【ピアノ】クララ・シューマン作品の演奏ポイント解説集:譜例付き実践ガイド
► はじめに
クララ・シューマン(1819-1896)は、19世紀を代表する女性ピアニスト・作曲家として、音楽史に足跡を残しました。夫ロベルト・シューマンの作品の編曲や、独自のピアノ作品を通じて、ロマン派音楽の発展に貢献した彼女の音楽は、現代でも多くのピアニストに愛され続けています。
本記事では、クララ・シューマンのピアノ作品における実践的な演奏アドバイスをまとめています。各曲の重要なポイントを、譜例とともに具体的に解説していきます。
この記事は随時更新され、新しい作品や演奏のヒントが追加されていく予定です。
► 音楽の夜会 Op.6
‣ 第2曲 ノットゥルノ
楽曲の特徴
この作品では、メロディに対してショパンを思わせるロマン派特有の装飾されたパッセージが繰り広げられます。このような書法では、雰囲気だけで演奏するのではなく、「フレーズの中での真のクライマックス」がどこにあるのかを事前に把握することが重要です。
演奏のポイント①:27-33小節の表現
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、27-33小節)
重要なポイント:
・30小節目の11連符やクレッシェンドは確かに表現的だが、31小節目が最終的な到達点ではない
・そこからさらにクレッシェンドして f(フォルテ)に入ることに注意が必要
・f 領域の中でも音域や音の動きを考慮した場合の真のクライマックス(レッド音符で示した部分)がある
・11連符の直後に流れをゆるめず、f まで音楽を引っ張る
音楽の方向性と、各表現記号が向かう目標地点を理解したうえで、バランスの取れた演奏を心がけることが大切です。
演奏のポイント②:100-112小節の表現
譜例(100-112小節)
同様の例をもう一つ見てみましょう。
この部分では、クレッシェンド記号、f 、>(アクセント)、sf(スフォルツァンド)など、様々な強弱増加に関わる指示が現れます。これらすべてを最大音量で演奏してしまいがちですが、それは適切ではありません。
重要なポイント:
・音域、記号、前後の文脈を総合的に考慮する
・真の目標はレッド音符で示した sf(スフォルツァンド)の部分
・強弱増加に関わる指示を見たときにすぐに最大音量にせず、真の目標を見極める
まとめ
本楽曲全体を通して見られる装飾的なパッセージの演奏では、個々の表現記号に惑わされることなく、大きな視野で見た場合の構造とエネルギーの流れを把握することがポイントとなります。特に、複数のクライマックスがある場合には、それぞれの重要度を正しく理解し、適切な音楽的バランスを保って演奏することが求められます。
► 3つの前奏曲とフーガ Op.16
‣ 第2番 Op.16-2 変ロ長調
· 前奏曲
この作品ではメロディにフレージングスラーがほとんど記されていないため、動機の構造など、他の音楽的要素から素材の区切りを読み取る必要があります。
クララ・シューマン「3つの前奏曲とフーガ 第2番 Op.16-2 変ロ長調 より 前奏曲」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、17-24小節)
この17-24小節のメロディを分析すると、カギマークで示したように「2小節+2小節+4小節」で構成されていることが分かります。作曲の原則として「繰り返しは3回まで、かつ3回目は変化を加える」という考え方がありますが、まさにそれに該当する例です。
演奏上の重要なポイント:
・21-24小節は細切れにならずに4小節一息で演奏する
・そのうえで、17-24小節全体を一つとしてまとめる意識を持つ
前奏曲とフーガの連結部分
譜例(Sibeliusで作成、前奏曲とフーガのつなぎ部分)
ここでは、J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集」などとは異なり、「attacca Fuga」と明記されています。
演奏上の判断:
・「attacca Fuga」は、基本的には「フーガとの境目を休みなく演奏する」という意味
・一般的に、attaccaが書かれていても一息入れる解釈は聴かれる
・しかし、クララがあえて「attacca Fuga」と書いた意図を尊重し、比較的あっさりとフーガへ連結することを推奨
・この作品は前奏曲もフーガも小規模なので、段落感をつけ過ぎると全体のバランスが崩れる
· フーガ
クララ・シューマン「3つの前奏曲とフーガ 第2番 Op.16-2 変ロ長調 より フーガ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、52-55小節)
演奏上の重要なポイント
フーガの基本はポリフォニックな書法ですが、エンディングにあたる52-55小節は、ホモフォニー(主旋律と伴奏)的な書法に変化します。この部分ではソプラノが埋もれないよう十分に響かせて演奏することが重要です。
和声的な処理について
レッド音符で示した部分に特に注意が必要です。この先取りされる音(Es音)が、54小節1拍目においてはポピュラー音楽でいうsus4の役割を担い、54小節2拍目で第3音(D音)へ解決します。
技術的な課題:
・レッド音符を骨太でたっぷり響かせておく必要がある
・ピアノは減衰楽器なので、不十分な場合、54小節目の小節頭が第3音欠の空虚なサウンドに聴こえてしまう
・十分に響かせたうえで、54小節目の小節頭では自分の耳でEs音をしっかりと聴き続ける
・このようにすることで聴衆にも明確に聴こえ、解決するD音のニュアンスも適切に表現できる
► ロベルト・シューマン「ミルテの花 Op.25」のクララによるピアノソロ編曲版
‣ 第1曲 献呈
リュッケルトの詩による愛の歌として親しまれる「献呈」は、クララの編曲版でも特に人気の高い作品です。
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「献呈」:特徴と演奏のヒント
‣ 第2曲 自由な心
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「自由な心」:特徴と演奏のヒント
‣ 第3曲 くるみの木
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「くるみの木」:特徴と演奏のヒント
‣ 第7曲 蓮の花
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「蓮の花」:特徴と演奏のヒント
‣ 第24曲 君は花のよう
この歌曲集の中では、「第24曲 君は花のよう」は「第1曲 献呈」に次いでよく演奏される作品として知られています。
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「君は花のよう」:特徴と演奏のヒント
► ロベルト・シューマン「リーダークライス Op.24」のクララによるピアノソロ編曲版
‣ 第7曲 山や城は見下ろしている
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「山や城は見下ろしている」:特徴と演奏のヒント
‣ 第9曲 ミルテとバラを持って
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「ミルテとバラを持って」:特徴と演奏のヒント
► ロベルト・シューマン「リーダークライス Op.39」のクララによるピアノソロ編曲版
‣ 第12曲 春の夜
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「春の夜」:特徴と演奏のヒント
► ロベルト・シューマン「3つの詩 Op.30」のクララによるピアノソロ編曲版
‣ 第1曲 不思議な角笛を持つ少年
詳細解説記事:【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「不思議な角笛を持つ少年」:特徴と演奏のヒント
► 終わりに
クララ・シューマンの作品には、独特の音楽語法と表現技法が詰まっています。
本記事では、実践的な演奏アプローチを紹介していますが、これらはあくまでも一つの解釈として捉えていただければと思います。
今後も新しい作品や演奏のヒントを追加していく予定ですので、定期的にご確認いただければ幸いです。
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