【ピアノ】楽器の構造から学ぶペダリング

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【ピアノ】楽器の構造から学ぶペダリング

► はじめに

 

ピアノのペダリングは、演奏において音色や響きを大きく変える重要な要素ですが、正しいテクニックを習得するためには、ペダルがどのように機能しているのかを理解することが不可欠です。

 

本記事では、ペダルの使い方を学ぶために、まずピアノの構造そのものに焦点を当て、そのメカニズムとペダリングの関係を探ります。

ペダルが音に与える影響や、どのように音をコントロールできるのかを理解することで、より意図的な音楽表現が可能になります。

ピアノの仕組みを知ることで、ペダル操作がただの「足の動き」ではなく、音楽的な表現の一部であることが実感できるでしょう。

 

► A. ピアノの構造とペダルの関係

‣ 1. ダンパーペダルの役割と豊かな響きの仕組み

 

(写真)

弦の上に乗っている、いくつも並んでいる黒いものがダンパー。

ダンパーとは「弦の響きを止める装置」のことです。dampの意味が「弱める」なので、言葉の意味を考えれば分かりますね。

 

掲題の内容を理解するためには、たった1音だけで弾く場合をもとに考えてみる必要があります:

A. 終始ダンパーペダルなしで、1音を弾く
B. 1音を弾いたのち、ダンパーペダルを踏みこむ
C. ダンパーペダルを踏みこんだままにしておいてから、1音を弾く

この3パターンをすべて試してみてください。

打鍵の強さなどの条件をそろえた場合、A→B→C の順番で響きの豊かさが増していきます。

 

まず、以下の2点を踏まえておいてください:


ダンパーペダルを使用していない場合、鍵盤を下ろしている間は、その鍵盤に対応するダンパーのみが上がりっぱなしになる


ダンパーペダルを使用している間は、全てのダンパーが上がりっぱなしになる

 

【A. 終始ダンパーペダルなしで、1音を弾く】

ダンパーペダルを使用していないので、弾いた1音に対応するダンパーのみが上がり、その時に解放された弦が響くことになります。

厳密に言えば、最高音域のおよそ1オクターヴ半にはダンパーはついていません。

 

【B. 1音を弾いたのち、ダンパーペダルを踏みこむ】

1音を弾いた直後はその1音に対応するダンパーのみが上がり、上記Aと同条件。

しかし、その後にダンパーペダルを踏み込んだ瞬間、一気にそれ以外の全てのダンパーも上がるため、全ての弦が響く状態になります。トンネル効果による共鳴が起こるため、響きが豊かになるということ。

Aの場合も弾いた1音に対応する弦は響いていたわけなので、AとBの違いは、「その鍵盤に対応していない他の弦が共鳴している響きがあるかないか」という部分からくるわけです。

 

【C. ダンパーペダルを踏みこんだままにしておいてから、1音を弾く】

これから弾く予定の鍵盤に対応するダンパーも含め、はじめから全てのダンパーを弦から解放しているわけなので、弾いた瞬間からすべての弦が共鳴します。

 


 

ここまでを理解できれば、なぜ、A→B→C の順番で響きの豊かさが増していくのかが分かるはずです。

結局は、「他の弦の共鳴をどの程度活用するのか」というのが、響きの豊かさを左右する大きなポイントということになります。

 

弾いたその音に対応する弦だけが響きを決めているわけではないということを確認してください。

 

‣ 2. なぜ、超高音域にはダンパーがないのにペダルが効くのか

 

(再掲)

 

この写真では、高音側が手前になっています。いくつも並んでいる黒いものがダンパー。

手前の白枠で囲んだところを見ると、ダンパーが無くなっていることに気がつくはず。

 

ピアノの中をのぞいてみると分かりますが、最高音域のおよそ1オクターヴ半にはダンパーがついていません(ピアノの種類によって多少の差はあります)

