【ピアノ】実践的なアプローチで磨く音楽性と演奏力:独学でも確実に成長するための総合ガイド
► はじめに
本記事では、テクニック、作品解釈、学習方法に至るまで、重要な視点をお伝えします。
これらの知見は、単なる「こうすべき」という固定的な指示ではなく、音楽探求の方向づけを目指すものです。ピアノという楽器を通じて音楽に迫るための多角的なアプローチを、探っていきましょう。
► A. 学習態度とマインドセット
‣ 時間はかかるけれど力になるのは「積み上げ式」
ピアノ練習に関してどの学習法が効果的かは、人によるとしか言いようがありません。
同じ学習法をとっても、その人の性格により吸収しやすさは違います。
例えば、「とにかくピアノに向かっていく」のが合う方がいれば、「机の上で丁寧に読譜をした上でないとピアノに向かえない」という方もいます。
・基礎練習は性格上、絶対に無理
・基礎練習大好き、基礎練ばかりで楽曲に進めない
などといったケースも。
とはいったものの、今までの経験上強く感じたことは、「時間はかかるけれども、力になるのは結局 ”積み上げ式” 学習」という結論です。
これは何も「ツェルニーを端から全曲やるべき」などと言いたいのではありません。「良質で、いつでも戻ってこれるホームポジション的な楽曲や教材を味方につけて学習すべき」と言いたいのです。
【ホームポジションとしての「楽曲(複数曲)】
例えば、「内容が深く、作曲の観点でもよくできている作品を多く学習する」ということ。
具体的な作品例としては:
・J.S.バッハ : 2声のインヴェンション、平均律クラヴィーア曲集 第2巻
・ベートーヴェン : ピアノソナタ(初期、後期)
・シューベルト : ピアノソナタ第21番 D 960
・シューマン : クライスレリアーナ Op.16
・ブラームス : 3つの間奏曲 Op.117
・ドビュッシー : 前奏曲集 第1巻 / 第2巻 を中心に、ピアノ曲全曲
・ベルク : ピアノソナタ Op.1
・シェーンベルク : 6つの小さなピアノ曲 Op.19
・ヴェーベルン : ピアノのための変奏曲 Op.27
・武満徹 : ピアノ曲全曲
など。
これらを聴くだけでなく、できる限り取り組みましょう。
利点はいくつかあります。
まず、内容がしっかりとした作品を「いつでも戻ってこれるホームポジション」にして定期的に復習することにより自分の力が痩せません。
それに、「最近、自分の音楽が少し乱れてきた」と感じた時に正しい位置に修正してくれるのも、厳選されたホームポジションの作品達です。
一方、ホームポジション的な作品や教材は
その名の通り「定期的に見直す」ということを前提としています。これを繰り返していると、人に説明できるくらいしっかりと自分の中に定着します。
このようにして繰り返して蓄積していくことが、筆者の考えている ”積み上げ式” 学習の正体です。
入門者や初級者の方は、何からどうやっていいのかわからない部分も多いと思いますので、教則本をこなしていくやり方でも構いません。
一方、中級者以上になりある程度弾けるようになってきてからは、「ホームポジション」という観点の学習も取り入れてみる方が力がつきます。
【ホームポジションとしての「楽式論」】
「教材」という視点で筆者がホームポジションにしているのは、「楽式論 石桁真礼生 著(音楽之友社)」です。
この書籍を一言で表すならば、「音楽を根本から理解し、総合的な力をつけるためのバイブル」と言えます。作曲を学ぶ方にとっては著名な書籍ですが、演奏を学ぶ際にも超有益。
筆者自身、楽式に関しては軽視していた時期がありました。
しかし、「自分はもう十分に弾ける」と思っていた時期に、指揮者の先生に演奏を聴いていただいた際、「君は、強小節、弱小節、重心などの基本的なことが何も分かっていないね。楽式論を一から学びなさい。」と言われたのです。
それ以降、この書籍を読みまくり、実際の音でも確認しまくり、何周も何周もしています。そして、ホームポジション的な位置に常に置いておき、今でも定期的に復習しています。
楽曲の成り立ちを理解することで:
・演奏の際にどの音に重みを入れるべきか
・どこでエネルギーを抜くべきか
などが明確に解釈できるようになりましたし、その他にもこの書籍からは山ほどの恩恵を受けています。
筆者が今までで「買ってよかった」と思った音楽書籍のベスト3に入る良書。
「買ったら一生モノ」であり、自信を持っておすすめする書籍です。
・楽式論 著:石桁真礼生 音楽之友社
