【ピアノ】譜読みの最大の敵は「思い込み」
► はじめに
譜読みをする中で、最大の敵は「思い込み」です。
楽譜を読む際、無意識のうちに先入観に囚われがちです。例えば、以前聴いた演奏や、頭の中にある「こうに違いない」というイメージに引きずられて、実際の楽譜とは異なる解釈をしてしまうことがあります。
► 思い込みの危険性
新しい楽曲に取り組む際、譜読みをする前にピアニストによる録音演奏を聴くことはよくあります。
これについては「録音を聴くべきではない」とする意見もありますが、筆者は「まず楽曲を好きになるのが出発点で、弾いてさらに好きになれれば良い」と考えており、必ずしも録音を聴くことが悪いとは思いません。
しかし、注意すべき点もあります。それは 録音に引っ張られて幻覚を見ないようにすること。
例えば、モーツァルト「ピアノソナタ第14番 K.457 第2楽章」。
この楽曲では、多くの方がヘンレ版などの原典版を使って取り組むと思いますが、カール・エンゲルなどの演奏を聴いていると、次のようなことが確認できます:
・ヘンレ版に書かれているタイを省いている箇所がある
・書かれていない付点を加えて演奏している箇所がある
こうした録音を聴きながら譜読みを始めると、初めて譜読みをする際に、あたかも書かれているタイや付点が見えるように錯覚してしまうことがあります。実際には楽譜には存在しないものが、頭の中で「こうに違いない」と思い込んで見えてしまうのです。
似たようなことが、日常でも起こり得ます。
例えば、「17時に待ち合わせ」というメッセージを受け取ったとき、15時に関する予定が頭に残っていると、無意識に「17時」を「15時」と読み間違えることも。
音楽でも同じように、耳や頭に残った情報が、無意識に楽譜を読み違わせることがあるのです。
繰り返しますが、譜読み前に録音を聴くことが悪いわけではありません。ただし、譜読みをする際には、まるで全く知らない楽曲を読むかのように慎重に、注意深く楽譜を見てください。
聴き覚えのある「こんな感じ」というイメージを優先して浅く読んでしまうと、楽譜を誤解釈する危険があります。
・まず、自身が使っている版で正確な譜読みをする
・その後で必要に応じて、解釈を加える
この順番を守って学習しましょう。
また、曲をある程度弾けるようになり弾き込みの時期に入った後も常に新たな発見があるので、言い換えれば、一生譜読みを続けていくようなものです。
しかし「まっさらな状態から譜読みをする」というのは基本的に一曲につき一回限りです。この段階に力を入れて集中することも大切なことだと言えるでしょう。
► 具体例
‣ 思い込みに引っ張られやすい記譜①
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、80-83小節)
上の譜例で、丸印で示した2つの音を見てください。
これらは「8分音符」ですが、似たような位置に16分音符が頻繁に出てくるため、つい16分音符だと思い込んでしまうことがあります。
もし左手に同時に合わせる音があれば、リズムの読み間違いに気づきやすいのですが、右手の音が単独で出てくると、うっかり誤読してしまうことがあります。
このような場合、注意深く譜読みをしていれば、誤解を避けることができます。
‣ 思い込みに引っ張られやすい記譜②
ベートーヴェン「ピアノソナタ第21番 ハ長調 op.53 ワルトシュタイン 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲尾)
楽曲の最後の2小節が ff ではなく、実際には f であることに気づいていますか?
楽曲の最後付近で ff が出てきているため、無意識に「最後も ff だろう」と思い込んでしまい、演奏でもそのように弾いてしまうことがよくあります。
「多分こうだろう」という思い込みがあると、似たような音型でも f が ff に見えてしまうのです。
ちなみに、f になっているのは、ベートーヴェンの単なる思いつきではありません。
最後の2小節だけ音域が1オクターヴ変化していることに注目してください。これは音楽的には「別の表現」であり、オーケストラで演奏する場合でも、最後の2小節はオーケストレーションが変わるでしょう。
► 終わりに
楽譜と向き合う際は、一音一音に注意深く向き合い、思い込みに引っ張られないように注意しましょう。
正確な譜読みは単なる技術ではなく、その作品への敬意です。
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