【ピアノ】モーツァルト「トルコ行進曲」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
「アラ・トゥルカ」とは、「トルコ風に」という意味で、いわゆる「イェニチェリ軍団の音楽(Janitscharenmusik)」を指します。イェニチェリ軍団は、オスマン帝国が誇る有能な親衛隊でした。
「トルコ行進曲」では、中間部のリズムがイェニチェリ軍団の行進曲を模倣しています。また、長調と短調が目まぐるしく交替することも、この曲の大きな特徴です。
(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番入門程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 第1章:冒頭からの基本解釈(1-24小節)
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、1-5小節)

テンポ設定の重要性
まず最初に確認すべきはテンポです:
・楽譜には「Allegretto」と書かれている
・「Allegro」ではなく「Allegretto」
・よく耳にする、滑るようなものすごく速いテンポの演奏は疑問
「トルコ行進曲がどういった行進曲なのか」という背景を知ることで、テンポが速過ぎる演奏は楽曲に合わないことが理解できるはずです。
装飾音符の意味を理解する
冒頭の右手メロディでは、16分音符で弾く音が装飾音符で書かれています。「なぜ小さな音符なのか?」と疑問に思ったことはありませんか。
音楽学の研究により、この時代には「非和声音は、拍頭につけるときには大きい音符でつけてはいけない」という習慣があったことが明らかになっています。
メロディの大きな音符でたどると、各小節の頭に「Do Mi La Do」という上昇音型ができています:
・これらの音が幹(骨格)になっている
・演奏の際には幹である各音のバランスを良く聴いて演奏
・これらのうちのどれかの音が急に大きくなったりしないように気をつけるべき
8分休符を見落とさない
譜例(1-5小節)

レッド音符の直後の8分休符に注意してください。この休符がなくなってしまい、レッド音符を4分音符で弾いていませんか。これはよく聴かれる改善すべき例です。反対に、ブルー音符で示した音は4分音符です。
「音がどこで切れるか」は音楽の締まり方に大きな影響を与えます。こういった細かなところも丁寧に譜読みしていきましょう。
左手の基本音型
曲頭から出てくる左手音型は、この楽曲の中で何度も使われます。演奏注意点としては:
・鍵盤のすぐ近くから最小限の動作で打鍵する
・手の動きが大きいと、和音が「パラ」とばらけてしまったり、音が大きく飛び出てしまったりする
モーツァルトの装飾音の入れ方
5小節目の右手の装飾音については:
・モーツァルトの作品では前に出さず、装飾音のはじめの音と左手の1拍目頭の音を同時に演奏するのが慣例
・装飾音は極めて速く入れないと、1拍目表のみが間延びしてしまう
(再掲)

響きの密度を意識する
5小節目では右手に3度の和音が出てきます。直前までは左手に3度の響きが出てきているので、それが右手に移ったかのようです。この楽曲に特徴的なのは、右手と左手で「同時に」3度の響きを出しているのは「曲の一番最後の和音のみ」という点です。
音符を追って演奏することだけにとらわれずに、「3度和音」「4度和音」「オクターブ和音」「単音」等々、楽曲を構成している音の密集の仕方によって、どのように響きが変わっているかに意識を向けていきましょう。
終止での注意点
譜例(6-8小節)

8小節目の終止は:
・大きく飛び出ないように
・ここで7小節目より強くなってしまうと尻餅をついたようで不自然
・着地点は強くなりがちなので注意
和声の理解を深める
この箇所の和声的な理解も重要です。7小節目の2拍目でe-mollのドミナントになり、8小節目のe-mollのトニックに解決しています。
しかし、このe-mollのトニックは第3音が欠けているため、E-durの主和音とも取れ、同時にA-mollのⅤ(ドミナント)とも解釈できます。リピートして曲頭に戻る場合、曲頭はa-mollのトニックなので、自然な連結がされているのです。
細かいところをよく理解していき、トルコ行進曲から様々なエッセンスを読み取りましょう。
色彩の変化を感じ取る
譜例(8-16小節)

