【ピアノ】メンデルスゾーン「6つの子供の小品 Op.72」特徴と演奏のヒント:初中級者向け
► はじめに
1842年に作曲されたこの作品集は、メンデルスゾーンの無言歌集の陰に隠れがちですが、各曲にはロマン派特有の色彩が表現されており、教材価値の高い作品です。短い楽曲でありながら、古典派の定番教材よりも多彩な和声語法が用いられているため、古典派中心の学習から一歩進みたい初中級者に特におすすめします。
※「6つの子供の小品 Op.72(Sechs Kinderstücke)」は「子供のための小品集」「6つの子供の小曲」「クリスマスの小曲」など、様々な日本語訳で親しまれています。
► 主な特徴
・コンパクトな構成:6曲合計で約9分程度
・無題の楽曲:各楽曲に表題はなく、純粋に音楽的内容での判断が必要
・適度な難易度:全6曲を通して難易度の開きは少なく、ツェルニー30番中盤程度から挑戦可能
・技術的配慮:極端な難所や手の大きさを要求する箇所は皆無
► 各曲の解説
‣ 第1番 – Allegro non troppo
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
演奏時間:約1分
作品概要
幕開けにふさわしい、ファンファーレ風の音型で始まる軽快な作品。3度音程の連続、6度音程の連続、スタッカートの連続など、テンポが軽快な中で様々なテクニックが織り込まれています。
表現や技術的なポイント:
・第3番と書法は類似するものの、テンポ指示が異なるため、明確に区別して演奏する
・軽快な楽想でありながら和音の音数が多いため、重くならないように注意する
・楽曲の規模と第1曲目という位置づけを考慮し、最後は rit. せずサラリと終わらせる
‣ 第2番 – Andante sostenuto
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
演奏時間:約2分
作品概要
メンデルスゾーンの無言歌集を彷彿とさせる美しいカンタービレが印象的な作品。急速な第1番と第3番に挟まれた、対照的な性格を持つ落ち着いた楽章です。
表現や技術的なポイント:
・5小節目から始まる左手パートの多声的書法を理解し、すべての声部が聴こえ過ぎないよう配慮する
・5小節目以降に頻出する、メロディと左手の一部がハモリになっている箇所のバランスに注意する
34-36小節の無伴奏部分を音楽的に演奏するコツ
推奨記事:【ピアノ】レガート奏法大全:ペダルに頼り過ぎず美しくつなぐテクニック
『響きを横へつなげて、一音一音にならないで」の感覚の身に付け方』の項目を参考にしてください。
‣ 第3番 – Allegretto
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
演奏時間:約1分
作品概要
第1番と書法的共通点を多く持ちながら、より頻繁な和声変化により一層表情豊かな内容となっています。
表現や技術的なポイント:
・第1番との書法的類似性はあるものの、テンポ指示の違いを明確に表現する
・スタッカート付き16分音符が強く重くならないよう軽快さを保持する
・和声が細かく変化する曲なので、ゆっくり練習するときからよく聴く癖をつけておく
‣ 第4番 – Andante con moto
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
演奏時間:約1分30秒
作品概要
再びゆるやかなテンポの楽曲が配置され、前後の作品との効果的な対比を生み出しています。注目すべきは、楽曲終結部の和声(G-durのⅤ)が次の第5番冒頭の和声(同主短調g-mollのⅠ)を導く構造になっていることです。第4番以外の全楽曲に楽曲末尾のフェルマータが記されているのに対し、第4番のみに記載がないのは、第5番とのセット演奏を前提としているからでしょう。
表現や技術的なポイント:
・第5番(Allegro assai)とのセット作品であるため、対比が生きるよう過度に速くならないよう注意する
・メロディと近い音域で内声が動く箇所が多くあるので、メロディが埋もれないように演奏する
・曲頭の内声リズムが楽曲全体を支配している点を分析的に理解する
‣ 第5番 – Allegro assai
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
演奏時間:約2分
作品概要
カプリッチョ風の性格を持つ、全6曲中最も強い表現力を持つ作品。千蔵八郎氏は著書で「メンデルスゾーンの得意な妖精を思わせる」と記述しています。第4番とセットの対照的な性格が印象的です。
表現や技術的なポイント:
・第4番(Andante con moto)とのセット作品であるため、明確な対比を生むよう十分なテンポで演奏する
・頻出するsubitoでのダイナミクス変化を明確に表現する
・subitoに意識を集中するあまり、直前音符の処理が雑にならないよう注意する
‣ 第6番 – Vivace
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
演奏時間:約1分30秒
作品概要
第5番とは対照的な軽やかさで、さっと通り過ぎていくような終曲です。この性格の楽曲が終曲に配置されている事実から、メンデルスゾーンのこの曲集に対する美学的考察がうかがえます。
表現や技術的なポイント:
・両手が一体となって音楽を形成する書法のため、ゆっくり練習時も必ず両手で練習する
・第5番を上回るテンポで演奏できると、全曲演奏時の全体バランスが向上する
・全6曲中最も軽快な性格を表現するため、強いダイナミクスでも力任せにならないよう配慮する
► 作品比較表
曲名 | 演奏時間 | テンポ | 重点練習ポイント |
---|---|---|---|
第1番 | 約1分 | Allegro non troppo | 3度・6度音程の連続 |
第2番 | 約2分 | Andante sostenuto | 多声的な左手の処理 |
第3番 | 約1分 | Allegretto | 16分音符のスタッカート、和声変化の聴き取り |
第4番 | 約1分30秒 | Andante con moto | 内声の扱い、第5番への連結 |
第5番 | 約2分 | Allegro assai | subitoのダイナミクス変化表現 |
第6番 | 約1分30秒 | Vivace | 軽快な両手の連携、テンポアップ |
► 推奨楽譜
推奨楽譜
「子供のための小品集 Op.72」は子供に限らず上級者にとっても価値ある作品集です。永く使えるレパートリーになるため、学習には原典版の使用をおすすめします。
・メンデルスゾーン 子供のための小品集 Op.72 ヘンレ版
► 演奏会での活用方法
抜粋演奏する場合
・急速楽曲群:第1番、第3番、第5番、第6番
・緩徐楽曲群:第2番、第4番
これらから対照的なテンポの作品を選択することで効果的なプログラムが構成できます。ただし、第4番と第5番は作曲者によるセット設計のため、いずれかを演奏する場合は両方を含めることをおすすめします。
全曲演奏する場合
合計演奏時間約9分のため、入退場を含めて10分程度の持ち時間があれば全曲演奏も可能です。タイトルに「子供の」とありながら、プロピアニストにとっても重要なレパートリーとなっている作品です。
他のメンデルスゾーン作品との組み合わせをする場合
本曲集から数曲を抜粋し、他の技術的に無理のないメンデルスゾーン作品と組み合わせることで、作曲家の様式展開を時期別に提示する興味深いプログラムが構成できます。例えば、以下のような若い頃の作品と組み合わせてみるのもいいでしょう:
・3つの幻想曲、またはカプリス Op.16(作曲:1829年)
・無言歌集 第1巻 Op.19(作曲:1829年)
► 終わりに
初期ロマン派の作品にあたるこの曲集は、古典派から後期ロマン派への橋渡しとなる重要な教材的価値を持ちます。メンデルスゾーン作品の入門にも使えるので、ぜひ挑戦してみましょう。
同難易度帯の別の作品は、「おすすめの楽曲(初中級)」カテゴリーで紹介しています。
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