【ピアノ】音楽史の具体的かつ効果的な学習方法
► はじめに
ピアノを学ぶ上で、音楽史の知識は本当に必要なのでしょうか?多くの学習者がこの疑問を持っています。
確かに、楽譜を読んで演奏することは音楽史の知識がなくても可能です。しかし、より深い演奏解釈や知識のある人物との人間関係を身につけるためには、音楽史の理解が不可欠です。
本記事では、効果的な音楽史の学習方法を解説します。
► A. 基本的視点
‣ 1. 身に付く、ピアノの構造や音楽史の学習方法
近年では、全てを「動画学習」で済ませる方もいると思います。
特に「ピアノの構造」に関しては動画学習も効果的ではありますが、必ず「書籍」も手に取って「体系的に積み上げ式で学ぶこと」を並行してください。
「忘れたらこの一冊に戻ってくる」という支えを手元に置いてください。
やや根気が要ることは確かです。
しかし、そうすることで「かいつまんで手を出して、全て忘れて振り出し」という中途半端な学習を避けることができます。
単にピアノを演奏するだけでなく、知識的なことがあわせて身についてくると:
・演奏に活かせる
・音楽の理解が深まり楽しみが増える
・色々な方と話ができるようになる
など、多くの利点があります。
ピアノへ向かえない時間などを有効利用して、ぜひトライしてみてください。
‣ 2. 調べる時は「最初」「最後」「キーパーソン」を外さない
音楽そのものに深い関心のある方でしたら、今取り組んでいる作品について周辺情報まで調べていると思います。そんな時に、とにかくひたすら情報を集めるのもいいのですが、その中でも絶対に外すべきでない項目があります:
・最初
・最後
・キーパーソン(重要人物)
これらに該当する内容を発見した時には押さえておくに限ります。
例えば:
・「〈 K.310〉は、モーツァルトがパリで作曲した ”最初の” ピアノソナタ」
・「〈クープランの墓〉はラヴェルが戦争を題材に扱った ”最後の” 作品」
などといったようなもの。
「最初」「最後」にまつわる内容が人物の場合は、それは間違いなく「キーパーソン」でもあります。
「最初」「最後」というのは、知識的なことを学ぶうえで外せない部分。
ただ単に節目になる重要項目だからというだけでなく、外してしまうと、「知識が時系列に並ばない」という結果になり、整理された学習ができません。
楽曲について調べる時をはじめ、その他の音楽史を学ぶ時にも言えることですが、「最初」「最後」についての情報が出てきたら必ず、目を光らせてください。プラス、「キーパーソン」ですね。
‣ 3.「最初」に類似した内容への目の光らせ方
前項目で「最初」「最後」「キーパーソン」を調べ上げることの重要性について取り上げました。
そこで本項目では、
「ピアノ演奏のテクニック」ヨーゼフ・ガート (著)、大宮 真琴 (翻訳) 音楽之友社
という書籍をもとに、「最初」に類似した用語への目の光らせ方について解説します。
まず一つ、例を見てみましょう。
16世紀の終り頃になると後にバロック組曲の常連になる〈新しい〉ダンスが発達した。
(抜粋終わり)
「最初」に類似した用語が分かるように〈〉を補足しました。
〈新しい〉という言葉は必ずしも「最初」を意味するわけではありませんが、この文脈ではその意味が含まれることが読み取れますね。
以下、いくつかの例をまとめて見てみましょう。〈〉を補足した部分に注意してみてください。
・同じ頃(17世紀の終り頃)に、随意なダンス(O)を挿入した組曲の〈もっとも古い例〉が見られる。
・バッハは有名な A-C-S-O-G の配列で、ジークの前に任意のダンスをおいた〈最初〉の、そして実は、ほとんど〈唯一〉の作曲家だった。
・アルマンド、クーラント、サラバンド、ジークは、〈全部16世紀の末にできた〉。
・’ピアノ・ソナタの〈創始者〉’という名声を彼(ヨハン・クーナウ)が持っているのは、〜
・クリストフ・ゴットリープ・シュレーターは、1717年に自分がヘーベンシュトライトの演奏をもとにしてハンマー装置を〈発明〉したのだと言っている。
・保存されている〈最古〉のオルガン曲 〜
・長・短両調は16世紀に〈姿を現わし〉、〜
・デュフェーとバンショワのブルグンド楽派の後をつぐフランドル楽派の〈もっとも初期〉の代表的な2人の大家、〜(抜粋終わり)
〈唯一〉〈発明〉〈姿を現わし〉など、「最初」の意味が含まれる言い回しの多様さが確認できます。
もともとは必ずしも「最初」を意味するわけではない言葉までもが、文脈によってはその意味が含まれるようになることに注意しなければいけません。
これらはほんの数例です。本当にたくさんの言い回しが出てくるので毎回、それらを見落とさないようにしましょう。
