【ピアノ】「バッハ インヴェンションとシンフォニーア」(市田儀一郎 著)レビュー
► はじめに
市田儀一郎氏(1932-2014)が手がけた本著作は、J.S.バッハのインヴェンションとシンフォニアに関する解説書として、長年にわたり多くの演奏者から支持を得ています。演奏者としての豊富な経験と音楽学者としての深い洞察が見事に調和した一冊で、楽曲分析に留まらない実践的な価値を提供しています。
特に注目すべきは「演奏について」という独自の章立てで、ここではピアノ奏法の観点から具体的な演奏指導が展開されており、実用性を備えています。
以下、本書の構成と活用法について詳しく見ていきましょう。
・出版社:音楽之友社
・発行年月:1971年
・ページ数:446ページ
・対象レベル:初中級〜上級者
・バッハ インヴェンションとシンフォニーア 著:市田儀一郎 / 音楽之友社
► 内容について
‣ 核となる特色
実践重視の演奏指導アプローチ
著者の市田儀一郎氏がピアニストとしてのキャリアを積んだ経験が、本書の随所に活かされています。理論的な楽曲解析だけでなく、各作品の最後に配置された「演奏について」「摘要」といった項目では、技術的・音楽的な演奏問題への解決策が示されています。
包括的な作品研究と充実した資料群
インヴェンションとシンフォニアの全楽曲を対象として、次のような多面的なアプローチが採用されています:
・作品背景の解説:作曲された背景や楽曲が持つ特性についての概観
・音楽構造の精密な検証:対位法的書法、主題の展開技法などの詳細な分析
・形式論的考察:豊富な楽譜例と独創的な図解による構造の可視化
・演奏実践への提言:テンポ選択、ダイナミクス、装飾音の処理、フレージングなどの指導
学術的厳密性に基づく解釈の提案
既存の出版譜や解釈に対して、市田氏は時として鋭い批判的検討を加えています。「この版では異なる音符が記載されているが、原典に基づけばこちらが正当」といった具体的な校訂上の議論を通じて、より説得力を持つ解釈を導き出そうとする姿勢が一貫しています。
‣ 充実した前提知識の解説
本書では、個別の楽曲解説に入る前に、インヴェンションとシンフォニアを理解するために必要な基礎知識が体系的に紹介されています。この前提知識の章は約40ページにわたって展開され、幅広いトピックを網羅しています。
目次構成は以下の通りです:
・その成立と意義
・インヴェンションとシンフォニーアの構成について
・インヴェンション
・シンフォニーア
・I 部分構成
・II 展開部
・III 主題および主動機
・IV Dux と Comes
・V 結句と接続句
・VI 対旋律と対位(句)
・VII 密接進行グループ
・VIII 反復主題グループ
・IX 間奏
・X カデンツ
実践的価値
この前提知識の章は、単独でも対位法学習の優れた教材として機能するので、フーガ学習への橋渡しとしても参考になるでしょう。初学者にとっては、この章を通読することで、その後の個別楽曲解説の内容がより深く理解できるようになる構成となっています。
► 関連書籍との比較検討
ヘルマン・ケラーによる「バッハのクラヴィーア作品」との組み合わせ学習をおすすめします。市田版が分析の緻密さと演奏技術面での実用性に秀でているのに対し、ケラー版はバッハ研究の学術的な蓄積を幅広く紹介する特色があります。両書を並行して参照することで、より深みのある作品理解ができるでしょう。
ケラー版のレビュー記事:【ピアノ】J.S.バッハ演奏の必携書3冊:ヘルマン・ケラーの著作を徹底解説
► 効果的な活用方法と注意点
情報量の豊富さに対する段階的アプローチ
本書は極めて詳細な分析内容を含んでいるため、インヴェンションとシンフォニアに初めて取り組む学習者にとっては、やや情報過多に感じられる場合があります。効率的な学習プロセスとして、まず対象楽曲に関する本書の該当箇所を概観した後、実際の譜読みと演奏練習を開始することを提案します。楽曲を音として体験し、ある程度の理解ができた時点で本書を再読することにより、より深い理解ができるはずです。
解釈の多様性を保持するための工夫
本書の情報の充実度と内容の説得力により、読者が著者の見解に過度に依存してしまう危険性があります。学習の初期段階では本書を中心的な参考資料として利用することに問題はありませんが、技術的・音楽的な習熟が進んだ段階では、前述のケラーの書籍をはじめ、他の研究者や演奏家による異なる視点も積極的に吸収し、多面的な音楽理解を目指すといいでしょう。
► 終わりに
インヴェンションとシンフォニアを学ぶすべての学習者にとって、本書は価値の高い学習リソースとしておすすめできます。ただし、書かれている内容を盲目的に受け入れるのではなく、重要な参考資料として賢明に活用することを心がけるようにしましょう。
・バッハ インヴェンションとシンフォニーア 著:市田儀一郎 / 音楽之友社
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら
コメント