ここからは「色彩の変化」が分かりやすい形で出てきます。和声の繊細な色彩変化を感じ取りながら演奏しましょう。色彩の変化を意識しなくても音を弾くことはできてしまいますが、それでは「それぞれの音の表情を考えずに音を並べているだけ」になってしまいます。
・必ずしも和声記号が分かっていなくてもOK
・「明るくなった」「暗くなった」などを感じ取ることから
8小節目後半からはC-dur、つまり、この楽曲の始まり「a-moll」の「平行調」にあたります。
左手のアクセント処理
譜例(9-12小節)

9小節目からの左手は、ブルー音符で示した表拍をやや強調して演奏するといいでしょう。ただし、強くなり過ぎないようにしましょう。裏拍の音がエコーのように表拍の響きの中に入るように演奏できると、立体的な演奏になります。
内声のバランス調整
(再掲)

レッド音符の周辺に注目してください:
・10小節1拍目の右手は、上声のD音がメロディなので、内声のH音とG音は強くならないように演奏する
・「ため息音型」なので、内声のH音よりもその直後に出てくる8分音符G音が強くなってしまわないように
転調の意識
12小節2拍目からはa-mollに戻ってきます。この楽曲に限らず、転調した箇所では、「主調からどれくらい遠い調へ行っているのか」を常に意識するようにしてください。例えば:
・a-moll → C-dur:平行調へ行っているだけなので近い調
・a-moll → A-dur:同主調へ行っているだけなので近い調
・a-moll → Es-moll:この楽曲には出てきませんが、このような転調は、かなり遠くの調
3度和音の移行を追う
譜例(15-17小節)

右手にずっと3度和音が出てきていることに注目してください。17小節目に入ると、やはり3度和音が左手に移ったら右手の3度和音は無くなりました。
常に分析眼を持って楽曲を見ていきましょう。ここからが曲の最初のテーマの再提示です。
ハーモニーの移り変わりに注目
譜例(16-24小節)

直前までは「1小節1和音」もしくはもっと長く同じ和音が続いてきましたが、21小節目からは「1小節2和音」となっています。つまり、ハーモニーの移り変わりが速くなっているということです。「ハーモニーが変わるということも一種のリズム表現」なので、ハーモニーの移り変わりを速くしていくことで「24小節目の終止に向けて音楽を咳き込んでいる」とも解釈できます。
左手に含まれるメロディックなラインを良く聴いて演奏してください。右手のメロディとの「対話」になっているからです。もちろん、右手より目立ってはいけません。
テクニック練習:和音でつかむ
譜例(21-22小節)

21-22小節目は「和音でつかむ練習」をするといいでしょう。この練習を何度もして手のポジションを即座に用意できるようにしておいてから、原曲の通りに戻して演奏すると、演奏難易度がグンと下がります。
モーツァルトのトリルの入れ方
23小節目にトリルが見られますが、モーツァルトのトリルは「上から」入れてください。
モーツァルトの音楽の師は父親のレオポルド・モーツァルトです。レオポルド・モーツァルトが書いた「バイオリン奏法」という本には、トリルの入れ方など様々なことが書いてあります。モーツァルトを勉強するなら、その音楽教育の師であるレオポルド・モーツァルトの考え方を踏まえたほうが得策ということです。
‣ 第2章:中間部の攻略(24-87小節)
音像の距離感を演出する
24小節目の入りは、24小節前半の響きをひきづらずに、しっかり音を切ってから活気よく入ると音楽的です。ここで一気に「音像が近づくイメージ」がします。音の距離感を感じることで立体的な演奏を目指しましょう。
オクターブの響きの意味
24小節目からの右手に注目してください。オクターブです。今までとの響きの違いをよく感じましょう:
・「オクターブの響き」というのは「硬質で特徴のある音」
・作曲家は「どこにオクターブの響きを持ってくるか」ということを、丁寧に選んでいる
・オクターブの響きが同じ時間軸で鳴るのは、この楽曲ではじめて
・中間部で音楽をガラッと変えるモーツァルトの作曲技術
オクターブのフレージング
譜例(25-28小節)