・ピアノ演奏のテクニック ヨーゼフ・ガート (著)、大宮 真琴 (翻訳) 音楽之友社
‣ 4.「唯一」の視点からの着目
「最初」「最後」「キーパーソン」に加えて同じくらい重要なのは、「唯一」です。
書籍を読む際もそうですが、取り組んでいる楽曲について調べる時に「唯一」に関する情報を:
・その楽曲の中で
・作曲家のそのジャンルの中で
見つけるように目を光らせます。
例えば、モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」を例に挙げるとすると:
・その楽曲の中で〈唯一〉
展開部の中間では、この楽曲で唯一、ff と pp が出てくる
・作曲家のそのジャンルの中で〈唯一〉
モーツァルトのピアノソナタの中では、唯一の Allegro maestoso
「唯一」は、言葉通り「一つのみのこと」についてですが、それに加えて「二つのみのこと」を見つけてみるのもいいでしょう。
例えば同曲を例に挙げると:
・その楽曲の中で〈ふたつのみ〉
この楽曲の中で calando は2箇所のみ出てくる
・作曲家のそのジャンルの中で〈ふたつのみ〉
この楽曲はモーツァルトのピアノソナタの中で2曲しかない短調の作品のうちの一つ
〈唯一〉や〈ふたつのみ〉を知るのがなぜ重要なのかというと、知ることでその楽曲の立ち位置が見えてくるからです。
・特定の記号や音楽標語がその楽曲で多用されていないのはなぜなのか
・特定の記号や音楽標語が作曲家のそのジャンルの中で多用されていないのはなぜなのか
こういったことを考えることで、楽曲の演奏解釈はもちろん、作曲家自身や作品そのものへの理解を深める参考になります。
例えば、「展開部の中間では、この楽曲で唯一、ff と pp が出てくる」というところに着目してみましょう。
「新版 モーツァルト 演奏法と解釈」著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
という書籍に、以下のように解説があります。
モーツァルトの f はとても大きな音から中くらいの音量にわたる、幅広い範囲を含んでおり、同じようにモーツァルトの p は、豊かで歌うような mp からきわめて弱い p までを意味するのです。
《ピアノソナタ ハ短調 K.457》第1楽章展開部の冒頭にある f は、ベートーヴェンの ff に相当するでしょう。
言うまでもなく、強弱はそれぞれの作品の枠組みの中で解釈されなければなりません。
(抜粋終わり)
要するに、そんな中で、わざわざ ff や pp を使用したというのは、そこに、作曲家の強い意志が見えるわけです。
時々、どんな作品でも「f のところをあえて p で弾いたりする解釈」をすることがありますね。しかし、上記のようなケースではそういった解釈が入ってくる余地はありません。作曲家が「唯一」わざわざ ff と書いているからには ff なのです。
作曲家があまり使わなかった特徴に目をつけると、このようなことが見えてきます。
もちろん、記号や音楽標語以外の〈唯一〉〈二つのみ〉を見つけても構いません。
► 応用的視点
‣ 5. ピアノの上達と音楽史との関係
「音楽史」というと、日本音楽史、ジャズ史… など色々ありますが、クラシック分野で言うと「西洋音楽史」が中心となります。
しかし、西洋音楽史についてピアノの上達にどう関連があるのか分からず全く学んだことがない方も多いと思います。
正直、西洋音楽史を学ぶことですぐにピアノ演奏が上手くなることはありません。しかし:
・永く音楽を続けていきたい方
・上級レベルを目指す方
こういった方には西洋音楽史について学ぶことを強くおすすめします。
例えば、モーツァルトのトリルの入れ方は父親のレオポルド・モーツァルトの教育が影響しており、そのために、ピアノを演奏する方にもレオポルド・モーツァルトが書いた「バイオリン奏法」という書籍が参考になることをお伝えしてきました。
こういったことをはじめ、音楽史から演奏につながることは多くあります。
表面上の音符を読むだけであれば、音楽史はほとんど必要ありません。しかし、もっと細密な要素に入っていく演奏を目指す場合は音楽史の知識も必要です。
筆者自身、音大生の頃に西洋音楽史の授業が必修であったのですが、その当時は、なぜ学ばなければいけないのか分かりませんでした。「音楽史を学んでいる時間があったら、1分でも多く作曲やピアノへ向かっていたい」とさえ思っていました。
一方、音大を出てから音楽史を学ぶことの重要性にやっと気づいたのです。
それは、筆者自身が表面上の音符を読むだけでない音楽を目指し始めたからです。また、音楽史を知らないと、音楽に詳しい人物と会話することができません。
