【ピアノ】和音演奏を習得する25の実践的アプローチ
► はじめに
和音を演奏する際に意識すべきポイントは多岐に渡り、困難に感じることがあるはずです。
本記事では、和音演奏をより効果的に行うための実践的アプローチを紹介します。これらのアプローチを実践することで、演奏技術を向上させることができるでしょう。
► A. 和音演奏におけるバランス
‣ 1. 和音の響きの理想的な広がり方
和音の響きは「おにぎり」のカタチが理想。「おにぎり」というのは「三角おにぎり」のことです。
つまり、低音が深く響き、その上に中音域や高音域が乗る響き方。低音がその他を包み込む。
要するにバランスをとらないといけないのです。
その中で一番理想的な音響として聴こえるバランスが「三角おにぎり」の音響体。
楽曲によっては、あえて「ボトムレス(無低音)」になるように作られている楽曲もありますが、多くの楽曲ではこの法則が当てはまるでしょう。
‣ 2. 和音演奏では、ハーモニーを確実に耳へ入れる
ベートーヴェン「ピアノソナタ第1番 ヘ短調 Op.2-1 第4楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
最初に出てくるカギマークで示した右手で奏される和音に注目してください。
・短い音価
・弱奏
・和音にメロディが含まれる
という3点が揃っていると、どうしても:
・音が欠けたり
・メロディ以外の音がほとんど聴こえなかったり
という風になってしまいがち。
はじめのうちはやや大きめの音量を出してでも、ハーモニーを確実に耳へ入れるようにしてください。
自分に聴こえない音は、基本的に聴衆にも聴こえていません。
もちろん、上記の3点がそろっていない場合でも、和音演奏ではその響きをきちんと作ってあげることが大切です。
► B. 運指、連打、レガート
‣ 3. 完全5度の高速連続跳躍
ラヴェル「クープランの墓 より リゴードン」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、12-13小節)
ここでの左手では、跳躍かつ、なかなかの速さ(Assez vif = かなり速く)で完全5度が3回連続します。
こういった時は、手の形を固定したまま移動して弾くのが得策。
具体的には、運指を変えずに全て1と5の指で弾きます。
1と5の指で弾く場合は、5の指で黒鍵、1の指で白鍵を押さえる斜めの押さえ方は安定しにくいので、そのような時は、2と5の指で弾くなどの別案を取り入れましょう。
同曲から、もうひとつの例を挙げます。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
ここでの連続では、1と5の指の連続でなくても、譜例に書き込んだ運指で訳なく弾けるはず。
もう気が付いたと思いますが、完全5度の連続跳躍を高速で弾くときに困難になるのは連続で3回以上続く時。
3回目のポジション準備が難しいわけです。
関連的な話をもう一つ取り上げておきましょう。
1と5の指というのは、完全5度をガツンとぶっとい音で鳴らすのに適しています。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、23-24小節)
譜例の最初の左手に出てくる平らな完全5度和音を見てください。
「平らな」というのは「黒鍵のみ」「白鍵のみ」という和音のことを言っていて、譜例では「黒鍵のみ」ですね。
このような完全5度をガツンとぶっとい音で鳴らすコツは、1と5の指で弾くこと。
5の指は一般的には「弱い指」として扱われますが、1の指とセットで使うときには訳が違います。
側面についているこれら2本の指が手をしっかり支えるので、1と4の指、もしくは、2と5の指などで弾く場合よりも、平らな完全5度の上では安定し、非常に力強い打鍵が実現できます。
‣ 4. 運指ではつながらない和音のつなげ方
ベートーヴェン「ピアノソナタ第4番 変ホ長調 Op.7 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、105-108小節)
ここでの左手の和音は、運指の工夫のみではどうしても音響をつなげることができません。
以下の2点が理由です:
・オクターヴで動いていくから
・同音連打する音(B音)があるから
したがって、以下のパターンの解釈が考えられます:
・左手の和音はいっそのことつなげずに、紙一枚の音響の切れ目をはさむ
・ダンパーペダルを使って、つなぎ目の響きをサポートする
後者の方が、現実的で音楽的でしょう。
つまり、「運指でつながらない和音のつなげ方」とは「ダンパーペダルを使うこと」なのですが、ここで取り上げたいのは:
