【ピアノ】レオニード・クロイツァー「ピアノ装飾音の技法 モーツァルトからシューマンまで」レビュー
► はじめに
ピアノ演奏において、装飾音の解釈は常に議論の的となる領域です。著名なピアニストであるレオニード・クロイツァーが著した「ピアノ装飾音の技法 モーツァルトからシューマンまで」は、この複雑なテーマに光を当てる貴重な一冊と言えるでしょう。
・訳:中瀬古和
・出版社:音楽之友社
・邦訳初版:1990年
・ページ数:245ページ
・対象レベル:中級~上級者
・ピアノ装飾音の技法 モーツァルトからシューマンまで 著:レオニード・クロイツァー 訳:中瀬古和 / 音楽之友社
► 内容について
‣ 本書の特徴
本書は元々は1948年に「装飾音」というタイトルで大化書房から出版され、1990年に音楽之友社から再び出版された専門書です。
注目すべき点は、装飾音のガイドに留まらず、C.P.E.バッハやフンメルといった歴史的な理論家たちの装飾音に関する見解を批評しながら、著者独自の解釈を提示していることです。また、様々な装飾音の記譜法がいつ登場し、いつ頃使われなくなったかという歴史的変遷にも触れており、音楽史的な文脈からも装飾音を理解できる構成になっています。
ただ単に「こう弾くべき」という断定的な指示をするのではなく、装飾音に関する多様な見解や歴史的背景を提示しながら、演奏者自身が判断するための材料を与えてくれます。
‣ 内容の充実度
本書は理論篇と実際篇の二部構成となっており、実際篇では、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、シューマンの作品における具体的な装飾音の解釈について解説しています。
作曲家独特の装飾音の記譜についても取り上げられています。例えば:
・モーツァルトの、斜線の有無に関わらず同じように演奏すべき前打音
・ショパンの、トリルの直前に付けられた小音符の意味
・シューマンの、斜線を持つ前打音のように書かれた付属音の意味
豊富な楽譜例を用いた解説が多く、抽象的な説明だけでなく、実際の楽曲の中での装飾音の扱いを視覚的に理解できる点は魅力と言えるでしょう。
‣ 理論篇の見どころ
第1章「小音符によって示された音価」
この章では様々な小音符の種類とその演奏法について詳しく解説されています。特に「真正前打音」と「自由前打音」の区別は、装飾音解釈において核心となる部分です。
第2章「特殊な記号によって示された装飾音」
トリルやターンなど、記号で表される装飾音について解説されています。特に「トリル」のセクション(40-46ページ)と「プラルターン」のセクション(49-53ページ)は非常に充実しています。
‣ 実際篇の見どころ
第1章「モーツァルト」
モーツァルトの装飾音解釈については、特に「ピアノソナタ第8番 K.310 第2楽章 における装飾音の解剖」(60-76ページ)が圧巻。一つの楽章を取り上げ、その中に現れる装飾音を徹底的に分析しているため、著者の装飾音解釈の考え方が具体的に理解できます。
第2章「ベートーヴェン」
本書の中で最もページ数が多く割かれているのがこの章(99-180ページ)。ベートーヴェンのソナタに焦点を当て、各ソナタに登場する装飾音について詳細に解説しています。
第3章「ショパン」
ショパンの装飾音は特に演奏者を悩ませることが多いですが、本章では「夜想曲」(188-202ページ)のセクションが特に充実しています。ショパンの特有な装飾音をどのように解釈し、どのようなニュアンスで演奏すべきかについての指針が示されています。
第4章「シューマン」
ページ数は少ないものの(225-234ページ)、シューマン特有の装飾音の扱いについて触れられています。
► 特に実用的なセクション
初めて本書を手に取る方には、まず「第1部 理論篇」の基礎知識を理解したうえで、現在取り組んでいる作曲家の章を読むという方法がおすすめです。また、巻末の「曲名索引」(239-242ページ)を活用すれば、特定の曲についての装飾音解釈をすぐに参照できるのも便利な点です。
全体として、モーツァルトとベートーヴェンの章が特に詳細で充実しており、この二人の作曲家の作品に取り組んでいる方にとっては、特に価値のある内容になっていると言えるでしょう。
► おすすめの読者層
・装飾音の解釈に悩んでいる中級〜上級者
・楽譜に書かれた装飾記号の歴史的背景や変遷に興味がある方
・モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、シューマンの作品をさらに研究したい方
► 終わりに
「ピアノ装飾音の技法」は、装飾音に関する深い理解と独自の判断力を養うための貴重な資料ですが、装飾音の解釈には唯一の正解があるわけではなく、時代背景や演奏習慣、作曲家の意図などを総合的に考慮する必要があります。本書は、そのための多角的な視点を提供してくれるでしょう。
・ピアノ装飾音の技法 モーツァルトからシューマンまで 著:レオニード・クロイツァー 訳:中瀬古和 / 音楽之友社
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