【ピアノ】別声部へのタイ:クラシック作品における実例分析
► はじめに:別声部へのタイとは
別声部へのタイとは、ある声部(パート)の音符から、別の声部の同じ高さの音符へとタイ(連結記号)を引く記譜法です。
通常、タイは同じ声部内の音符を連結しますが、ピアノ曲では声部を跨いでタイを使用することで、以下の効果が得られます:
音響的効果:同音の急速な連打を避け、滑らかな響きを実現する
和声的効果:再打鍵は避けながらも、重要な和音構成音を持続させる
演奏技術的効果:急速な再打鍵が苦手なピアノという楽器の特性に対処して演奏しやすくする
本記事では、J.S.バッハやシューマン作品の実例を通じて、この技法がどのように使われているかを分析します。
► 実例分析
‣ ① 対位法楽曲における別声部へのタイ
J.S.バッハ「シンフォニア 第14番 BWV800」
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、3-4小節)

この作品は、各声部が独立した「線」として構成される対位法作品です。通常、対位法では各声部の独立性を明確にするため、同音であっても別々に打鍵することが多いのですが、この作品では意図的に別声部へのタイが使用されています。
タイの使用
3小節3拍目の最後のA音から4拍目のレッド音符で示したA音にかけて、ソプラノ声部の音から他声部へタイが引かれています。
音楽的意図の考察:
・J.S.バッハの意図を正確に知ることはできないが、鍵盤楽器の特性が関係していると考えられる
・鍵盤楽器は構造上、同音の連打が苦手な楽器
・特に速いテンポでの同音連打は、音の切れ目が不自然になりやすい
・タイを使うことで、この楽器的制約を克服している可能性がある
この例は、「和声を得るため」というよりも、「演奏技術上の合理性」を重視したタイの使用と言えるでしょう。
‣ ② メロディ音→副旋律(内声)へのタイ
シューマン「リーダークライス Op.39 より 第12曲 春の夜」(クララによる編曲版)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、10-13小節)

この箇所では、メロディよりも上の音域で細かいリズムの装飾的な要素が動いており、レッド音符で示した部分がメロディです。
13小節目の頭には装飾音が書かれていますが、このFis音は原曲の歌のパートにもあるため「メロディ」と解釈します。
タイの使用
13小節目の頭の装飾音Fis音から、直後の別声部(副旋律)のFis音へタイが引かれています。
効果と意図
もしここにタイがなかったら、装飾音のFis音を弾いた直後に、同じFis音を別の声部で急いで打鍵し直さなければなりません。これでは:
・メロディラインがギクシャクする
・装飾的な要素も不自然になる
・演奏者に不必要な技術的負担がかかる
タイを使うことで、音を持続させながら滑らかに声部を移行でき、両方の要素を自然に演奏できるようになっています。
‣ ③ バス音→副旋律(内声)へのタイ
シューマン「5つのリートと歌 Op.127 より 第2曲 君の顔」(クララによる編曲版)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、25-28小節)

タイの使用
25小節目のバスB音から、26小節目の頭の内声B音へタイが引かれています。
なぜタイが必要だったのか:
・和声的理由:26小節目の冒頭でもB音の響きが和声上必要
・声部構造的理由:26小節1拍目裏のB音(レッド音符)から新しい副旋律的フレーズが始まることを明確にする
もしタイを使わずに26小節目の頭のB音を打鍵し直すと、その音も副旋律の一部に聴こえてしまい、フレーズ構造が曖昧になってしまいます。
原曲との比較
編曲したクララはスラーの書き方を変更していますが、シューマンの原曲歌曲では、スラーは26小節1拍目裏のB音(レッド音符)から始まっています。これは、副旋律フレーズの開始点を明確にするための記譜と考えていいでしょう。
► 別声部へのタイが効果的に機能する条件
実例分析を踏まえると、別声部へのタイが効果的に機能するのは以下の条件を満たす場合です:
音楽的条件:
・同音の連続:メロディ声部と直後の内声部で同じ高さの音が連続する
・和声的重要性:その音が和音構成音として重要な役割を果たしている
・フレーズ構造:再打鍵すると声部やフレーズの構造が曖昧になる
・音響的問題:再打鍵すると音の切れ目が気になる
演奏技術的条件:
・連打の困難さ:急速な同音連打が演奏上困難または不自然
・運指の合理化:タイを使うことで運指がより自然になる
► 終わりに
別声部へのタイは、ただの記譜上の便宜ではなく、以下の音楽的・技術的配慮から生まれた創意工夫です:
・鍵盤楽器の特性への対応:同音連打が苦手という楽器的制約の克服する
・和声の明確化:再打鍵をせずに重要な和音構成音を持続する
・声部進行の自然さ:フレーズ構造を明確に保つ
・演奏の合理化:奏者への負担軽減と表現の自然さを両立する
作曲や編曲の実践にこの技法を応用する方法については、以下の関連記事を参考にしてください。
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