【ピアノ】リタルダンド(rit.)の表現で注意すべきこと「7選」
► はじめに
リタルダンド(rit.)は、音楽における時間操作の重要な表現手段です。本記事では、演奏表現としてのrit.について、音楽理論と実践的な観点から解説します。
► 注意すべきこと「7選」
‣ 1. rit.からa tempoへの変わり目を考える
rit.からa tempoへの移行は、楽曲の流れを左右する重要な要素です。この移行を自然に行うためには、音楽的な呼吸の理解が不可欠です。
重要な観点:
・小節線を越える際の音楽の連続性
・フレーズの方向性の維持
rit.でゆるめられたテンポは、小節の変わり目などで「a tempo」になることが多いのですが、やり方を間違えてしまうと音楽が止まってしまいます。「rit.をしても、小節の変わり目は変な間(ま)を空けない」と心得ておきましょう。
ポイントは「音楽の流れの中で呼吸する」ということです。小節の変わり目で「ヨイショ」とばかりに呼吸を入れると、そこに不自然な「間(ま)」が空いてしまう結果となります。
応用視点
作品によっては、以下のアプローチが有効です:
・a tempoと書かれている箇所を起点とし、1-2小節かけて徐々にテンポを戻す
・特にロマン派作品では、アゴーギク表現の一環として柔軟な解釈が可能
実際のテンポ回復の時間は以下の要素に依存します:
・楽曲の基本テンポ
・先行するrit.の度合い
・楽曲の様式や性格
‣ 2. rit.を始める位置の音楽的意味
rit.の開始位置は、音楽的な文脈において重要な意味を持ちます。この位置の選択は、フレーズの方向性と密接に関連しています。
重要な考え方:
・rit.の指示箇所は変化の「開始点」
・フレーズの方向性を維持しながらの漸次的な変化
・音楽の推進力と減速のバランス
rit.と書かれているのを見たときに「書かれているその箇所」がすでに遅くなってしまっていませんか。rit. をかけ始める位置が早すぎると、音楽の方向性が見えにくくなります。書かれているその箇所というのは、まだテンポはゆるんでいません。「そこからゆるめ始める」ということです。
「rit.をかけ始める位置は後ろ寄りで」
これを意識しましょう。
‣ 3. rit.は自然の法則にしたがってかけていく
音楽表現としてのrit.は、物理的な運動の減衰と似た性質を持ちます。
物理現象との類似性:
・ブランコの減衰運動
・バウンドするボールの運動エネルギーの減衰
これらの自然現象は、指数関数的な変化を示し、音楽表現としてのrit.も、この原理に従うことで自然な表現が可能となります。
簡潔に言うと、rit.を「急激に」かけ過ぎないことです。
‣ 4.「テンポを動かす用語 ≒ 道路標識」のイメージを持つ
rit.をはじめとした各種の「テンポを動かす用語」の処理は、「道路標識」のようなイメージを持つと上手くいきます。そうすると、唐突に遅くしたり、唐突に速くなったりはしなくなるでしょう。
運転でもピアノ演奏でも、このような「唐突な進行」は明確な意図がない限り避けましょう。
‣ 5. 楽曲途中のrit.は「終わった感」が出過ぎないように
楽曲途中でrit.をするときには、曲途中であるにも関わらず「音楽が終わった印象」が強く出過ぎてしまわないように、程度のバランスを考えることが重要です。
映画音楽の例でイメージしてみましょう。
映画を観ていると、音楽(BGM音楽)が完全に終止しないで「えっ、今の曲はこれで終わりなの?」といったような、ある意味「中途半端」で終わっている楽曲がたくさん出てきます。
その意図するところは、音楽で終わった印象を出し過ぎないこと。
基本的に映画の中には音楽が何曲も出てきますが、毎回毎回完全終止をしたり、毎回毎回ガッツリrit.をして楽曲を締めくくってしまうと、その都度「段落感」がつき過ぎてしまいます。そうすると、その都度、映像自体にまで「段落感」がついてしまうので具合が悪いのです。
‣ 6. rit.の直後に「具体的なテンポ数値指示」があるとき
rit.の後に具体的なテンポ指示がある場合、その指示はただの目標値ではなく、音楽的な到達点として捉える必要があります。「ただ単に遅くするrit.」という意識ではなく、「その具体的なテンポ数値を導き出すためのrit.」と考えてください。
「具体的なテンポ数値」よりも遅くしてしまうと、つながりが人工的になり、音楽的ではなくなってしまいます。
ふさわしいrit.の加減というのは、直後に書かれているのが:
・a tempoなのか
・具体的なテンポ数値指示なのか
によっても変わってくるということを踏まえておきましょう。
‣ 7.「etwas zögernd イコール rit.」ではない
ドイツの作曲家のピアノ曲に時々出てくる音楽用語に「etwas zögernd」というものがあります。
これは、分かりやすいように「イコール rit.」と解説している書籍もありますが、本来「rit.」とは少しニュアンスが異なり、「ためらいながらいく」というニュアンスで演奏すると本来の意図に近づきます。
► まとめ
rit.の芸術的表現には、技術的な制御に加えて、音楽的な文脈の理解が不可欠です。本記事で示した7つの観点を、より深い音楽表現を探求するうえでのヒントにしていただければと思います。
rit.に関する応用事項については、以下の記事を参考にしてください。
► 関連コンテンツ
コメント