【ピアノ】グリッサンドの音楽的理解とテクニック
► はじめに
グリッサンドは、ピアノ演奏における独特な音楽表現技法のひとつです。単なる音階の連続ではなく、作品の雰囲気を伝える重要な「効果音」としての役割を持っています。
本記事では、グリッサンドの多様な表現方法、テクニック、音楽的意味について、詳しく解説します。
► A. グリッサンドの基本的理解
‣ 1. グリッサンドの多様な表現方法
グリッサンドは、どうしても一本調子になりがちですが、工夫次第で様々な表情を持たせることができます:
・ダンパーペダルを使うのかどうか
・ソフトペダルを使うのかどうか
・どの指で弾くのか
・どれくらいの圧度で弾くのか
・クレッシェンドやデクレッシェンドをするのか
・爪の音を入れるのか
・開始点と到達点をどのような音色で表現するのか
などといった観点を考慮してどのようなグリッサンドにするのかを検討することで、「どんな曲でも同じ雰囲気に聴こえてしまうグリッサンド」を避けることができます。
運が良いのか悪いのか、実際に多くの作曲家はグリッサンドを書くだけで、その表現についてはノータッチです。
ダイナミクスを示すくらいで済ませている作品が多いので、そこでの表現に適したグリッサンドとはどういったものなのかは演奏者が自分で考えなくてはいけません。
ほとんどのグリッサンドというのは、和声を満たすためにあるわけでもリズムを出すためにあるわけでもなく、一種の「効果音(エフェクト)」としての役割。
だからこそ、どんなニュアンスで響くのかにこだわる必要があります。
‣ 2. 軽やかなグリッサンドの奏法
「pp や p の箇所に書かれているグリッサンドは軽く弾こう」などといったように「軽いグリッサンド」という言葉をよく耳にしませんか?
「軽いグリッサンド」とは、「一音一音の粒が見え過ぎないグリッサンドのこと」と考えるのが適切でしょう。
グリッサンドと一言で言っても、その表情には幅があるのです。
では、どのようにすれば、一音一音の粒が見え過ぎないグリッサンドにできるのでしょうか。
ポイントは「それぞれの鍵盤を底まで下げない意識でなぞる」ことです。
「床を、水モップでこするのではなく、ホウキではく」などといったイメージでしょうか。
鍵盤を押し付けずに、上半分で演奏するくらいの感覚で、最適の加減を探っていきましょう。
「底まで下げない」となると、音が鳴り損なう鍵盤も出てきそうですね。グリッサンドでは、そのような多少のアラは問題になりません。なぜかというと、全体のカタマリで把握されるから。
よく考えてみてください。
C-durではない楽曲で、平然と白鍵でのグリッサンドが書かれていますね。普通に考えたら、調性と全く関係ない音がたくさん鳴ってしまっているわけです。
こういった例も、全体のカタマリで「グリッサンドのサウンドとして、効果音として聴かれるからOK」ということなのです。
逆に言えば、グリッサンドに聴こえる程度のスピード以上で演奏しないと、聴衆はグリッサンドのサウンドとして聴いてくれません。
「白鍵でのグリッサンドは、C-durのスケールを弾いているのとは全く異なる音楽表現である」と踏まえておきましょう。
► B. グリッサンドの音楽的テクニック
‣ 3. 連続グリッサンドにおける音程表現
ラヴェル「ピアノ協奏曲 ト長調 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、16-18小節)
このような連続グリッサンドは、全ての音の粒をはっきりと聴かせることが狙いではありません。
カタマリとして「グリッサンドをやっていますよ」と聴かせる、一種の「エフェクト(効果音)」として意図されているはずです。
しかし、全ての音を何となくで弾けばいいわけではなく、「折り返しの音(到達点の音)の音程をきちんと聴かせる」ということは踏まえておくべき。
今回の譜例の場合、「各小節の頭に出てくるD音の音程を聴かせる」ということです。
中には、かき回すようにとにかく目まぐるしくグリッサンドをすべき楽曲もありますが、基本的には「到達点の音程を聴かせるやり方をとる」と考えておいてOK。
その音に長くとどまるのではなく、明確なタッチにすることで、正しいテンポの中で際立たせるようにしましょう。
(再掲)
音程を聴かせるべき理由は、それによって音楽の骨格が明確になるからです。
譜例の箇所は「D音によるオルゲルプンクト」になっていますが、到達点の音程が聴こえてこそそれが伝わります。
楽曲によっては、到達点の音同士を結んでいくと和声が出来上がっていることも。
この楽曲ではどこからどこまでをどのように左右の手で分担すべきかが楽譜から読み取れます。
一方、全てが一つの段に書かれている楽曲もあります。その場合でも、前後関係が許す場合は「グリッサンドをしていないもう一方の手で着地音を拾う」ようにすると、音程を聴かせやすくなります。
‣ 4. なぜ、グリッサンドではペダルを踏みっぱなしでも成立するのか
楽曲に現れる通常の音階のところでは、ダンパーペダルを踏みっぱなしにして演奏すると完全に濁ってしまいます。
例えば、以下のような場合。
モーツァルト「ピアノソナタ K.545 第1楽章」
譜例1(PD作品、Finaleで作成、5-7小節)
一方、譜例2のようなグリッサンドのところでは、ダンパーペダルを使っても濁りません。
厳密に言えば濁っていますが、通常の音階のときのようには気になりません。
ドビュッシー「プレリュード(ピアノのために 第1曲)」
譜例2(PD作品、Finaleで作成、45-47小節)
グリッサンドでペダルを使い続けられる理由は、ほとんどのグリッサンドがエフェクト(効果音)としての役割を果たすからです。
通常の音階では、ハーモニー感やメロディックなラインとしてそれを聴かせるわけですが、グリッサンドというのは「速過ぎる音階」なので、役割としてはむしろ「グリッサンドですよ」と聴衆に示すようなエフェクト(効果音)であるのです。
