【ピアノ】曲尾でrit.しない表現:後味よく締めくくるための実践パターン集
► はじめに
曲の終わりで「なんとなくrit.」をかけてしまう習慣を見直すための実践ガイド
曲の終わりの部分で「なんとなく」テンポをゆるめてしまう、という経験はないでしょうか。もちろん rit.(リタルダンド)が効果的な場面はありますが、どんな作品でも無意識にテンポを落とすと、せっかくの音楽のスマートさを台無しにしてしまう可能性が出てきます。
また、「曲の最後は必ず遅くするべきなのか?」という疑問を持つ方も見受けられますが、実際には作品によって判断が分かれます。
本記事を通して、「曲尾で遅くしない」という視点から、パターン例を見ていきましょう。ここで取り上げる作品はいずれも、音楽の文脈をしっかり読み取ることで、rit. なしの締めくくりがいかに自然で説得力を持つかを示してくれる好例です。
本記事の対象者:初中級〜上級者
rit. の正しい使い方を体系的に知りたい方はこちら
【ピアノ】リタルダンド(rit.)の奥深い表現技法
► 曲の終わりで遅くしない(rit.しない)表現パターンとその演奏ポイント
‣ rit.せず、堂々と終わるパターン
「堂々と終わる」とは、音楽のエネルギーを最後まで保ったまま推進して終結するタイプです。
ここでいう「音楽エネルギー」とは、音量だけでなく、リズムの密度・和声の進行・フレーズの方向性などによって生まれる “前進する力” を指すと捉えてみて下さい。
· 1.「縮節」を頼りに音楽エネルギーの前進を読み取る
モーツァルト「ピアノソナタ イ長調 K.331 第3楽章 トルコ行進曲付き」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、122-127小節)

カギマークで示した部分は「縮節」と呼ばれる技法です。縮節とは、提示された素材が音価や拍の長さを縮めながら連結されていく手法のことで、それまでの素材がコンパクトにまとめ直されている点に着目してください。この箇所では音楽が前のめりになって進んでいくような推進力が生まれているため、そのエネルギーの勢いに乗ったまま最後まで弾き切ることが大切です。
録音を探すと終わりでテンポを落とした演奏も耳にしますが、もしゆるめるとしても、ほんのわずかに留めておくことで、洗練された印象の演奏になります。
縮節技法をもっと深く学びたい方へ
【ピアノ】楽曲分析から読み解く切迫感:和声的リズムと縮節技法
「トルコ行進曲」をもっと深く学びたい方へ
【ピアノ】モーツァルト「トルコ行進曲」演奏完全ガイド
· 2. 音楽エネルギーの表現は、音の大きさだけではない
ショパン「エチュード(練習曲)ハ短調 Op.10-12 革命」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、82-84小節)

最後の和音群に入る直前の音の動きを見てみると、音楽エネルギーが明らかに前方へ向かっています。この流れを受けて、わざわざエネルギーを落とすことなくノンストップで弾き切るのが音楽的な判断と言えるでしょう。「f だから力強い、p だから弱い」という単純な図式ではなく、音楽エネルギーは音量以外の要素からも生まれるという点を意識してみてください。
例外的な解釈として、83小節目の2分音符をやや引き延ばして弾き、最後の2つの和音でテンポを元に戻して締めくくる方法も見受けられます。いずれの場合でも、最終小節は一気に弾くことで曲全体が引き締まります。
この楽曲における具体的な演奏解釈をさらに学びたい方は、【ピアノ】ショパン「革命のエチュード」演奏完全ガイド を参考にしてください。
· 3. ラフマニノフがよく使う締めくくり方
ラフマニノフ「音の絵 Op.39-9」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、94-97小節)

