【ピアノ】フェルマータの表現技法:12のポイント

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【ピアノ】フェルマータの全知識

► はじめに

 

音楽演奏において、フェルマータは単なる音の延長ではありません。

作曲家の意図を汲み取り、楽曲の構造と表現を深く理解するための重要な記号です。

本記事では、フェルマータの本質的な意味と、意識すべき12の実践的なポイントを詳しく解説します。

 

► A. フェルマータの基本的理解

‣ 1. J.S.バッハが示す、終止音と終止線上のフェルマータの違い

 

J.S.バッハが用いた器楽曲の曲尾のフェルマータには、区別が必要です。

・終止音上のフェルマータ
・終止線上のフェルマータ

これらをJ.S.バッハは使い分けているので、必ず意識して区別をし、混同しないようにしましょう。

 

【終止音上のフェルマータが使われた例】

 

J.S.バッハ「インヴェンション第1番 BWV772」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)

 

【終止線上のフェルマータが使われた例】

 

J.S.バッハ「インヴェンション 第6番 BWV 777」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)

 

終止線上のフェルマータに関しては、

「フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法」著 : ヘルマン・ケラー  訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社

という書籍に、以下のような記述があります。

(以下、抜粋)
[終止線上のフェルマータの場合には]
音楽が聞えないながら響き続けているようにせよというのであって
終止和音が延ばされるのではない。
(抜粋終わり)

 

要するに、「J.S.バッハ自身がその音楽をどう聴いていたのか」というのが読み取れる記譜法になっているわけです。

 

◉ フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法
著 : ヘルマン・ケラー  訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社

 

 

 

 

 

 

‣ 2. 楽曲の規模に応じたフェルマータの長さの判断

 

フェルマータをどれくらい伸ばすのかについては、参考書によって様々な見解があります。

あらゆる演奏家の解釈からも分かるように、結局のところ、唯一の答えはありません。

つまり、その作品の内容から考えて演奏家が判断していかないといけないということです。

 

フェルマータ、特に曲尾のフェルマータにおける長さの決定にとって一番の指針となるのは、「テンポ」と「曲の規模」でしょう。

 

曲の規模がかなり小さいのにも関わらず、曲尾のフェルマータで伸ばし過ぎたら、お尻ばかりが大きなバランス性を欠いた作品に聴こえてしまいます。

反対に、長大な作品であまりにもサラッと終わってしまったら、頭でっかちで聴き終わった後の満足感もイマイチ。

 

想像してみてください。

テンポは Andante と決まっている上で「たった3小節の作品を作曲する」という課題を出されたとします。

もし仮に、「3小節目は全声部全音符で、しかもフェルマータ付き」という内容にしたらどうでしょうか。

成立はしますが、言うまでもなくバランス性に欠きます。

3小節目がまるまる全音符という時点で、単純計算、33%が伸ばし。

さらにフェルマータもつけられるので、楽曲全体の40%~50%が伸ばしということになってしまいます。

 

こういった規模では大してフェルマータをやらない方がいいですし、

そもそも、以下の段階から再検討する必要があります:

・フェルマータをつけるかどうか
・最後の小節はまるまる全音符でいいのか

 

単純にフェルマータのところだけを取り出して聴いてみて美しくできていると、こういうことを結構平気でやってしまうのです。

演奏でも同じ。

作曲家がすでに書き残したフェルマータをどの程度表現すべきかというのは、楽曲全体を見たうえで判断しましょう。

 

► B. 音楽構造とフェルマータ

‣ 3. フェルマータが語る音楽の構成

 

「シャンドール ピアノ教本  身体・音・表現」 著 : ジョルジ・シャンドール  監訳 : 岡田 暁生  他 訳5名 / 春秋社

という書籍に、以下のような文章があります。

 

ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番 ハ長調 op.53 ワルトシュタイン 第1楽章」

譜例(PD作品、Sibeliusで作成、288-295小節)

(以下、抜粋)
この三つのフェルマータは異なる役割を持っており、最後のものが最も長くなるのは明らかである。
(抜粋終わり)