高音域になってくると弦が細く短くなってきて減衰時間も短くなるために、響きを止めるダンパーが必要なくなるということ。

 

しかし、考えてみてください。

ダンパーペダルを踏む込むと全てのダンパーが一斉に弦から離れます。だから、弦の響きを止めるものがなくなり音が響き続けるわけですよね。

ではなぜ、超高音域にはダンパーがないのにも関わらず、ダンパーペダルを踏むとペダルの効果が出るのでしょうか。

 

理由はシンプルで、ダンパーペダルを踏み込んだことで全てのダンパーが一斉に弦から離れたため、最高音域あたりの部分のみを弾いたとしても他の音域の弦が共鳴して響くからです。

 

ピアノという楽器では、あらゆる面で「共鳴」という効果を上手く使えるように設計されています。

 

‣ 3. 最高音域あたりのキータッチが軽く感じる理由

 

最高音域1オクターヴ半あたりのキータッチは 他の音域よりも軽く感じますね。

その理由はやはり、「ダンパーを動かす力を必要とするかしないか」というところにあります。

 

ダンパーペダルを使用していない場合、最高音域1オクターヴ半あたりのキータッチが他の音域よりも軽く感じるはず。ピアノによって例外はありますが、基本的な生のピアノであれば該当します。

理由はシンプルで、「最高音域1オクターヴ半あたりにはダンパーがついていないから」というもの。

ダンパーペダルを踏んでいるかどうかに関係なく、そもそもダンパーを動かす力を必要としないのです。

 

なぜ、最高音域1オクターヴ半あたりにはダンパーがついていないのでしょうか。

超高音域になると弦が非常に短くなってくるので、音の減衰が速くなります。したがって、弦の振動を止めるダンパーは不要ということなのです。

 

減衰が速いので問題は起きませんが、弦の振動をダンパーで止めないので「超高音域では鍵盤を離してもわずかに余韻だけは残る」という特徴がある点も、理解しておきましょう。

 

‣ 4. 高音域の特性を考慮したペダリング

 

ショパン「エチュード集(練習曲集)第9番 Op.10-9 ヘ短調」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾 64-67小節)

ここでは種々のペダリングが考えられますが、譜例にあるやり方も可能です。

65-66小節の上段には和声音と非和声音の両方が含まれるので、仮にもっと低い音域で演奏されるならば、このペダリングでは濁ってしまいます。

 

前項目の内容を思い出してください:

・最高音域1オクターヴ半あたりにはダンパーがついていない
・超高音域になると弦が非常に短くなってくるので、音の減衰が速くなるため、弦の振動を止めるダンパーは不要

 

実際にショパンが書いた高音域の場合は、この2つの理由でそれほど濁っては聴こえないため、このペダリングが可能になります。

 

正直、耳を使えば濁っているかどうかが分かるので、試しているペダリングが使えるかどうかは判断できますね。

しかし、高音域のこういった特性を踏まえておくことで、高音域のパッセージを見た時にひらめくことができるペダリングが増えるわけです。

 

‣ 5.「ダンパーで弦を叩く」という考え方を知ろう

 

まず、弦とダンパーとの関係について復習しましょう。

 

(再掲)

ひとつの鍵盤に対して対応する「弦」があり、対応する「ダンパー」という弦の振動を止める黒い部品が用意されています(厳密にいうと、超高音域のみダンパーはついていません)。

この写真の音域では、弦は3本ずつ張られていますね。

 

鍵盤を押さえたままにしている時というのは、その鍵盤に対応するダンパーのみが弦から離れる構造になっているため、音が響き続ける。

一方、通常はダンパーが弦にくっついている状態であるため、弾いても鍵盤を上げ戻してしまえば再び弦にダンパーが密着して音は消えていく。

 

また、ダンパーペダルを踏むと全てのダンパーが弦から離れる仕組みになっているため、ペダルを踏んでいる時というのは一種のトンネル状態であり、どの音域で弾いてもよく響く。

 

ここまでを踏まえたうえで、以下の内容について考えてみてください。

 

ペダルを踏んだままの状態で何かしらの音を弾き、ペダルを半分だけ踏み替えると響いている音が少し減衰しますが完全には消えません。

これはどうしてだと思いますか?

