【ピアノ】混合音価和音の弾き方:白玉と黒玉が混ざった和音の演奏法
► はじめに:混合音価和音とは
モーツァルトなど古典派の作品を演奏していると、白玉(全音符や2分音符)と黒玉(4分音符や8分音符)が混在する和音に出会うことがあります。これは「混合音価和音」と呼ばれる記譜法で、真の多声部書法とは異なる、和音的な記譜の一種です。
例えば、モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」の20-21小節では、右手の和音に白玉と黒玉が混在しています。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-23小節)

モーツァルト「トルコ行進曲」のコーダ部分にも見られます。
► なぜ、このような記譜をするのか
弦楽器の場合、物理的に4本の弦を同時に演奏できないため、移弦の都合上このような分割記譜が必要なケースがあります。しかし、鍵盤楽器では同時に複数の音を出せるため、この記譜法が使われる意図は別にあると考えなくてはいけません。
この記譜をどう演奏すべきかについては、専門家の間でも見解が分かれています。
‣ 解釈①:アクセント的な強調として扱う
エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ著「新版 モーツァルト 演奏法と解釈」では、次のように解説されています:
「一般には音の強調に関する指示とみなされるべき。より短い音価で書かれている中声部や下声部の音を記譜通りの長さで弾くことは、おそらく誤りである」
この解釈では、異なる音価は実際の音の長さではなく、表現的な重みづけを指示していると考えます。つまり、すべての音を同じ長さで保持し、音価の違いはアクセントの強弱として表現するということです。
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
‣ 解釈②:記譜通りの長さで演奏する
ダニエル・G・テュルク著『テュルク クラヴィーア教本』では、シンプルに次のように述べられています:
「このような和音は、書かれている通りに正確に演奏すべきである」
この解釈では、記譜された音価をそのままの音の長さとして扱い、実際に異なる長さで演奏することを求めています。
・テュルク クラヴィーア教本 著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川清一 / 春秋社
► 実践的な判断基準
2つの正反対とも言える見解がありますが、実際の演奏ではどう判断すべきでしょうか。
例えば、譜例を提示した「K.282 第3楽章 20-21小節」の場合、バドゥーラ=スコダの解釈(アクセント的強調)を採用することをおすすめします。その理由は:
文脈的根拠:この部分は f(フォルテ)の指示があり、音の強調が意図されている
音楽的必然性:丁度音量的に強くなるところで、中声部・下声部を4分音符の長さで切る音楽的必要性が感じられない
► 例外的にテュルクの解釈を採用する場合
以下のような場合は、記譜通りの演奏を考慮する価値があります:
・弦楽器的な響きの模倣:弦楽器特有の音の処理を鍵盤楽器で再現している楽句
・多声部書法の意図:明確に複数の声部が独立して進行している場合
・表現効果の明確性:異なる音価で演奏することで得られる表現効果に説得力がある場合
► 終わりに
混合音価和音に出会ったら、以下の点を考慮して判断しましょう:
・楽曲の様式と文脈を総合的に判断する
・和音全体のバランスと表現意図を優先する
・音楽的な必然性があるかどうかを考える
・両方の解釈を試してみて、より自然なほうを選ぶ
最終的には、楽曲全体の流れの中でどちらの解釈がより説得力のある音楽表現になるかを、演奏者自身が判断することが大切です。
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