【ピアノ】映画『日本一短い「母」への手紙』レビュー:家族の記憶と再生を紡ぐBGM演出分析
► はじめに
本作はピアノが物語に関係している映画ではなく、家族の絆をテーマにした人間ドラマですが、劇中BGM22曲中20曲でピアノが効果的に使用されています。主題歌のピアノバージョンも印象的に使われており、音楽演出の観点からピアノを有効に活用した作品となっています。
・公開年:1995年(日本)
・監督:澤井信一郎(1938-2021)
・音楽:坂田晃一
・ピアノ関連度:★☆☆☆☆(ピアノが物語の主題ではない)
► 内容について
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
音楽用語解説:
状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏
状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽
‣ ラジオ音楽で空間をつなぐ演出
本編3分頃、多恵が使用した公衆電話のすぐ近くにある商店に置いてあるラジオから、ブラームス「ワルツ Op.39-15」が聴こえてきます。このピアノ曲に合わせてパーソナリティの声が聞こえる「状況内音楽+状況内音声」の状態です。
その直後、映像はこのラジオを生放送している福井放送のスタジオを映し出します。ここでも同様に「状況内音楽+状況内音声」が続きます。
ここで非常に面白いのは、全く同じひとつながりの「状況内音楽+状況内音声」を地点を変えて同じ時間軸で結んでいることです。これは空間的に自由である映像作品ならではの演出であり、音楽が物理的に離れた場所を時間的につなぐ役割を果たしています。
‣「想い出話の余韻を残しながら」も場面を次へ進ませる音楽の消し方
本編20分頃から始まる、真紀と宏が父親との想い出を話している場面。ここで流れているピアノが印象的な音楽が、本編23分50秒頃に「すっと」消えます。台所へ移動した真紀がこっそりと涙しているところへ、宏が「姉さん」と話しかけてきたときの、真紀が涙を隠す様子に合わせて音楽が消えるのです。
着目すべきなのは、電気的にストンとカットアウトするのではなく、「すっと」消えることで「想い出話の余韻を残しながら」も場面を次へ進ませる効果が生まれている点です。また、音楽的に完全にキリのいいところでしっかりと終止させているわけではないので、その点でも「想い出話の余韻を残しながら」という印象が強まります。しっかりと音楽を終わらせてしまうと、映像にも段落感がつき過ぎてしまうため、この処理は極めて繊細かつ計算されたものと言えるでしょう。
‣ 回想のコスモス──主題歌「秋桜」のピアノ編曲が生む統一感
本編53分50秒頃、宏と母の多恵が宏の実家(多恵が離婚前に住んでいた家)に来たシーンでは、主題歌の「秋桜」のピアノ編曲バージョンが流れはじめます。多恵はそこにある秋桜を見て、自分が子供を残し家を出たときのことを思い出し、回想シーンに入ります。つまり、このピアノ音楽は回想の音楽として機能しているのです。
ピアノソロなので、原曲のメランコリックな雰囲気をさらに切なくしています。基本的にはピアノソロなのですが、途中からごくうっすらとシンセサイザーの柔らかなパッドが入ることで、より懐かしさが増し、回想シーンに適した音楽となっています。
この編曲には二重の効果があります。一つは主題歌との関連付けによる映画全体の一貫性が生まれること。もう一つは、ここが本編の丁度真ん中あたりであり、このシーンを境に物語がさらに動き出し、多恵が娘の真紀とも再会する場面へと進んでいく──つまり物語構造上の転換点でもあるということです。
► 終わりに
本作で使われるピアノを含む音楽は、決して前面に出過ぎることなく、18年の時を経た家族の葛藤と和解という物語に寄り添います。ピアノという楽器の持つ親密さと繊細さが、母と子の心の距離感を表現するのに最適な選択だったのでしょう。
※「Piano Hack」のピアノ関連映画レビューでは、「存命」かつ「国内」の作曲家による音楽作品には言及しないことを原則としていますが、本作は例外として扱っています。
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