへの移行部を比較すると:

・1回目(12-16小節)より2回目(50-52小節)のほうが規模が縮小されている
・この縮小により、再現部での締まりと推進力が生まれ、楽曲全体の構造が引き締まっている

より詳しい解説は、【ピアノ】移行部の再現における規模縮小の役割と意義を考える:モーツァルトのソナタを例に という記事を参考にしてください。

 

· 86-92小節

 

オクターヴによるメロディと音域移動

86小節目からはメロディがオクターヴになり、バス音も低音域に移ります:

・しかし p の領域なので、大きくならないよう注意する
・左手の跳躍直前の音が疎かにならないよう気をつける

ダイナミクスの段階:

・92小節2拍目の pp はエコー
・直前の ppp のように弾いてしまうと、ダイナミクスの差がつけられなくなる

 

· 最終小節

 

運指の工夫と終結:

・上段に書かれているスラーを確実に表現するため、上段の下のG音は左手で取る方法が効果的
・左手を「53」または「54」の運指で弾けば、その後のG音も左手親指で押さえられる

93小節2拍目にはフェルマータがないことに注意し、比較的あっさりと終えましょう。長めの第3楽章が控えているため、バランス的にもそのほうが適切です。

 

‣ 第3楽章

 

譜例(曲頭)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 第3楽章」の楽譜。曲の冒頭部分が示されている。

複合ロンド形式(A-B1-B2-A-C-カデンツァ-A-B1-B2-A)による華やかな終楽章です。カデンツァも出てくるため、音楽的に充実しています。

 

· 1-8小節

 

1-2小節のリズムと表現:

・全体的には2小節目の頭に向かう方向性を持たせる
・1小節目の右手は、スタッカートの有無を正確に弾き分ける
・装飾音符は前に出さずに左手と合わせるのが慣例だが、極めて短く入れないとリズムが曖昧になる

 

4-8小節の対比とエネルギー表現

対比の創出

・4小節目途中からの f はsubitoで入るが、直前の音が大きくならないよう注意する
・モーツァルトの f で叩いたような音を出すピアニストはいない

エネルギーの持っていき方:

・ここでも拍構造から判断されるニュアンスをつけるが、全体のダイナミクスは f の領域のまま保つ
・6-7小節のつながりを意識し、最も高い音域に向かうエネルギーを持って演奏する

 

譜例(1-2小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第3楽章」の楽譜、曲頭部分。

ペダリングは重みの入る位置で短く踏む「アクセント・ペダル」

譜例のように発音と同時にペダルを踏むことで:

・重みを入れたい部分(↓)に響きが追加され、ややダイナミクスが上がる
・軽く弾きたい音(スラー終わりの音)を発音するときに上げるようにする
・3度音程連続のレガートをサポートする効果もある

このようにすると、ダイナミクスとレガートの両面で手での表現をサポートする効果があり、求めているニュアンスへ近づけることができます。

 

ノンレガートの効果

譜例(5-8小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第3楽章」の楽譜。速い16分音符のパッセージが記されている。

速いパッセージをノンレガートで弾くと:

コロコロとした軽やかな表情が生まれる
Allegroのテンポでの楽曲性格により適したニュアンスを表現できる

この楽章を例に、【ピアノ】速いパッセージをノンレガートで弾く方法 という記事で詳しく解説しているので、あわせて参考にしてください。

 

譜例(5-8小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第3楽章」5-8小節の楽譜。両手ともに音がなくなる休止箇所に黄色いマーカーが引かれている。

音楽を停滞させない工夫:

カラーで示した箇所のような、両手ともに音がなくなる休止では、音楽が停滞しないよう注意が必要
大きな段落部分でない限り、いちいち終わらせると段落感がつき過ぎてしまう

 

· 15-20小節

 

場面転換

18小節目の休符を活かすため、15-16小節の移り変わりで rit. しない

19小節目のリズム:

19小節目はリズムが曖昧になりがち
ゆっくり練習時に8分音符でカウントを取り、正しいリズムで練習してからテンポを上げる

20小節目を音楽的に:

・20小節目のフレーズ終わりのD音は飛び出ないよう注意する
上から降りてくる音符は徐々に粒が軽くなるよう演奏すると音楽的

 

· 21小節目 / 48小節目:装飾音群の扱い

 

譜例(21小節目 および 48小節目)

モーツァルト ピアノソナタ ニ長調 K.311 第3楽章の2箇所の抜粋楽譜。細かい装飾音群の開始音に丸印が付けられている。

細かい動きからフレーズが始まるのではなく、フレーズ中にヒャラっと出てくる音群があります。メロディの流れに横槍を入れないための注意点は:

・丸印で示した細かな音群の始めの音をぶつけないよう気をつける
・しっかり指を動かそうとするあまり、初めの音が大きく飛び出しがち
・直前の伸びている音の響きを聴いておき、その音色から離れないよう意識しながら細かい動きを始める

 

· 24-40小節

 

24-29小節:

・24-25小節の付点4分音符では速くならないよう、8分音符のカウントを体内で取り続ける
・26小節目後半からの f は、右手を十分に出し、左手をやや加減するとバランスが取れる
・27小節目の装飾音符も左手と合わせるが、極めて速く入れないとリズムが曖昧になる
・29小節目のような左手の連打音型は、鍵盤のすぐ近くから打鍵するのが基本

 

33-40小節

33小節目の左手は、2声のイメージで演奏します:

・バスの音のみ深めに打鍵する
・他の音は極めて軽く演奏する
・バスの音をフィンガーペダルで残す解釈をするピアニストもいる

40小節目のキメ:

・弱くならないよう、f ではっきり弾き切る
・そうすることで、41小節目からの p が効果的に聴こえる

 