音楽を専門でやっていく場合ではなくても、基本事項だけは学んでおきましょう。
筆者がおすすめする「入門書」を紹介します。
・決定版 はじめての音楽史: 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで(音楽之友社)
この参考書は、一部の音楽大学が基礎の教科書として取り入れることもあるくらい定番中の定番。
特徴:
・適量の譜例や写真が収載されており、非常に読み進めやすい
・J.S.バッハ以前の時代から現代音楽までをざっと知ることができる
・下手に難しく書いてあることはなく、だからといってペラペラでもない
・最低限押さえておくべき内容は収載されている
音楽史の書籍は何冊も読みましたが、正直、入門においてはこれが一番おすすめ。もし深めたい部分が出てきたら、その時は時代をしぼりつつ、もう少し深く書いてある参考書も手に取ればOKです。
‣ 6. 様々な時代に異なったスタイルを見い出す
音楽史や各時代の様式を学ぶことは時間こそかかりますが、長い目で見ると非常に意味のあることです。
どうしてかというと、そうしないと全て「アラ・ショパン」になってしまうから。
「Alla Marcia(アラ・マルチア) 行進曲風に」というよく見かける音楽用語がありますが、この「アラ」。気をつけないと全て “ショパン風“ の弾き方になってしまいます。
これは一種の比喩でして、ショパンを悪く言いたいわけではありません。
どんな作品でも同じような歌い方をしてしまうと通り一辺倒の演奏になってしまうことは、間違いないでしょう。
故 中村紘子さんが、以前にテレビ番組で次のようなことを発言していました。
この状態から先へ行くためには、音楽史や時代の様式を学んでいくことが求められます。
一つの時代の中でも、一人の作曲家、場合によってはそれぞれ個々の作品に異なったスタイルを見い出すことができます。
最終的にどう演奏するかは自由ですが、そういった内容をいったん学習して知っておきましょう。
そして、演奏論の書籍を読んだり、力のある演奏家の演奏を聴いたりしながら、さらに学習を進めてみてください。
‣ 7. 気付けるようになるために、あらゆる角度から学習する
自分の中での「当たり前」をブラッシュアップしていき、「気付く」ということに敏感にならないと、音楽的ではない演奏をしてしまっていても自分で不自然に思うことはありません。
つまり、自分で修正のしようがないわけですね。
「気付く」ということに敏感になってさえいれば、一人でどんどん学習を進めていけるようになります。
耳が開いてくると、日常生活のちょっとした音の変化にも気づくようになります。
例えば、筆者は鼻声の知人と話すとすぐにそれが分かりますが、場合によっては、「昨日から鼻声でさ」と言われて、「あっ、確かにそうだね」となる方もいるのではないでしょうか。これだと遅いのです。
鼻声を聴き分けられなくても何の問題も生じないわけですが、「いつもと違う、ちょっとした音の変化に敏感になる」という観点は重要。
ピアノ演奏の場合は、気づけるようになるためにできることは、単純にソルフェージュ的に耳を開くこと以外にもたくさんあります。
まずは、意識をすること。これは絶対に外せません。
加えて、音楽史や楽器の構造などあまり関係ないと思えるようなことにどれだけ興味を向けることができるか。
それによって、以下のような自分に変わります。例えば:
・この弾き方による出音は以前に学んだあの様式には合っていない、と気づくようになる
・ダンパーの構造を知ると、ペダルを踏んでいないのに超高音の音が延び続けていることに意識が行くようになる
結局これも、ソルフェージュ訓練とは別の観点での「耳を開く」きっかけになるのです。
‣ 8. アカデミックな音楽家とは:歴史的視点の確立
学習が進んできて多くの作曲家に触れた方は、今一度、「自身が取り組んだ作曲家を時系列に並べる」ということをしてみましょう。
かいつまんだ知識だけではなくて、それが頭の中で時系列に並ぶのは、音楽に限らずあらゆる分野で重要な観点です。それができるようになることで、「今取り組んでいる作曲家が歴史的にどの位置にいるのか」を考えて練習していけます。
そして、「自身が立っている歴史的位置」というのも考えてみましょう。
「アカデミックな音楽家」という言葉を「専門機関で訓練を受けた音楽家」と考えている方は多いようですが、筆者はむしろ、「あらゆる先人の音楽家がやってきたことを知った上で、今現在自分が音楽史的にどの位置にいるかを知った学習者」に該当する人物を、「アカデミックな音楽家」というべきだと思っています。