・どのように使うべきか
・どのように練習するべきか
という部分です。
【どのように使うべきか】
(再掲)
使い方に関してですが、濁ってしまう可能性があるので「和音のつなぎ目で短く踏むだけ」にしてください。
また、ペダルの使用意図が「右手の多少の濁りに目をつぶっても、左手をつなげたいから」というだけのことなので、薄く踏む「ハーフペダル」で十分です。その方が、濁りを軽減できます。
踏む位置を決めるポイントは、どの位置から踏み始めるかを決めておくこと。
何となく踏むのでは毎回踏む位置が変わってしまうので、練習が積み重なりません。
譜例では「最後の16分音符3つ分(16分音符を3×4でとっている)」で踏むようにしていますが、慣れていない方は頭がこんがらがる可能性もあります。
そこで、「テンポを相当速く弾く」という条件付きで「16分音符6つ分」踏んでもいいでしょう。
なぜかというと、細かいパッセージに使用するペダルというのは、テンポが相当速い場合には濁りが気になりにくい傾向があるからです。
【どのように練習するべきか】
(再掲)
練習方法についてですが、とにかく、体内でカウントをとりながら左手とペダルのみでの練習をしてください。
・左手の和音連結が美しくできているか
・どのタイミングでペダルを踏むのか
・半ペダルの踏み込み具合
これらを完全に身体へ入れるつもりで練習しましょう。
‣ 5. 手の交差を使って和音演奏を分担する
まず最初に、手の交差でメロディを弾く、それも、和音としてのカタマリからトップノートを取り出す例を見てみましょう。
フランク「プレリュード、コラールとフーガ ロ短調 M.21」
譜例(PD作品、Finaleで作成、コラールの11-13小節)
本楽曲の一部は交差の嵐なのですが、このテクニックは時に他の楽曲へも応用できます。
「手の交差」というのは、上記の例のように連続で出てくるとなかなか弾きにくいもの。
しかし、一発のみ取り入れる場合は、むしろ難所の難易度を下げることができるケースもあります。
ショパン「24のプレリュード(前奏曲集)第7番 Op.28-7 イ長調」
譜例(PD作品、Finaleで作成、12小節目)
左の譜例を見てください。
通常の運指の場合は、右手の親指でAis音とCis音の両方を押さえなくてはいけないので、
大事な楽曲一番のクライマックスであるにも関わらず、結構、失敗が起きやすい箇所になります。
それを手の交差で解決した例は、右の譜例。
メロディ音を交差した手で弾くことにより、格段に弾きやすくなっています。
アルペッジョにしてしまうという変更はありますが、
この交差による変更はかねてから多くのピアニストが取り入れており、決して珍しいものではありません。
それに、きちんとクライマックスを作りさえすれば音楽的にも問題になるような変更ではありません。
場合によっては、検討してみてもいいでしょう。
‣ 6. 和音同音連打の均一性と音質コントロール
(譜例)
譜例のように、伴奏型として「和音の同音連打」が出てくることは多くあります。
こういった音型は簡単そうに見えますがニュアンスは難しいですね。
特に mp 以下のダイナミクスの場合は打鍵のタイミングが揃わず、「パララ」とアルペッジョがついたように発音タイミングがずれてしまうことがあります。
改善策としては、一度鍵盤を底まで打鍵したらステイして、そのときの手の感触と形を覚えておくという方法がおすすめ。
この際のポイントは、底まで打鍵しステイしたら、力を捨ててみること。
力が抜けているときの方が、鍵盤の情報を得やすくなるのが、脱力をする利点です。
指先のセンサーを働かせやすくことが脱力の目的のひとつとも言えるでしょう。
つまり、そのときの手の感触を覚えておきやすくなります。
‣ 7. つぶやくような伴奏型を音楽的に
譜例(Finaleで作成)
このような「つぶやくような伴奏型」を一度は目にしたことがあるはずです。
音楽的な面での注意点は2つ:
・2つ並んだ4分音符の「後ろの音」が大きくなってしまわないこと
・特にノンペダルの場合は、余韻を残すように丁寧にリリースすること
譜例(Finaleで作成)
このような和音連打による伴奏型を、「弱奏」で「ダンパーペダルを用いながら」演奏する楽曲は多くあります。
例えば、ショパン「プレリュード(前奏曲)第4番 ホ短調 Op.28-4」などでは、ほぼ全編を通してこの伴奏型で構成されています。
譜例を見ると分かるように、和音の同音連打というのは、持続音の役割を持っています。
したがって、「弱奏」で出てくる時には一つ一つの刻みがはっきりと見えてしまうよりは、和音の連なり全体で「伸ばされている音」のイメージを持って演奏すると、雰囲気に合ったニュアンスを表現できます。