 

ダンパーが一瞬弦へ触れてすぐにまた離れるので、少しだけ消音されるに留まるわけです。

 

ダンパーが弦の響きを完全に止めるためには、以下の条件を満たさなくてはいけません:

・弦へ密着する
・ある程度の時間密着する

 

特に大きなピアノになるほど、この傾向が強くなっていく。

ちょっと触れただけでは、密着していませんし響きを完全に止めるためには時間が短すぎます。

 

上記のような「ダンパーを一瞬弦へ触れさせて、また元に戻す」というのは応用範囲が広く、非常に重要なペダリングテクニック。

この動作のことを、言葉通りですが「ダンパーで弦を叩く」と表現することがあります。

 

ハーフペダリングを使うのも、ペダルそれ自体が響きを変えているのではなく、それによってダンパーが弦を叩くからこそ響きが変わるわけです。

 

上記のようなペダリングを求めるときに「弦を叩いて」などと指導するピアノ教育はほとんどありませんが、結局はそういうこと。

このように理解しておくと、響きをコントロールしている感覚をもっとダイレクトに感じることができます。

 

‣ 6. ペダルの遊び領域とそのコントロール

 

グランドピアノでは、徐々にダンパーペダルを踏み込んでいくと弦からダンパーが離れていきます。

離れ始めのポイントまでの間にもペダルは少し下がりますが、この部分が「遊び」と呼ばれています。

 

ピアノを弾いている時というのは、必ずしも常にペダルを使っているわけではありません。

一方、使う度にペダルへ足を乗せ直して…などとやっていたのでは足元の無駄な動きが多くなってしまいますし、気もとられてしまいます。

そんな中、「遊び」があることで常にペダルの上へ足を乗せておくことができる。「勝手に少しペダルが効いてしまっていた」という失敗を防止できるのは想像できますよね。

 

遊びの深さは楽器によって様々ですが、おおよそ5ミリ程度と言われています。

演奏者は、この遊びの終わる位置を意識しておかなければいけません

足元のコントロールに影響があるため、微妙なペダリングの加減を使いこなす時には避けては通れないからです。

 

厳密に言えば、本記事で話題にした遊びは「踏みはじめにおける遊び」であり、ダンパーがもっとも高くまで上がる瞬間にもペダルの遊びがありますが、ペダリングに特に大きな影響があるのは前者。

最低限、「踏みはじめにおける遊び」の方だけは理解しておきましょう。

 

► B. ペダルの効果とテクニック

‣ 7. ダンパーペダルがタッチに与える影響

 

ダンパーペダルを踏みこんだ後に鍵盤を弾くと、踏んでいない時よりもキータッチが少しだけ軽くなったように感じませんか?

気のせいではなく、本当に軽くなっているのです。

ピアノによって例外はありますが、基本的な生のピアノであれば該当すると思ってください。

 

その理由は、ダンパーを動かす力が必要かどうかにあります。

 

鍵盤を下げると、その鍵盤に対応する弦から対応するダンパーが離れます。

つまり、ダンパーペダルを使用していない場合、鍵盤を下げる時には対応するダンパーを動かす力も必要としているわけです。

 

一方、ダンパーペダルを踏む込むと全てのダンパーが一斉に弦から離れます。鍵盤を下げる時にはすでにその鍵盤に対応する弦からダンパーが離れているということ。

したがってこのケースでは、鍵盤を下げるときにダンパーを動かす力が不要に。

このような理由で、キータッチが少し軽くなるのです。

 

‣ 8. なぜ、ペダリングのタイミングは決め打ちでは上手くいかないのか

 

