【ピアノ】音の大小を超えた表現技術:立体的な音楽を生み出す演奏・創作のコツ
► はじめに
本記事では、音楽表現についてしばしば陥りがちな「音の大きい小さいだけで音楽をコントロールしようとしてしまう」という罠から抜け出すためのヒントを解説します。
► 音楽表現は音量だけではない
ピアノを弾いていると、クレッシェンドやデクレッシェンド、フォルテやピアノなどといったダイナミクス記号に出会う度に、ついつい「大きく弾く」「小さく弾く」という音量の調整だけに意識が向いてしまいがちです。しかし、作曲家がこれらの記号を楽譜に記した意図は、単なる音量変化だけではありません。
真の音楽表現のためには、楽譜の「裏」を読む姿勢が重要です。具体的には:
・適切な音色の選択
・音の遠近感の表現
・作曲家のダイナミクス変化の意図の考察
► 音楽の立体感を生み出す「音の遠近感」
‣ fp の真の意味を考える
一例として、「fp(フォルテピアノ)」について取り上げましょう。多くのピアノ作品で見かけるこの表現。これを単に「強く弾いてすぐ弱く」と理解するだけでは不十分です。楽曲や場面にもよりますが、「遠近感を出すため」という視点で fp を捉えると、曲の印象がガラリと変わります。つまり:
「f で一瞬音像が近づき、p では遠くで鳴っているような表現になる」
この瞬時の音像の移行が、音楽に立体感を与えます。
‣ オーケストラとピアノの遠近感表現の違い
オーケストラでは遠近感を表現するための手段が豊富にあります:
・奏者が座っている位置の違い
・多種多様な楽器の音色の違い
・様々な奏法による音色変化
一方、ピアノは:
・固定された一つの楽器
・ピアノという、ある程度限られた音色の幅の中での表現
このような制約がある中で、ピアノ奏者は「打鍵の仕方」「ペダリング」などの限られたテクニックを駆使して、音の質感をコントロールする必要があります。一人の奏者が「遠い音」も「近い音」も表現しなければならないのです。
► イメージが音を変える
遠近感を表現するために最も重要なのは、演奏者自身のイメージです。「この音は遠くから聴こえてくるように」「この音は聴衆の目の前で鳴り響くように」といったイメージを持つことで、無意識のうちに打鍵の仕方やペダリングにコントロールが生まれます。
重要なのは、このイメージを明確に持つこと。漠然と「ここはピアノだから小さく」と考えるだけでは、単調な演奏になってしまいます。「小さいけれど、遠くから響いてくるような神秘的な音」というように、具体的なイメージを持ちましょう。
イメージが無い演奏から生まれる距離感は偶然の産物であり、再現性がありません。
► ピアノ音楽の作曲・編曲においても同じこと
‣ 音楽のエネルギーの流れと書法が一致しているか
ここまでは演奏の観点から話をしてきましたが、ピアノ音楽の作曲や編曲においても同様の原則が当てはまります。音楽のエネルギーの流れと書法が一致していることが重要です。
例えば、クレッシェンドを指示しているのに:
・音の厚さ(和音の密度など)が何も変わらない
・むしろ音の厚さが薄くなっている
このような場合、音楽のエネルギーの流れに反することになります。
‣ 名編曲から学ぶ
良い作品を見分けるヒントとして、エネルギーの流れと書法の一致を確認してみましょう。
例えば、J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 シャコンヌ」の左手のみのピアノ編曲には多くのバージョンがありますが、その質には大きな差があります。一部の編曲では、音楽が明らかに膨らむべき部分で音を薄くしてしまうなど、エネルギーの流れと書法にミスマッチが見られます。一方、ブラームスによる編曲版では、音楽のエネルギーの流れに書法が見事に合致し、芸術的な編曲が実現されています。
ここでいう音楽のエネルギーの流れを理解できるようになるためには、
「楽式論」 著:石桁真礼生 音楽之友社 → 詳しいレビューを読む
を学習するといいでしょう。特に、第1編と第2編をよく学習することが重要です。
► 実践のヒント:ダイナミクス関連の情報が出てきたら考えること
楽譜にダイナミクス関連の情報が出てきたら、次のことを考えてみましょう:
1. なぜここでダイナミクスが変わるのか?
・曲の構造上の理由はあるか
・何か特別な感情表現があるか
・音楽の流れの中での位置づけは
2. どんな音色が適切か?
・明るい音か、暗い音か
・柔らかい音か、硬質な音か
・透明感のある音か、厚みのある音か
3. 空間的にはどう表現するか?
・近くで鳴っている音か、遠くから聞こえる音か
・広がりのある音か、焦点の定まった音か
► まとめ
ピアノ演奏やピアノ音楽の創作において、音色、遠近感、空間演出といった多様な要素を意識的に取り入れることで、音楽は格段に豊かになります。
ダイナミクス記号の裏にある作曲家の意図を常に探ってみてください。「大きく」「小さく」という一次元的な考え方から脱却し、音楽の空間的、質的な側面に意識を向けてみましょう。
► 関連コンテンツ
コメント