8分音符の刻みを、全音符の伸ばしのイメージで演奏するということです。ピアノでは打鍵した後に音が減衰してしまうので分割されただけだと考えてみましょう。
テクニック的には、決して縦にカツカツとは弾かず、「鍵盤に指をつけておいて、押し込むように打鍵」すると音楽が縦割りになるのを軽減できます。
これさえ意識できれば、後はフレーズを横に引っ張っていくイメージを持って演奏していくだけで美しい持続となるでしょう。
‣ 8. 多声音楽における同音連打を含む和音の統合的演奏
ショパン「ノクターン(夜想曲)第8番 変ニ長調 Op.27-2」
譜例(PD作品、Finaleで作成、15小節目)
譜例後半のように、和音連打で一声部が同音連打になっている書法があります。
こういった場合に演奏で気をつけるべきことは、動く方の声部で横のラインの流れを意識すること。
一つ一つの和音が縦割りになってしまわないように注意が必要です。
こういった場面における同音連打というのは、言ってみれば「持続音」。
ほんらいであれば長い音価で伸ばしていてもいいのですが、減衰楽器であるピアノという楽器の特徴も踏まえて、同音連打で持続させているというわけです。
少なくともこの譜例の箇所では、同音連打の方の声部は主役ではありません。
意識を動く声部の方へ傾けて歌っていき、その中で、同音連打の方の音にも触れる。
こういったイメージで重要な声部を意識すると、音楽的なサウンドが得られるでしょう。
以下のような練習も行ってください。
譜例(Finaleで作成)
必ず、原曲を実際に演奏するときの運指を使って練習しましょう。
同音連打の声部を伸ばしたままにしておくのは、手の広げ方を変えてしまっては声部別練習の意味がないので、原曲を実際に演奏するときの手の開き具合を保ったまま動く声部を練習するためです。
‣ 9.「和音のレガート」を攻略する
【「和音のレガート」を実現する演奏法】
和音の連続に対してスラーがかかっていることはよくありますね。
メロディに対してであったり、伴奏に対しての場合もあります。
譜例は、右手で演奏するメロディラインに対して和音のレガートが要求されている例。
譜例(Finaleで作成)
「和音のレガート」を実現する演奏法として重要なのは、以下の3点です:
・指でレガートにできるラインはしっかりとつなげる(特に、大事なメロディラインなど)
・その他のラインはテヌートで長めに音を保持する
・ダンパーペダルに頼りすぎない
ピアノという楽器は、同音連打が苦手な楽器。
譜例の親指で演奏するような同音連打は一度指を上げないと再打鍵できません。
したがって、切れてもいいのですが、その切れ方をなるべく少なくする必要があります。
その上で大事なラインは指でレガートにしてペダルでも補佐すれば、レガートに肉薄できます。
【「和音のレガート」の練習方法】
(再掲)
上の音と下の音に分けてそれぞれ練習してみましょう。
上下それぞれのラインのニュアンスをしっかりと身体に入れてください。
和音演奏する時に使う「実際の指遣い」で練習することが重要です。そうでないと、分解して練習する意味がありません。
‣ 10. 声部分けされていない和音につけられたスラーの考え方
モーツァルト「ピアノソナタ変ロ長調 K.333 第2楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、19-20小節)
カギマークで示した部分を見てください。
この19小節目に出てくるスラーをダンパーペダルでつなげるのは、やめておくべき。
なぜかというと、バスの同音連打Es音もその部分だけつながってしまって不自然だからです。
記譜上は声部分けされていないだけで、ここはどう考えても左手で演奏するパートのみでも2声になっているので、それぞれの声部を独立して扱わなければいけません。
スラーが同音連打のバスにもかかっていると考えるのは無理があります。
全ての同音連打バスをペダルで繋げてしまうのはどうかというと、そうしてしまっては左手上声部のスラーの意味が薄れてしまいますし、そもそもメロディが非和声音も使って細かく動いているので濁ってしまい、現実的ではありません。
(再掲)
一方、20小節目の左手パートに出てくるスラーに関しては、バスも一緒に別の音へ動いているので、バスにもかかっていると解釈することができなくはありません。
この譜例の部分のように、「声部分けされていないけれども、明らかに多声として扱われるべき和音」が出てきた時には、スラーが一つの声部にかかるのか、それとも、他の声部にもかかるのかを場面をよく踏まえたうえで判断してください。
► C. ダイナミクス、フレーズ、装飾音
‣ 11. 分散せずに、和音の中から特定の音を浮き立たせる方法