後踏みペダルを行うときにどれくらい後踏みにするのかなどは、細かく決めておく手もあります。

しかし、決め打ちでは上手くいかないケースがあり、最終的には自分の耳を頼りにするしかありません。

 

なぜ、決め打ちでは上手くいかないのかというと、ピアノにより響き方の個体差があると同時に、ペダルの踏み替えのタイミングは演奏する音域によって大きく左右されるからです。

 

ごく簡潔に言うと、低音域では弦が太く長いので、鍵盤を上げてダンパーが弦に密着しても音が消えるまでは多少の時間がかかります。

つまり、あまりに早いタイミングで後踏みすると前の音の残響を拾って濁ってしまう。

 

反対に高音域では弦が細く短いので、打鍵後の減衰が速く、また、鍵盤を上げると音はあっという間に消えていきます。

こういったこともあり、最高音域のおよそ1オクターヴ半にはダンパーがついていません。

 

ここまでを理解できれば、なぜ、たとえ同じ音型でも音域によってペダリングを調整するべきなのかが腑に落ちたと思います。

 

ペダルを踏み込むタイミングを決めてしまって楽譜へ書き込むこと自体は推奨すべきことです。

しかし、必ずよく耳を使って丁寧に決定する。

また、本番ではピアノが変わるので、リハーサルでも耳をよく使って確認する。

これらだけは徹底するようにしましょう。

 

‣ 9. ペダルの半分の踏み替えよりも安全に、似たような効果を出す方法

 

ダンパーで弦を叩くペダリング方法は便利ではあるのですが、結構、問題もあるのです。

どうしてかというと、ピアノの個体差に相当影響されるから。

 

どの程度まで踏み込むとどれくらいペダルの効果があるのかというのには、非常に差があり、練習で使っているピアノの感覚でやってみてもうまくいかない可能性も。

生のピアノは、そういった難しさを持っています。

 

リハーサルで感覚をつかめばいいのですが、もっと安全に似たような効果を出せるテクニックもあります。

 

ペダルを半分だけ踏み替えるのではなく、「完全に上げてしまい、またすぐに踏み込む」これを、半分踏み替えのときよりも急速に行ってみてください。

 

ペダルを完全に上げたからといって、必ずしも響きは完全には止まりません。

上記、ダンパーが弦の響きを完全に止めるための条件の一つ、「ある程度の時間密着する」を満たさないから。

 

このようなペダリングテクニックの方が個体差は出にくく感じます。

 

‣ 10. なぜ、音を出した後にソフトペダルを踏んでも効かないのか

 

ダンパーペダルは、音を出す前に踏んでおいても音を出してから踏んでも効果があるのに、

ソフトペダル(シフトペダル)は音を出してから踏んでも基本的にその音へは影響しません

 

これについて疑問に思ったこともあるのではないでしょうか。

生のピアノの場合の理由は、構造に着目すると理解できます。

 

【グランドピアノの場合】

ピアノの弦は、一つの音程に対して以下のように張られ方が異なります:

・高音域のように3本張ってあるところ
・2本張ってあるところ
・低音域のように1本のところ

 

多くのグランドピアノの場合、ソフトペダルを踏むとハンマー全体がわずかに横ずれします。

そうすると:

・3本の弦のところでは2本を打つようになる
・2本の弦のところでは1本を打つようになる
・1本の弦のところでは1本を打つことに変わりないが、ハンマーのフェルトと弦との当たる位置が変わる

このような結果となり、音色が変化します。

 

つまり、打鍵・打弦する前に作動するから意味があるのであって、した後に横ずれしても「何を今更」なのが分かりますね。

 

【アップライトピアノの場合】

アップライトピアノの場合は、ソフトペダルの構造は全く異なり、グランドのような横ずれは起きません。

つまり、「打たれる弦の本数」や「ハンマーの当たる位置」などで効果を出しているわけではないのです。

ではどうやっているのでしょうか。

 

