【ピアノ】ピアノ譜を書く時、どういった場合に声部分けをすればいいのか
► はじめに
ピアノ音楽の作曲や編曲をする方から、「どういった時に声部分けをすればいいのか分からない」という声をよく聞きます。声部分けは楽譜の読みやすさと演奏表現の両方に大きく影響する重要な要素です。
本記事では、声部分けの判断基準について、具体的な楽曲例とともに解説します。演奏者の方にとっても、楽曲解釈のヒントとなる内容です。
► 声部分けの基本原則
声部分けをするべきかどうかの判断には、以下の基本原則を軸に考えましょう:
「演奏者にとって音楽の内容が最も伝わりやすい記譜にする」
楽譜は演奏者とのコミュニケーションツールです。利便性と音楽的意図の両方を考慮した記譜を心がけることが大切です。
► 具体的な判断基準と例
‣ 1. 声部分けが不要な場合
ブラームス「16のワルツ 第15番 Op.39-15」
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、曲頭)
右手パートに着目してみましょう。多声になっていても、以下の条件が揃っている場合は声部分けは不要です:
・複数のパートが同じリズムで動いている
・和音として一体的に演奏される
・声部分けすることで譜面が煩雑になる
このような場合は、団子和音でまとめて記譜する方が読みやすく、実用的。無理矢理声部分けしてしまうと、下側の譜例のように煩雑な見た目になってしまいます。
‣ 2. 多声的書法での考え方
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-1 メロディー」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、11-12小節)
右手パートに着目してみましょう。
多声的な書法において声部分けを検討する際のポイント:
同じリズムの和音部分:
・11小節目のような同じリズムで動く和音は、声部分けの必要がない
・ただし、後続部分で声部分けする場合は、統一性を保つことを優先するのもアリ
多声的な一声部分:
・12小節目のような多声的な一声部分は、声部分けによって音楽の構造を明確にできる
・ただし、声部分けには以下のような「制約」としての側面もある
多声的な一声部分における重要な注意点:
・声部分けされた音符は、演奏者にとって「指で保持すべき音」という指示になる
・声部分けしていない場合でも、演奏者の解釈でフィンガーペダルを使用することは可能
・つまり、声部分けは「演奏内容必須の指示」、声部分けなしは「演奏者の判断に委ねる」という違いがある
「声部分けしたからには、そのように弾かれてしまう」ということを踏まえておきましょう。声部分けがされているのに、指で残さないという選択肢はないのです。
‣ 3. 声部分けが必要な場合
ブラームス「4つの小品 第2番 間奏曲 Op.119-2」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲尾)
最後から2小節目を見てください。
ここでは深いバス音が弾かれますが、小節途中に作曲家自身によるフィンガーペダルの指示とペダルチェンジがあります。これらは、デクレッシェンドをサポートするためのもの。この例では、「音の大きさ」だけでなく「音遣い」によってもエネルギーの動向を表現する、高度に音楽的な記譜法が用いられています。
これを踏まえたうえで、以下を見てみましょう。
次のような場合は、声部分けが必要です:
特定の演奏法を明確に指示したい場合:
・フィンガーペダルの使用
・特定の音の保持
・バス音の音響的な処理
学ぶべきポイント:
本例から学び取れるのは、「そのように弾いてもらいたいのであれば、そのように記譜しておかなければならない」ということです。
‣ 4. 特別な意図による声部分け
· 副旋律の抽出
ショパン「エチュード(練習曲)Op.25-1 エオリアンハープ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、15-16小節)
この部分では、「副旋律にあたる要素を抽出して欲しい」という意図で声部分けがされています:
・副旋律として聴かせたい音を抽出
・必ずしも正確な音価で記譜する必要はない
・4分音符など適当な音価で記譜されることも多い
· 低音線の強調
ジョーゼフ・バノウェツ 著「ピアノ・ペダルの技法」では、「強調されるべき低音線を記譜するのに際して作曲家は音価の長い音符を用いて記譜するか、または、符柱が二本付いた同一の音価の音符を使用します」と説明されています。
ショパン「スケルツォ 第2番変ロ短調 Op.31」 同一音価での二重符柱を用いた低音強調の表示
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、65-68小節)
シューベルト「ピアノソナタ 第20番 イ長調 第4楽章」 長い音価の音符(2分音符)を用いた低音強調の表示
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、344-345小節)
ただし、これらは「作曲家の意図」というよりは「演奏解釈の一案」として捉えたほうがいいでしょう。反対に、このような演奏効果を期待して作曲や編曲で声部分けを取り入れてみるのは有効な手段です。
ピアノ・ペダルの技法 著:ジョーゼフ・バノウェツ 訳:岡本 秩典 / 音楽之友社
► 実践的な判断フロー
‣ 基本的方針
声部分けを検討する際は、以下の内容を考慮して判断することをおすすめします:
音楽的必要性の確認:
・特定の演奏法を指示する必要があるか(フィンガーペダル、特殊な音響効果など)
・音楽的構造を明確にする必要があるか
可読性の検討:
・声部分けによって譜面が不必要に煩雑になっていないか
・演奏者が一目で理解できる記譜になっているか
演奏者の立場から考える:
・その記譜で音楽的意図が伝わるか
・演奏の自由度は適切に保たれているか
統一性の確認:
・楽曲全体を通して記譜法に一貫性があるか
・似たような箇所で異なる記譜法を使っていないか
・意図的な変化の場合、その理由が明確か
‣ 判断に迷った時の対処法
パターン1:境界線のケース
可読性と厳密性のどちらを重視すべきか
・優先順位:可読性 > 厳密性
・判断基準:演奏者にとって読譜しやすい方を選択 / 厳密性重視のほうが読みやすいことは少ない
パターン2:複数の記譜法が考えられる場合
・統一性を重視:楽曲全体の記譜法との整合性
・演奏者目線:実際に演奏する立場から判断
・作曲者の意図:「最も重要な」音楽的要素を優先
パターン3:確信が持てない場合
・シンプルな記譜から始める(声部分けなし)
・実際に演奏してみる
・他の楽譜の類似例を参考にする
・経験豊富な演奏者に意見を求める
重要なのは、「演奏者との対話」を意識した記譜を心がけることです。楽譜は演奏者とのコミュニケーションツールであることを常に念頭に置いて判断しましょう。創作者の自己満足とならないよう、心がけたいところです。
► 終わりに
声部分けの決定における要点:
基本方針:演奏者にとって音楽の内容が最も伝わりやすい記譜を心がける
利便性重視:楽譜の読みやすさと実用性を考慮する
音楽的意図:その中でも、作曲者・編曲者の表現意図をできる限り明確に伝える
「正しい」記譜法は一つではありません。本記事で紹介した判断基準を参考に、それぞれの楽曲に最適な記譜法を見つけてください。
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