【ピアノ】上下段をまたぐ書法3つ:音楽性を損なわない譜読み方法
► はじめに
上下段をまたぐ記譜法は、多くの学習者が見落としやすい書法の一つ。
本記事では、以下の3つの観点から上下段をまたぐ記譜の譜読みの注意点を解説します:
・メロディの受け渡し
・メロディ以外の声部の連結
・技術的制約による譜面の分割
正確な譜読みは、作曲家の意図を忠実に再現し、音楽の美しさを引き出すための第一歩です。
► 3パターンの上下段をまたいだ書法
‣ 1. 上下段のメロディの受け渡しを見抜く
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、22-23小節)
黄色のマーカーで示したようにメロディが受け渡されています。
こういった受け渡しを譜読みのときに見抜かなくてはいけません。
譜例の部分で難しいのは、右手パートのみを弾いていると、実際はメロディがブツ切れになっているにも関わらず、どことなく一つのメロディとして成立しているように感じてしまうこと。
黄緑のマーカーで示した部分は、あくまで脇役です。f と書かれていますが、やや加減してバランスを作るくらいで丁度いい役割。
メロディの受け渡しを示すためにあえてラインを入れてくれている作曲家もいますが、基本的には演奏者が見抜かなくてはいけません。
特に、譜例のところのように両手の音域が近いところでは、注意深く譜読みするようにしましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、18-20小節)
黄色のマーカーで示したメロディが、19小節目で下段の上声部へ受け渡されます。
注意すべきなのは、黄緑のマーカーで示した部分も脇役というわけではなく、もう一つの重要なメロディとして出てくるということ。
複数のメロディが織りなしていく様子を、丁寧に表現するようにしましょう。
前項目の例と同様に難しいのは、右手パートのみを弾いていると、どことなく一つのメロディとして成立しているように感じてしまうこと。
そのように勘違いしてしまったら、メロディが受け渡されていることに意識が向かないまま、ずっとさらってしまいます。
「何事も最初が肝心」と言いますが、こういった部分でも譜読みの段階から丁寧に読むことの重要性を再認識して欲しいと思います。
別の作曲家の例も挙げておきます。
ドビュッシー「子供の領分 6.ゴリウォーグのケークウォーク」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、1-4小節)
矢印で示したように、2拍目右手のCes音は、左手のB音へつながる音です。
メロディの受け渡しを正確に理解するためのヒント:
・両手の音域が近い場合は特に注意深く譜面を読む
・一見途切れているように見えるメロディラインの連続性に着目する
・各パートの役割(主旋律と脇役)を常に意識する
‣ 2. 上下段の声部連結のまたがりを見抜く
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム) 哀れな孤児 Op.68-6」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、6-8小節)
矢印で示したように、7小節目の最後のA音は、8小節目のGis音へつながる音です。
段をまたぐので見落としてしまいがちな書法。
ピアノ曲の譜面ではこのような書き方がよく見られるので、読譜する側の注意が求められます。
作品によっては、作曲家自身がラインを書き込んでくれることにより「この音とこの音は関連しています」と示されている場合もありますが、譜例のようにラインで示されていないことも多いのです。
他の一部の楽器と異なり、ピアノ曲の楽譜というのは「大譜表」で書かれることが通常なので、こういった「上下段の声部連結のまたがり」に注意する必要があります。
「どんな音をどちらの段に書くか」という決まりごとはないので、演奏者側が注意深く譜読みするしかありません。
うっかり見落としてしまい気づかずに演奏していると、「大事なラインが全くチグハグなニュアンスで演奏されていた」なんてことにもなりかねません。
別の作曲家の例も挙げておきます。
ラヴェル「ハイドンの名によるメヌエット」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、24-26小節)
矢印で示したように、上段のDis音は、下段のD音へつながる音。
メロディ以外の声部連結を正確に理解するためのヒントは、前項目と同様です:
・両手の音域が近い場合は特に注意深く譜面を読む
・一見途切れているように見えるラインの連続性に着目する
・各パートの役割(主旋律と脇役)を常に意識する
‣ 3. 技術的な都合で上下段に分けられた団子和音に注意
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例(PD作品、Finaleで作成、8-9小節)
右手パートは、上声がメロディで下声がハーモニー。
この下声のハーモニーは、左手パートの和音と合わさって一つの和音をなす音であり、独立した声部ではありません。
右手で演奏した方が弾きやすいため、どちらの手で弾く音なのかを判断しやすいように右手パートに書かれているだけのことなのです。
このような、技術的な都合で上下段に分けられた団子和音には注意してください。
それらが合わさって一つの響きを作っていると把握しておかないと:
・右手で弾く和音の一部の音を無意味に抽出して際立たせてしまったり
・全く異なる音色で弾いたり
などと、表現上の問題が生じてしまう可能性があります。
(再掲)
譜読みの時には:
・技術的な都合で上下段に分けられただけなのか
・本当に一つの別声部として独立させて欲しいから分けられているのか
ということを考えるようにしましょう。
譜例のところでは、以下の2点から考えて、技術的な都合で上下段に分けられただけだと判断できます:
・右手パートの下声部は「Des – Es – Des – Es」などと、特別にメロディックな動きをしているわけではないこと
・左手パートの団子和音と同じリズムで動いていること
技術的制約による段の分割を理解するためのポイント:
・普段の譜読みから、音の技術的な配置と音楽的な意図を区別する意識を持つ
・和音の全体的な響きを意識する
・単一の音ではなく、音楽的な文脈全体を理解する
► 終わりに
本記事で紹介した上下段をまたぐ記譜法の技術は、一見些細に見えますが、音楽の表現力を左右する重要な要素です。
楽譜を読むということは、単に音符を追うことではありません。作曲家の意図を汲み取り、音と音のつながり、声部の流れを丁寧に理解するように心がけましょう。
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