ソフトペダルを踏むことで、全てのハンマーが弦へ近づく構造となっています。

「弦が動くのではなく、ハンマーが弦へ近づく」ということに注意してください。

その結果、同じ強さで打鍵しても音の勢いが弱められます。

 

「打弦距離を短くすることによって」ということはつまり、打鍵・打弦する前に作動するから意味があるのであって、した後に距離が近づいても「時すでに遅し」なのが分かりますね。

 

‣ 11. グランドで「ハンマーのフェルトと弦との当たる位置が変わる」とは

 

ピアノ演奏において、通常の楽曲の場合はソフトペダルを使用しないで演奏している時の方が圧倒的に多いですね。

したがって、ある程度弾き込んだピアノでは、いつも弦と直撃する部分のハンマーのフェルトにくぼみができており、フェルトのこの部分はかたくなっています。

 

一方、グランドピアノでソフトペダルを使用して横ずれすることで、弦にあたる部分は、かたいくぼみ部分ではなく、柔らかい部分になる

こういうわけで、音色が柔らかくなります。

 

【補足】
実は、”グランドピアノのソフトペダル” の場合、踏むことで踏まない場合よりも減衰時間が長くなります。
詳細は割愛しますが、簡単に言うと鍵盤が横ずれされることで叩かれなかった弦」も振動することによる「位相ずれ」が理由です。
したがって、「減衰時間が長くなった独特な消え際を聴かせるのも、音色の工夫の一種」と言えるでしょう。

 

‣ 12.「una corda」の由来と構造的背景

 

歴史的には原則、全て2本弦の時代がありました。つまり、手動で鍵盤を移動させる当時のシフトレバーを使うことは 「1本の弦のみを打つこと」 を意味しました。

それが理由で、ペダルができてからの時代もソフトペダルを使用することを 「una corda(= one string 一本の弦)」 と呼んだという説があります。

今では、 3本中2本の弦を打つ場合も含めてuna cordaという言葉が使われることも多くなりました。

 

► C. ペダルの応用と実践

‣ 13. なぜ、subito p の直前には一瞬の時間が必要なのか

 

「ピアノペダルの使い方」著 : 笈田光吉 / 音楽之友社

という書籍に、以下のような解説があります。

(以下、抜粋)

ベートーヴェン「ピアノソナタ第23番 熱情 ヘ短調 op.57 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-22小節)

最初の小節のフォルティシモ(最強音)のアコールドすべての音が完全に殺されてからでなくては、次の小節のピアノ(弱音)を弾き出すことができない。
このような場合には、強音の最後の和音を弾くと同時に手もペダルも離してしまって、人工的に小さな間隙を作ってフォルテの音全部が死んでしまうのを待たなければならない。

(抜粋終わり)

 

「人工的に小さな間隙を作って」

とありますが、時間をとるのは当然、譜例の矢印Aの部分。

 

筋肉の準備は一瞬でしなければいけませんし問題なくできますが、音響的なことで言えば一瞬の時間が必要なのは、上記のような理由から。

 

この説明を踏まえれば、反対に、「subito f にする時には時間を使う必要がない理由」分かりますね。

直前が弱音なので、いきなり音量を上げても音響的に問題は起きません。譜例の矢印Bの部分。

強音を強調するためにあえて直前で一瞬の時間をとる奏法もありますが、それは、上記の音響面とは別の観点での音楽表現です。

 

(再掲)

ちなみに、subito p の直前で一瞬の時間を使うときの注意点があります。

譜例の部分でも当てはまりますが、大多数のケースで「subito p の直前まで in tempo でノンストップで進むべき」ということ。

 

直後でダイナミクスを落とそうと思うと、どうしても強音の最後のあたりでゆっくりとしてしまいがち。

しかし、「in tempo で弾き切って、その直後に一瞬の時間をとる」というやり方をとることで、弱音へ変わるところに絶妙な空気感が生まれるため、表現の聴かせ方として重要なポイントとなります。