· 41-48小節

 

長いフレーズ:

・落ち着いた雰囲気に変わりますが、テンポ自体は遅くならないよう注意する
・4小節を大きく一つで捉えるイメージで長いフレーズを心がけると、音楽が流れる

41-42小節目:

・右手のニュアンスに左手を合わせることで、左手がエコーのように感じられ立体的な演奏になる
・ただし、右手より左手が目立たないようダイナミクスをコントロールする
・41小節目のE音とD音は左手で取ると、難易度が下がるうえ、声部バランスも取りやすい

 

· 56-63小節

 

場面転換と音質:

・56小節目の f  はsubitoで入る
・56小節目頭のメロディA音はフレーズ終わりでなく、次のフレーズの始まりとして捉える
・56小節目からの左手もバス音のみを深く、他の音はすべてゴリゴリ弾く必要はない

58小節目では:

・1拍目頭のメロディまで f でそれ以降の上昇音はエコー
・粒を揃えて消していくように演奏する

61-63小節の2音1組の音型:

・スラー終わりの音が控えめに聴こえるようニュアンスをつけ、全体でひとかたまりのイメージで演奏する
・16分音符がなくなるとテンポが変わりがちなので、キープを心がける

 

· 75-82小節

 

75-78小節の左手のトリル:

・すべての音をしっかり弾こうとするとスピードが上がらず、音楽的にも平面的になる
・バス音のみを深く、小指に軸がある意識を持つ
・バス音だけを取り出してもメロディックな旋律が浮かび上がることを把握する

79小節目の頭では、右手にはスタッカートがあり左手にはない違いを弾き分けます。

 

· 119-145小節

 

119小節目からの16分音符による左手:

・裏の音は軽く、ノンペダルで演奏する
・鍵盤に指をつけたまま最小限の動きで打鍵し、右手のメロディを隠蔽しないように注意する

126小節目のダイナミクス:

・126小節目の右手の8分音符は突き放したように大きくならないよう注意する
・左手の f は次の小節のエネルギーの先取り

127小節目からの表現:

・127小節目からは左手にメロディが来るので、右手の16分音符をやや控えめに演奏する
・137小節目まで一気に演奏するが、テンポ自体は速くなっていかないよう注意する
・片手ずつ完璧にコントロールできるようにしてから両手で合わせるのがポイント

137-138小節の移り変わり:

・右手の跳躍のため16分音符の最後の音が疎かになりがち
・一瞬の時間を使い、自分の耳で音を聴き取ってから次に入る

139小節目の同音連打:

・140小節目に向かって僅かに膨らませる
・スラースタッカートは短過ぎないよう注意する

140小節目の和音の同音連打:

・鍵盤を底まで打鍵してステイし、そのときの手の感触と形を覚えておく
・そうすることで、タイミングのズレを防げる

143-144小節:

・16分音符の動きが重くならないよう注意する
・右手の8分音符をたどると「So Mi Do Re」という幹になる音が見つかる
・これらのバランスを取ることが重要

 

· 167-172小節+カデンツァ

 

カデンツァへの準備:

・167〜168小節目の移り変わりは rit. せず、172小節目のフェルマータを活かす
・168小節目の右手では、トップノートの隠されたメロディをやや強調する(La Si Do Re Mi Fa So)
・168〜171小節の左手は上声の降りてくる音を聴きながら演奏する
・A音のオルゲルプンクト(持続音)は主調を準備する役割を持っている
・オーケストラをイメージするといい

 

カデンツァ

譜例(カデンツァ部分)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 第3楽章」のカデンツァ部分の楽譜。

カデンツァでは比較的自由ですが、モーツァルトが残した様々な音価から大づかみのリズム感は保ちましょう。そうでないと音楽の骨格が歪められてしまいます。

 

· 266-269小節

 

譜例(266-269小節)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第3楽章」の譜例。266-269小節。速いパッセージを弾く際、下向き矢印で示された音に重みを入れるポイントが示されている。

266〜267小節は弾きにくい箇所です:

・下向き矢印の箇所のみ重みを入れ、他の音はやや軽めに演奏するのがコツ
・左手の8分音符がテンポキープの要
・268-269小節は、入りだけ短くダンパーペダルを踏むアクセント・ペダルが有効
・メロディが「D-A-Fis」と下がって終わるが、ダイナミクスは落とさず堂々と終わる

 

‣ 全楽章に共通する、演奏上の重要ポイント

 

アーティキュレーションと運指の関係

運指はアーティキュレーションを表現するための鍵です。両者がぴったり合わないと、いくら練習しても音楽的な演奏になりません。

タラタラ音型の処理

2音1組のスラーでは、後ろの音が大きくならず、やや短めに弾くことが重要です。手首の僅かなダウン・アップの動きでサポートできます。

スタッカートの多様性

曲想に合ったスタッカートの長さを選びましょう。指を使用したスタッカート、手と指を使用したスタッカート、腕を使用したスタッカートを使い分けます。

複数の演奏を聴く価値

他の演奏家と明らかに異なる解釈をしている部分を見つけ、なぜそのような弾き方をするのか考えることで、新たな発見があります。これを意識的にやることではじめて、効果のある「聴く学習」ができます。

 

► 終わりに

 

本作は、シンプルゆえに細かなアーティキュレーションが命です。楽譜を丁寧に読み、拍構造やフレージングなどから表現を探ることで、この作品の魅力を引き出すことができるでしょう。

 

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タカノユウヤ

作曲の視点からピアノ学習者の学習的自立を支援/ピアノ情報メディア「Piano Hack | 大人のための独学用Webピアノ教室」の運営/音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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