94小節目からのエンディングは音符の数が非常に多く、息をつく間もなく前へ前へと押し寄せてきます。この流れを受けたラスト5連打も、ノンストップで一気に弾き抜きましょう。ここで急ブレーキをかけてしまうと、それまでの音楽的緊張感が一気にしぼんでしまいます。
この考え方は、同じラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第2番・第3番」の終わり方にも共通しています。オーケストラの演奏でテンポを落とす指揮者はほぼおらず、最後まで推進力を保って終わるのがスタンダードなアプローチです。
【ピアノ】片手だけ先に暗譜する練習法:譜読み・難所攻略・テンポアップを加速させる では、この作品も取り上げながら、跳躍・アルペジオ・両手難所・難解な譜読みの4パターン別に、片手だけ先に暗譜する具体的な練習法を解説しています。
‣ rit.せず、逃げるように終わるパターン 5例
リムスキー=コルサコフ「熊蜂の飛行(ラフマニノフ編曲版)」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、101-105小節)

この曲は無窮動(止まることなく動き続ける)の楽曲として全編にわたって突き進みます。そのため、終わりに向かっても流れを断ち切らず、最後の2小節もさりげなく弾いてしまうのが音楽的なアプローチと言えるでしょう。大袈裟に「終わりますよ」と演出する必要はなく、むしろそれが逆効果になります。
このような編曲作品にも興味がある方は、【ピアノ】編曲作品を学習に取り入れるメリットと曲目コレクション もあわせてご覧ください。
ラヴェル「鏡 より 蛾」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、曲尾)

聴く人に「あれっ、もう終わったの?」と思わせるような、余韻を断ち切る締めくくりです。「終わった感」を強調せず、ふっと消えるように終わる書き方は、情景描写が中心の作品や調性感の薄い作品に特によく見られます。
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第10番 ト長調 Op.14-2 第3楽章」
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、248-254小節)

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第17番 テンペスト ニ短調 Op.31-2 第3楽章」
譜例(PD作品、浄書ソフトで作成、387-399小節)

上の2曲を含め、ベートーヴェンのピアノソナタにも「さらっと終わる」タイプのエンディングが登場します。どちらの作品も、終止感を強調するよりも、音楽が自然にさりげなく幕を閉じるような書き方になっています。
ウェーベルン「チェロとピアノのための3つの小品 Op.11 より 第1曲」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、7-9小節)

ウェーベルンのこの作品には「flüchtig(飛ぶように、速く)」という指示まで書き込まれており、作曲家が言葉で明示しているほど、ここでの rit. は不要だということです。
これらのように「さらっと終わるべき」楽曲では、rit. をせずに弾き終えることで、曲に合った自然な空気感が生まれます。聴衆が「あれっ、終わったの?」と感じるような演奏ができれば、それは成功と言っていいでしょう。
‣ 音楽が閉じていくパターン
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第2番 イ長調 Op.2-2 第1楽章」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、332-337小節)

音遣いとして収束していくエンディング、つまり「音楽が閉じていくところ」で無意識に rit. をかけてしまっていませんか。楽譜に rit. の指示がない限り、基本的には必要ありません。
特にこの譜例の箇所では、音と音の発音感覚が開いていくので、テンポを無闇に変化させなくても、自然に rit. したように聴こえます。
大切なのは「閉じていくところで rit. をかけない」という絶対的なルールを設けることではなく、「かけるかどうかを必ず意識的に判断する」という習慣を持つことです。無意識の慣れで入れてしまう rit. が、演奏の洗練度を下げている場合は少なくありません。
► 終わりに
曲の終わりを「いかに締めくくるか」は、演奏全体の印象を大きく左右します。rit. は確かに有効な表現手段の一つですが、作曲家の意図や音楽の文脈を無視して習慣的に使ってしまうと、かえって音楽の勢いや余韻を損なうことがあります。
本記事で紹介した楽曲はいずれも、「遅くしないこと」が音楽の自然な流れや作品の性格に直結しています。楽曲を譜読みする際には、エンディングの数小節だけでなく、そこに至るまでの音楽の文脈全体を見渡す視点を持つと、演奏の判断が変わってくるでしょう。
「なんとなくrit.」をやめるだけで、演奏の後味はぐっとよくなります。ぜひ参考にしてみてください。
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