 

具体的な理由は書かれていませんが、同書の別の項目にヒントがあります。

(以下、抜粋)
フレーズの中ほどにあるリタルダンドは、フレーズ終わりにあるリタルダンドよりも控えめにするべきなのだ。
(抜粋終わり)

 

(再掲)

このリタルダンドの考え方と共通した部分があります。

つまり、フェルマータごとにひとつひとつひとつと構成を考えるのではなく、譜例の a tempo までの全体を大きくひとつのカタマリと捉える

途中にあるフェルマータは、あくまで大きく見た場合のフレーズ中の出来事です。

 

譜例のようにフェルマータが何度か出てくる場合、一番長いそれをどこに持ってくるのかなど、そのやり方に差をつけることは「構成を示すこと」とも言えますね。

 

◉ シャンドール ピアノ教本  身体・音・表現   著 : ジョルジ・シャンドール  監訳 : 岡田 暁生  他 訳5名 / 春秋社

 

 

 

 

 

 

‣ 4. フェルマータの背後にある作曲家のメッセージ

 

「どうしてそこにフェルマータが書かれているのか」を考えてみたことはありますか?

 

「フェルマータが書いてあるから、とりあえずそこの音価を延長して…」というのも間違いではないのですが、

それだけでは書いてあることを作業としてやっているだけなので、他の楽曲にも活かせる音楽表現は身につきません。

 

フェルマータでひきのばされている所は、なぜひきのばされているのかを楽曲ごとに考えてみましょう:

・フェルマータ直後の表現を印象的に聴かせたいため?
・フェルマータ箇所の和声をしっかり聴かせたいため?
・フェルマータまではノンストップで突入してほしい、というサイン?

など。

他にも様々な理由が考えられますが、これを、必ず自身で考えてみることが重要です。

 

「フェルマータ直後の表現を印象的に聴かせるため?」
→ それなら、フェルマータの直後に少し音響の切れ目を入れてみようかな

「フェルマータ箇所の和声をしっかり聴かせたいため?」
→ それなら、フェルマータを少し長めにとってみようかな

「フェルマータまではノンストップで突入してほしい、というサイン?」
→ それなら、rit.をしたり揺らしたりせずに淡々と弾き進めてこようかな

 

ここで言いたいのは、フェルマータの解釈によって、その前後の弾き方にまで表現が及ぶということです。

そうして、その演奏者の独特の演奏になるのです。

 

楽曲分析というのは、「書かれている記号などがなぜそこに書かれているのかを考え、そのために、前後を分析する」ということも含みます。

 

‣ 5. 音楽のエネルギーを読み取るフェルマータの機能

 

チャイコフスキー「四季 12の性格的描写 10月 秋の歌」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-21小節)

譜例のフェルマータの意味合いとしては「ここまで、エネルギーを落とさずにきてほしい」という意図が強いでしょう。

だからこそ、「一時停止」という意味のあるフェルマータが必要だということ。

フェルマータがどこに書かれているかを調べることで、音楽の方向性を見極めることができるケースがあるのです。

 

このフェルマータの前からすでにエネルギーを弱めてしまっている演奏も耳にしますが、それではフェルマータの書かれている意味が希薄になります。

 

少なくとも力のある作曲家であれば、「ただ何となく長く伸ばしてほしい」などという曖昧な理由でフェルマータを書くことはありません。

必ず音楽のエネルギーと結びついたうえで、ありとあらゆる表現が書かれています。

 

► C. 演奏技術とフェルマータ

‣ 6. 作曲家の意図を尊重する:無断のフェルマータ追加は避けよう

 

楽曲の最後の伸ばしで、書かれていないフェルマータを入れてしまっていませんか。

ピアニストの演奏を聴くと補っているケースもありますが、それはもっとも正統的なやり方というわけではありません。

 

もし作曲家にとってフェルマータの表現が必要だったのであれば、以下のような処理がとられるはずです:

