【ピアノ】煩雑さを避けた記譜の解釈に注意する
► はじめに
ピアノ楽譜を読む際、ただ音符や記号を追うだけでは見落としてしまう重要な音楽的意図があります。作曲家は時に楽譜の煩雑さを避けるため、本来多声的な構造を簡略化して記譜することがあります。
本記事では、「簡略化された記譜」の背後にある音楽的意図を読み解き、演奏に活かす方法について見ていきましょう。
► 記譜の簡略化と音楽的意図の読み取り
‣ シューマンの記譜法に見る多声的思考
シューマン「謝肉祭 1.前口上」
譜例1(PD楽曲、Sibeliusで作成、14-16小節)
譜例2(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
譜例1(14-16小節)の上側は実際の記譜ですが、15-16小節の sf で発音する部分に注目すると、一見単純な和音の連続に見えます。しかし、この部分は楽譜の煩雑さを避けるために簡略化されているだけで、実際の音楽的構造は、譜例1の下側のように「伸びているメロディの中に sf の和音が響く多層的な作り」になっていることを読み取りましょう。
オーケストラで演奏するとしたら、sf の音は「別の楽器」で演奏される部分だとイメージできます。この多声的な構造は、曲頭の書法(譜例2)からも明らか。曲頭では sf の低音が出てきておらず、メロディは「2分音符+付点8分音符」で持続されています。「15小節目からの部分ではメロディが変化した」と読み取らずに、「メロディは同じまま、さらに楽器が補強されて多層的に盛り上がるように作曲された」と解釈するといいでしょう。
この作りが理解できれば、自分の出す音の聴き方が変わりますし、「sf の部分でダンパーペダルを踏み替えるべきでない」と、演奏解釈の参考にもできます。
‣ 声部分けの判断ポイント
楽譜から簡略化された声部構造を読み取るためのポイント:
1. 類似箇所の比較:類似した楽句で記譜方法が異なる場合、それらを比較検討する
2. オーケストラの想定:仮にオーケストラで演奏するとしたらどのような役割分担になるか、という視点を持つ
3. 声部進行の分析:各声部の動きを追うことで、隠れた声部が見えてくることがある
4. 楽曲の様式的特徴:メロディの背後に多声的構造が隠れていることが多い
1と2に関しては、上記の例で解説しました。3と4に関しては、例えば以下の譜例3のような読み取り方になります。
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-1 メロディー」
譜例3(PD楽曲、Sibeliusで作成、11-12小節)
► 演奏解釈への具体的アプローチ
1. スコアリーディング:ピアノ曲の原典版だけでなく、同じ作品のオーケストラ版(存在する場合)も参照する
2. 声部分析:各声部の進行をガンガンに書き込みをしながら分析してみる
3. 異なる演奏解釈の比較:同じ作品の複数の演奏を聴き比べて、声部の扱い方の違いを研究する
► まとめ
楽譜の記譜は、必ずしも作曲家の音楽的意図を完全に表現しているわけではありません。煩雑さを避けるための簡略化や、印刷上の制約から生まれる記譜の限界があります。真の音楽的意図を汲み取るには、記譜された音符だけでなく、作品の構造、作曲家の様式、同時代の演奏慣習などを総合的に考慮する必要があります。
「声部分けが省略されているかどうか」を正しく判断することは、作品を深く読み取るための重要な一歩です。楽譜を作曲家との対話の手段として捉え、楽譜の裏を読むつもりで譜読みしていきましょう。
【おすすめ参考文献】
本記事で扱った、シューマン「メロディー」について学びを深めたい方へ
・大人のための独学用Kindleピアノ教室 【シューマン ユーゲントアルバム より メロディー】徹底分析
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