【ピアノ】特殊な音楽効果を生み出す書法における運指テクニック

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【ピアノ】特殊な音楽効果を生み出す書法における運指テクニック

► はじめに

 

ピアノ楽譜には、単純な音型とは異なる、独特の音楽的効果を生み出す特殊な書法が数多く存在します。

高速半音階、高速音階、弱音グリッサンド、特殊な音程の連続など、作曲家が意図した音楽的効果を正確に再現するためには、従来の運指テクニックとは異なるアプローチが必要となります。

 

こうした「特殊な効果」が使用される楽譜に直面したとき、いかに適切な運指で対応すべきかを、具体的な楽曲の譜例を通じて見ていきましょう。

単なる技術的な指導ではなく、音楽的文脈に応じた柔軟な運指選択の思考プロセスを共有することを目的としています。

 

► 特殊な効果における運指

‣ 1. エフェクト的な、高速半音階

 

運指を決めるときには、何を優先するかを決めなくてはいけません。

「覚えやすさをとるか、それとも、速く弾けるほうをとるか」という例を挙げます。

 

ショパン「エチュード Op.25-7」 

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、52小節目)

ここでの左手の半音階は、一種の「効果音(エフェクト)」的な書法です。

上の譜例に記載したのは、コルトー版で紹介されている指遣いで、

下の譜例に記載したのは、初歩の教則本などでよく見られる123の指しか使わずに半音階を弾く指遣いです。

 

123の指しか使わない方が圧倒的に運指を覚えやすいのですが、

いざテンポを速くピアニスティックに弾こうと思うと、コルトーが示した運指のほうが断然効率よく打鍵できるのです。

練習次第では相当速く弾くことができます。

 

ひとつ理解すべきなのは、ゆっくりさらっているときには123の指のみしか使わないほうが弾きやすく感じるという事実。単純で覚えやすいからですね。

だからこそ、運指の知識を蓄えておかないと、ゆっくり弾いたときの最適にあわせて決めた運指をいつまでも使ってしまう

 

正直、どちらの運指でも弾こうと思えば弾けます。

しかし、高度な仕上がりを目指すのであればコルトーの運指を使った方がいいでしょう。

速く弾けるほうをとるか、覚えやすさをとるか、ということです。

 

著名なピアニストの 故 園田高弘 氏は

「最新ピアノ講座 第6巻 ピアノ技法のすべて(音楽之友社)」

という書籍の中で、半音階において以下の運指を愛用していたと語っています。

 

(譜例)

(以下、抜粋)
人間の手の構造上、「12345」「1234」「2345」という指遣いは、きわめて迅速、確実に使用することができるものであり電光石火の奏法が可能となる。
(抜粋終わり)

 

筆者も習得しましたが、確かに速く弾ける運指となっています。音を出して試してみてください。

先程のコルトーの運指を見てみると、この迅速に使用できる運指が適切に含まれていることが分かりますね。

 

最新ピアノ講座 第6巻 ピアノ技法のすべて 音楽之友社

 

 

 

 

 

‣ 2. エフェクト的な、高速音階

 

「音型および運指をカタマリとして捉えて、手を引っ越す」というテクニックがあります。

 

「ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記 ゲンリッヒ・ネイガウス 著/森松皓子 訳(音楽之友社)」

という書籍に、以下のような文章が載っています。

リスト「スペイン狂詩曲 S.254」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、125-126小節)
(以下、抜粋)
この箇所を、5の指を使わないで通常の音階の運指法で弾くことは、どだい考えられないことで、不可能なことです!
5本全部で、つまり5本の指を1つのグループとする ー以下略ー
(抜粋終わり)

 

一種のエフェクトのような高速スケールパッセージなので、普通の弾き方をしても間に合わないわけです。

引っ越すので、当然親指をくぐらせて弾いた時のようななめらかさはありませんが、

この奏法をとるのはそんなニュアンス関係なしに、一種の効果音(エフェクト)としてペダル有りかつ超スピードで弾く時なので、問題ありません。

このようなところでは、ゆっくり練習の時にもレガートを意識し過ぎなくていいでしょう。

 

・ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記 ゲンリッヒ・ネイガウス 著/森松皓子 訳(音楽之友社)

 

 

 

 

 

 

‣ 3. 弱奏グリッサンド

 

ドビュッシー「ベルガマスク組曲 2.メヌエット」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、102-104小節)

ここでは「ppp によるグリッサンド」が出てきます。

グリッサンドの運指を決める時には、以下の3点を考慮しましょう。

・弱奏グリッサンドの場合は、束ねずに一本の指で滑らせる
・着地音をどの指で弾くかを考える
・複数の運指案を並べて、すべて試してみる

 

一般的に弱奏グリッサンドの場合は、束ねずに一本の指で弾いた方が繊細なニュアンスを作りやすい

もちろん「指の裏の爪」で滑らせます。

 

また、譜例のところでは低音で左手を使っているので、着地音は右手のどれかの指で取らなければいけません。

着地音をもう一方の手で拾えれば難易度はグンと下がるのですが、ここでその方法は使えませんね。

 

(再掲)

これらの条件から考えると、譜例のところでは以下A~Dのどれかの運指を使うことになるでしょう。

A. 2の指で滑らせて、2の指で着地する
B. 2の指で滑らせて、3の指で着地する
C. 3の指で滑らせて、2の指で着地する
D. 3の指で滑らせて、3の指で着地する

 

ここで強調したいのは「いくつかの運指案をすべて試すべき」ということです。

グリッサンドにおける運指というのは当然楽曲の前後関係などに強く影響されますし、

何よりも「運指のやりやすさやりにくさに個人差が出やすいテクニック」と言われているからです。

 