結局、筆者自身は:
・ホームポジションとしての「楽曲(複数曲)」
・ホームポジションとしての「楽式論」
・ホームポジションとしての「その他のわずかな教材」
この3本柱を中心に積み上げています。
全員にとって有効かは分かりませんが、一つの参考にしてみて下さい。
‣ 幅広い音楽に触れることの重要性
演奏というのは、「演奏者の趣味や興味のあらわれ」です。もちろんいいことで、だからこそ演奏者ごとの色が出ます。
そして、演奏者が自分の演奏をどう聴いているのかが演奏を通して伝わってきます。
ここでいう趣味とは:
・大きく低音が出ている方が好き
・ペダルが少なめのドライなサウンドが好き
などといった内容のもの。
学習が浅いうちは、それらの趣味や興味が偏りすぎないように幅広い音楽に触れるのがベターです。自分が苦手な音楽や今まであまり取り組んでこなかった作曲家にも積極的に挑戦してみましょう。その過程で自分の趣味や興味が変わってくるかもしれません。
一方、いずれ高いレベルに達すると、分野をしぼる時期が来ます。
例えば:
・モーツァルトを主なレパートリーとするピアニスト
・編曲も手掛けながらピアソラばかりに取り組むピアニスト
・現代音楽ばかりに取り組むピアニスト
など、このような活動形態は、ただ単に「趣味、興味」という理由だけではなく、「自分が社会に対して音楽で何をアピールすべきか」ということを絶対に考えているはず。
プロを目指しているわけではなくても、今よりも上達してくるといずれ分野を絞って掘り下げる時期がくることは間違いありません。
その時にベストのチョイスをするためにも、今のうちは趣味や興味が偏りすぎないように幅広い音楽に触れておきましょう。
‣ 新しい楽曲を人前へ初出しする最低ライン
新しい楽曲の練習を始めたら、それをやめてしまわない限り人前へ初出しするタイミングは存在します。
ここで言っている「初出し」というのは、大きな本番でのことではなく:
・レッスンへ初めて持っていく
・友達に初めて聴いてもらう
など、その前段階での初出しのこと。
正直、いつ出しても自由なわけですが、自分で学習を進められる学習者は、初出しする最低ラインを以下のように考えてください。
読みながら弾いている状態と、見ながらでも弾ける状態では大きな差があります。言われなくても分かっていると思いますが、これを意識して腑に落として「まずは何としてでも、楽譜を見ながら弾いている状態まで底上げする」という強い気持ちをもつことが大切だと考えています。
「楽譜を見ながら弾ける」よりもさらに先へ進んだものが、「暗譜で弾ける」という段階。
暗譜で弾けるにも関わらず楽譜を置いて本番をやる奏者というのは、当然、本番では楽譜を読んでいません。ほぼ見ているだけです。
【第1段階】楽譜を読みながら弾ける
【第2段階】楽譜を見ながら弾ける
【第3段階】暗譜で弾ける
大きな本番に先がけた初出しでは、せめて第2段階を目指しましょう。
少し余裕が出てきて演奏の安定度が上がってきている段階ですし、仮にレッスンを受けた場合には第1段階の自分よりも吸収できることが多くなります。
► B. 効率的な練習法と持続可能な学習戦略
‣ スポットレッスンは、同じ作品で2回受ける
単発(スポット)レッスンは、名前の通りワンレッスン制で受けることができるもので、普段は独学の方でも利用している方はいるはずです。
こういった時に、たとえワンレッスンでも、できる限り、同じ指導者から同じ作品で2回は受けるようにしましょう。
特定の作品を1回だけレッスン受けて本番や試験を迎えてしまうのは、直さなくてもバレないので受ける側はラク。しかし、教える側としてはあまりやりがいがありません。自分の指導がどれくらい伝わっていてどのような変化があるのか分からないからです。
スポットというのは必ずしも「1回だけ見れば十分ですよ」という意味ではなく、忙しい方にも予約をとってもらいやすくしたり運営サイドの制度上の理由などもあって設けられているのです。
必ずしも言われたことの全てを直して次のレッスンへ行く必要はなく、部分的に自分の意見通しても構いません。
また同じことを言われたら自分のやり方を通したかった理由を伝えれば、頑固な指導者でない限り首をヨコへ振ったりはしないはず。
受ける側にとっても、同じ指導者から同じ作品を複数回学ぶことで、1回で終わりにするよりもずっと深くまで学習することができます。指導者の音楽性をよく知れたり、異なる指導者のところへ行って全く方向違いの意見が飛んできて悩まされることがないからこそですね。
