【ピアノ】左手作品から読み解くボナミーチ:膨大な練習曲が語るもの

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【ピアノ】左手作品から読み解くボナミーチ:膨大な練習曲が語るもの

► はじめに

 

フェルディナンド・ボナミーチ(Ferdinando Bonamici, 1827-1905)という名前は、日本ではほぼ知られていないでしょう。しかし左手のためのピアノ音楽という分野に目を向けると、この作曲家は特異な存在です。左手だけのために、膨大な数の練習曲と練習パッセージを書き残しました。

ドライショクやフマガッリが左手演奏の技巧的・演奏会的な魅力を追い求めた演奏家兼作曲家であったとすれば、ボナミーチはまったく異なる動機からこのジャンルに向き合った人物でした。技術的な体系を築くこと、そして左手のための音楽的に充実した練習曲集を作ること——それが彼の目指したものでした。

 

► 左手作品から読み解くボナミーチ

‣ ボナミーチとはどんな人物か

 

1827年にナポリで生まれ、1905年に同地で没したボナミーチは、ナポリ音楽院の書記を経てピアノ教師となりました。教育者としての顔の一方で、音楽文化の底上げにも積極的に動いた人物です。1864年9月にはナポリで初のイタリア音楽会議を開催し、1865年1月には大音楽家の伝記を定期掲載する機関誌「Monitore del Circolo Bonamici」を創刊しました。晩年は教育と作曲に専念しました。

左手作品3曲集は、作曲・初版の時期は明らかになっていませんが、イシドール・フィリップが校訂した版が1915年に出版されました。フィリップはOp.271の序文のなかで、出版当時すでにこの作品集を「忘れられた作品ではあるが、左手のために存在する最も完全な作品だと確信する」と記しています。「忘れられた作品ではあるが」という表現からは、1915年以前にすでにこの作品が存在していたことがうかがえます。

 

‣ 出版に際してのボナミーチ自身の言葉

 

Op.273の出版にあたり、ボナミーチはフランス語でこのような序文を残しています。

「左手のためのこれらの練習曲を出版するにあたり、私は他の誰もこれほどの規模では試みたことのない仕事を提示できると思う。また、演奏のために非常に丁寧に指示を示した作品でもある。」

自負と同時に、この仕事に対する使命感も感じさせる言葉です。ボナミーチが単なる趣味や余技としてではなく、左手技術の体系化という明確な意図をもってこれらの曲集に取り組んでいたことがうかがえます。

またOp.271では、左手演奏に適したベンチの位置、ゆっくりとした速度から始める練習方法、各練習を繰り返す回数、手が疲れたときの休息の取り方など、実践的な指示を細かく書き残しました。現代のピアノ教則本にも通じる発想です。

 

‣ 左手作品3曲集を読む

· ① 100の練習曲集と153の多様なパッセージ Op.271

 

100の練習曲集 シリーズ1 より 第1番

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ボナミーチ「100の練習曲集 シリーズ1 より 第1番」1-3小節

原題:100 exercices et 153 passages divers pour piano, pour la main gauche seule
作曲年・出版年:不明

 

3曲集のうち最も規模が大きく、100の練習曲と153のパッセージを収めた大部の作品集です。100曲はいずれも3段程度に収まる短い練習曲で、3つのシリーズに整理されています。

フィリップはこの曲集を「左手のための最も完全な作品」と称えました。技術的な有用性という観点からは3曲集のなかで最も優れているとされており、多数の有益な練習素材が含まれています。

 

· ② 30の訓練的練習曲集 Op.272

 

30の訓練的練習曲集 Op.272 より 第1番

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-3小節)

ボナミーチ「30の訓練的練習曲集 Op.272 より 第1番」1-3小節

原題:30 exercices-études pour piano, pour la main gauche seule
作曲年・出版年:不明

 

Op.271とOp.273の中間に位置する曲集で、技術的な練習曲と音楽的な性格を持つ練習曲の両面を兼ね備えようとした作品群です。一方で、作曲面での完成度という点ではばらつきがあるという評価も確認できました。

全体としては、ツェルニーの練習曲のように、一つのテクニックを反復して身につけるタイプの課題が中心です。一方、第10番ではテンポがAllegroからAndanteへと変化し、そのままエンディングを形作るなど、音楽的な工夫も見られます。

数曲を除き、各曲にはボナミーチによる解説が付けられているのが特徴の一つと言えるでしょう。例えば、第1番の解説は以下のように書かれています。

練習曲全体を通して、音と音の間に途切れを一切感じさせないように、非常に滑らかに(レガートで)かつ均等に弾くこと。4つの音からなる各グループのアクセントを際立たせるために、5の指(小指)を他の指よりも少しはっきりと弾くこと。(日本語訳)

 

· ③ 34の旋律的練習曲集 Op.273

 

34の旋律的練習曲集 Op.273 より 第3番

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

ボナミーチ「34の旋律的練習曲集 Op.273 より 第3番」1-4小節

原題:34 études mélodiques pour piano pour la main gauche seule
作曲年・出版年:不明

 

3曲集のなかで技術的には最も難しい曲集です。広い音域を駆使した楽曲風の要素がいっそう強い作品群で、左手のために想定される技術的課題が幅広く含まれています。

現在では、第3番はレヴェンタール編のアンソロジー(Piano Music for One Hand:A COLLECTION OF STUDIES, EXERCISES AND PIECES)に収録されているので、Op.273の中では最も知られることになりました。上行・下行のグリッサンドが主題の合間に頻繁に登場する、装飾的な作品です。

 

‣ 3曲集を貫く視点

 

Op.271からOp.273へと進むにつれて、技術的な訓練から、より音楽的な表現へと重心が移っていきます。ボナミーチ自身がそのような段階を意識して設計したかどうかは資料から確認できませんが、結果としてこの3曲集は、基礎的な指の訓練から演奏会用の性格的練習曲まで、左手の技術を幅広くカバーする体系になっています。

左手のみの演奏がドライショクの時代に「驚異の見せ物」として聴衆を魅了していたとすれば、ボナミーチの曲集はその技術を地道に支える土台として書かれたものです。華やかな場面には登場しない種類の仕事ですが、左手ピアノの歴史においてこれほど体系的に取り組んだ人物は数少ないと言っていいでしょう。

 

► 終わりに

 

ボナミーチの3曲集は、出版当初からすでに「忘れられた作品」と呼ばれていました。フィリップがそう書いたのは1915年のことです。それから100年以上が経った現在でも、演奏会で取り上げられることは稀です。

しかし左手のために書かれた練習曲・練習パッセージの数は、この分野への一人の音楽家の真摯な向き合い方を静かに物語っています。左手音楽の歴史を知るうえでも、左手技術を体系的に学ぶうえでも、欠かすことのできない曲集と言えるでしょう。

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)

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