 

◉ ピアノペダルの使い方 著 : 笈田光吉 / 音楽之友社

 

 

 

 

 

 

‣ 14. ダンパーペダルの踏み込みと離し方のスピードを意識する

 

想像してみてください。

ベルなどをゴーンと鳴らし、響いているそれにゆっくり手を触れると、「ボワン」と、ゆっくり響きがミュートされます。

反対に、バッと手を触れるとバッと急に響きがミュートされますよね。

これらが想像できると、この後の話が分かりやすいと思います。

 

(再掲)

 

ダンパーペダルを使用していない時は、弾いた1音に対応するダンパーのみが上がり、そのときに解放された弦が響くことになります。

したがって:

・鍵盤の上げ離し方をゆっくりにすると、弦にダンパーがゆっくりくっつき、ゆっくりとミュートされる
・スタッカートのように鍵盤の上がり方が急激になると、弦にダンパーが急激にくっつき、バッと音がミュートされる

 

これと似たようなことはダンパーペダルの操作でも起こります。

 

ダンパーペダルを踏むと、鍵盤単位ではなく全ての鍵盤に対応するすべてのダンパーが一斉に弦から離れるように設計されているため、どの鍵盤を弾いても音が響き続けます。

 

では、ゆっくりとペダルを踏み込んでいくとどうなるのか。

当然、ダンパーはゆっくりと弦から離れていきます。

ゆっくりとペダルを上げ離していくと、ゆっくりと弦へ接触していきます。

 

このような構造から、ペダルコントロールのスピードが出てくる音に影響するということ。

 

それほど影響がないのではないかと思うかもしれませんが、ダンパーが弦へ接触する面というのはフェルトが付けられており、かたい面になっているわけではありません

したがって、弦との接触がいきなりバッサリと途切れずに徐々に途切れるようになっており、上げ下げの細かなコントロールが音へ与える影響は小さくないのです。

 

ペダルを踏み込むスピードコントロールをどのように実際の演奏へ応用していけばいいのかについて、いくつかの例を挙げておきましょう:

A.
打鍵と同時に踏み込みリズムを強調する「リズムペダル」を使う時には、速いスピードでバンッと踏み込む

B.
ペダルによる余韻が徐々にかかっていくような効果を出したい時などでいきなり音色が変わってしまうのを避けたいときには、ゆっくり踏み込んでいく

C.
音がカットアウトしたような印象的な効果を出したい時には、一気に上げ離す

D.
音の伸ばしなどで余韻を大切に切りたい時には、徐々に上げ離していく

 

このほか、欲しい表現に応じて様々なペダリングのアイディアが考えられます。

「ダンパーペダルの踏み込み方と離し方におけるスピード」という視点を必ず持って演奏するようにしましょう。

 

‣ 15.「ダンパーを外して」の意味を理解する

 

ベートーヴェン「ピアノソナタ第14番 月光 第1楽章」の最初に「ダンパーを外して」と書かれています。

これは間違えられがちなのですが、「ダンパーペダルを使用して」という意味。

 

「ダンパーペダル」ではじめて「ダンパー」という用語を知った方は、この用語を、音を伸ばすためのものだと思い込んでいる方もいるのではないでしょうか。

実際は逆で、ダンパーとは「弦の響きを止める装置」のことです。

 

(再掲)

ピアノでは、音域によって弦の本数が異なりますが、この写真の箇所は一つの鍵盤に対して3本の弦が張ってあります。

黒いものがダンパーです。弦3本に対して、ダンパーひとつが対応していますね。

 

打鍵していない状態、つまり鍵盤が上がっている時、各鍵盤に対応する弦は各鍵盤に対応するダンパーとくっついています(写真は、くっついている状態)。

打鍵するとその鍵盤に対応する弦から対応するダンパーが離れるので、響きを止めるものがなくなって音が響きます。

その鍵盤を上げるとまた弦にダンパーがくっつくので、鳴っていた響きが止まります。

 