右手のオクターブによるメロディをむやみにダーダーと弾いていませんか。フレーズを考えてみましょう。
・「フレーズが28小節目の2拍目から新たに始まる」と解釈できる
・ここに、原曲スコアには書いてないデクレッシェンドとクレッシェンドを加える
・そうすると、フレーズが明確になる(メロディのみに対して行う)
左手の装飾音の役割
25小節目からの左手の装飾音は「行進しながら演奏する太鼓」のイメージで。役割としては、「拍頭の大きな音符に向かうためのエネルギー」を作っています。つまり、装飾音全部をゴリゴリっと大きな音で弾く必要はありません。
また、装飾音に気を取られて「各小節の最後の8分音符」がいい加減になってしまいがちです。急いでしまったり大きく飛び出てしまったりしないように気をつけてさらっておきましょう。
(再掲)

注意:27小節目の2拍目にかかる「Dis音」「Fis音」「A音」の装飾音で、このA音をAis音で弾いてしまっている譜読み間違いが本当に散見されます。
テンポキープの要
32小節目の後半からは右手が細かく動き回りますが:
・決してジェットコースターにならないこと
・ここだけテンポが変わってしまわないように注意が必要
ポイントは「左手の伴奏」です:
・この左手のコンスタントな刻みがテンポキープの要
・曲頭の左手と同じ音型
・まずは片手ずつテンポを安定して弾けるようにしておいてから、両手で合わせる
また、細かく動く箇所というのは、その難しさもあって無意識に大きくなってしまいがちです:
・32小節目の後半から始まる16分音符はまだまだ抑えておく
・40小節目の後半からガラリと音楽を変える
小節のつなぎ目を丁寧に
譜例(32-35小節)

パッセージの中でも、カギマークで示した「小節をまたぐ箇所」がいい加減にならないように。「つなぎ目」なので、丁寧に演奏するようにしましょう。
ため息の音型の処理
譜例(43-44小節)

44小節目にはフッといきなり8分音符が出てきます:
こういった「ため息のような音型」では、前の音よりも後ろの音が大きくなってしまうと音楽的ではありません。H音はおさめましょう。
ポイント:
・Ais音にやや重みを入れる
・このようにすると、フレーズが明確に表現できる
・自然に後ろの音は控えめに聴こえる効果もある
ジグザグ音型の軸を見抜く
譜例(47-48小節)

47小節目の右手のような行って返ってくるような「ジグザグ音型」では、「軸になる音」を見抜けると演奏に活かせます。
・「Cis – A – H – Gis」という音が軸の音
・演奏時はこれらの音を少しだけ強調して、それ以外の裏の音は軽めに弾くイメージで
このパッセージは「2声的」です。軸の音と左手がハモリになっている箇所では、バランスをとりましょう:
・左手の8分音符が、右手よりも大きくならない
・ゆっくり練習のときに、ハモリをよく聴いてさらう
48小節目の右手も同様に、前の音よりも後ろの音が大きくなってしまわないように、後ろの音はおさめましょう。
‣ 第3章:Codaの徹底攻略(88小節~最後)
オクターヴ分散トレモロの弾き方
譜例(88-89小節)

右手の音型(オクターヴ分散トレモロ)では、「親指に重心をおいて弾いていく」のがポイントです。親指に重心をおくことで以下のような利点があります:
・手が安定するので弾きやすい
・小指で弾く音が軽めの音になるので音楽的
くれぐれもすべての音をゴリゴリと鳴らそうと思ってはいけません。音型の中には「聴かせるべき音」と「隠してもいい音」が存在し、それらを弾き分けていくことで音楽が立体的なものになっていくのです。
その他、「フレージングの注意点」「左手の演奏注意点」については24小節目~の解説を参考にしてください。
同音連続の処理
譜例(Codaの入り)