とにかく、たとえスポットであっても、習いに行くからには直されることを嫌がらないこと。
誤解を恐れずに言えば、今の未熟な自分の判断を通して早々に先人の意見を切り捨てず、一度試してみること。今の自分がいいと思う部分だけを取ろうという気持ちで受けると、おそらく、取りこぼしばかりでもったいないことになります。
昔の、こだわりだと勘違いして意味もなく頑固だった自分を思い返してみて、このように思いました。
スポットレッスンを同じ作品で2回受けてみることから始めましょう。
‣ 違和感がなくなるまで練習する
以前に、「ハノン第1番を長調全調で演奏する」という練習方法の話題を出しました。
「ハノンの1番を全調で弾く(運指は楽譜通りで)」
実際の楽曲では、ハ長調の平らな場所を弾くだけでなく凸凹したところを弾き進めたり、親指や小指などの短い指で黒鍵を弾かざるを得ないところが出てきたりします。
そのため、「指遣いはそのままで移調していく練習」に意味があるわけです。
この練習は、やりはじめた頃は本当に弾きにくいのです。
筆者は昔、指導者からこの課題を与えられたとき「違和感がなくなるまで練習してください」と言われました。
この考え方は、とても重要。
1回弾いて終わりだと、日を空けてやる度やる度、違和感があって、ほぼイチからスタートすることになる。そしてそのうちにやっている意味が分からなくなってしまうでしょう。
どんな練習方法でもそうですが、しつこく、はじめの違和感が無くなるまで練習してみるようにしましょう。「感覚を正常へ近づけていく」というイメージを持って、このギャップをよく考えた反復練習で埋めていく。
運指であれば、実際の楽曲では弾きにくいものを慣れるまで反復して解決するよりも、可能である限り別のよりよい運指を探す方がいいわけです。
しかし、練習課題がはっきりしていて運指も決められていてそういうものとして行う上記のようなエチュードの場合は、慣れるまで徹底してやるべき。
テンポを上げていく練習の場合も同様で、より速いテンポで弾くときの違和感が無くなるように練習方針を持っていきます。
‣ シンプルな作品を仕上げるときのヒント
シンプルな作品を仕上げる時にはどのようなことに注意していけばいいのでしょうか。
「アーティキュレーションやアゴーギクなどの表現で聴かせていく意識をより強く持つこと」が重要です。
シンプルな作品というのは、ただ単にそのまま弾くとスカスカに聴こえる可能性がゼロではありません。しかし、別の言い方をすると「一つ一つの表情が見えやすい」ということです。
音がたくさんある楽曲では誤魔化されていた細かなアーティキュレーションの表情などが、はっきりと認知されてしまいます。こういった細かなことをより丁寧に詰めていかないといけません。
シンプルな作品を仕上げるときのヒントとは、言い換えると、「どこで聴かせていくのかということを改めて考えること」と言えるでしょう。
音数が少ないゆえに表情が平坦だと飽きてしまうのです。
こういった作品は、自分が変わった時に変化を感じるバロメーターになります。
一曲取り組んですぐに驚くほど力が伸びるものではありませんが、常に一曲はこういった楽曲に取り組んで、日々の学習が「大曲への挑戦」だけにならないようにしましょう。
‣ とりあえず、分かりやすく演奏する
どんな学習段階であっても演奏をレベルアップさせるコツは、とにかく、分かりやすく演奏すること。
例えば、オーソドックスな楽曲であればその中に一番のクライマックスが存在しますが、クライマックスの位置を見つけたのならそこをきちんと表現する。
そのためにもクライマックスではないところでマックスにならないようにする。sempre mf で演奏しない。
また、書かれているアーティキュレーションを明確に弾き分けて、ピッチとリズムだけ拾って満足しないようにする。
こういった基本的なことから始まり、あらゆる表現手段を聴いている人にとって分かりやすい方向へ持っていこうと意識してみてください。
そうすると、たとえ今のテクニックのままでも演奏が格段に良くなります。
また、ある程度学習が進んでいる方はわざと凝った解釈をしてアーティキュレーションを創作する傾向がありますが、それは大抵、聴衆にとっては凝っているように聴こえず、分かりにくく聴こえています。
書かれていることをシンプルに素直に表現する。その代わり、書かれていることは中途半端にやらず責任をもって分かりやすくきちんと表現する。
