【ピアノ】アルベルティ・バス:演奏と分析両面からのアプローチ
► はじめに
ドソミソ伴奏として知られているアルベルティ・バスは、クラシック音楽において最も親しみ深い伴奏形の一つです。
本記事では、この音楽的技法について、演奏技術と音楽分析の両面からアプローチしていきます。
► アルベルティ・バスとは?
「ニューグローブ世界音楽大事典」より
鍵盤音楽において、左手による伴奏として最低音、最高音、中間音、最高音の順に演奏される分散和音。
ドメニコ・アルベルティ(1710頃〜40)の名にちなむ。近年の研究によれば、一見するとごくありきたりなこの音形を最初に多用したのがアルベルティであったようである。
この名称は上述の分散和音型にのみ用いられるべきで、他の分散和音の伴奏一般にまで拡大解釈されてはならない。
(抜粋終わり)
► 演奏テクニック編
‣ 速いアルベルティ・バスの攻略法
譜例(Finaleで作成)
一番左の譜例が、「原型」だとします。よくある形ですね。
原型につけた丸印に注目してください。
アルベルティ・バス全般を「音楽的に」かつ「技術的に安定して」演奏するためには、「”バス+伴奏” のように多声的に考えること」が重要。
「深めに弾くべき音(バス)」と「響きに隠してもいい音(伴奏)」を見分けて演奏する。
楽譜は、煩雑さを避けて声部分けせずに書かれていることも多いのです。
丸印をつけた音をやや多めに出すイメージで。
曲が進むと少し音型が変わったりしますが、基本的な考え方は同様です。
(再掲)
次に、具体的な練習方法をみていきましょう。「練習パターン1」を見てください。
これらの音は「音型における軸となる要所」を抜き出したものです。
要所のみを安定して演奏できるようにする練習は、必ず徹底すべき。
この時に、決して「裏拍の音(譜例ではE音)」がバス音よりも大きくならないように注意しましょう。
参考までに「poco アクセント」を書き込んでみましたが、このように、「バス音の響きの中に他の音が入っていくイメージ」
を持って演奏します。
また、それぞれの音がスタッカートになってしまわないように。
(再掲)
「練習パターン2」を見てください。
原型とやや形は異なりますが、「バス以外の音を反復する練習」となっています。
このようにしてテクニックを取り出してみると、次のことが分かってきます。
「アルベルティ・バスには”トリルのテクニック”が含まれる」ということ。
基盤となっているテクニックが分かったら、必要に応じてハノンのトリルを抜粋して補足練習するのもいいでしょう。
全体的な練習のポイントについて触れておきましょう。
まずは、指を上げすぎないことが重要。
いちいち指を高く上げてしまうと、テンポを上げようとしたときにうまく上がらないばかりか、デコボコしてしまい音色もそろわないために、練習の行き詰まりがきてしまいます。
さらに、手の甲を動かしすぎないこともポイントです。
「手の甲の上にものを乗せておいても落ちないくらいの状態」で打鍵していくと、バタバタせずにテクニックが安定します。
「一本の細い柱で手の中心を支えている感覚」と言ってもいいでしょう。実際に左手の力を抜いて、その中心を右手の人差し指で支えてみましょう。
アルベルティ・バスによっては、やや「わずかな肘の回転」を取り入れて効果的に演奏できる内容もありますが、
それはワンステップ上のテクニックとなります。まずは、本記事の基礎を身に付けましょう。
ここまでを踏まえれば基礎はOK。
「1拍ずつ速く弾く練習(短く区切って弾く練習)」も取り入れながら仕上げていきましょう。
‣ 難関!10度音程によるアルベルティ・バスの攻略法
難所として知られる、10度音程による高速アルベルティ・バス。
それほど例は多くありませんが、時々t出現してピアニストさえも悩ませます。
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第27番 ホ短調 Op.90 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、55-56小節)
このような分散和音は「アルベルティ・バスの一種」と考えていいでしょう。
基本的な練習方法は通常のアルベルティ・バスと同様なので、まずは前項目で紹介している練習方法をこの音型に当てはめて、丁寧に実施してください。
そのうえで、譜例のような広い音程の場合に特に意識すべきことがあります。
それは「つなぎ目」について。
譜例の黄色ラインを参照してください。
これらのつなぎ目の跳躍音程を「ゆっくり練習(拡大練習)」の時から意識してください。
上手く弾けない理由は「こういったつなぎで、つまづいたりもたついたりしているから」というところにある可能性も。
‣ アルベルティ・バスでのフィンガーペダルの応用
アルベルティ・バスが出てきたときに、その構成音、特にバス音を演奏者の判断によりフィンガーペダルで残すことは、
よくおこなわれています。
