【ピアノ】学習の基礎:効果的なアプローチと課題
► はじめに
ピアノ学習において「基礎」は重要でありながら、じっくりと考えてみることが少ないものです。
本記事では、基礎の意味と、効果的な学習アプローチを解説します。単なる技術的な練習ではなく、音楽表現と密接な基礎とは何かを考えていきましょう。
► ピアノ基礎学習の現状と課題
‣ 1. ピアノでは基礎メソッドが確立されていない理由
筆者はヴァイオリンも習っていたことがあるので、弦楽器の基礎メソッドをある程度把握しています。
そういった視点で眺めてみると、弦楽器、特にヴァイオリン族の楽器に比べるとピアノでは基礎メソッドが確立されていない印象を受けます。
例えばヴァイオリンでは、入門からメソッドが確立されています。
どのような練習を積み上げていくかが体系的にまとめられていますし、ポジションチェンジのやり方一つとっても ”共通認識” として、しっかりとやり方が決まっています。
一方、ピアノの場合は初期段階での定番教材はあるものの、どういったテクニックをどのように積み上げていくのか、というメソッドはありません。マイナーな教材の中に存在していたとしても、共通認識にはなっていません。
行われているのは、「色々な調性を経験して黒鍵も上手く使えるようにしていくこと」くらいです。
手のポジションのつかみ方も「音を外さないように、何となくつかみにいく」という程度で、ポジションチェンジのやり方が共通認識としてまとめられているわけではありません。
こういった部分が、弦楽器の基礎メソッドとは大きく異なります。
それでも、ピアノの基礎段階というのは教育が成り立っていますね。なぜだと思いますか?
いくつか理由はあると思いますが、筆者が考える理由は、大きく以下のようなものです。
・ピアノでは、どこのオクターヴをとっても運指が同じで済むから
・ピアノでは、音域によっての音色などの変化が少ないから
【ピアノでは、どこのオクターヴをとっても運指が同じで済むから】
ヴァイオリン族の楽器を触ったことがあり、4本の弦でどのように音程を作っていくかをご存知の方は想像がつくかと思いますが、ヴァイオリン族の楽器ではどこのオクターヴで演奏するかによって運指が変わってきます。
一方、ピアノでは、「右手だけ、楽譜よりも1オクターヴ上げて弾いてください」などと言われた場合、音域さえ足りていれば何の問題もなく可能ですね。
「ピアノでは、どこのオクターヴをとっても運指が同じで済む」というのが、基礎メソッドの必要性を希薄にしている理由の一つです。
「どのように指先を使って打鍵すればいいか」という問題は残りますが、「どのようにポジションチェンジすればいいか」という内容は問題になりません。
その他のテクニック面としても、ヴァイオリン族の楽器では高音域へいけばいくほど、半音の開き(音程を作るために押さえる位置同士の間隔)が狭くなるので、「指を少し傾けただけで、半音近く音程が変わってしまった」なんてことにも。
一方、ピアノでは、「音域によるキータッチの重さ」などのわずかな変化はありますが、半音の開きが狭くなるような弦楽器の特性に比べると大した変化ではありません。
鍵盤の横幅が狭くなるわけでもありませんので。
【ピアノでは、音域によっての音色などの変化が少ないから】
ヴァイオリン族の楽器では、音域による音色の変化が非常に大きく出ます。
音域が上がっていくと音色がどんどんと変わっていきます。
また、J.S.バッハ「G線上のアリア」という楽曲があるように、メロディをすべてG線で弾くと、移弦して隣のD線も使いながら弾いた場合よりも「鼻にかかったような、訴えかける音色」になります。
ピアノでは、音域による音色の変化は比較的少なめですし、同じ音程を別の方法で出すことはハーモニクスでも使わない限り原則できません。
こういったことも、基礎メソッドの必要性を希薄にしている理由の一つと言えるでしょう。
‣ 2. 演奏するうえでの基礎とは
基礎には大きく以下の3つがあると言えるでしょう:
1. 基本的な演奏(や作曲)する力
2. 学習方法やノウハウなどの実用的な知識
3. 様式や音楽全般の知識
「1. 基本的な演奏(や作曲)する力」をさらに分類すると、一般的には、以下の2つが大枠となります。
・座り方、呼吸などの身体の使い方
・思ったことを音にするための指先の正確なコントロール
