【ピアノ】装飾音符の基礎知識:「演奏タイミング」に焦点を当てて
► はじめに
装飾音符とは、楽譜上に小さな音符で表される音のことで、主となる音(軸音)を装飾する役割を持ちます。楽譜に小さく書かれたこれらの音符を、いつ、どのように演奏すべきか判断に困る方もいることでしょう。
本記事では、「演奏タイミング」に焦点を当てて、時代による装飾音符の演奏慣習の違いを解説します。
► 時代による装飾音符の演奏慣習
‣ ロマン派以降の装飾音符:演奏タイミング
· 基本原則:「拍の前に出す」
ロマン派以降の作品では、装飾音符は基本的に「拍の前に出す」という演奏慣習が確立されています。
演奏する際の重要なポイント:
・軸音(装飾音符がかかっている本来の音符)は、正確な拍の位置で演奏する
・装飾音符は拍の前に出し、軸音の鳴る位置により拍子感を損なわないように注意する
・現代音楽では、作曲家が装飾音符の演奏方法を細かく指示することが通常
練習方法のアドバイス:
1. まず、装飾音符を除いた骨格となる音型を把握する
2. 音楽の基本的なリズムと拍子感を把握する
3. その後、装飾音符を加えて練習を重ねる
· 特別なケース:ショパンの装飾音符
ショパンの作品は、ロマン派でありながら独自の装飾音符の扱いをしています。
加藤一郎氏の「ショパンのピアニスム その演奏美学をさぐる」(音楽之友社)によると:
前打音の特徴:
・前打音は拍と同時に演奏
・ショパンの弟子たちの楽譜に、前打音とバスを結ぶ縦線の書き込みが多数存在
トリルとアルペッジョ:
・長いトリルはバスと同時に開始
・アルペッジョもバスと同時に開始する奏法を採用
・これらの演奏方法は弟子たちの楽譜の書き込みから確認できる
また、NHK趣味百科「ショパンを弾く」という番組でカツァリスが語ったところによると:
大歌手のポーリーヌ・ガルシア=ヴィアルドがサン=サーンスに伝えたところによれば、ショパンがトリルの主要音を示す小音符をつけてる時は、トリルを弾く時、拍と同時に主要音から弾くようにショパンが望んでいた事を意味していたようです。
(抜粋終わり)
ポーリーヌ・ガルシア=ヴィアルドという女流声楽家・作曲家は、生前、ショパンとも交流を持っていました。
‣ バロック・古典派の装飾音符:演奏タイミング
· 基本原則:「拍と同時に演奏」
バロックや古典派の作品では、装飾音符は基本的に「拍と同時に」演奏します。これは、以下で紹介するような様々な文献で強調されています。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
· モーツァルトの装飾音符に関する研究資料
レオポルト・モーツァルトの「ヴァイオリン奏法」:
・当時の演奏習慣を直接知ることができる貴重な資料
・装飾音符の具体的な演奏方法が詳しく解説されている
エファ&パウル・バドゥーラ=スコダの「新版 モーツァルト 演奏法と解釈」:
・装飾音符に関する記述も多数
・アッポッジャトゥーラ、ターン、トリルなどの「記譜された装飾音」の正しい演奏法
・モーツァルト自身が行っていたであろう即興的な装飾についても
ヘンレ版の装飾音符の奏法譜:
・モーツァルトのソナタ集に付属
・エルンスト・ヘルトトリッヒによる1977年の校訂版が標準
・実践的な演奏例として参考になる
奏法譜の活用方法:
・そのまま模倣するのではなく、装飾の原理を理解する
・パターンを分析し、別の楽曲の似たフレーズへの応用を考える
・信頼できる原典版での研究を心がける
► さらなる学習のために
装飾音符の演奏について深く学ぶには、以下の文献がおすすめです:
・ヴァイオリン奏法 [新訳版] 著:レオポルド・モーツァルト
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ → 詳しいレビューを読む
・クラシックからロマン派へ フンメルのピアノ奏法 著:フンメル → 詳しいレビューを読む
・ショパンのピアニスム その演奏美学をさぐる 著 : 加藤 一郎
これらの文献は、歴史的背景や理論的根拠に基づいた深い考察を提供しています。
► 終わりに
装飾音符の演奏タイミングは、その時代の音楽様式を反映した重要な表現要素です。今回の概論で興味を持った方は、上記のレオポルドやフンメルなどの著作も学習してみてください。
装飾音符の理解は、楽曲全体の構造把握や音楽的な説得力の向上につながります。
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