「レシェティツキー・ピアノ奏法の原理」 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
という書籍の中に、以下のような解説があります。
(以下、抜粋)
ラフマニノフ「幻想的小品集 前奏曲 鐘 Op.3-2 嬰ハ短調」
譜例(PD作品、Finaleで作成、7-8小節)
和音では、主題は通例、最高音部にあるものである。
和音がアルペッジョに分散されてはならない場合にそれを浮き出させるには、主題を受け持つ指を他の指より長くおさえておく。
(中略)
もし、その和音にペダルが使えるならば、主題を受け持つ以外の指は全部、和音を打ったあとですぐに離す。
(抜粋終わり)
この内容について補足します。
なぜこのようにすることが主題を際立たせることになるのかというと、簡潔に言えば、声部ごとの音色が変わることで聴き取りやすくなるからです。
(譜例再掲)
ではなぜ、声部ごとの音色が変わるのでしょうか。
譜例のように、ある声部は伸ばして別の声部は切って弾く場合、無意識に何をやっているのかというと、大抵、切る声部の方が打鍵速度を速くしているのです。そうしないと切って弾きにくいから。
全てを同じように打鍵してから切る声部の指だけを上げているわけではなく、打鍵する前の段階で、差はついています。
つまり、声部ごとの音色が変わる理由は、声部ごとの打鍵速度が異なるから。
打鍵をすると、ハンマーが動いて弦を打つことで音が出ます。
この時にポイントとなるのは、「ハンマーが弦に接している時間が短いほどきらびやかな音になり、長いほど柔らかい音になる」ということ。
打鍵速度が速いと、ハンマーが弦にあたるスピードも速くなります。「力が強くなる」ではなく、「スピードが速くなる」という部分に注意してください。
ある程度の反発があるので、当然、ハンマーが弦に接している時間も短くなるため、きらびやかな音になります。
一方、打鍵速度が遅いとハンマーが弦にあたるスピードも遅くなります。「力が弱くなる」ではなく、「スピードが遅くなる」という部分に注意してください。
反発が弱いので、当然、ハンマーが弦に接している時間も長くなるため、柔らかい音になります。
アクションの構造上、鍵盤を下ろしたままにしている状態であっても、結局、ハンマーは弦から離れます。
したがって、ハンマーが弦に接している時間に関しては「長くなる」「短くなる」と言っても時間的に言えばわずかなもの。
しかし、そのわずかの違いが、ピアノの音色へ与える影響としては「わずかではないもの」なのです。それを、打鍵速度でコントロールできるということですね。
(再掲)
なぜ、譜例のような奏法をとると聴かせたい音が際立つのか何となく分かったでしょうか。
必ずしもこの奏法をとる必要はありませんが、応用できる場面は意外に多いものです。
・レシェティツキー・ピアノ奏法の原理 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
‣ 12.「2声的な和音」の演奏ポイント
ベートーヴェン「ピアノソナタ第22番 ヘ長調 作品54 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、29-30小節)
ここからの左手は、「同音連打される声部」と「順次進行で動く声部」に分かれます。「2声的な和音」になっていますよね。
ではなぜ、2声に声部分けされていないのかというと、単純に「見にくくなるから」です。
明らかに2声がリズム的にも独立して動いている場合には、上向きと下向きで声部分けした方が見やすい。しかし、この譜例のように片方の声部がステイしていてリズムも同じ場合などは、無闇に声部分けされていると、ただ煩雑になり見にくくなってしまいます。
多くの楽譜というのは「利便性」も考慮されて書かれているのです。
(再掲)
さて、話を戻しましょう。
こういった「片方の声部がステイしている2声的な和音」の演奏ポイントは、「“同音連打される声部”をやや控えめに演奏し、”動く声部”の方が多めに聴こえるバランスを探る」ということ。
こういった箇所で全てを同じバランスで演奏すると、ただの「音のカタマリ」になってしまいます。それでは「2声的」には聴こえてきません。
テクニック的には、「際立たせたい音を意識すると共に、手をわずかにその音の方向へ傾けて打鍵する」とうまくいくでしょう。
‣ 13. 和音の好バランスと迫力の共存方法
演奏の良し悪しが見えてしまいやすいところの代表格が、f の際の和音のバランスです。
よくありがちなのが、以下3点です:
・f の和音で、音が散らばってしまっている
・f の和音で、メロディ部分が聴こえてこない
・f の和音で、響きのバランスが良くない