今解説したのは、「鍵盤単位」での話です。

 

一方、ダンパーペダルを踏むと鍵盤単位ではなく全ての鍵盤に対応する全てのダンパーが一斉に弦から離れるように設計されています。

したがって、どの鍵盤を弾いても音が響き続けるのです。

 

もうお分かりですね。「ダンパーを外して」という指示の意図する内容は、「弦からダンパーを離して欲しい」ということなので、「ダンパーペダルを使用して」という意味になります。

 

‣ 16. サイレント・キーを活用してペダルの濁りを避ける方法

 

サイレント・キーとは、「音を出さないフィンガーペダル」のこと。

ダンパーペダルの使い方や楽器の構造とも関連が深いテクニックなので触れておきます。

 

現代作品ではよく出てきますが、もっと古典的な作品においても演奏者の判断次第で取り入れることができます。

サイレント・キーは弦の共鳴を利用するものなので、原則、生のピアノで使用するテクニックです。

 

具体例を見てみましょう。

 

ブラームス「ピアノソナタ第3番 ヘ短調 Op.5 第1楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、54-55小節)

右側の小節の2-3拍目を見てください。

Des – C とメロディが短2度で動くので、ダンパーペダルを踏みっぱなしにしておくと濁ってしまいます。

だからといって、ダンパーペダルを踏み変えてしまうと、左手で演奏した音響が消えてしまいます。12度音程のアルペッジョなので、バス音などを指で残しておくことは余程手が大きい奏者でない限りできませんので。

直前の文脈上、ソステヌートペダルの活用も難しい。

では、ダンパーペダルを半分だけ踏み変えるのがいいのか…。

 

いくつか策はありますが、この譜例において最も問題解決になるのは、サイレント・キーの活用です。

 

(再掲)

菱形で示した音がサイレント・キーで用意されるべき音。

55小節2拍目のメロディDes音を弾いたら、音を出さないように菱形の音を押し下げておく。そして、3拍目のメロディC音のときにダンパーペダルを踏み変える。

そうすると、メロディは濁らせずに左手で演奏した音響をある程度残すという、ふたつのことが両立できます。

 

どういった仕組みなのかを説明します。

 

まず、前提として以下の2点を踏まえておいてください:

・ダンパーペダルを踏み込むと、すべてのダンパーが弦から離れる
・ダンパーペダルを使用していない場合、鍵盤を下ろしている間は、その鍵盤の音に対応するダンパーのみが上がったままになる

 

(再掲)

ダンパーペダルを使って弾いた時には全てのダンパーが上がっているので、弾いていない音の弦も含めて全ての弦が共鳴しています。

ここでダンパーペダルを上げると本来は全てのダンパーが弦に密着してその響きを止めるのですが、サイレント・キーを使用することで、それらの押し下げた鍵盤の音に対応するダンパーのみは上がったまま保持されます

鍵盤を押し下げているのだから、当然ですね。

ダンパーペダルを踏み変えてもサイレント・キーに対応する部分の弦だけは響きが止められることはない、ということ。

 

したがって、全弦が響いているときのような音響の豊かさはなくても、ある程度、音響を残すことができるのです。

 

一応仕組みを解説しましたが、とにかく、譜例通りに試してみてください。

身につけておけば、意外と活用機会のあるテクニックです。

 

‣ 17. サイレント・キーでペダルを踏み変え、デクレッシェンドを作る方法

 

ダンパーペダルとセットで活用するサイレント・キーの例を、もう一例見ておきましょう。

 

ピアニストのミシェル・ベロフも取り入れている、「サイレント・キーを利用してペダルを踏み変えてデクレッシェンドする」というやり方があります。

 

ドビュッシー「前奏曲集 第1集 より 沈める寺」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、42-45小節)

ここでは から pp までのダイナミクス間に「4段階の弱音」が要求されていますが、その表現サポートとして「ペダルチェンジによるデクレッシェンド」有効にはたらきます。

