【ピアノ】原典版で既習曲を学び直す方法:学習の利点と取り組みのポイント
► はじめに:原典版とは
ピアノ学習を進める中で、楽譜の「原典版(Urtext)」に触れることは非常に重要です。原典版とは、「作曲者の意図を、第三者の手を加えずにできる限り忠実に再現しようとした版のこと」と把握しておきましょう。例えば、次のような版がこれに該当します:
・ウィーン原典版
・新モーツァルト全集
・ベーレンライター原典版
・ヘンレ原典版
・解釈版(interpretive edition):コルトー版など、作曲家や演奏家によって解釈を伝達するために校訂されたもの
・実用版(practical edition):教育用の目的などで、本来書かれていない各種記号などを補ったもの
と区別する必要があります。これらは学習サポートとして重要なものではありますが、原典版と比較すると、作曲者の意図を厳密に再現することには限界があります。
► 取り組みのポイント / 学習の意味と利点
‣ 取り組みのポイント
筆者が提案する学習方法は、「既習曲を原典版で再度取り組む」こと。以下のポイントを意識して行うと効果的です:
選曲の目安:
今の自分の実力から2ランク以上易しい既習曲を選んでみましょう。例えば、全音ピアノピースでいう難易度C程度の実力がある場合は、難易度A程度の既習曲を選ぶと、無理なく進められます。
まっさらな原典版の楽譜で譜読み:
以前に使っていた実用版に編集上書かれている内容や自身で書き込んだ注釈などは写さずに、まっさらな状態から譜読みを開始しましょう。こうすることで、曲の大元に触れることができます。
また、原典版を使う際にはいくつか注意が必要です。特に中級者までは、自身で判断する基盤を養うためにも、解釈版や実用版を頼りにして構いません。原典版を本格的に取り入れるのは、中級以上の段階を迎えてからがおすすめです。
実用版よりも高価なことが多い:
原典版は通常は高価で、また、通常の楽譜店では見つけにくいことがあります。通信販売や専門店を利用することになります。
情報が少ないことに驚かない:
原典版には必要最低限の情報しか記載されていないため、譜読みや演奏の判断を自身でしっかりと行う必要があります。これは大きな挑戦となるでしょう。
‣ この学習の意味と利点
具体的な例として、ベートーヴェンの「エリーゼのために」を原典版で学習し直してみるとしましょう。この曲は非常にポピュラーなため、実用版に慣れている方が多いかもしれません。しかし、原典版で見直すと、以下の点が明確に分かります:
ベートーヴェン「エリーゼのために」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-8小節)
1. 楽譜に込められた本質的な指示
この譜例は原典版をもとにしていますが、原典版の特徴的な点は、その「簡素さ」にあります。現代に多く出回っている教育用の解釈が書き込まれた楽譜と比較すると、以下の点が注目されます:
・作曲者自身による指示は限定的
– テンポ指示:Poco moto
– 強弱記号:pp
– 2-4小節のペダリング指示
これは1810年の作曲当時、ベートーヴェンが必要不可欠と考えた指示のみを記したことを示しています。多くの楽譜に書かれているスラーをはじめとしたあらゆる情報は、一部を除き、ベートーヴェンによるものではありません。
2. ペダリング指示の意義
この作品におけるペダリング指示は特筆に値します:
・1800年作曲のOp.26以降、ベートーヴェンはピアノ作品でペダル指示を適宜記すようになった
・「エリーゼのために」での指示は、9小節目以降にも見られる
原典版にも目を向けてみることで、以下のようなことが見えてきます:
・いかに多くのことを自分で考えなくてはいけないか
・自分で判断することの楽しさと大変さ
・作曲家の意図をできる限り理解するにおいての原典版の重要性
また、今後様々な作品で版を決める時の目も養うことができます。例えば、「ピアノ演奏のテクニック 音色・タッチ・フレージング・ダイナミクス」(著:L・H・フィリップ シンフォニア)という書籍に以下のような文章があります。
見た目の良いものが必ずしもすべて良いとは限りません。生徒は校訂の優れたピアノ曲を認識して欲しいと思います。確かに、経験の浅い生徒は良し悪しの区別をせずに、勉強しようとする曲の校訂をどんなものでも受け入れてしまいます。経験と徐々に身につけた知識だけが、版を比較して決めるための拠り所です。
(抜粋終わり)
・ピアノ演奏のテクニック 音色・タッチ・フレージング・ダイナミクス 著 : L・H・フィリップ 監修:星出雅子 訳 : 村上信行 / シンフォニア
・ベートーヴェン: ピアノ作品集/ヘンレ社/原典版 ※「エリーゼのために」も収載
► 終わりに
原典版での学習は、譜読みに対して深い理解を促し、作曲家の意図を忠実に再現するための基盤を養います。楽譜を手に取る際は、常にその版がどのような意図で作られたものかを意識し、自身の目的に合わせた版を選んでいきましょう。
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