【ピアノ】「平均律クラヴィーア 解釈と演奏法」(市田儀一郎 著)全2巻 レビュー
► はじめに
市田儀一郎氏(1932-2014)による全2巻からなる本書は、演奏家の実践的視点と学者の分析的視点を融合させ、平均律クラヴィーア曲集の演奏者向け学習指南書として不動の地位を築いています。
詳細な分析はもちろん、ピアニスト視点から解説された「演奏上の諸問題」の項目は独自の価値を持っており、実際の演奏課題解決に直結する内容となっています。
本記事では、各巻の内容と特徴について解説していきます。
・出版社:音楽之友社
・発行年月:Ⅰ巻 2012年部分改訂、Ⅱ巻 1983年
・ページ数:Ⅰ巻 496ページ、Ⅱ巻 436ページ
・対象レベル:中級〜上級者
・バッハ 平均律クラヴィーア I 解釈と演奏法 2012年部分改訂 著:市田 儀一郎 / 音楽之友社
・バッハ 平均律クラヴィーアⅡ 解釈と演奏法 著:市田 儀一郎 / 音楽之友社
► 内容について
‣ 本書の特徴
演奏家の視点からの実用的アプローチ
本書の特徴は、著者である市田儀一郎氏がピアニストとしての演奏経験を基に執筆していることです。楽曲分析に留まらず、各楽曲の末尾に設けられた「演奏上の諸問題」と「摘要」の項目では、実際の演奏現場で直面する課題に対する具体的なアドバイスが提供されています。
詳細な楽曲分析と豊富な資料
平均律クラヴィーア曲集の全曲について、以下の内容が網羅されています:
・楽曲の基礎情報:時代的意義や楽曲の印象などの提示
・音楽的特徴の詳細分析:対位法、素材連結などの解明
・構成分析:豊富な譜例と独自の図式による視覚的解説
・演奏解釈:テンポ設定、強弱法、装飾法、アーティキュレーションなどの指針
批判的検討による信頼性の高い解釈
市田氏は既存の解釈版に対して時に批判的な検討を行い、「チェルニー版ではトリラーが付されているが、原典に従ってない方が適切」といった具体的な比較検討を通じて、より説得力のある解釈を提示しています。この姿勢は、演奏者が自分自身の解釈を構築するうえで貴重な指針となります。
‣ 各巻の特色
Ⅰ巻(2012年部分改訂版)
2012年部分改訂版では「第5番 ニ長調 BWV850 プレリュード」の分析が全面改訂され、従来の線的分析から和声的分析へと軸足を移すことで、より理解しやすい内容となっています。
Ⅱ巻
第2巻所収の24曲について、視覚的な図版を多用した構造分析が特徴的です。作品の構成原理への理解を深める内容となっており、高度な解釈技術の習得を目指す演奏者に適しています。
► 他書との比較と併読の提案
ヘルマン・ケラー著「バッハの平均律クラヴィーア曲集」との併読が特に推奨されます。市田版が分析の詳細さと演奏実務に長けているのに対し、ケラー版はバッハ研究の学術的視点を提供するため、両者の併用により多角的な理解が可能となります。
ケラー版のレビュー記事:【ピアノ】J.S.バッハ演奏の必携書3冊:ヘルマン・ケラーの著作を徹底解説
► 使用上の留意点
情報密度の高さへの対応
本書は詳細な分析を提供しているため、平均律クラヴィーア曲集の初学者には情報過多となる可能性があります。効果的な学習のために、取り組む楽曲の該当項目を一通り通読した後、まず譜読みと演奏に着手することをおすすめします。音にしてみる過程を通して楽曲への理解が深まった段階で本書を再読すると、より深い理解を得られるでしょう。
解釈の固定化への注意
豊富な情報量と説得力のある解釈が提示されているがゆえに、著者の見解に過度に依存するリスクがあります。学習初期においては本書を主要な指針として活用しても構いませんが、ある程度習熟した段階では、上記のケラーの著書をはじめとする他の研究者・演奏家の視点も積極的に取り入れ、多角的な理解を深めることが重要です。
► 終わりに
平均律クラヴィーア曲集に取り組むすべての学習者にとって、本書は必携の参考書としておすすめできます。ただし、本書の解釈を絶対視するのではなく、自身の音楽的判断力を育成する過程での重要な指針として活用するようにしましょう。
・バッハ 平均律クラヴィーア I 解釈と演奏法 2012年部分改訂 著:市田 儀一郎 / 音楽之友社
・バッハ 平均律クラヴィーアⅡ 解釈と演奏法 著:市田 儀一郎 / 音楽之友社
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