 

手順:

1. 各小節の3拍目の音(拍子自体は、6/4拍子)を打鍵
2. 打鍵したらすぐに、1拍目の白玉音群を再発音されないように両手とも押さえ直す(サイレント・キー)。
3. 押さえ終わったら、ダンパーペダルを踏み変える

 

このようにすることで、押さえ直した音群がペダルで共鳴して薄い音響が生まれ、結果として、デクレッシェンドしたような効果を得ることができるのです。

 

サイレント・キーをしていない状態での通常のペダル踏み変えでは音響が全て消えてしまうので、これらの違いを理解しましょう。

 

上記一連の手順を楽曲テンポの中で行うわけなので、やや高度なテクニックと言えるでしょう。

特に、「サイレント・キーの際に再発音してしまうミス」には細心の注意が必要です。

 

共鳴を利用した方法なので、基本的に電子ピアノではできません。

現代音楽以外ではほとんど作曲家による指示はないので、奏者の判断で取り入れることになります。

 

‣ 18. 音色の引き出しが広がらない場合の改善方法

 

「出せる音色の広げ方」

それは、これはこういうものだ、という固定観念にとらわれ過ぎないことなのです。

 

例えば、ソフトペダルをどういった時に使いますか?

・音量を控えたいとき
・音量を控えて、なおかつ、音色をくもらせたいとき

などが一般的でしょう。

 

もちろん、それでOKです。しかし、そこで思考が止まってしまうと伸びません。

以下のように考えて音を出してみましょう:

・「ソフトペダルを踏んだまま ff で演奏したら、どんな音色が出てくるだろう?」
・「その時に、ダンパーペダルを踏んでいる場合とそうでない場合とで、どのように音色が変わるだろう?」

このように考えて、興味を持って、聴きたくてウズウズしながらピアノへ向かう。その繰り返しで自分の知っている音色が増えていきます。

「百聞は一見に如かず」であり、自分で音を出してみて記憶しなければ一生覚えていられる引き出しにはなりません。

 

「これはこういうものだ、という固定観念にとらわれ過ぎないこと」

とはこういうことであり、逆の発想などをして試してみることが引き出しを増やしてくれます。

 

また、上記のようにグランドピアノとアップライトピアノではソフトペダルの構造自体が異なるので、同じやり方をしても出てくる音色に差があります。

こういった細かなことにも興味を持ちましょう。

 

「自分はグランドピアノしか持っていないから、興味ない」などという四畳半の考えはよくありません。

どんなピアノでも触る機会は訪れるものです。

それに、「構造」や「チェレスタペダル / セレストペダル(マフラーペダル)」などが理由でアップライトピアノにしか出せない音色は多いので、そこに作曲家が目をつけてアップライトピアノ用の作品も生まれています。

加えて、「ショパンはアップライトピアノを非常に好んだ」という事実も軽視することはできません。

 

► 終わりに

 

本記事を通じて、ピアノのペダル操作を楽器の構造から学び、ペダリングの本質を理解していただけたことと思います。

 

ペダルの効果は、ピアノの内部構造と密接に結びついており、その理解が深まることで、ペダルの使用方法に対する新たな視点が得られるはずです。

ピアノの仕組みを知ることは、単に技術を向上させるだけでなく、音楽表現をより豊かにする鍵となります。

 

ピアノの構造の基礎について学びたい方は、以下の書籍を参考にしてください。

 

最新ピアノ講座(1) ピアノとピアノ音楽 (音楽之友社)

ピアノを深く知るための決定版といえる一冊。
楽器の歴史から構造、音楽史、演奏技巧の変遷、教育法、保守と防音まで、まさに「ピアノの図鑑」として機能する本書。
日本を代表するピアニストや作曲家、音楽大学教授陣による分担執筆で、それぞれの専門分野について詳しく解説されています。

 

 

 

 

 

 


 

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