ベートーヴェン「ピアノソナタ第27番 Op.90 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、24-29小節)
pp の世界から、28小節目にsubitoで f になります。ここの f における和音のバランスが問題。
8音も同時発音する和音なので、何も考えずに打鍵するとただの音のカタマリになりメロディが埋もれてしまいます。だからと言って、右手の小指を意識して他を加減すると迫力が無くなってしまいます。
では、和音のバランスと迫力を共存させるには、どうすればいいのでしょうか。
解決策はシンプルです。
右手全体をはっきり弾いてください。左手はやや加減し、右手ははっきりと弾く。
そうすると問題は解決されます。
(再掲)
あわせて意識したいのは、こういった f の和音では、鍵盤のすぐ近くから、つかみとるように打鍵すること。高くから叩くように打鍵すると、音が散らばってしまいます。
楽譜通り音が拾えるようになった後が勝負です:
・聴こえて欲しい音がきちんと聴こえてくる
・音が散らばらずに美しい
・迫力も伝わってくる
この3つの柱が立っている f の和音を目指しましょう。
‣ 14. 両手で交互に和音やオクターヴを弾く奏法の演奏ポイント
譜例(Finaleで作成)
テクニカルな作品では、このような両手で交互にオクターヴや和音を弾く奏法が散見されます。しかも、急速なパッセージとして。
演奏ポイントはいくつかあります。まずは:
・リズムが寄ってしまわないように気をつける
・左右の手で音量差をつくらないように気をつける
・テンポが変わってしまいがちなので気をつける
この3点が重要です。
(再掲)
それから、もう一つ意識すべきなのが、親指で弾く音同士のバランスについて。
特に、この譜例のように両手の音域が近い場合は、親指の音同士でラインを作っているので、そのラインをよく聴きながらバランスをとっていく必要があります。
打鍵をする際に手の重心が親指にあるイメージを持つとテクニックが安定します。
‣ 15. 和音・オクターブ奏法におけるフレーズ維持①
プロコフィエフ「ピアノソナタ第1番 ヘ短調 作品1」
譜例(PD作品、Finaleで作成、16-17小節)
16小節目からは、右手で演奏するメロディを含む和音が重厚になります。
このような和音演奏になった途端に、フレーズ感がなくなって音楽が縦割りになってしまうケースは多く見受けられます。
プロコフィエフはフレーズを示す書き込みはしていませんが、こういったところはカッコ付きスラーで補足したように大きなフレーズ感をもって演奏してください。
点線スラーで補足したような細かなフレーズも見えますが、大きく「場面ごとの処理」を心がけた方が音楽が流れるでしょう。
フレーズを細切れにしないポイントは、矢印で示したように、小フレーズの終わりの和音から次の和音へのつながりを意識することです。
小フレーズの終わりの和音を鳴らした途端に安心してはいけません。
‣ 16. 和音・オクターブ奏法におけるフレーズ維持②
リスト「バラード 第2番 S.171 ロ短調」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、199-200小節)
前項目と似たような注意点です。
オクターブの連続を弾くパッセージで陥りがちなのが、フレーズ感がなくなってしまうこと。
テクニカルなことをやり始めると一気に注意が奪われてしまうからでしょう。
オクターブではない通常のパッセージだと考えて、その場合、どのようなフレーズ表現をするか考えてみる。
このようにすると、上手くまとめることができます。
また、「ゆっくり練習(拡大練習)」の時にきちんとフレーズをつくれていること。
これが、フレーズを見失わないためのもう一つのポイントです。
原則、どんなパッセージにも向かう先があるもの。
ただの音の連続になってしまわないよう、弾くのに一生懸命になりがちなパッセージでもフレージングに注意を向けてみてください。
‣ 17. メロディを含むコラールで音楽を停滞させないコツ
ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番(ワルトシュタイン)第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、35-38小節)
メロディに対して、下ぶらさげでコラール風の伴奏がつけられています。
こういったところでは、和音を刻んでしまい音楽が縦割りになってしまいがち。
このようなメロディを含むコラール風の和音連続でも音楽を停滞させないコツについて解説します。
【メロディのみを取り出して弾いてみる】