まずはここを目指してみましょう。
‣ 意識的にやっている複数のことを無意識にできるようにする方法
「シャンドール ピアノ教本 身体・音・表現」 著 : ジョルジ・シャンドール 監訳 : 岡田 暁生 他 訳5名 / 春秋社
という書籍に、以下のような記述があります。
幸いなことに、非常に意識的な活動も、やがて無意識に、そして完全にマスターされると自動的になるものである。
(抜粋終わり)
では、ピアノ演奏の場合、どのようにして意識してやっているものを自動的にまで持っていけばいいのでしょうか。
持っていきたい内容が一つだけの場合は、慣れを通り越すまでそれだけに集中すればいいわけですが、克服したい内容が複数ある場合には工夫が必要。
筆者がよく取り入れているのは、以下のやり方です。
・克服したいことがA、B、Cの3つある場合、まずはAのみを意識して数回練習する
・次はAのことは忘れてしまって、Bのことだけを意識して数回練習する
・さらに次はBのことも忘れてしまって、Cのことだけを意識して数回練習する
・これらを「皿回し」のように何度も何度も回していく
このようにすると、気づいた時にはA〜Cの全てが克服された状態でつながっているのです。
色々なことをやっているように見えますが、やり方としては「一点集中の学習方法」と言えますね。
「ここでこれぐらいこうやって…」などと意識しながらやるよりも、無意識に、そして自動的にできるようになると、出てくる音楽がより自然になります。
上記の練習方法は、ピアノの練習以外にも日常のあらゆる学習シーンで使える方法なので、是非取り入れてみてください。
・シャンドール ピアノ教本 身体・音・表現 著 : ジョルジ・シャンドール 監訳 : 岡田 暁生 他 訳5名 / 春秋社
‣ ぶっ続け練習を避けるコツ
何時間ものぶっ続け練習ほど非効率かつ身体に負担となる練習方法はありません。
人間の集中力は40分〜50分程度という説もあり、本当に密度の濃い練習や学習をしたければ、区切ることでぶっ続けを避けるのが得策。
ぶっ続け練習を避けるコツがあります。
タイマーに怒られてください。
時間を決めておいて、大きな音で鳴るようにセットしておく。
ポイントは、ワンセット45分練習にするのであれば50分後に鳴るようにするなど、やや長めにセットしておくことです。
そして慣れてきたら、タイマーが鳴る前に自分で切り上げる感覚を身につける。何回も「立ちあがれ」って怒られているうちに、「そろそろ怒られそうだな」などと経過した時間の長さが分かってくるものなのです。
このようにして決めた時間で立ち上がることが習慣になってしまえば、ぶっ続け練習のクセは撃退できます。タイマーの使用も必要なくなります。
その頃には「タイマーが鳴るかも、怒られるかも」などと頭を支配しているものさえ無くなり、さらに練習へ集中できるようになります。
ピアノ練習や机上学習など、あらゆる場面で取り入れてみてください。
‣ 座り過ぎ防止アプリを練習へ取り入れる
集中力の維持の面、そして、身体へ負担をかけ過ぎないという意味でも、ぶっ続け練習は避けるべきでしょう。どんなに長くても休憩なしで60分以上弾き続けるのは控えてください。
ただし、熱中していて不意に超えてしまうこともありますね。
そういった傾向のある方におすすめなのは、座り過ぎ防止アプリを練習へ取り入れてみることです。
このWebメディアでは数年後にも情報が生きていることを前提とした記事を出しているため、具体的な流行りのアプリを紹介することは避けますが、まずは「座り過ぎ防止アプリ」と検索してみてください。何種類も出てきますので。
この種のアプリを使うと、一定時間以上座りっぱなしになっている時に怒ってくれます。
自分で時間を設定できるアプリもあるので、ピアノ練習やその他の音楽学習の場合は、45分や50分で行うといいでしょう。
ちなみに筆者は、スマホのホーム画面にあるアプリを最小限にしたいという考えを持っているので、様々なアプリを試したうえで、今はモーニングコールでも使う「時計」アプリにあるタイマー機能で代用中。自分でセットしなくてはいけませんが、座り過ぎは回避できています。
・毎日採取した情報を蓄積して管理したかったり
・ウォッチなどの製品や他のアプリと連携しながら取り組みたかったり
という方には、専用の座り過ぎ防止アプリをおすすめします。
‣ ごく短い単位を徹底的に繰り返す練習方法
「ツェルニー 毎日の練習曲」という教本を知っていますか?