・フェルマータを書く
・フェルマータを書かずに、1小節増やしてタイでつなぐ

勝手に書かれていないフェルマータをすべきでない理由は、「書かれていないから」というだけでなく、前項目で解説したように「楽曲が非常に短い場合、全体のバランスがくずれる可能性もあるから」という音楽的な理由も含みます。

 

シンプルな楽曲であっても、こういった「全体の構成を意識すること」は必要。

構成というのは、作曲上のことだけでなく演奏上でも表現できるのです。

もっと言うと、演奏次第では、作曲家が書きのこした構成を台無しにしてしまう可能性があるということ。

 

ロマン派以降、特に「近現代」になってくると作曲家の楽譜への書き込みは多くなってきます。

ラヴェルにいたっては、

「私の楽曲に余計な解釈は不要。楽譜通り弾けばいい。」

などといった言葉を残しているくらいです。

 

まずは作曲家が書きのこした楽曲の骨格を楽譜から読み取る。

フェルマータなどの色付けをするのであれば、その後にしましょう。

 

‣ 7. 感覚ではなく楽譜に忠実に:フェルマータの正確な位置

 

ハイドン「ソナタ 第60番 Hob.XVI:50 op.79 第3楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、7-11小節)

11小節1拍目にフェルマータがありますが、こういった休符上のフェルマータを、10小節3拍目のような直前の最後の音符で表現してしまうケースが見受けられます。

 

感覚に頼っているとそうやりたくなる気持ちも分からないでもありませんが、

少なくともこの譜例では、フェルマータの位置は休符の上

感覚で決めずに、楽譜をよく読むべきです。

 

また、フェルマータへ入るときにrit. をしたくなりそうですが、そうせずにノンストップで入ってください。

いきなり停止が起きる効果を表現しましょう。

 

92小節目や160小節目など、ハイドンは似たところでわざわざ rit. を書いています。

あえて書き分けているので、書かれていないところではやらないことを原則としましょう。

 

もう一例見てみましょう。

 

J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調 より プレリュード」

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲尾)

譜例のように、フェルマータで伸ばした後に休符が挟まる場合は特に、フェルマータの位置を勝手にずらしてしまう演奏が散見されます。

音符の代わりに休符へフェルマータをつけてしまったり、もしくは、音符と休符の両方へつけてしまったり。

 

さまざまな作曲家の楽譜を見ていると気が付くはずですが、もし作曲意図として休符の上にもフェルマータが欲しいのであれば、作曲家はわざわざそのように書いています。

 

本項目に関連したネイガウスの名言を紹介します。

「ネイガウスのピアノ講義 そして回想の名教授」著 : エレーナ・リヒテル  訳 : 森松 皓子 / 音楽之友社 より

(以下、抜粋)
作曲家は実際に演奏しなければならない100分の1を楽譜に書いています。
ところがそれすらあなたは実行していません。

(抜粋終わり)

 

◉ ネイガウスのピアノ講義 そして回想の名教授 著 : エレーナ・リヒテル  訳 : 森松 皓子 / 音楽之友社

 

 

 

 

 

 

‣ 8. フェルマータの長さに迷った時の解決策

 

J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調 より プレリュード」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)

最終小節は5声で終わり、ソプラノでは全音符B音にフェルマータが書かれています。他の声部では3拍目に書かれていますね。

もちろん全声部を同時に切ればいいわけですが、もう少し突っ込んで考えてみましょう。 

 

「フェルマータが書かれた部分はどれくらい伸ばすべきなのか」ということが音楽用語集によっても様々であるため、結局のところ、その音楽ごとに解釈するしかないわけです。

 

ただし作品によっては、楽曲の最後などで他の声部を先に消して一声部だけを残して終わらせるものもあるため、譜例のような書かれ方をしていると、一瞬戸惑いが起きたりするのです。

 

決してJ.S.バッハが悪いわけではありません。

しかし、もし筆者が今の時代に作曲するとしたら、次の譜例のように書くでしょう。

 