まずは、メロディのみを取り出して弾いてみてください。
それだけであれば、長いフレーズでとれるはず。その感覚を覚えておきましょう。
1回やって終わらせるのではなく、何度も行ってメロディを長いフレーズでとる感覚を身体へしっかりと入れるようにしましょう。
ポイントは「必ず、楽譜通りへ戻した場合に用いる指遣いで弾く」ということ。そうすることで、応用可能な積み重ねのある練習になります。
【「意思」と「意識」をもって、全パート練習】
(再掲)
次に、楽譜通りにコラールの全パートを弾く練習へ戻ります。この時に、「意思」と「意識」を持って練習してください。
・和音1個1個というよりも、フレーズ全体でカタマリとして捉える
・音楽をグーっと横へ引っ張っていくイメージを持つ
つまり、一つの和音を鳴らした瞬間に安心せず、その和音の響きをずっと聴きながら次の和音へつなげていく意識をもって弾く、ということ。
【手首でいちいち抜かない】
(再掲)
手首を使ったところではフレーズが切れて聴こえます。これは、たとえダンパーペダルを使って音が伸びていたとしてもです。
譜例のような和音連続でも、一つの和音を弾くごとに手首でいちいち抜いてしまうと、フレーズがつながりません。
どうしてそうなるのかについては、以下の記事で解説しています。
‣ 18. 装飾音の後に和音がついている断片の練習方法
譜例(Finaleで作成)
一番左の譜例のように「装飾音の後に和音がついている断片」は意外と弾きにくいですね。
練習方法としては、譜例の①②を試しましょう。このように到達先の和音を上の音と下の音に分けてそれぞれ練習します。
練習ポイントとしては:
A. 大きな音符に向かうエネルギーを感じて装飾音を入れる
B. 実際の和音を弾いているつもりで手の動きを最小限にする
これらが重要です。
A. はつまり、装飾音を弾くことに一生懸命にならないようにするということ。あくまで装飾的な音は軽く演奏しましょう。そうすることで音楽的になるだけでなく、弾きやすさも上がります。
B. はつまり、①②の練習では手を大きく揺らしたりせずに、実際の和音を弾いているつもりでの手の動きに肉薄してほしいということです。
和音の分割練習のポイントは、実際の和音を弾く時の手の動きとなるべく近い動作で練習すること。そうしないと、分割練習する意味がありません。
‣ 19. 和音に前打音がついている場合の演奏方法
ラヴェル「クープランの墓 より メヌエット」
譜例1(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
この作品の楽譜には、作曲者のラヴェル自身により以下のような一言が書かれています。
「前打音を拍の前に出さずに拍頭と合わせる」ということ。
しかし、前打音をゆっくり弾いてしまうと1拍目の感覚が乱れてしまううえ、記譜通りに前打音の直後に和音を弾こうとすると意外とやりにくい。
これには解決策があります。
以下の譜例2のように、和音の下の方の音と前打音を同時に弾きはじめてください。とても弾きやすくなります。
譜例2(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
ピアニストの演奏音源をよく聴くと、このように弾いているピアニストが多くいることに気がつくはず。
この弾き方はすでに慣例化しており、
「レシェティツキー・ピアノ奏法の原理」 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
という書籍の中で、以下のように解説されています。
前打音については、重音または和音の場合、前打音をその下の音符といっしょにひき、それから旋律的主要音符をすぐに続けてひくべきだということだけ注意しよう。
低音部の伴奏音または伴奏和音は、前打音と同時にひかれるべきである。
(抜粋終わり)
・レシェティツキー・ピアノ奏法の原理 著 : マルウィーヌ・ブレー 訳 : 北野健次 / 音楽之友社
► D. 応用視点によるアプローチ
‣ 20. 作曲家が示した和音分割法は、原則尊重しよう
「和音を両手でどのように分割するのか」ということについては、様々な作曲家があらゆる指示をしていますが、演奏者はどうしても「弾きやすさ」を優先してしまいがち。
シューマン「謝肉祭 20.ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)
譜例の最終小節では、楽譜通りに演奏するとなると手を交差させて左手で最高音を弾くことになります。しかしこれを、「下から、左手で2音・右手で2音」のように勝手に和音分割を変えてしまっている演奏があります。
それでも成立はしますし、むしろ弾きやすいことは事実。