「ごく短い単位を徹底的に繰り返す」という、取り上げられている方針自体は非常に効果的なやり方だと感じています。「各小節を中断しないで、20回くり返す。」などと書かれていたりして、結構スパルタですが。
ヴァイオリン教本でいう「ŠEVČÍK」と似たやり方。
ヴァイオリン・メソッドで幅広く使用されている「ŠEVČÍK VIOLIN STUDIES OPUS1 PART1」では、ごく短い単位を徹底的に繰り返し、要素を細かく切り分けて丁寧に積み上げて行くやり方がとられています。
大人のピアノ学習者は「考える力」があるので、弾けないところがあったら「要素を切り分けていく」のが良いでしょう。
「ツェルニー 毎日の練習曲」や「ŠEVČÍK」のように、「リピート記号があり、繰り返せる内容」を徹底的に反復するのも良いですが、一般的な楽曲をごく短く区切って反復する練習自体にも意味があります。うまく弾けていない部分を洗い出すことができるからです。
長い単位で通してばかりいると、そういったところに気づかず、通り過ぎてしまう。
例えば、「4小節間ひたすら速く動くパッセージ」があるとします。
それがうまく弾けない場合、技術全般的に足りていないというよりはむしろ、「どこか一箇所が転んでいるせいで、その前後も崩れてしまっている」という程度の理由でしかない場合は多いのです。
この場合、「1小節単位」もっと言えば「1拍単位」まで細かく区切って徹底的に磨き上げるのがベストな練習方法です。
‣「音の良し悪し」以外に何か一つ追求する
筆者がかつて指導者から言われて印象に残っている言葉があります。
「”音の良し悪し” 以外に何か一つ追求しよう」という一言。
「何かひとつ」がその人のキャラクターになるから、 という理由でした。
専門にやっていたからなおさらだったのかもしれませんが、趣味で演奏する方にとっても「何か一つ」を追求することの喜びや恩恵は大きいはずです。
優れた音楽家は、「音の良し悪し」はもちろん、それ以外の部分で追求するところを独自で見つけているのが伝わってきますね。
「何か一つ」は音楽に関係のあることが基本ですが、無いことでも構いません。
例えば:
・あまり知られていない作曲家を追求している
・作曲家並みに音楽理論に詳しい演奏家を目指している
・やたらフットワークが軽いことがウリで、多所のストピに現れる
・鉄道関係のピアノ作品のリスト表を作っている
・外人さんへのオンラインレッスンを提供すべく語学に磨きをかけている
・トーク力が芸人並みの爆発力を持っている
・歌曲伴奏ならお任せと言えるほどの経験と知識を積んでいる
・未就学児への指導の方法を徹底的に学んでいる
など。まだまだ挙げればきりがありません。
ただ単に注目ポイントを作ればいいと言いたいのではありません。
こういったことを追求することで、音楽自体にも影響し、キャラクターが成長することが大事なのです。
自身が興味を持てる部分に焦点を当てて、それを少しづつ育てていきましょう。
► C. その他
‣ 押し引きを意識して音楽的に
「押し引き」と言うとアゴーギクのことをイメージするかもしれません。それも大事な押し引きなのですが、話題にしたいのは、「表現的に攻めるかどうか」という意味での押し引きです。
押してばかりでも引いてばかりでも、聴く方は疲れてしまうでしょう。
「押し」についてはイメージがつくと思うので、「引き」について解説します。
例えば、「通り過ぎる」と言う表現。
「この小節は、ただ通り過ぎるだけにして」などという指導を耳にしたこともあるのではないでしょうか。
重箱の隅を突くように細かい表現を試みることは必要なのですが、作曲家はただのつなぎのようなところ(例:ソナタ形式における、一部の経過句など)もたくさん作っているので、そういったところではむしろサラッと次へ行ってしまった方が音楽として魅力的になることも。
こういったやり方は、一種の「引き」。「表現を必要以上に作り過ぎない」ということ。
「引き」について、もう一例挙げておきましょう。
「息抜きのタイミングを与える」というのもその一つです。
例えば、ショパン「エチュード Op.10-1」では基本的に全編にダンパーペダルが使われますが、わずかの小節ではノンペダルでパラパラっとしたサウンドを聴かせる解釈もあります。ペダルでベッタリと和音化されているサウンドから解放されて、聴衆へちょっとした息抜きを与えることになります。
