【ピアノ】左手作品から読み解くリスト:二つの作品に見る作曲家の素顔

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【ピアノ】左手作品から読み解くリスト:二つの作品に見る作曲家の素顔

► はじめに

 

フランツ・リスト(Franz Liszt, 1811–1886)の名前と「左手のためのピアノ音楽」は、一見結びつきにくいかもしれません。どうしても両手を縦横に駆使するヴィルトゥオーゾのイメージが強いリストは、片手のための本格的な独立作品を書かなかった作曲家です。

しかしその一方で、左手のみで演奏するよう意図された短いパッセージや、片腕のピアニストのために書き下ろしたトランスクリプションが、わずかながら存在します。本記事では2つの作品を取り上げ、それぞれの背景とともに紹介します。

 

► 左手作品から読み解くリスト

‣ 片腕のピアニスト、ゲザ・ジチーとの縁

 

リストと左手音楽の接点を語るうえで欠かせない人物が、ハンガリー貴族の伯爵ゲザ・ジチー(Géza Zichy, 1849-1924)です。14歳のときの事故で右腕を失ったジチーは、左手のみでピアノを学ぶことを選び、ブダペストでリストに師事しました。やがてジチーは左手だけの演奏家として国際的に名声を確立し、自ら左手のための作品を多数作曲・編曲したほか、他の作曲家に左手作品の作曲を働きかけた人物としても知られています。

リストにとってジチーは弟子であり友人でもありました。後述する「ハンガリーの神」の左手編曲は、まさにこの関係から生まれた作品です。

 

‣ 作品を読む

· ① ハンガリーの神(Ungarns Gott) S.543 R.214

 

譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、1-4小節)

リスト「ハンガリーの神 S.543 R.214」1-4小節。

ハンガリーの国民的詩人ペテーフィ(Sándor Petőfi)の詩に基づくリストが作曲した歌曲のトランスクリプションで、ジチー伯爵のために書き下ろされました。原曲はリストが作曲した歌曲のなかでも後期にあたる1881年の作品で、リストの歌曲集の最後から2番目に位置する作品です。

ペテーフィは1848年のハンガリー革命を詩で鼓舞した愛国詩人として知られており、この詩もハンガリーの神への祈りと民族の誇りを歌ったものです。リストがその晩年にこの詩を選んだことは、故郷ハンガリーへの深い思いを示していると言えるでしょう。

音楽的には、リストの晩年のピアノ音楽に特徴的な素朴さと、独特の和声進行が際立つ作品です。即興的で自由な構成を持ち、朗唱風のパッセージとカデンツァ的な動きが現れます。

 

· ② ペトラルカのソネット 第104番(初期版における左手ソロ)

 

※ この作品は「左手のための独立した作品」ではなく、初期版に左手のみで演奏する比較的長いパッセージが含まれているという性格のものです。

 

「ペトラルカのソネット」は、イタリアの詩人フランチェスコ・ペトラルカ(Francesco Petrarca, 1304–1374)の恋愛詩集「カンツォニエーレ」に収められたソネット(14行詩)を題材にしたリストのピアノ作品群です。第104番「平和を見出せず(Pace non trovo)」は、愛の矛盾した苦しみを歌った詩として広く知られています。

この曲には、広く知られた後期版と、ほとんど知られていない初期版が存在することをご存知でしょうか。初期版には左手のみで演奏する比較的長いパッセージが含まれており、そのため左手ピアノ音楽を扱う文献でも取り上げられることがあります。初期版は現在はほとんど演奏されていません。

 

‣「左手のための長大作品を書かなかった」リスト

 

リストは左手のための独立した長大作品を書き残しませんでした。同時代にはドライショクやフマガッリが左手演奏を演奏会の目玉としていたことを考えると、対照的な姿勢だったと言えるでしょう。

一方で、ジチーのための「ハンガリーの神 S.543 R.214」は、友人への贈り物として晩年に書かれた誠実な作品です。技術的な見せ場を追い求めるよりも、晩年のリストらしい内省性と独特の和声を優先させた仕上がりとなりました。華やかなヴィルトゥオーゾとしてのリスト像とは異なる、もう一つのリストの顔がここに見えます。

また、「ペトラルカのソネット 第104番」初期版の左手パッセージは、意図的に片手のための演奏効果を狙ったものかどうか定かではありません。しかし「ほぼ知られていない」とされるこの初期版の存在は、リストの作曲過程における試行錯誤の痕跡として興味深いものがあります。

 

► 終わりに

 

リストの左手作品は、曲数こそ少なく、規模も大きくありません。しかしその背景には、片腕の弟子ジチーへの友情、故郷ハンガリーへの晩年の眼差し、そして若き日の恋愛詩への関心という、リストという人物の複数の側面が宿っています。

左手のための音楽という切り口からリストを見ると、演奏会の壇上で聴衆を圧倒した超絶技巧の人ではなく、晩年に静かに創作へ向き合った作曲家としてのリストが浮かび上がってきます。

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)

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