しかし、シューマンはあえて手を交差させて演奏して欲しいと楽譜にメッセージを残しているのです。
・演奏する指の違いからくる、和音の微妙なニュアンスの違い
・手の交差による、視覚的なパフォーマンス性
など、いくつかの意図があるからなのでしょう。
他の作曲家が同じようなところで手を交差させない、などというのは関係のないこと。
原則、その楽曲ではその作曲家の意図を第一に演奏しましょう。
(再掲)
ちなみに、最後から3小節目では、左手で弾く和音と右手で弾く和音が交差して「入れ子(替え手)」になっていますが、ここも同様の理由で、原則、楽譜通り演奏すべきです。
‣ 21. 和音分割で音楽が停滞してしまう場合の最終手段
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例1(PD作品、Finaleで作成、15-16小節)
16小節目の入りにおける左手には、瞬間的に弾かなくてはならない大きな跳躍が出てきますね。
素早く弾くことが必須であり、モタモタしていると小節の変わり目で音楽が停滞してしまいます。しかし、急いで入れようと思った時にバス音をペダルで拾い切れなかったりと、中々弾きにくさを感じるでしょう。
理想は、練習して何とかすることですが、それでもうまくいかない場合の最後の対処法があります。
「左手で演奏する小音符は、補足ラインで示した位置でメロディと合わせてしまう」という方法。つまり、「小音符のみ、16分音符1個ぶん、前へ出す」ということ。
荒技的に思うかもしれませんが、ピアニストでもやっている方は意外と多くいますし、流れの中で弾くとそれほど違和感がないので不思議です。
ただし、注意点があります。
「小音符のバスを、16分音符1個分、前へ出して弾く」ということは、そこからダンパーペダルを踏むということであり、メロディのAs音もペダルで拾ってしまうということ。拾ったメロディ音の響きが次の小節の和音の中に含まれると大きく濁ってしまう場合は、この方法は使えないことになります。
譜例のところでは第6音になるので、問題ありません。
同曲からもう一例見てみましょう。
譜例2(PD作品、Finaleで作成、28-29小節)
ここでは左手の和音を一度につかめないため、分割することになります。分割してはじめに鳴らすべき低音の5度を、補足ラインで示した位置で合わせる方法もあります。
注意点などは、先程の例と同様。
‣ 22. 白玉と黒玉が混ざった団子和音の弾き方
モーツァルトの作品などでよく見られる「白玉と黒玉が混ざった団子和音」があります。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ホ長調 K.282 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、20-23小節)
20-21小節の右手で演奏する和音には白玉と黒玉が混ざっています。
本当の意味で声部分けされて独立多声的な扱いをされている場合の白玉と黒玉の混合とは意味が異なる、言ってみれば「団子和音」。
ヴァイオリンなど弦楽器の楽譜では4本の弦を同時には弾けないので、移弦の関係上、2:2などで分けてこのように書くことも多くあります。一方、鍵盤楽器の作品である上記の譜例の場合、どのような意図があるのでしょうか。
このような記譜の演奏方法については、専門家のあいだでも複数の見解があります。
2つの見解を紹介しておきましょう。
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
という書籍の中で、著者は以下のように言っています。
一般には音の強調に関する指示とみなされるべき。
より短い音価で書かれている中声部や下声部の音を記譜通りの長さで弾くことは、おそらく誤りである。
・テュルク クラヴィーア教本 著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川 清一 / 春秋社
という書籍の中では、著者は以下のように言っています。
このような和音は、書かれている通りに正確に演奏すべきである。
特に理由は書かれていません。
(再掲)
二人の著者による正反対とも言える二つの見解が並んでいますが、筆者自身としては、上記の譜例のところでは前者で解釈して演奏しています。
f になった部分であり、音の強調に関する指示とみなした方がしっくりくることと、中声部や下声部の音を4分音符にする必要性が、少なくともこの譜例のところからは感じられないからです。
別の楽曲で、弦楽器を模したフレーズを鍵盤楽器で演奏しているような意図が感じとられるようであれば、テュルクの見解を採用して書かれている通りに正確に演奏してみるのもいいですね。