こういうやり方も「引き」の一種だと考えてください。
「押し」も「引き」も楽曲の数だけやり方があるので挙げればキリがありませんし、やり方に正解もありません。
表現の仕方まで含めて演奏者のセンスが問われてきます。
‣ 作曲家の記譜は必ずしも完璧ではない
たくさんの作品に触れていると、どうしても演奏不可能な箇所に出会うことはありますね。
よく見られるのは:
・指定のテンポが、どう考えても速過ぎる
・音程的に巨人の手でも届かないような和音がある
・音型的に演奏不可能なパッセージがある
速過ぎるテンポは「演奏家を啓発する意図」の可能性もあります。つまり、「目標」というわけですね。ただ、多くの場合は、作曲家の注意不足の可能性と、そもそも知識不足の可能性さえ考えられます。
何を言いたいのかというと、「作曲家の記譜は必ずしも完璧ではない」ということ。たとえ、有名な作曲家による楽譜であったとしてもです。
ピアノ曲以外でも、チャイコフスキー「くるみ割り人形 より 花のワルツ」の最初のハープは、楽器特性から多くの音がスタッカートに聴こえてしまうため、ハープに適さないことで知られています。
「まさかこれだけ有名な作曲家の、これだけ有名な作品で、曲頭からそんなこと…」と思うはず。しかし、作曲家も完璧ではないのです。
どうしても演奏不可能な箇所への対応方法は、「変更 → 整理 → 把握」これらのステップを意識しましょう。
クラシック作品において楽譜を変えて弾くことはご法度とされていますが、どうしても無理なところは、多少の簡略化を試みてもOK。ただし、「どこを “変更” したのかをきちんと “整理” し、”把握” しておくこと」だけは必ず守りましょう。
‣ 音大における音楽解釈の授業
ピアノ演奏では、作曲家が残したメッセージをそのまま読み取ることも重要ですが、それらのメッセージを参考にした「インタープリテーション(自分の解釈に基づく演奏)」も必要。それがあるからこそ、「個性」になります。
多くの音大では「音楽解釈」の授業があります。
例としては:
・毎週題材が用意され、講師と生徒で解釈について徹底的に話し合う
・授業の度に学外のピアニストや作曲家や力のある教育者が来て、学内の優秀な学生がそのプロのレッスンを受ける。そして、それをみんなで聴講して解釈を学ぶ
などといった進め方です。後者は、マリア・ジョアン・ピレシュがNHK「スーパーピアノレッスン」で行っていたワークショップに似たやり方ですね。
単に演奏法や解釈を学ぶのではなく、それを通して:
・その講師は音楽をどう捉えているのか
・その講師は音楽をどう聴いているのか
・その講師にとって音楽がどのように聴こえているのか
などといったことまで聴講生は感じ取っていかなくてはいけません。
また、ワークショップ形式の場合は、他の受講生モデルの演奏に対して意見を求められた時に、物怖じせずに、遠慮せずに、自分の意見を伝えていく積極性も求められます。
中々刺激的な学習方法。1対1でピアノレッスンを受けている時とは違った角度で学びが深まっていきます。
このような経験を積み重ねることで、自身で解釈を施す力が向上していきます。
楽譜を正しく読むだけではなくて、「それを元に、どのように解釈を施すか」という部分が演奏家の腕の見せどころ。このような「演出、プロデューシング能力」は、楽譜をそのまま表現する事とは別に必要な力と言えます。
「音楽解釈」のクラスは必ずしも音大の中に限ったものではなく、調べてみると1dayで開催されているものも多くありますので、興味のある方は探してみてください。
・NHKスーパーピアノレッスン 巨匠ピレシュのワークショップ (NHKシリーズ)
► 終わりに
ピアノ学習における様々なアプローチを見てきました。これらの内容は、決して「絶対的な正解」ではありません。むしろ、自身の音楽表現を追求する際の「考えるヒント」として活用していただければ幸いです。
この記事で触れた視点を参考にして、さらに学習を進めてください。
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