また、「2. 学習方法やノウハウなどの実用的な知識」や「3. 様式や音楽全般の知識」がもとになって、適切に譜読みをして音楽を解釈する力が生まれます。
2や3が欠けていると、「弾いているだけ」の状態になってしまうでしょう。
‣ 3. 基礎とは「表現したいこと」ができる力
どのテクニックがいつ必要になるか分からないからこそ、ありとあらゆる基礎練習を行うわけです。
そして、表現したいことがあるからこそ、そのために必要な基礎が明らかになり、伸ばす必要が出てきます。
こういった、いわば外的なアプローチと内的なアプローチをどちらも行う必要があるでしょう。
そのうえで最終的に目指すべきところは、やはり後者。
「基礎とはやりたいことができること」
このように考えてください。
そういった意味では、ソルフェージュ能力も基礎のうち。
ソルフェージュ能力が伸びると:
・リズムを正しく表現できたり
・テンポキープができたり
・瞬時に楽譜を深く読み取ることができたり
とたくさんの恩恵を受けることができます。
やりたいことが思うようにできない原因は、手や身体の使い方そのものだけでなく、こういったソルフェージュ能力にある可能性も。
「その楽曲で ”表現したいこと” ”やりたいこと” は何なのか」ということを常に心に描いて練習していきましょう。
そうすれば当然、テクニックの習得も早くなります。
‣ 4. きちんと読譜力をつけることの重要性を軽視しない
初級レベルを修了しているのであれば、習いに行っている方は、先生がいないと楽曲を仕上げられない自分を卒業することを目標にしてほしいと思います。
できるようになったうえで、第三者の意見を頂きに習いにいくのはいいことですね。
そして、習いに行っているかいないかに関わらず、自分ひとりでも立派な音楽へ仕上げる力を身につけて、新しい楽曲へ変わったときにも振り出しへ戻らなくなることを目指してみましょう。
そのために必要なことはいくつもありますが、まず必要なのは、楽譜をきちんと読む力。
楽典の基礎教本に載っている内容は重要ですが、それだけしか学習していないのでは本当に最低限の読譜力しか身についていません。リズムの読み方、音程の読み方など、それを知らないとどうにもならない部分のみが解説されているのみです。
そこからさらに読譜力をつけるためには、楽典の基礎教本を積極的にはみ出ていかなくてはいけません。
本Webメディアの「楽曲分析学習パス」なども活用しながら、読譜力を向上させて欲しいと思います。
きちんと読譜力をつけることを軽視せずに、それが優先課題くらいの気持ちで学習してみましょう。
► 基礎の未学習に悩む方への実践的アドバイス
・何が基礎で
・何を習得したら基礎を一通り学んだことになるのか
これは、意見が分かれるところです。演奏する楽曲の作曲家などによっても変化するものだからです。
前項目でも書いたように、一般的には、以下の3つが基礎の大枠となるでしょう:
・座り方、呼吸などの身体の使い方
・適切に譜読みをして音楽を解釈する力
・思ったことを音にするための指先の正確なコントロール
これらの中でも、「技術」「テクニック」と言われているものの多くは3つ目のことを指す場合が圧倒的多数です。つまり:
・指が速く動くか
・大きな音が出るか
・弱音がすっぽ抜けないで出せるか
・想像した音色の音を出せるか
などといった部分がこなせるかどうかということ。
「思ったことを音にするための指先の正確なコントロール」について取り上げて解説していきます。
‣ 5. 知っておきたい前提の話
独学、もしくはピアノの先生の方針で、基礎をあまりやってこなかったという方もいるはずです。
実際、楽曲の中にテクニックというものが含まれているので、楽曲だけを仕上げていくだけでもある程度のテクニックはつきます。
表現したいことがあってこそのテクニックですし、本来はそのアプローチが正しいと言えるかもしれません。
しかし、「今まで ”全く” 基礎をやってきていない」となると、少し話は変わってきます。
「楽曲では時々しか出てこないけれども、押さえるべきテクニック」というのは山ほどありますが、そういった基本的な部分にヌケを作ってしまっている可能性が出てくるからです。
では、どうすればいいのでしょうか。
選択肢は3つです:
・基礎を部分的に補える教材を取り入れる
・基礎を丁寧にやり始める
