【ピアノ】「レシェティツキー・ピアノ奏法の原理」レビュー:演奏技術の核心を探る
► はじめに
偉大な教師の知恵は何物にも代えがたいもの。今回紹介する「レシェティツキー・ピアノ奏法の原理」は、19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した伝説的なピアノ教師、テオドール・レシェティツキー(1830-1915)の教えを集大成した、金字塔的な一冊です。
著者:マルウィーヌ・ブレー
訳者:北野健次
出版社:音楽之友社
発行年:完訳版 1973年(原著 1902年)
ページ数:131ページ
対象読者:中級〜上級者
・レシェティツキー・ピアノ奏法の原理 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
► 著者について
レシェティツキーは、カール・ツェルニーに師事した経歴を持ち、後にパデレフスキーやアルトゥール・シュナーベルといった世界的ピアニストを育てた教育者。本書は、1902年に彼の教え子であり助手でもあったマルウィーヌ・ブレーによって書かれた教則本の完訳版です。
► 本書の特徴
本書の魅力は、その実践的かつ体系的なアプローチにあります。基本的な演奏姿勢や手の形から始まり、豊富な写真と譜例を用いて様々なテクニックを丁寧に解説しています。特筆すべきは以下の点です:
1. 詳細な技術解説
・基礎練習から高度なテクニックまで、段階的に解説
・写真や譜例による視覚的な理解のサポート
・実践的なエクササイズの提示
2. 実践的な指導内容
・長年受け継がれてきた演奏慣習の説明
・具体的な楽曲での適用方法
・音楽表現における細やかな配慮
‣ 実体験①:和音と前打音の慣例化の発見
例えば、以下のような文章があります。
前打音については、重音または和音の場合、前打音をその下の音符といっしょにひき、それから旋律的主要音符をすぐに続けてひくべきだということだけ注意しよう。
低音部の伴奏音または伴奏和音は、前打音と同時にひかれるべきである。
(抜粋終わり)
このような楽譜の記譜とは異なる弾き方を音源で耳にしていたものの、それが正しい奏法なのか分かっていませんでした。しかし、この弾き方はすでに慣例化していることを本書から知りました。
‣ 実体験②:フォルテ奏法の謎を解く
昔の筆者は、「フォルテで弾く時に、すぐに音にならないで」と指導者から言われ続けていました。要するに、タテにカツンと打鍵せずに、打鍵速度と打鍵角度をコントロールしてフォルテの音を出して欲しい、ということなのです。
その感覚をつかめずにいましたが、本書で以下の文章を読んだ時に腑に落とすことができました。
シューマン「幻想小曲集 気まぐれ Op.12-4」
譜例(PD作品、Finaleで作成、2-3小節)
(以下、抜粋)
★印を付けられたオクターヴは、アルペッジョにして、しかも下の方の低音音符は、1拍めとちょうどいっちするようにひかれ、また一方、上の方の低音音符は、右手の和音と同時に打たれ、そこに非常にわずかな遅延ができるわけである。
(抜粋終わり)
この右手和音の鳴り方、つまり、拍頭との間にある一瞬の時間こそ「すぐに音にならないで」の感覚に近いもの。これをアルペッジョが書かれていない場面でも意識することで、「すぐ音にならないで」を克服することができました。
► この書籍の特別性
この本の特筆すべき点は、ピアノ演奏における「なぜ」を明確に説明してくれることです。例えば、和音と前打音の関係性や、フォルテにおける音の出し方など、多くのピアニストが抱える技術的な疑問に対して、明確な解答を提示してくれます。
また、単なる技術書ではなく、音楽的表現の本質に迫る内容となっています。音の出し方一つとっても、機械的な説明に終始せず、その音楽的意味まで掘り下げて解説されています。
► 結論
本書は、中級以上の学習者にとって、壁を乗り越えるための貴重な指針となるでしょう。特に、以下のような方々におすすめです:
・技術的な課題を抱えており、表面的ではなく深い理解とともに解決したい方
・より音楽表現の深化を目指す方
・ピアノ教師として指導法を探求している方
レシェティツキーの教えは、100年以上の時を経た今でも、我々のピアノ演奏に新たな光を投げかけてくれます。この一冊は、ピアノを学ぶ者にとって、まさに道標となる名著といえるでしょう。
・レシェティツキー・ピアノ奏法の原理 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
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