譜例のところでは、筆者の場合は「3の指で滑らせて、2の指で着地する」というやり方が一番’安定するように感じます。

 

弱奏グリッサンドの場合は、強奏の場合よりもむしろ多くの問題点を含んでいます。

グリッサンドと着地音の間に変な間(ま)ができてしまうと、非常に目立ってしまいます。

強奏の場合は、強調のためにわざと「間(ま)」を空けることもあるくらいなので気になりにくいのですが…。

また、弱奏では勢いにまかせることができないので、1音1音の表情をより重視しなければいけません。

 

‣ 4. 2度音程の高速パッセージ

 

ラヴェル「水の戯れ」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、18-19小節)

19小節目からの上段を見た時に、どうやって演奏するのか迷いませんでしたか。

18小節目に書き込んだ運指のように「A・H」の長2度音程を「親指1本」で弾きます

そうすれば、「E・Fis」を「2の指・3の指」、「A・H」を「4の指・5の指」というように分担可能。

 

親指というのは、側面を使うことで2つの鍵盤を同時打鍵するのに適している指。

指が足りなくて弾けなさそうなパッセージでは、ひとつの指で2音同時に押さえられないかを疑ってみてください

 

もう一つ、少し極端な例を紹介します。

 

プロコフィエフ「ピアノ協奏曲 第3番 Op.26  第3楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、312-313小節)

プロコフィエフによる運指を見てください。

おそらく、「親指・人差し指・中指・薬指では、白鍵2音を同時に押さえて欲しい」という意味でしょう。

しかし、かなり高速なテンポですし、余程器用でないとそんなふうには弾けません。

 

結局、プロのピアニストでさえ以下の2パターンのどちらかで演奏していることがほとんどです。

・両手で分担して、この運指を避ける
・グリッサンドにしてしまう(オススメできませんが)

この作品に取り組む機会はあまりないかもしれませんが、運指の検討材料としては興味深いものとなっていますね。

 

‣ 5. 完全5度の高速連続跳躍

 

ラヴェル「クープランの墓 より リゴードン」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、12-13小節)

ここでの左手では、跳躍かつ、なかなかの速さ(Assez vif = かなり速く)で完全5度が3回連続します。

 

こういった時は、手の形を固定したまま移動して弾くのが得策。

具体的には、運指を変えずに全て1と5の指で弾きます

 

1と5の指で弾く場合は、5の指で黒鍵、1の指で白鍵を押さえる斜めの押さえ方は安定しにくいので、そのような時は、2と5の指で弾くなどの別案を取り入れましょう。

 

同曲から、もうひとつの例を挙げます。

 

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)

ここでの連続では、1と5の指の連続でなくても、譜例に書き込んだ運指で訳なく弾けるはず。

もう気が付いたと思いますが、完全5度の連続跳躍を高速で弾くときに困難になるのは連続で3回以上続く時

3回目のポジション準備が難しいわけです。

 

関連的な話をもう一つ取り上げておきましょう。

1と5の指というのは、完全5度をガツンとぶっとい音で鳴らすのに適しています。

 

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、23-24小節)

譜例の最初の左手に出てくる平らな完全5度和音を見てください。

「平らな」というのは「黒鍵のみ」「白鍵のみ」という和音のことを言っていて、譜例では「黒鍵のみ」ですね。

このような完全5度をガツンとぶっとい音で鳴らすコツは、1と5の指で弾くこと。

 

5の指は一般的には「弱い指」として扱われますが、1の指とセットで使うときには訳が違います。

側面についているこれら2本の指が手をしっかり支えるので、1と4の指、もしくは、2と5の指などで弾く場合よりも、平らな完全5度の上では安定し、非常に力強い打鍵が実現できます。

 

‣ 6. 88鍵のピアノにおける黒鍵の最低音(B音)

 

プロコフィエフ「ピアノソナタ第1番 ヘ短調 作品1」をはじめ、数多くの楽曲で、

88鍵のピアノにおける黒鍵の最低音(B音)が出てきます。

 

譜例(Finaleで作成)

ff などの強いダイナミクスでしっかりと鳴らすためにおすすめの奏法が「グーで打ち下ろす」という荒技です。

通常であれば、黒鍵というのはグーで打とうと思っても隣の黒鍵も打ってしまうために上手くいきません。

しかし、最低音のB音の場合は黒鍵が1本だけ単独で配置されているのでグーで打ち下ろすことができるわけです。

 

ベーゼンドルファーなどの低音域の鍵盤数が多いピアノでは、打ち間違える可能性があるので注意が必要です。

それ以外の多くの88鍵ピアノでは、この奏法は積極的に活用できます。

 

ダンパーペダルも併用するとものすごく鳴るので、ここぞ!という勝負の一発にだけ使ってみてください。

 

► 終わりに

 

音楽における運指は、楽譜に書かれた音符を再現する以上の意味を持ちます。

作曲家の意図した特殊な音楽的効果を最大限に引き出すためには、状況に応じた創造的で柔軟な運指選択が不可欠なのです。

 

ここで紹介した特殊な書法における運指の考え方は、固定的なルールではありません。

むしろ、音楽的文脈を深く理解し、楽曲を深くを追求する姿勢こそが、真の運指選択の鍵となるでしょう。

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

ピアノ音楽(ピアノソロ、ピアノが編成に入った室内楽 など)に心惹かれ、早何十年。
ピアノ音楽の作曲・編曲が専門。
物書きとしては楽譜だけでなく文章も書いており、
音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆を手がけています。
Webメディア「大人のための独学用Webピアノ教室」の運営もしています。
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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