「多くの楽曲では」と付け加えておきましょう。
グリッサンドは「聴きゃあ、グリッサンド」というような独特なサウンドがしますね。
したがって、ペダルはそのエフェクトの音響をいじるだけのものになるため問題なく使えるということ。
ハーモニーが分かりにくくなるとか、そういうことは問題外。
当然、グリッサンドでも、ペダルの踏み込み具合によって音響が変わるため、その加減を検討することが重要です。
譜例3のように、望むのであればノンペダルでも成立します。
ドビュッシー「ベルガマスク組曲 2.メヌエット」
譜例3(PD楽曲、Finaleで作成、102-104小節)
譜例3もそうですが、譜例4のような「グリッサンド的な音階」というものも見られますね。
ブラームス「2つのラプソディ 第1番 Op.79-1 ロ短調」
譜例4(PD楽曲、Finaleで作成、62-66小節)
譜例4は音階ではあるのですが、ハーモニーやメロディとして聴かせるというよりも、カタマリとしてウワァっと効果音のように聴かせることが狙われているのでしょう。
したがって、グリッサンドに準じた表現としてペダルを使った演奏が可能です。
‣ 5. 短いグリッサンド的な3連符で有効なペダリング
ペダリングでは、あえて濁らせるように使用することが有効なケースもあります。
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第32番 ハ短調 op.111 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、19-21小節)
この譜例に出てくるような短いグリッサンド的な3連符では、ダンパーペダルを踏みっぱなしにすることでクレッシェンドを迫るような効果で演出することができます。
一瞬で通りすぎるので、濁りは気になりません。
「濁っている」「濁っていない」といった違和感ではなく、効果音として響くため、問題として感じられません。
このようなクレッシェンドを伴うべきグリッサンド的な3連符は、実際のオーケストラ作品でもたびたび見られます。
さまざまな楽器で行われますが、例えば、コントラバスが高めの音域でグワっとやると意外や、とても効果が高いのです。
‣ 6. 弱奏グリッサンドの運指テクニック
ドビュッシー「ベルガマスク組曲 2.メヌエット」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、102-104小節)
ここでは、「ppp」によるグリッサンドが現れます。
グリッサンドの運指を決める時には、以下の3点を考慮しましょう。
・弱奏グリッサンドの場合は、束ねずに一本の指で滑らせる
・着地音をどの指で弾くかを考える
・複数の運指案を並べて、全て試してみる
一般的に弱奏グリッサンドの場合は、束ねずに一本の指で弾く方が、繊細なニュアンスを作りやすい。
もちろん「指の裏の爪」で滑らせます。
また、譜例のところでは低音で左手を使っているので、着地音は右手のどれかの指で取らなければいけません。
着地音をもう一方の手で拾えれば難易度はグンと下がるのですが、ここでその方法は使えませんね。
(再掲)
これらの条件から考えると、譜例のところでは以下A~Dのどれかの運指を使うことになるでしょう。
A. 2の指で滑らせて、2の指で着地する
B. 2の指で滑らせて、3の指で着地する
C. 3の指で滑らせて、2の指で着地する
D. 3の指で滑らせて、3の指で着地する
ここで強調したいのは「いくつかの運指案をすべて試すべき」ということ。
グリッサンドにおける運指は当然、楽曲の前後関係などに強く影響されます。
また何よりも、「運指のやりやすさやりにくさに個人差が出やすいテクニック」と言われているからです。
譜例のところでは、筆者の場合は「3の指で滑らせて、2の指で着地する」というやり方が一番’安定するように感じます。
弱奏グリッサンドの場合は、強奏の場合よりもむしろ多くの問題点を含んでいます。
グリッサンドと着地音の間に変な間(ま)ができてしまうと、非常に目立ってしまいます。
強奏の場合は、強調のためにわざと「間(ま)」を空けることもあるくらいなので気になりにくいのですが…。
また、弱奏では勢いにまかせることができないので、1音1音の表情をより重視しなければいけません。
► C. グリッサンドのさらなる応用的な奏法
‣ 7. 黒鍵と白鍵の同時グリッサンドのサウンドを知る
効果音(エフェクト)としてのグリッサンドが黒鍵と白鍵の両方に同時に出てくる作品はいくつかあります。一番有名な作品は、以下のもの。
ドビュッシー「前奏曲集 第2集 より 花火」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、87小節目)
低音のA音が響いている中で、ペダルを踏みながら ff からデクレッシェンドするという文脈の中で、2種のグリッサンドが宙を舞います。オーケストラでいう2台ハープのようなイメージですね。
表現的にも歴史的にも把握しておくべきサウンドなので、まだこの作品を弾く予定のない方も必ず知っておくようにしましょう。
このような表現を意識的に聴くときのポイントは、上記のように「どのような文脈の中でそれが使われているのか」というのを意識しながら聴くことです。
グリッサンド一つとってみても文脈によって表現が全く変わりますので。
「ピティナ ピアノチャンネル PTNA」に公式で参考演奏がアップされています。
・ドビュッシー/前奏曲集第2巻 12.花火/演奏:園田高弘
► 終わりに
グリッサンドは、一見単純な技法に見えますが、実際には非常に奥深い表現力を秘めています。楽曲の文脈、作曲家の意図、演奏者の感性が絶妙に絡み合う、繊細な音楽表現です。
本記事で解説したテクニックを参考に、より豊かなグリッサンドの世界を探求してください。
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