先ほど書いたように、移弦の必要性を鍵盤楽器で表現できるからです。
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
・テュルク クラヴィーア教本 著 : ダニエル・G・テュルク 訳 : 東川 清一 / 春秋社
‣ 23. 和音の響きを際限なくする方法
和音の中のどの音をどれくらい聴かせて、どの音をどれくらい隠すのか。
このバランスを和音の全ての音で考えることで、響きを際限なく作りだすことができます。
ピアノを弾いていると、どうしても最上声至上主義になってしまう。全部を均等に弾いてしまうか、和音の一番上のメロディばかりを強調してしまう。
しかし例えば、前項目で書いた内容を思い出してください。
単純なオクターヴユニゾンでメロディを弾いている時に下のオクターヴの方をより強調してみると、どんなサウンドが得られるか。
「オクターブのバランスを変える」というのは、色彩の変え方が分からない時のファーストアクションになります。
シューマン「謝肉祭 18.プロムナード」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
譜例のようなオクターブでメロディを弾いていく時に、上のラインを強調する場合と下のラインを強調する場合とでは色彩が大きく変わることを解説しました。
mf と書いてあるからといって、必ずしも両方のラインを mf で弾かないといけないわけではありません。全体として mf 程度で聴こえてくれば、その中でのバランスは奏者の判断に任されています。
このバランスについては作曲家が細かく指定していないケースがほとんどなので、色彩をどう作るかで奏者の個性が出てくるわけですね。
単純なオクターヴユニゾンだけでなく、もっと音数の多い和音になっても、同様にバランスの検討が必要です。
ピアノという楽器が出せる音色の範囲内であっても、まだまだ、響きを多彩にできることに気づくでしょう。
‣ 24. 音数の多い和音伴奏をモノにする方法
ショパン「バラード第1番ト短調 Op.23」
譜例1(PD作品、Finaleで作成、72-75小節)
このような跳躍も含む音数の多い和音伴奏というのは、モノにするのに多少の練習が必要です。
音を拾うまではすんなりできるかもしれません。しかし、両手で弾けるようになっていざ録音してみると、思っていた以上にテンポが遅くてげんなりしてしまう、などといった経験もあるのではないでしょうか。
練習のポイントがあります。
その部分のフレージングをよく観察して、ひとかたまり一息で、求めているテンポで弾けるように練習してください。
「ひとつ、ひとつ、ひとつ」になると音楽が流れず、テンポも上がりません。
(再掲)
例えば、譜例1のところの場合、1小節ひとかたまりでとれるので、以下、譜例2の最初の2段のような練習をしてみましょう。
もしくは、バスへスタッカートが2小節ごとに付けられていることから、2小節ひとかたまりと解釈することもできます。譜例2の最後の2段のような練習をしてみてもいいでしょう。
譜例2(Finaleで作成)
区切って演奏すると短い単位に集中できて弾きやすいはずなので、まずは、このやり方で求めているテンポまで上げてください。音楽的なニュアンスも忘れてはいけません。
理想は、左手のパートを先に暗譜してしまうくらい食らいついて練習をすることです。
‣ 25. 和音跳躍:効率的なポジション移動
ベートーヴェン「ピアノソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、トリオの最初部分)
このような和音の跳躍で少し音が変わる場合は、すぐに手のポジションを準備し直さないといけません。
しかし、跳躍する時にわざわざ卵形に近いくらいに縮こめたりと、無駄な動きを挟んでしまう例が見受けられます。
譜例のような和音から和音への跳躍では、原則、手指が余分な動きをせず最短距離で移動してください。
加えて、次の和音を弾くためにポジション移動しないといけない指のみを動かし、それ以外は前の和音の形をそのまま維持させましょう。
当然、音域が上がるときと下がるときのどちらも。
「手を移動させてポジション準備のみをする練習」をしてみるのも、有効な方法です。
► 終わりに
和音演奏における25の実践的アプローチを取り上げました。これらの方法を日々の練習に取り入れることで、和音の響きの良さや演奏技術は確実に向上します。
ピアノ演奏においては、和音演奏も大きな役割を果たすため、十分な意識と練習が求められます。
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