(譜例、ソプラノを解釈しやすくしたもの)

このように、2分音符2つをタイで結び、後ろの2分音符にフェルマータを書くことで、演奏者に解釈の迷いを与えなくなり、他の声部との整合性をとることができます。

「一時停止」という意味があるフェルマータの本質から外れることもありませんね。

 

‣ 9. 音の方向性を意識したフェルマータの表現

 

リスト「バラード 第2番 S.171 ロ短調」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、55-58小節)

57小節目の頭でいったんフェルマータになりますが、こういったところでは、ただ一時停止するだけだと思わずに出した音の先を見てください。音の方向を見る。

 

言い換えると、伸ばしている音をきちんと聴き続けて、どのように次の音へつなげていくかを耳で調整するということです。

 

それをしないと、出しっぱなしで音の方向性が見えない中途半端な伸ばしになってしまいます。

手の動きにも緊張感をもってください。

 

► D. テンポとフレージングの技法

‣ 10. フェルマータとリタルダンドの繊細な関係

 

チャイコフスキー「四季 12の性格的描写 10月 秋の歌」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-21小節)

フェルマータ(この楽曲いちばんのヤマ)へ向かって、少しだけ rit. をかけてテンポを広げるのが慣例。

一方、rit. をやり過ぎるとフェルマータの表現が活きなくなってしまい、書かれている意味がなくなってしまいます。

 

フェルマータというのは、「一時停止」という意味がありますが、その直前のテンポが広がり過ぎると「一時停止感」は生まれません。

 

あらゆる作品で、こういったメロディの頂点についているフェルマータが登場しますが、「フェルマータを活かしたいのであれば rit. のかけ過ぎに注意する」ということを頭の隅に置いておきましょう。

 

音楽表現というのは単独で把握するものではなく、全てつながっているのです。

 

‣ 11. 連符とフェルマータが示すノンストップの意図

 

ベートーヴェン「ピアノソナタ第8番 悲愴 ハ短調 op.13 第1楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、10小節目)

この下降クロマティックスケールは、タメたりrit.したりせずに「一気に」フェルマータの音まで流れ込んでください。

理由は以下の2つです:

・「6連符」「7連符」「128分音符」と音価を細かくなっていくから
・たどり着いた先に「停止」という意味のあるフェルマータが付いているから

 

つまり、ここでの連符は「速くしていく」というよりも、rit.をしないで下さい」という意図だと考えられます。

だからこそ、たどり着いた先に「停止」という意味のあるフェルマータがついているのですね。

 

‣ 12. 身体の動きも音楽の一部:フェルマータの視覚的表現

 

「メロディだけに書かれているフェルマータ」などは例外として、「両手ともに音を伸ばしたままフェルマータになる箇所」が出てきた時に注意すべきなのは、

「フェルマータをしている間に、身体を次の準備に向かわせてしまわない」ということです。

 

「音響の伸ばし」をダンパーペダルに頼ると、次のために身体のポジション準備ができることは確か。

しかし、「視覚的」にも音楽を聴いている聴衆からすると、この動きのせいで緊張感が台無しになってしまうのです。

フェルマータの間は手でもしっかりと音を残し、その後にサッと次のポジションへ移動する方が得策でしょう。

 

フェルマータでは身体の移動もフェルマータさせるということを踏まえて演奏すると、「視覚的」に魅力的な演奏になるでしょう。

それは結果として、「聴覚的」にもより良い演奏に聴こえるのです。

 

► 終わりに

 

フェルマータは楽譜に込められた作曲家のメッセージです。

単に記号を機械的に再現するのではなく、音楽の深層に隠された意図を丁寧に読み解くことが、真の音楽表現につながります。

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

ピアノ音楽(ピアノソロ、ピアノが編成に入った室内楽 など)に心惹かれ、早何十年。
ピアノ音楽の作曲・編曲が専門。
物書きとしては楽譜だけでなく文章も書いており、
音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆を手がけています。
Webメディア「大人のための独学用Webピアノ教室」の運営もしています。
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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