・楽曲のみでテクニックを上げていくことに徹する
‣ 6. 選択肢①:基礎を部分的に補える教材を取り入れる
「基礎を部分的に補う」というのは、例えば「楽曲の中でトリルに苦戦したときに、トリルの練習曲をさらう」などといったもの。
そうすることで、楽曲の中で出てきたトリルだけでなくその周辺のさまざまなトリルに関しても学ぶことができます。
このやり方でおすすめなのは、「ハノンを逆引き辞書的に使う」というやり方。
ハノンを常に弾くのではなく、苦戦した技術が出てきた時に、その関連項目をハノンから探して併用するというやり方をとればいいのです。
‣ 7. 選択肢②:基礎をやり始める
「基礎をやり始める」と言っても、「ツェルニー100番を全部やって…」などと言いたいわけではありません。
この学習スタイルの場合、おすすめのやり方があります。
「J.S.バッハ : 2声のインヴェンション(全15曲)に一点集中で取り組む」というもの。
これについては、「【ピアノ】ソナチネ入門程度からショパンエチュード入門までのロードマップ」という記事で解説しているので参照してください。
‣ 8. 選択肢③:楽曲のみでテクニックを上げていくことに徹する
もちろん、今まで通りに楽曲のみでテクニックを上げていくことに徹するのも選択肢の一つではあります。
その場合に注意すべきなのは:
・その楽曲でどんなテクニックが使われているのか意識しながら練習する
・取り組む楽曲が変わる度に、新しいタイプの作品に挑戦してみる
テクニックがグラついてしまう原因には、選曲がかたよって、似たような楽曲ばかりに取り組んでいることもあるかもしれません。
‣ 9. 基礎を攻略するための「先人の名言」
基礎を攻略するための「先人の名言」を紹介しておきましょう。
以前に 故 中村紘子さんがTV番組で語っていた内容があります。
これは、主に専門家を目指す方へ向けていた言葉です。
しかし、「上達したい」「基礎を何とかしたい」という強い気持ちをお持ちの場合は、趣味の方であってもやる量を増やしてみるのも一つの手だと言えるでしょう。
► 基礎を超えるための戦略
‣ 10. テクニック的な基礎のやり直しに酔わない
ここまで、基礎の大切さを書いてきましたが、ここであえて「テクニック的な基礎練習に酔わないよう、注意すべき」ということを強調したいと思います。
必要ないと言っているわけではなく、今の自分に必要な基礎を考えもせずにストイックにドリルをやっていることに酔うべきでない、という意味です。
例えば、ショパンのエチュードをバリバリ弾いているような人物が、いきなり、ツェルニー30番へ戻って端から全部やり直そうとするケースがあります。
「みんなが嫌がるようなことをたくさんやっている自分」が好きな方は無理に止めませんが、はっきり言ってこれは、思考停止状態。
・今の自分に足りていない基礎を考えて、それにあった適切なエチュードを数曲選ぶ
・他の時間を、未知のレパートリー楽曲を自分のものにするための時間に充てる
このようにした方が、余程自分のためになるはずです。
世の中にはたくさんのピアノ曲があり、今日も世界各地で新曲が生まれています。
仮に毎日1曲聴いても、生涯で聴ける曲数は総数の0.1%にも満たないでしょう。ましてや、生涯で “弾ける” 曲数はもっと限られます。
そんな中、演奏会レパートリーに入れることがまずないであろう訓練的エチュードに何周も時間を費やしていてどうするのでしょうか。
必ずしも、ツェルニー30番が良くないわけではありません。そうではなくて:
・その教則本に今戻る必要があるのか
・それらを全部やり直す必要はあるのか
などといったことをよく考えるべきなのです。
自分の基礎能力のデコボコを管理することが、正しい基礎練習。
みんなが嫌がるようなことをやっている自分に酔いながら無闇に後戻りすることは、基礎練習でも努力でもありません。
ステップだと思って挟み込むものが本当にステップなのかどうかを、特に中級以上の方は考えてみなくてはいけません。
‣ 11. 基礎は大事だけれども、それだけでは前へ進めない
「時間をほどく」著 : 小栗 康平 / 朝日新聞出版
という書籍に、以下のような記述があります。
芝は根を張りすぎると、呼吸ができなくなって枯れる。
エアレーションともいわれる「根切り」をして穴を空け、隙間をつくる。
(抜粋終わり)
別の記事で、以下のように解説しました。
