【ピアノ】映画「ソフィー・マルソーの愛人日記」レビュー:ショパン曲を原曲主義で使用した演出
► はじめに
「ソフィー・マルソーの愛人日記(La note bleue)」は、コメディタッチやアダルトな要素を含むため、従来のショパン映画とは異なる異色の一作と言えるでしょう。音楽演出の観点でも、原曲を重視した特徴が際立っています。
本レビューでは、この映画が「原曲主義」によって実現した独特の音楽体験について、詳しく分析していきます。
・公開年:1991年(フランス)
・監督:アンジェイ・ズラウスキー
・ピアノ関連度:★★★★★
► 内容について
音楽用語解説:
状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏
状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽
‣ 他のショパン映画とは異なる、原曲主義の音楽アプローチ
ショパンの半生を描いた映画は数多く存在しますが、本作は音楽の使い方において極めて独創的です。最大の特徴は、ショパンのピアノ曲を一切アレンジせず、原曲のまま使用している点にあります。
多くのショパン伝記映画では、彼の楽曲をオーケストラアレンジしてBGMとして使用するのが常套手段でした。しかし本作は、ピアノソロや協奏曲を原曲のまま、BGM(状況外音楽)として大胆に採用しています。
‣ 状況内音楽と状況外音楽の巧みな融合
本作で印象的なのは、状況外音楽(BGM)と状況内音楽(劇中で実際に演奏される音楽)の境界を曖昧にする演出です。
印象的なシーン例:
1.「バラード 第1番」の二重性(本編56分頃〜)
BGMとして流れていた「バラード 第1番 Op.23」が、そのままショパン自身の演奏シーンへと移行します。ただし厳密には、状況外から状況内への「変化」ではなく、同じ楽曲を連続的に使用した演出です。
2.「舟歌」の連続性(本編58分30秒頃〜)
「舟歌 Op.60」も同様に、BGMから実際の演奏へとシームレスにつながります。
3. 子守歌の幻想的融合(本編102分頃〜)
BGMとして流れる「子守歌 Op.57」に合わせて、ショパンがそのメロディを歌うシーン。これはリアル(実際の歌)とファンタジー(ショパンには聴こえていない音)の融合であり、現実世界では表現できない音楽演出の方法です。
これらがなぜ特徴的なのかというと、本作では、ショパンのピアノ音楽が立て続けに何種類もBGMとして使われる中、映像の雰囲気や状況と全く関連性が感じられない曲の使われ方も多くあるからです。対照的にこれらのような関連のある箇所は印象に残ります。
‣ 冒頭10分に仕掛けられた巧妙な錯覚
本作は開始直後からショパンのピアノ曲がBGMとして流れ続けます。観客は当然それを状況外音楽としてのBGMだと認識しますが、本編10分30秒頃に初めてショパンの演奏姿が映し出され、実は「本編9分30秒頃から流れ始めた曲は状況内音楽だった」ことに気づくという仕掛けが施されています。
この錯覚は、ピアノ曲のみでBGMを構成したからこそ成立する映画的な体験です。
‣ 断片的な音楽配置に込められた意図
本作では、ショパンの名曲が次々と登場しますが、どれも断片的に使用され、中断と再開を繰り返します。音楽ファンには欲求不満に感じられるかもしれません。
しかしこれには明確な意図があります。
ラストシーン、サンドはショパンに「最後の音まで弾いて、フレデリック」と告げます。そしてショパンは「ノクターン第20番 レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ(遺作)」を最後の一音まで弾き切ります。
この完結された演奏を際立たせるために、それまでの楽曲をあえて断片的に配置したと考えられるのです。映画全体を通じて「完結しない音楽」を積み重ね、最後に「完結する音楽」で締めくくる——これは緻密に計算された音楽構成と言えるでしょう。
‣ オーケストラの登場とその意味
67分頃、初めてオーケストラの音が聴こえてきますが、これはショパンのピアノ協奏曲のオーケストラパートです。つまり原曲主義は最後まで貫かれています。以降、ピアノ協奏曲の断片が度々BGMとして使用されるようになります。
► 終わりに
本作は、コメディタッチやアダルトな要素を含む、ショパン映画としてはやや異質な作品です。一方、音楽の使い方において以下のような発見がありました:
・原曲へのこだわり
・状況内 / 外音楽の境界を曖昧にする演出
・断片性と完結性の対比
・映像と音楽の意図的な非関連性
これらの要素が組み合わさり、他のショパン映画では味わえない独特の音楽体験を生み出しています。ショパンの音楽を深く知る人ほど、この映画の音楽演出の意図と実験性に気づき、新たな発見があるはずです。
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