(再掲)
このように弾くことでバス音が伸びるため、たとえ伸ばさない場合と同じ音量で弾いたとしても響きが印象深くなりますし、かつ、多声の表現にもなります。
特に緩徐楽章などのゆったりとしたテンポの場合は、フィンガーペダルを活用するかどうか検討してみましょう。
テンポ的にひとつひとつの音の表情がよく聴こえるので、ノンペダルでフィンガーペダルなしだと音響が薄く感じてしまう可能性もあるからです。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、57-58小節)
Allegro の楽章。
このような速度のある中で行われる16分音符よりも細かな音価によるアルベルティ・バスでは、基本的に、バスをフィンガーペダルで残す必要はありません。
残さないほうが軽さが出るので、少なくとも、この楽曲の性格やテンポには即していますし、
1音1音があっという間に通り過ぎていくので、ゆったりとしたテンポの時のような音響の希薄さは感じないからです。
また、フィンガーペダルを使わないことで小指のバウンドをバネに出来るので、速い速度の場合は、むしろ弾きやすくもなります。
もう一例見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ K.545 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
この例は、演奏者によってフィンガーペダルを使う場合と使わない場合が分かれる傾向にあります。
Allegro の楽章ですが、8分音符による伴奏でそれほど急速ではないからです。
本項目で取り上げた3つの例を比較して、それぞれのアルベルティ・バスにおける表現の違いを把握してください。
テンポや音価の細かさはもちろん、そのアルベルティ・バスが置かれているところの性格なども、
フィンガーペダルを使うべきか、そして、どれくらい指で残すべきなのかの判断材料になります。
► 楽曲分析編
‣ アルベルティ・バスに隠されたシンコペーション
シューベルト「ピアノソナタ 第19番 ハ短調 D 958 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成)
2つある上の方の譜例(180-183小節)における、カギマークで示したところを見てください。
ここでは、アルベルティ・バスの各中間にあたる部分に和音がつけられています。
これがきっかけで単音のところよりも少し音響が厚くなり、その小節に「ンタータータ」というリズムが出てきます。
極端に強調されるわけではないので、シンコペーションが隠されているくらいのさりげない表現。
しかし、音源を聴いてみると分かりますが、これだけの表現でもシンコペーションを感じることができます。
1拍分だけではシンコペーションになり得ませんが、アルベルティ・バスの特徴としてパターン化されて連続されているからこそ、シンコペーションが表に出てくるわけですね。
(再掲)
続いて、下の方の譜例(21-24小節)を見てください。
こちらの譜例では、各拍頭に和音がついています。
このような音の選ばれ方だと、各拍頭のビートがやや強調される表現になる。
演奏上そう意識しなくても、書き方としてそうなっているわけです。
どちらの譜例も同じ楽曲中の内容なので、上の譜例におけるシンコペーションの例と聴き比べてみてください。
こういった細かな部分も譜読みで読み取れるようになると、楽曲理解が深まるでしょう。
‣ 異なる意味合いをもつ同じ伴奏形に注目する
アルベルティ・バスというと、クレメンティやモーツァルトの作品のイメージが強いのではないかと思います。
一方、「同じ伴奏形でも、使われる文脈によってまったく異なる意味合いをもつ」という点を意識しましょう。
例えば、バルトークやプロコフィエフなどにもアルベルティ・バスを取り入れた作品がありますが、クレメンティ達が古典派の時代に用いたのとは全く意味が異なってくる。
それが当然のように使われていた時代と、使われる頻度が激減した時代に確信犯的に使うのとでは
「何のためにそれを使うのか」という作曲のコンセプトから全く別のものであると言えます。
時には、ある時代の作品のオマージュとして使われることもあるでしょうし、
また、近現代以降の作品で使われたときの方が「アルベルティ・バスですよ」という説明的な意味合いも強くなります。
演奏者は、こういった「異なる意味合いをもつ、同じ伴奏形」にも譜読みで注目するべき。
► 終わりに
アルベルティ・バスは、単なる伴奏形態を超えた表現手段であることを、本記事を通じて理解いただけたでしょうか。
音楽は生き物のように常に進化し、伝統的な技法も新たな文脈で蘇ります。アルベルティ・バスを通じて、音楽のさらなる可能性を感じ取っていただければ幸いです。
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