根を張っている状態というのはまだ下に伸びているだけなので、土台はできていきますがそれほど大きな成長はありません。
しかし、いったん根が張り終われば、あとは上へ伸びていくだけ。
ここで言っている「根を張っている状態」というのは:
・楽曲単位で見れば「譜読みをしている時」
・ピアノ演奏全体で見れば「基礎に取り組んでいる時」
基礎をやって根を張っていくのは絶対に必要なので、状況に応じて基礎へ戻るようにしてずっと付き合っていかなければいけません。
しかし、前項目でも書いたように、基礎をやることに酔ってしまう学習者がいるのも事実。
再度、書籍抜粋を見てみましょう。
芝は根を張りすぎると、呼吸ができなくなって枯れる。
エアレーションともいわれる「根切り」をして穴を空け、隙間をつくる。
(抜粋終わり)
書籍の著者は「基礎」のことを言っているわけではありませんが、この文章を読んだ時に真っ先にそれについて頭に浮かびました。
基礎という根を張ってばかりいないで、「根切り」とまでは言いませんが、上へ伸びていくための応用にも手を出さなくてはいけません。
基礎をやっていることに安心し過ぎない。
そして、初めのうちは応用へ手を出したときに上手くいかないのは前提として、怖がらずに応用学習にも取り組む。
そうすれば結果的に、意外と足りていなかった基礎も見えてきます。
・時間をほどく 著 : 小栗 康平 / 朝日新聞出版
‣ 12. しぼるのは、タイミングが大事
好きな楽曲に取り組んでいる限り、練習は楽しいですし、結果として長続きして効果もあがります。苦手なジャンルや好きでない楽曲をやっていても、頑張っている割には成果が出ません。
基本的には、得意で好きな曲へ力を入れることに賛成です。
一方、最低限、有名な作曲家の質の高い有名作品くらいは知っておいてからやることをしぼった方がいいのです。
しぼるのは、タイミングが大事。
ピアニストのグレン・グールドは独特な解釈やスタイルで知られていますが、正統的な演奏をしていた時期もあります。あらゆる基礎を知ったうえで彼の個性が前へ出てきました。
作曲家のシェーンベルクは無調音楽の黎明期に活躍しましたが、彼の著書(「作曲の基礎技法」著:シェーンベルク 音楽之友社)を読んでいると、彼がベートーヴェンなどの調性音楽の基礎を深く理解していたことが伝わってきます。
アウトプットの中心は無調音楽でしたが、特定の音楽だけをやっていたわけではないのです。
専門でやるかどうかは関係ありません。
音楽を永く続けていきたいと思っている場合、最低限の基礎は幅広く学んで、その後に自分のやりたい部分を中心にしていきましょう。
‣ 13. 古典を知って、現代も知る
前項目で、「シェーンベルクが古典を良く知ったうえで当時の現代をやっていた」と書きました。
あえて古典と現代を区別して言いますが、「古典を知って、現代も知る」ようにして、筆者自身、はじめて両者の理解が深まりました。
音楽的なことだけでなく、「それぞれの作曲家がどういったところにプライドをもって音楽をやっていたのか」というような面についても。
音楽以外の例も挙げておきましょう。
古典の映画を観ていると次のような場面が時々出てきます。
現代ではこういうのは無理。昔はツールが単純なので、人間のメッセージが見えやすいですね。
人と人をつなげるシステムが単純ですが、そこに本質はあります。パーティがあったらパーティの重要さとか、人と人の駆け引きもありますし。
だからこそ、古典を知って現代も知ると、両者をいっそう深く理解できるようになります。片方だけ眺めていると、それぞれが何だか遠いところに見えてしまいます。
音楽と同じですね。
「古典の音楽を学ぶべき」「現代の音楽を学ぶべき」などと強制したいわけではありません。
しかし、「古典を知って、現代も知る」ようにすると、演奏と創作のどちらにおいても間違いなく音楽の視野が深まるということは強調しておきたいと思います。
・作曲の基礎技法 著:シェーンベルク 音楽之友社
► 終わりに
ピアノ学習において基礎は単なる練習の一部ではなく、演奏技術や音楽表現力を支える重要な柱です。
基礎をしっかりと学んだうえで、表現力を最大限に引き出すために、それを超えていきましょう。
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