【ピアノ】運指の意図を考える習慣が、上達を加速させる
► はじめに
楽譜に書かれた運指を見たとき、深く考えずに処理してしまうことはないでしょうか。少しでも疑問を感じた運指こそ、立ち止まって考える価値があるものです。「なぜ、このような運指が書かれているのだろう」と一度考えてみるだけで、作品への理解が一段と深まります。
以下では、具体的な例を挙げながら、運指を読み解くことで見えてくるものを紹介します。
本記事の対象者:初中級〜上級者
► 具体例
‣ 運指から音色の意図を読み取る
シューマン「アレグロ Op.8」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、34-37小節)

36小節目の右手には、「3-4」の替え指が連続する運指が記されています。原典版を確認すると、これはシューマン自身が書き込んだ運指であることが明記されています。
初めてこの箇所に取り組んだときには、「なぜわざわざ、難しくてミスのリスクも上がる運指を選ぶのだろう」と首をかしげたくなるかもしれません。隣り合う指で順に弾いていくほうが、技術的にははるかに楽です。
しかしここは、シンコペーションにアクセントまで付いた箇所です。一音一音をしっかりと響かせたい箇所だと考えると、「強さの安定している3の指で打鍵することで、芯のある音色を引き出したかったのではないか」という意図が浮かび上がってきます。
一見すると不合理に見える運指にも、音楽的な必然性が宿っている可能性を疑ってみましょう。
‣ 運指からアーティキュレーションまで読み取る
モーツァルト「ピアノソナタ ヘ長調 K.332」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、9-12小節 および 17-20小節)

現行のヘンレ版などに記されている運指を比較すると、興味深い違いが見えてきます。
11小節3拍目と19小節3拍目は、右手が同じ音(オクターヴ違い)を弾く箇所ですが、前者には「5の指」、後者には「4の指」が指定されています。
これは、運指がアーティキュレーションの違いを示している好例。
5の指で弾く場合、そこからスラーをつなげることは構造上できません。一方、4の指であれば、次の音へスラーをかけることが自然に実現できます。つまり、運指の違いがそのままフレージングの違いを表しているのです。
アーティキュレーションの指示が楽譜に明記されていなくても、運指を手がかりにして「運指付けをした音楽家の解釈」を読み取れる場合があります。
‣ テンポを上げることで真意が分かる運指
リスト「スペイン狂詩曲 S.254」
譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、125-126小節)

スケールの箇所を見ると、「5の指から1の指へ」という通常とは異なる連結が目に入ります。ゆっくり練習している段階では、「何と弾きにくい運指だろう」と感じることでしょう。
しかしこれは、テンポが上がることで初めて真意が理解できる運指です。
この箇所は、「一種の効果音として機能する超高速スケールのパッセージ」だということに着目してみてください。通常の音階運指(親指をくぐらせる方法)では、速度的に限界があります。5本の指をひとかたまりとして、まるごと超高速でポジション移動させる奏法によってはじめて攻略できるパッセージなのです。
ピアニストのゲンリッヒ・ネイガウスも、著書「ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記」(森松皓子 訳、音楽之友社)の中でこの箇所について以下のように言及しています。
(以下、引用)
この箇所を、5の指を使わないで通常の音階の運指法で弾くことは、どだい考えられないことで、不可能なことです!5本全部で、つまり5本の指を1つのグループとする…
(引用終わり)
►「なぜこの運指なのか」という問いを持ち続ける
運指の意図を考えることを習慣にしていくと、「こういった場面では、この種の運指も選択肢になる」という引き出しが自然と増えていきます。
先人たちが楽譜に書き残した運指には、音色・アーティキュレーション・テンポへの意識など、様々な音楽的判断が凝縮されています。それを読み解く作業は、一人で練習しているだけでは気づけない発見をもたらしてくれるでしょう。
「なぜこの運指なのか」という問いを持ち続けることが、演奏の質を高めるための地道で確実な一歩になります。
► 終わりに
疑問を感じた運指をそのまま流してしまうのではなく、少し立ち止まって「この運指でなければならない理由は何か」を考えてみてください。その積み重ねが、楽譜を読む力と演奏の幅を着実に広げてくれます。
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