Codaでは、メロディにCis音が連続して出てきます。こういった音を均等に並べてしまうと音楽的ではありません。
・「同音が連続するときは同じニュアンスで並べないこと」は基本
・同じ音量、かつ同じ音質の音が2つ以上並ばないようにする
・「1拍目であり、尚且つ、長い音価」なので、3つ目の2分音符のCis音に一番重みが入るように
「コン!コン!」というドアをノックする音を聞いて不快に思うのは、全く同じ音量、かつ全く同じ音質の音が2つ以上並んでいるからです。
ここで見られる「白玉と黒玉が混ざった団子和音」の解釈については、以下の記事で詳しく解説しています。
【ピアノ】和音演奏を習得する25の実践的アプローチ より
「‣ 22. 白玉と黒玉が混ざった団子和音の弾き方」
高速アルベルティ・バスの攻略法
Codaでは「高速のアルベルティ・バス」が出てきます。攻略法については、以下の記事を参考にしてください。
【ピアノ】アルベルティ・バス:演奏と分析両面からのアプローチ
Codaでの左手の跳躍に注意
譜例(108-109小節、115-116小節)

レッド音符で示した左手の跳躍箇所では、特定の音がいい加減になってしまいがちです。
・音がかすれてしまったり、大きく飛び出てしまっていることに気づくこと
・跳躍を気にするあまり、いい加減になりがち
・小節の変わり目に大きな跳躍が出てくる箇所は、比較的演奏が難しい箇所
・難しいからといって小節の変わり目に「間(ま)」をとってしまうと、音楽が止まってしまう
このような跳躍を攻略する演奏ポイント:
・ゆっくり練習する際に、該当音から次の音までの距離を意識してさらう
・該当音を打鍵したら、すぐに次の音の準備をする
101小節目の前打音の弾き方
ここでの前打音の攻略法については、以下の記事を参考にしてください。
【ピアノ】モーツァルト「トルコ行進曲」の前打音の弾き方と練習法
装飾音は軽く
109-111小節に出てくる右手の装飾音も軽く演奏し、大きくなり過ぎないようにします。というのも、こういった装飾音は「到達先の大きな音符にかかる装飾」だからです。装飾音は大きな音符に向かうエネルギーを作っているだけであって、それが主役に聴こえては、バランスが悪くなってしまいます。
曲尾の処理
・最後から3小節目(125小節目)に出てくる右手のE音はより高い音なので、Cis音よりもエネルギーが必要
・f だからといってすべてガシャ弾きにならないこと
・f の中でもより高いエネルギーの箇所は、きちんと表現する
125小節目の反復が「縮節(提示された素材が、音価や拍の長さを縮めながら連結されていくこと)」になっている箇所は、「せき込みの効果」を狙っていると考えられます。したがって、一番最後の2つの和音ではテンポをゆるめずに、ノンストップで締めくくったほうが音楽的です。
► 終わりに
モーツァルトの「トルコ行進曲」は、シンプルに見えながら、実は多くの音楽的工夫が凝らされた奥深い作品です。 本記事で解説した内容を踏まえて練習を重ねることで、単に「音を並べる」演奏から、「音楽を表現する」演奏へと進化していくはずです。
推奨記事:
・【ピアノ】「最新ピアノ講座」演奏解釈シリーズのレビュー:演奏解釈とピアノ音楽史を一冊で学ぶ
(演奏解釈をさらに学ぶための教材 /「トルコ行進曲」も収載)
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・【ピアノ】繰り返しパターンで読み解く楽曲分析入門
(「トルコ行進曲」を教材にした記事)
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