「様式を学ぶ」ということも、ピアノの練習に含まれています。今まで学んできたことをここで一度整理してみましょう。
‣ 9. ピアノ音楽史の学習:おすすめ書籍とそれらの特徴
ピアノ音楽史に特化して書かれた書籍はそれほど多くはないので、手当たり次第に読んでみてもいいのですが、その中でも筆者がおすすめする以下の2冊を紹介します:
・ピアノ音楽史 著 : ウィリ・アーペル訳 : 服部幸三 / 音楽之友社
・鍵盤音楽の歴史 著 : F.E.カービー訳 : 千蔵八郎 / 全音楽譜出版社
· 9-1 ピアノ音楽史 著 : ウィリ・アーペル訳 : 服部幸三 / 音楽之友社
著者のウィリ・アーペルは、ハーヴァード大学で音楽史の教授を歴任し、数多い論文、著書はピアノ音楽史によるものが最も大きな比重を占めています。(訳者あとがき より)
こちらは、手軽にざっくり学びたい方に適した一冊。
287ページありますが、譜例が多く、それも中には “楽曲全体” の譜例が収載されている作品もあるため、意外と読むべき文字数は限られています。
その「譜例が多い」というのが本書の特徴でもあり、該当の楽譜を持っていなくても、文字だけでは理解できない内容を分かりやすく学習することが可能。
ページ数が限られているため、具体的な作品そのものに関する記述は控えめで、どちらかというとその時代や作曲家について大きく捉えて語られていきます。
ピアノという楽器が誕生するよりもずっと前の時代から始まり、20世紀以降のピアノ音楽まで取り上げられているので、一通りの知識を得ることができるでしょう。
・ピアノ音楽史 著 : ウィリ・アーペル訳 : 服部幸三 / 音楽之友社
· 9-2 鍵盤音楽の歴史 著 : F.E.カービー訳 : 千蔵八郎 / 全音楽譜出版社
著者のF.E.カービーは、米国レイク・フォレスト・カレッジで音楽史の教鞭をとっていました。また、ピアノ音楽を中心としたアメリカの音楽雑誌「ピアノ・クォータリー」では、レコード評や書評を担当してきました。(訳者あとがき より)
こちらは、本格的にがっつり学びたい方に適した一冊。
804ぺージもありますし、譜例は割と少なめなので、文字による情報量という意味では圧倒的。
時代も広く扱っており徹底的に学びたい方には適していますが、一つ難点があります。それは、ある程度、様々なピアノ曲の知識がない読者には読み進めにくい構成になっていること。
少し飛躍しますが、映画の例でイメージしてみてください。
映画について書かれた書籍を読んでいると、「○○のシーンで○○が起き、○○の表情が見え…」などといった作品ありきの長い解説が見られます。しかしこのような解説は、作品を知らない人にとっては大したイメージもできませんし、読者が限定されますね。
「鍵盤音楽の歴史」も、ややその傾向の記述方法がとられています。
つまり、あるピアノ曲を挙げて、その中身について「○○のあとに○○が現れて、第2主題は…」というような楽曲解説がされていく部分が多いので、楽曲を知っているか全ての楽譜を手元に置いていないと読み進めにくいのです。
それでも、ピアノを含めた鍵盤音楽史に特化してこれほどまでに圧倒的な情報量を誇る書籍は貴重なので、辞書代わりに手元に置いておくのもいいでしょう。
そういった使い方をするのであれば、強くおすすめできます。
・鍵盤音楽の歴史 著 : F.E.カービー訳 : 千蔵八郎 / 全音楽譜出版社
ピアノ音楽史をはじめて学ぶのであれば、「ピアノ音楽史 著 : ウィリ・アーペル訳 : 服部幸三 / 音楽之友社」を使用し、必要に応じて、「鍵盤音楽の歴史 著 : F.E.カービー訳 : 千蔵八郎 / 全音楽譜出版社」を辞書代わりに併用するのがベスト。
ピアノ音楽史やピアノ曲に結構知識があり、時間をかけてさらにじっくり学んでいきたいのであれば、F.E.カービー1本でもあり。
使い方さえ工夫すれば、どちらもよい知識を与えてくれる良書です。
・ピアノ音楽史 著 : ウィリ・アーペル訳 : 服部幸三 / 音楽之友社
・鍵盤音楽の歴史 著 : F.E.カービー訳 : 千蔵八郎 / 全音楽譜出版社
► 終わりに
音楽史の学習は、一見すると演奏技術とは無関係に思えるかもしれません。しかし、各時代の様式や作曲家の意図を理解することは、より自信を伴った演奏表現への近道となります。
本記事で紹介した学習方法を参考に、ぜひ音楽史の世界に踏み出してみてください。
関連内容として、以下の記事も参考にしてください。
▼ 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
・SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら
コメント